EHN 2009年8月3日
化学物質は遺伝子の発現をオン/オフできる
新たなテストが必要と科学者らは言う


情報源:Environmental Health News, Aug. 3, 2009
Chemicals can turn genes on and off; new tests needed, scientists say
By Bette Hileman
Environmental Health News
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/news/epigenetics-workshop

訳:安間 武(>化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年8月5日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_090803_chemicals_turn_genes_on_off.html


 全米アカデミーのワークショップは、エピジェネティク(遺伝子発現)影響の証拠を検証し、今日使用されている数千の化学物質がそれらについてテストされるべきかどうか検討した。ある汚染物質や化学物質は細胞を殺したりDNAを突然変異することはない。その代わり、それらはもっと緻密であり、遺伝子を黙らせ(発現を抑え)たり、不適切なときに発現させ、何世代にも引き継がれる疾病をもたらすことができる。ニューヨーク市で車の排気ガスに暴露した子ども達のぜん息がひとつの例であると専門家は言う。
ベット・ハイルマン(By Bette Hileman)
Environmental Health News

 我々誰でも、その生命は約20,000 〜25,000の遺伝子のセットをもって始まる。現在、科学者らは汚染物質や化学物質がそれらの遺伝子を突然変異ではなく、発現を抑えたり不適切なときに発現させることによって変更していることを示す多くの証拠をもっている。

 先週、ワシントンDCで開催された2日間のワークショップに数十人の研究者と専門家らが全米アカデミーに招待されて、エピジェネティクと呼ばれるこの複雑な課題に取り組んだ。彼らは、我々の環境中や食品中の化学物質が遺伝子発現を変更し、糖尿病、ぜん息、がん、肥満などを含む様々な疾病や障害にかかりやすくしていることを示唆する新たな発見について討議した。彼らはまた規制機関と産業は今日、使用されている数千の化学物質のこれらの影響についてテストを開始すべきであるかどうかについてと検討した。
 ”これらのエピジェネティク影響が重要であることは全く疑いない。次なる疑問はどのようにしてその影響を我々はテストするかだ”とコロラド州立大学の環境及び放射線医学教授ウイリアム H. ファーランドは述べた。”我々は現在の化学物質テストのアプローチを捨てる必要はない。動物で化学物質をテストする時に我々はいくつかの新たなエンドポイントを追加する必要があるだけである”。


国立環境健康科学研究所
ディレクター
リンダ S. バーンバウム

特に子宮中で又は出生後すぐに遺伝子変更物質に暴露すると、”病気にかかりやすくなる”と12月に国立環境健康科学研究所ディレクターと国家毒性計画ディレクターに任命されたリンダ S. バーンバウムは述べた。”病気へのかかり易さは、暴露した後、数十年年も続くことがあり得る”。

 動物実験は、いくつかの環境化学物質は、乳がんや前立腺がん、肥満、糖尿病、心臓病、ぜん息、アルツハイマー病、パーキンソン病、学習障害などの引き金となる遺伝子発現(エピジェネティク)の変更を引き起こすことを示していると彼女は述べた。そして、いくつかの人間での研究結果が、既存の証拠にさらに加えられている。

 ”これらの暴露による潜在的な影響は非常に大きいが、その理由のひとつはこの変更が世代を通じて受け継がれるからである。あなたはお母さんやお祖母さんが妊娠中に暴露したものによって影響を受けているかも知れない”とバーンバウムは述べた。

 妊娠した母親が食べたものと暴露した化学物質は、DNA中に変異を起こさず彼女の子孫に影響を与えることができると専門家は言った。その代わり、動物及び人間の研究によれば、そのような暴露は遺伝子の挙動をかく乱することができる。これらの変更は順次、次世代に受け継がれていく。

 いくいつかの環境化学物質は、メチル基(水素原子3個を持った炭素原子)が遺伝子を攻撃することを可能とし、そのことにより本来、遺伝子が発現(turn on)すべき時に発現しない(turn off)。遺伝子が発現しないと、適切な細胞機能に本質的に重要なたんぱく質の生成を指令することができない。化学物質はまた、染色体の一部を解き、遺伝子を不適切なときに発現させる。

 その一例はこどものぜん息である。シンシナチー大学の研究者ワン・イー・タンは、車の排気ガスに由来する大気汚染物質である多環状芳香族(PAHs)に高いレベルで子宮中で暴露したニューヨーク市の子ども達は暴露しなかった子ども達に比べてより多くぜん息であるらしいことを発見した。臍帯血を調べることで、彼女は特定の遺伝子(ACSL3)がぜん息の子どもではメチル化され、暴露しなかった子どもはメチル化されておらず、異常なメチル化パターンが恐らくぜん息を引き起こしたと結論付けた。

 この発見はなぜ世界中のぜん息の割合が多くの場所で急上昇し子どもたちの中で流行しているのかを説明することができる。ニュヨーク市の行政区の中で最悪の大気汚染の場所は約25%の子どもがぜん息である。

 エピジェネティク変更はまた生殖補助技術で生まれた子どもたちの中に観察されるとスコットランドの医療研究協議会のリチャード・メーハンは述べた。

 これらの子どもたちの中で高い割合で発生する疾病のひとつがベックウィズ・ヴィードマン症候群(Beckwith-Wiedemann syndrome)であり、それは腹壁の欠損と特定の小児がんの高いリスクなどが特徴である。受精卵が着床前の数日間成長した培地(culture medium)がこの症候群を引き起こすと彼は述べた。その卵に用いられた全ての異なる培地はメチル基の細胞への付加を刺激する化学物質を含んでいることが問題であるように見える。

 ワークショップにおいて科学者らは、エピジェネティクスはどの化学物質が公衆健康に危険であるかを理解するためだけでなく、疾病を予防したり治療する新たな方法を見つけるために、エピジェネティクスを理解することが重要であると述べた。

 科学者らは今、ゲノム中の正常なメチル化パターンを理解し始めたところなので、何が異常であるかを理解することができるとロードアイランドンのブラウン大学地域健康病理学の教授カール T. ケルセイは述べた。この新たな理解の結果として、遺伝子療法がいくつかのタイプのがんのために開発され、あるものは臨床試験で成功したと彼は述べた。細胞を殺すという従来の制がん剤とは異なり、新たな薬は単に細胞の活動を変えるだけである。

 ラットを用いての研究は遺伝子変更化学物質は、ある場合には有益な方法で動物の脳を変更することができることを示している。

 モントリオールのマックギル大学医学校の薬理治療学教授モシュ・ジフは、仔ラットのときに母親から十分なめてもらったラットは無頓着な母親をもったラットより落ち着いて成長することを見つけた。母親の毛づくろいは仔ラットの脳のある部分でストレスホルモンを生成する化学物質の変化を引き起こしたと彼は述べた。

 気配りの行き届いた母親に育てられたラットは、無頓着な母親に育てられた仔ラットに比べて、異なるレベルのコルチコイド遺伝子発現と低レベルのストレスホルモンを持っていた。ジフはTSAと呼ばれる化学物質を脳に注射することによってストレスを受けたラットを治療することができたが、それは無頓着な母親によって引き起こされた不適切なメチル化を逆にしたということである。

 エピジェネティクスのこの理解は、人の病気の治療のための新たな治療法をもたらすかもしれない。ラット研究で用いられたのと類似したアプローチを取ることによって、ジフは、人の精神的症状を軽減するのに役立つ薬を見つけることを希望している。

 ジフはまた、自殺者の保存されている脳と、自殺以外の原因で突然死亡した人の脳を調査した。そして、自殺者の特定の遺伝子はメチル化されているか又は発現が抑制されていた(turned off)。対照的に、他の原因で死亡した人の同じ遺伝子はメチル化されていなかった。異常なメチル化パターンは、ある人々にうつを引き起こすと彼は述べた。

 ニッケル、クロム、砒素などのある化合物に発がん性があることはよく知られているが、それはそれらが細胞に有毒であるからではなく、エピジェネティク影響のためであると、ニューヨーク大学環境医学薬理学教授のマックス・コスタは述べた。それらはDNAメチル化を増大させ、そのことが遺伝子の抑制と細胞形態変換となり、がんをもたらすと彼は説明した。

 会議における研究者らは、エピジェネティク変化を引き起こす化学物質の能力をテストすべきかどうか、そしてどのようにテストすべきかについて議論するのに多大の時間を費やした。

 出席したほとんど研究者らは化合物はエピジェネティク影響はテストされる必要があることに同意した。しかし、80,000近くある商業的化学物質の実際的なテストは、化合物を高、中、低のリスク・グループに優先付けする迅速なスクリーニングが必要である。エピジェネティク影響ついて高いリスクのあるものは、より完全で高価なテストの対象となる。

 ニューヨーク市にあるアルバート・アインシュタイン医科大学の助教授ジョーン M. グリーリーはエピジェネティク影響を検出するのに単一のテストは理想的ではないと指摘した。

 ”分析手法の全ては欠点を持っている”と彼は述べた。例えば、ある分析手法は迅速なサンプル処理を求めるので保存されたサンプルには使用することができない。

 それにも関わらず、多くの研究者らは、化学物質のエピジェネティク変化のテストはすぐに始める事ができると述べた。

 ”我々がこの領域について多くのことは知らないという事実は、我々の気をくじくということを意味しない”とプロクター&ギャンブルの研究員ジョージ・ダストンは述べた。”我々は我々が持っているものの上に築くことが必要なだけだ。マイクロアッセイは、化学的暴露がゲノムの特定部分で遺伝子発現をどのように変更するのかすでに示している。我々が多くを知らないという事実は、我々がテストをすぐに始めることができないということを意味しない”。

 かつて米環境保護庁の実験毒性学の長であったバーンバウムは規制官と産業ははじめからスタートする必要はないと述べた。

 ”我々はすでにこの道を行進している”とバーンバウムは述べた。”国家毒性計画はすでにいくつかのエピジェネティク研究をプログラムに含めることについて話始めている”。  バーンバウムはEnvironmental Health Newsに対して、”エピジェネティクスから生じた最も重要な公衆健康問題は、何が病気を引き起こすかということを検証する時に、現在の環境は考慮すべき重大な要素ではないかもしれないことである”と述べた。

 心臓発作の患者に今年あるいは去年何を食べたかと聞くことは、母親の胎内でそして出生後すぐに何に暴露したかを聞くことに比べれば、とるに足りないことである。


訳注:エピジェネティクス


化学物質問題市民研究会
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