EHN 2010年10月20日
水性塗料からの揮発ガスを吸入する子どもは、
ぜん息、アレルギーのリスクが高いことを
新たな研究が示す


情報源:Environmental Health News, October 20, 2010
Children breathing fumes from water-based paints have high risk of asthma, allergies, new study says
Synopsis by By Marla Cone, Editor in Chief, Environmental Health News
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/news/glycol-ethers-and-allergies

オリジナル論文:
Common Household Chemicals and the Allergy Risks in Pre-School Age Children
Hyunok Choi1, Norbert Schmidbauer2, Jan Sundell3, Mikael Hasselgren4, John Spengler1, Carl-Gustaf Bornehag5,6*
Published: October 18, 2010
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0013423

訳:安間 武(>化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2010年10月24日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_101020_water_based_paints.html


 新たな科学的研究によれば、水性の塗料と溶剤からの揮発ガスを睡眠中に吸い込むとアレルギーやぜん息に2〜4倍、かかりやすい。スウェーデンとアメリカの科学者らは、PGE類として知られているプロピレングリコール(訳注1)とグリコールエーテル類を400人の子どもたちの寝室の空気中で測定した結果、これらに曝露した子どもたちはぜん息、鼻づまり、及び湿疹の割合が高かった。皮肉なことに、これらの化合物は古い、高汚染の油性塗料と溶剤よりも健康によいとみなされてきた。

 ハーバード大学とスウェーデンのカルスタッド大学の研究者らのチームによれば、この研究は、これらの化学物質の有害影響を家庭における普通の曝露に初めて関連付けたヒト研究であり、それはアレルギー性疾患やぜん息を悪化させたり、それらの原因とすらなることを示唆している。

  『Public Library of Science, PLoS ONE』 誌に発表された報告書によれば、PGE類には家庭においてそのように低い濃度で明白なリスクがあり、脆弱な幼児や小さな子どものたちへの懸念が生じる。

 この研究の目的は、家庭内で広く使用されている揮発性有機化合物(VOCs)と呼ばれる化学物質の健康影響を調査することである。その結果、8つの異なるカテゴリー中でテストされた数百の化合物のうち、唯一つのグループ”PGE類”は、子どものアエルギーとぜん息に関連していた。

 この発見が特に驚くべきことであるのは、PGE類はグラス・クリーナーのような洗剤液の中ではもちろん、水性塗料やワニス中で広く使用されているからである。それらは揮発性が低く、したがって、揮発性が高い油性の塗料や溶剤よりもガス放出が少ないので、より健康的な代替であると考えられいた。

 数十年間、科学者らはなぜアレルギーとぜん息が1970年代以来、先進国の子どもたちの中で急増したのかを解明しようとしていた。

 専門家らは、胎内で又は出生後の早い時期にある環境的要因がこれらの障害の引き金となっていると疑っていた。この新たな研究は、他の屋内空気汚染物質、ディーゼル排気ガス、ウイルス、ゴキブリアレルゲンなどを含んで展開していた多くの説のひとつに加わった。

 ミルウォーキーのウイスコンシン大学公衆衛生校の準教授で、子どものアレルギーと免疫障害を研究しているマイケル・ラオイザはこの研究は”非常に興味深く、よくできた研究である”と評価した。

 もし、これらの発見が他の研究でも確認されれば、”それは、なぜアレルギーやぜん息のようなアトピー性疾患が特に子どもたちの間で増えたかについての謎を解く、もうひとつのカギになるであろう”と、この研究には関与しなかったラオイザは述べた。

 ”この研究はまた、これらの化合物がいかにあらゆる場所に、特にこの研究で発見されたような低レベルで、存在するかを示すものである”と彼は述べた。

 ”研究者らはスウェーデンのバームランドで1歳から5歳までの子どもで、前年に、ぜん息、又は少なくともその二つの症状、又は喘鳴(ゼーゼー)、又は風邪ではないのに鼻水、又は湿疹がでた198人と、症状のない202人を対象とした”。

 鼻炎、又は鼻アレルギーについては、寝室のPGE類の平均濃度は、症状のない子どもたちの寝室の濃度より2倍高かった。たとえ濃度が低い場合でも、濃度が高くなればなるほど子どもたちは鼻炎、ぜん息、又は湿疹に罹りやすくなる。

 最も濃度の高い寝室の子どもたちは、最も濃度の低い寝室の子どもたちに比べて、鼻炎に4.2倍、ぜん息に2倍、湿疹に2.5倍、なりやすいようである。

 これらの化学物質の濃度が高いと、人々が気道に炎症を起こさせる何かに曝露した時に生じる抗体である免疫グロブリンE (訳注2)が2倍になる可能性がある。他のVOCsで同様な関連性を示すものはない。

 研究者らは、PGE類の発生源を特定しなかった。しかし、少なくともひとつの部屋の壁が生まれる直前又は直後に塗り替えられた家に住む子どもたちの部屋は、壁の塗り替えをしていない家に住む子どもたちの部屋よりPGE類が63%以上高かった。”したがって、懐胎期間又は出生直後に壁の塗り替えを行なうと、それ以後、子どもたちは持続的な曝露を受けることになる”とこの研究は述べている。

 家の中の空気中の化合物は、数ヶ月、おそらく数年、残留することができる。

 ”全体として、グリコールエーテル類及びその他の有機溶剤曝露による長期的な気道の損傷についての疑問を明確にする必要がある”と科学者らは述べてた。

 どのようにしてグリコール化合物がアレルギーとぜん息の引き金となるのかは”よく分かっていない”と著者は述べたが、プロピレングリコールメチルエーテルの吸入がヒトと実験室のラットの鼻道に炎症を引き起こすことは”30年前から分かっている”と付け加えた。

 ぜん息、湿疹、及びアレルギーは、炎症性の免疫系障害である。これらの化合物が赤ちゃんや子どもの免疫系の発達をかく乱することは可能である。化合物のあるものはすでにホルモンをかく乱することが知られている。

 ”いくつかのグリコールエーテル化合物は、ヒトのアレルギー疾患に関係することが示唆されているVOCsの増大するリストに加わっている”と同研究は述べている。”いくつかの PGE類は内分泌かく乱作用がよく知られているが、それらが免疫系の発達に対し影響を及ぼすかどうか、及ぼすとすればどのようにということは、ほとんど分かっていない”。

 ラオイザは、”私にとって最も関心があることのひとつは、一般的にはVOCsが、具体的にはPGE類が免疫系にどのように影響を与えるのかについての我々の理解が全く限定されていることである”と付け加えた。

 家屋塗装者とPGE類への曝露に協力してくれた人々に関する研究では、鼻と喉の炎症、呼吸の喘鳴と息切れが見られた。しかし、報告書によれば、子どもの寝室で見出されたレベルは、職場及び実験で報告されている曝露レベルより400倍以上低い値である。

 ”いくつかの証拠は我々の発見が偶然やバイアスではないということを支持している”と著者らは報告している。例えば、アレルギー、湿疹、ぜん息の増加は、最も曝露が低い子どもから、最も曝露が高い子どもまで、増加する曝露のどれについても、観察された。さらに、単一の化合物から引き起こされることはない。

 ”このことは、単一化合物より複数の化合物の方が観察されたリスクに寄与していることを示唆している”とこの報告書は述べている。

 1-メトキシ-2-プロパノール は子どもの部屋で最もよく見られたグリコールエーテルである。しかし、PGE類の複数のタイプが子どもの部屋で見られるので、”我々は現在、個々の化合物のリスクを識別することはできない”と著者らは述べた。

 彼らの分析で、研究者らは、二次喫煙、両親のアレルギー、化学剤による洗浄、家屋の築年数、、ペット・アレルゲン、及びフタル酸エステル類と呼ばれる他の屋内化学物質への曝露を含んで、子どものリスクを高めているかもしれない他の要素を説明した。

 ラオイザは、VOCsのテストは難しいが、研究者らは彼らの研究の限界を特定し、信頼性のおけるテスト手法を確立して”よい仕事をした”と述べた。

 寝室で見出されるレベルは、他の北欧諸国の家庭での以前の研究で見出されたものと著しく似ていた。

 その発見は、この仕事の強さであるとラオイザは述べた。”言い換えれば、これらのPGE類が、例え低レベルであっても子どもたちの寝室に存在するということの妥当性に疑問を提起することができる人はいない”。

 多くの揮発性化合物はスモッグを浄化するために近年規制されている。消費者製品はもちろん、車の排気ガスの中に見出されるこの石油由来の化合物は、太陽光中で窒素酸化物と反応してスモッグの主成分であるオゾンを形成する。

 スウェーデンのカルスタッド大学公衆健康科学教授カールグスタフ・ボネハグ(Carl-Gustaf Bornehag)、及びハーバード大学公衆衛生校教授ジョン・スペングラー(John Spengler)が実験の構想と設計を行ない、ハーバード大学のヒュノック・コイ(Hyunok Choi)が主著者となった。


訳注1
プロピレングリコール(ウイキペディア)
 有機化合物の一種。1,2-プロパンジオールともいう。常温では無色・無味・無臭で吸湿性のある油状液体。水・アセトン・クロロホルムと混和する。酸化プロピレンの加水分解によって製造される。
低用量では生物への毒性が低く、また無味無臭であることから、保湿剤、潤滑剤、乳化剤、不凍液、プラスチックの中間原料、溶媒などとして用いられる。

訳注2
免疫グロブリンE(ウイキペディア)
 健常人における血清中の免疫グロブリンE(IgE)濃度はng/ml単位であり、他の種類の免疫グロブリンと比較しても非常に低いが、アレルギー疾患を持つ患者の血清中では濃度が上昇しマスト細胞や好塩基球の細胞内顆粒中に貯蔵される生理活性物質の急速な放出(脱顆粒反応)を誘起する。これらのことからIgEはヒスタミンなどと並んでアレルギー反応において中心的な役割を果たす分子の一つとして数えられる。



化学物質問題市民研究会
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