EHP 2006年11月号 NIEHS ニュース
飼料要素:実験動物の食餌におけるエストロゲン様作用の変化

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 11, November 2006
NIEHS News
The Feed Factor: Estrogenic Variability in Lab Animal Diets
http://www.ehponline.org/docs/2006/114-11/niehsnews.html#feed

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年11月5日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/06_11_ehp_Feed_Factor.html


 動物実験は昔から長い間、生物医学と環境健康研究にとっての要であり、科学者らはこれらの研究に使われる動物は知らないうちに実験結果に影響を与えるということがないように管理されていることを保証する必要がある。しかしラボでの実験動物への飼料中に存在するある種のエストロゲン化合物がテスト結果を歪める可能性があると懸念する科学者の数が増加している。これらの化合物は、動物、ヒト、及び培養細胞中でエストロゲン受容体に結合してエストロゲン様影響を誘引することができるので、潜在的に問題があるとみなされている。ある科学者らはげっ歯類の食餌の厳格な標準化と特に食餌からの植物性エストロゲンの除去を主張している。 (訳注:エストロゲン:一般に卵胞ホルモン、または女性ホルモンとも呼ばれる)

 この新たに出現した議論は、2006年8月3日にノースカロライナ州リサーチ・トライアングル・パークで開催された ”食餌 II−商業的動物飼料のエストロゲン作用における変化の影響:解決を図る飼料製造者、国立健康研究所(NIH)、及び科学界” の焦点であった。このトピックとして第2回目のこの会議は、国立環境健康科学研究所(NIEHS)と国立健康研究所ダイエタリー・サプリメント・オフィス(DSO)の共催で開かれた。この会議における討議は、飼料のバッチ間のエストロゲン作用の変化、これらのエストロゲン様化合物の内分泌関連分析結果に及ぼす影響、及び食餌関連エストロゲン作用のバックグラウンド・レベルが適切に記述されていない場合には同一ラボ内又は異なるラボ間でのこれらの実験結果の比較、解釈、及び再現が本質的に困難であるということに集中した。この会議で発表された研究結果は、エストロゲン関連の評価項目を調べる研究者らはテスト用げっ歯類の食餌の影響を見逃すわけには行かないということを明らかにした。

 ”このワークショップは、科学的プロセスの累積性と自己修正の特性を示す優れた例である”と会議の共同組織者であり ODS の栄養学者エリザベス・イェットレイは述べた。”すなわち、多くの実験的証拠からの結果の累積を通じて、潜在的なエストロゲン作用に関連するよく定義された動物の食餌のためのアプローチの重要性が特定され、この分野における今後の研究を改善するための措置が科学界によってとられつつある。”

 イェットレイやミズーリ大学コロンビアの生物学者フレデリック・ボンサールとともにNIEHSの科学者ジェロルド・ハインデルとジュリウス・シグペンによって組織されたこの会議の参加者らには、内分泌かく乱研究界からの研究者や動物飼料会社からの代表がいた。この代表者の広範さは、ハインデルの言葉によれば、”研究者らと研究所の動物飼育担当部門は植物性エストロゲンの問題に注意を払い始め、また、飼料製造者らは科学界が何を望んでいるのか知りたがっている。”

 ハインデルは、双方が利益を得るような解決に至ることに心から関心を持っていると述べた。それは、生理学と毒物学の全ての分野で研究者が使用することができる既知のエストロゲン様活性を持つ動物の餌を実現することであるが、それはまた飼料製造者に不当な負担を与えない解決策である。

食物変数

 植物性エストロゲンの食餌バックグラウンドがげっ歯類研究における環境エストロゲンに対するある反応を変えるかもしれないという考えは新しいことではない。1980年代の初期に、国立環境健康科学研究所(NIEHS)の研究者らは、なぜ科学者らは研究所の外からの実験データ、あるいはその逆のデータを再現できないのか? そしてなぜ時には彼ら自身が自分達のデータを再現できないのかを調べる取組において、シグペンを長とする同研究所の品質保証室(QAL)に相談した。このことにより、動物は異なるラボだけでなく同一のラボ内においても非常に幅広く異なる食餌を与えられていることが判明した。

 『実験動物科学』1987年10月号で、シグペンらは初めて商業的に入手可能なげっ歯類食餌はエストロゲン作用において著しく異なることを報告した。彼らの結論は、動物飼料の成分はエストロゲン様化合物に係わる研究を実施したり結果を比較する場合には重要であるということであった。当時、彼らは最小のエストロゲン作用を持つ標準化された食餌がエストロゲン様物質のバイオアッセイには望ましいということを提案した。

 最近のアメリカとヨーロッパの研究は、げっ歯類の食餌中のエストロゲン様作用の変化は、アルファルファーやビール酵母も影響するが、主に植物性エストロゲンの含有−大豆イソフラボンのためであることを確認した。同じ飼料でもそのバッチ間でイソフラボンに非常に大きな変動があるように見える。(訳注:イソフラボン:大豆などのマメ科の植物に多く含まれ、エストロゲン(女性ホルモン)様の作用がある)

 ”我々は、植物性エストロゲン含有は、同じ食餌でも異なるバッチ間で3〜6倍変動することがあり、その結果マウスの発達に著しい相違を生じるということがわかっている”とシグペンは言っている。”研究者らは、特にエストロゲン感受信号経路及び内分泌かく乱化学物質の生殖及び生殖的生理学に関する研究においては、これらの食餌中のエストロゲンのバックグラウンド影響について関心を持つ必要がある。”

 議論の基本的な本質を強調するために、シグペンは会議においてどのように管理された研究のために選ばれた食餌であっても変数を減らすべきであり、増やしてはならないと力説した。例えば、『Laboratory Investigation』 2001年5月号に発表されたものを含んで、いくつかの研究は標準的げっ歯類の食餌の中に含まれる大豆イソフラボンが卵巣摘出ラットにおいて医薬及び産業エストロゲンの子宮への影響を実際に減らすことを示した。ハインデルはまた、食餌中の高レベル植物性エストロゲンのためにジエチルスチルベストロール(DES)のポジティブなエストロゲン様影響が実験で検出されなかった例があると述べた。

植物性エストロゲン周辺のことがら

 製造者らはどの位の量の大豆タンパクが飼料中に行くのかを管理することはできるが、大豆自身のイソフラボン含有量を管理することは残念ながらできない。イソフラボン含有の変化は主に気候、収穫時期、及び保存の違いに関連する。”我々の科学者は大豆の植物性エストロゲン含有に最大10倍の変化を見いだしたが、これは大豆の成長環境における温度上昇、増大する水ストレス、及び二酸化炭素に大きく関係する”と米国農務省(USDA)農業研究サービスの栄養科学者デービッド・クラーフェルドは述べた。彼は最近の東海岸の熱波は大豆の植物性エストロゲンの含有に影響を与えるようなので、来年、我々は高いレベルの植物性エストロゲンを含んだ大豆ベースの飼料や大豆製品を知らずのうちに使用することになるであろう”。

 2001年『Laboratory Investigation』 の論文の共著者の一人であるシンシナティ医科大学小児科学教授でありイソフラボン研究者であるケニス・セットシェルはこの問題について知識のない人々がいることに困惑した。”ほとんどの研究者らがどのような食餌が動物に与えられているのか全く知らない”とセットシェルは述べた。これらの食餌はイソフラボンの消費量及び代謝能力によっては、生理学に、したがって実験の結果に重大な影響を与えることができるという事実のほかにも、多くの主要な相違がマウスとラットの間に、同種でも異なる血統間に、そしてげっ歯類とヒトの間にも存在する。”これらの相違は潜在的に同じ課題に対する異なる研究からの結果を比較することを非常に難しくする”とセットシェルは述べた。

 例えばヒトに比べて、げっ歯類は体重当たりイソフラボンをはるかに多く消費し、エストラジオール(訳注:エストロゲンの一種)によく似た植物性エストロゲンの代謝物である S-equol (R-equol の親類。これはヒトの体内に多い)をもっと多く生成する。また、Sprague-Dawley rats (訳注:実験用ラットのひとつの系列)は植物性エストロゲンの影響に対して他のラボ用ラットより感受性がはるかに低いということが示されている。

 会議におけるひとつの提案は飼料のエストロゲン様作用は、内分泌要素を持つどのような科学的論文においても報告されるべきということであった。しかし、セットシェルは植物性エストロゲンは非内分泌評価項目にも影響を与える可能性があることを指摘した。彼は、げっ歯類の心筋症の遺伝子ノックアウト・モデルを研究しているある生物学者のことを詳しく話した。この特別なモデルでは一般的に動物がうっ血性心不全に罹りすぐに死ぬ。”その研究者はピュリナ社(Purina)製の標準の動物食餌を与えられた動物はスケジュール通りには死なないことに気がついた”とセットシェルは述べた。”明らかにピュリナ社の食餌の中の何かが心筋症の発症を抑制している。”この何かが植物性エストロゲンであることが分り、大豆タンパク質からのイソフラボンであることが特定された。

 神経行動障害研究においても動物飼料のエストロゲン様作用について同様な議論を行うことが可能である。それは食餌中の植物性エストロゲンが、動物モデルにおける有害影響に関連した高低両レベルでこれらの研究結果にも影響を与えるかもしれないからである。『Neurotoxicology and Teratology』 2002年1-2月号に発表されたひとつの研究は、食餌中の大豆植物エストロゲン含有は学習、記憶、及び不安に関連する行動に特別の影響を及ぼすということを示した。例えば、ある実験で研究者は、”植物性食餌”を与えられた成ラットは”非植物性食餌”を与えられたラットよりも抗不安効果が現れたことを見いだした。

 ボンサールによって発表されたデータは、牛乳タンパク質であるカセイン・ベースの食餌のような植物性エストロゲンがないと考えられる食餌でさえ有意なエストロゲン作用を示し、そのエストロゲン作用はバッチ間で最大6倍変動することがあるということを示した。したがって、たとえカセイン・ベースの食餌に切り替えても動物食餌によるエストロゲン様活性の問題は防げない。

 ボンサールが主張する要点は、妊娠中及び妊娠後、血清中エストラジオールを最適レベルにする飼料を見つけることであり、このことは、生涯の異なる段階で異なる食餌を与えることがあり得ることを意味する。”我々はヒトへの健康影響を的確に予測する方法でげっ歯類を研究することができる食餌があるはずであると信じる”とし、例えば、自然環境でエサを探し回るマウスが食べるであろうものにおおよそ匹敵する一般的な大豆含有飼料からなる食餌のようなものと彼は述べた。”一方、あるげっ歯類の食餌は動物を非常に変えるのでこれらの実験には使用できない”と述べた。

 NIEHS分子毒物学試験所の生殖生物学者レサ・ニューボールドは植物性エストロゲンの影響と内分泌かく乱化学物質の影響について長年、研究している。彼女は”植物性エストロゲンの食餌で単純に繁栄し繁殖する実験動物もいる”と述べた。さらに、”特定の実験が植物性エストロゲンのない食餌を要求するかどうかを決めるのは研究者自身であるべきであるが、しかし確かに研究者は彼らが使用している飼料の植物性エストロゲン含有量とホルモン作用を知る必要がある”と彼女は付け加えた。

勧告と合意

 現時点で、動物用食餌中の植物性エストロゲンがどの程度、今までの研究の結果に影響を与えていたかを決定することは不可能かもしれない。それにもかかわらず、これらの化合物の分子評価項目と遺伝子発現を著しく変更する多くの変動性、効果、及び能力について現在よく知られているので、ワークショップでこの懸念が現実であるということに反対する人は誰もいなかった。

 会議に参加した科学者らは、動物飼料のバックグラウンドのエストロゲン作用の影響は重要であり、管理される必要があるということについて同意した。参加者らはまた、全ての研究に最適なひとつの食餌というものは存在しないということに同意した。標準的なげっ歯類の食餌に関する決定は、その研究の特定の目的及び評価されようとしている項目に依存するように見える。さらに、多くの動物研究者らは彼らの食餌のホルモン作用を知らないことにより引き起こされる問題について、及び、いかにこの作用が飼料のバッチ毎に変化するかということについて認識していないということについての合意があった。

 参加者らはさらに、食餌中のエストロゲン様活性の由来は分らないないと簡単に言うだけでは不十分であるということに合意した。食餌中の総合的エストロゲン作用は測定される必要がある。彼らはまた、研究者が既知のエストロゲン様活性を持った食餌にアクセスできるよう飼料製造者と協力することに合意した。このことは製造者らが新たな食餌を開発する必要があるということを意味しないが、植物性エストロゲン、マイコトキシン(カビ毒)、ゼアラレノン(zearalenone)及び動物にエストロゲン様又はホルモン的反応を引き起こすかもしれないその他の成分を含んで総合的エストロゲン様活性のテストをする必要があるということを意味する。

 テストの実際の詳細と結果の報告は完全には理解されないが、しかし最良の解決は、既知のホルモン的活性化学物質と由来が未知のホルモン的活性を特定することができるバイオアッセイのための分析評価を実施することであろうと参加者らは結論付けた。さらに、許容できる、そして実験動物の表現型を著しく変更しない又はバイオアッセイで外因的に管理されるエストロゲンへの反応を妨げない特定のタイプの飼料のためのエストロゲン様活性の範囲を決定するための研究が必要であるとした。

 ”NIEHS ワークショップは、食物と食餌中の成分に見いだされる生物学的に活性な物質のひとつのタイプの研究に伴う非常に複雑で挑戦的な方法論的問題に目を向けようとした”とイェットレイは述べた。”このワークショップで見いだされたことは植物性エストロゲンに関連する将来の研究の質を改善するのに役に立つだけでなく、他の植物性及び食物由来の物質を伴う同様な方法論的課題をもっと一般的に処理するよりよい方法を我々に知らせることに役立つであろう。”

M.ナサニール・ミード(M. Nathaniel Mead)



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