EHN 2009年4月21日
母親の骨からの鉛は
赤ちゃんの遺伝子パターンに影響を与える

解説:キャサリン M. マッカーティ、ウェンディ・ヘスラー

情報源:Environmental Health News, April 21, 2009
Lead from mom's bones influences baby's gene patterns
Synopsis by Kathleen M. McCarty, Sc.D. and Wendy Hessler
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/newscience/
prebirth-lead-exposure-affects-childs-genes-disease/


オリジナル:Pilsner JR, H Hu, A Ettinger, BN Sanchez, RO Wright, D Cantonwine, A Lazarus, H Lamadrid-Figueroa, A Mercado-Garcia, MM Tellez-Rojo and M Hernandez-Avila. Influence of prenatal lead exposure on genomic methylation of cord blood DNA.
Environmental Health Perspectives doi: 10.1289/ehp.0800497.

訳:安間 武(>化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年4月21日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_090421_lead_from_mom_gene_patterns.html

 妊娠中に女性の骨から放出される鉛は、遺伝子発現を変更し、おそらく子どもの生涯にわたり病気になりやすくするようなかたちで発達中の赤ちゃんのDNAに影響を与える可能性がある。これは、鉛がヒトの細胞中の遺伝子プログラムに影響を与え、したがって生涯を通じての遺伝子発現に影響を与えることをし示した最初の研究である。

何をしたのか?

 この研究は、『メキシコにおける環境有害物質への赤ちゃんの暴露(ELEMENT)』というもっと大きな研究の一部であり、母親の体内の鉛汚染が胎児や幼児の発達にどのように影響を与えるかを調べるために設計されている。

 1994年から1995年に、ピルスナーと同僚らはメキシコシティの3つの病院から妊娠中の女性を募集した。鉛濃度は二つの方法で測定した。出産時に採取された臍帯血のサンプルと、出産後約1か月の母親の骨(左脛骨(すね)と左の膝蓋骨(ひざ))である。

 鉛のレベルは、発現を制御する二つの重要な遺伝子 LINE-1 と Alu のメチル化の変化が比較された。DNA メチル化は103の臍帯血サンプル中で測定された。統計的分析において研究者らは、出産時の母親の年齢、母親の教育、妊娠中の喫煙、赤ちゃんの性別などを考慮した。

何を見つけたか?

 最も顕著な発見は、母親の骨に蓄積した鉛の量の遺伝子DNAのメチル化に与える影響に関連することであった。母親の脛(すね)と膝(ひざ)の鉛の量は二つの遺伝子(Alu と LINE-1)のメチル化のレベルと反比例の関係にあった。すなわち、骨の鉛のレベルが増大すると、臍帯血サンプルの血液細胞(血球)中で遺伝子のメチル化が減少する。

 著者らによれば、Alu と LINE-1 はともに”正常な組織内では激しくメチル化されることが知られている”。

 現在の鉛暴露を示す臍帯血の鉛レベルとDNAメチル化の間には何も関連が見いだされなかった。

何を意味するか?

 第一に、研究者らは、母親の骨に貯まっていた鉛への母親の暴露は、遺伝子がプログラムされ発現される仕方に影響を与えるということを見つけた。この結果は、同じく鉛がエピジェネティック(epigenetic/後成)のプログラミングに影響を与えることができることを示すそれまでの動物実験と一致している。

 DNAが読み込まれ翻訳される時期と仕方の変化は、病気へのかかりやすさに一生涯の影響を与える。この研究は、胎児期の化学的暴露がどのように後々、我々を病気にかかりやすくするかに関する手がかりを与えるかもしれない。

 この結果は特に、鉛暴露が既知の鉛の健康への影響をどのように引き起こすかについて理解が深まったという点で重要である。エピジェネティック(後成)のプログラミングの変化は、”鉛がアルツハイマー病のような病気へのかかりやすさに変化を与えるメカニズムかもしれない”と著者らは報告している。

 この発見に基づけば、鉛暴露は、たとえ暴露が止まった後も、多世代に影響を与えるかもしれない。母親と発達中の子どもは、現在の鉛暴露源と母親の骨の中に蓄えられていた以前の鉛の両方に暴露するであろう。母親から子ども、そして多分孫やそれ以上にまで受け継がれる鉛は、体の全ての機能を司るDNAが次世代において発現する仕方を変えることができる。

この研究の潜在的な限界についての著者の注意:
 第一に、この研究で使用された白血球と呼ばれる血液細胞(血球)は、中枢神経系のような他の組織でDNAメチル化変化を示さないかもしれない。また、この研究で使用された血球DNAは多くの細胞タイプの混合であり、それはこの発見に影響を与えたかもしれない。

 これらの発見を確認し、胎児期の鉛暴露がエピゲノム全体及び遺伝子特定のDNAメチル化に影響を与えるかどうかを調査するために追加の研究が必要である



訳注:遺伝子関連情報
  • ゲノム:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    ゲノムの定義
     「ある生物をその生物たらしめるのに必須な遺伝情報」として定義される。遺伝子「gene」と、染色体「chromosome」あるいはgene(遺伝子(ジーン)の)+ -ome(総体(オーム))= genome (ジーノーム)をあわせた造語であり、1920年にドイツのハンブルク大学の植物学者Hans Winklerにより造られた。複数の染色体からなる二倍体細胞においては全染色体を構成するDNAの全塩基配列を意味することもある。

  • 染色体:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    染色体の構造
     染色体の基本構成要素はDNAとヒストンである。一本の染色体には一本のDNAが含まれている。DNAは非常に長い分子であり、細胞核に収納するには折り畳む必要がある。DNAは核酸なので酸性であり、塩基性タンパク質のヒストンとの親和性が高く、全体的には電荷的に中和され安定化している。DNAとヒストンの重量比は、ほぼ1:1である。

  • 遺伝子:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    遺伝子の機能
     DNA複製遺伝子はDNAが複製されることによって次世代へと受け継がれる。複製はDNAの二重らせんが解かれて、それぞれの分子鎖に相補的な鎖が新生されることで行われる。
     本質的には情報でしかない遺伝子が機能するためには発現される必要がある。発現は、一般に転写と翻訳の過程を経て、遺伝情報(= DNAの塩基配列)がタンパク質などに変換される過程である
     こうしてできたタンパク質が、ある場合は直接特定の生体内化学反応に寄与して化学平衡などに変化をもたらすようになり、またある場合は他の遺伝子の発現に影響を与え、その結果形質が表現型として現われてくる。転写はDNAからRNA(mRNAやrRNAなど)に情報が写し取られる現象であり、翻訳はmRNAの情報を基にタンパク質が合成される過程である。この過程はセントラルドグマとも呼ばれる。

  • メチル化:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    メチル化
     メチル化(Methylation)は、さまざまな基質にメチル基が置換または結合することを意味する化学用語である。この用語は一般に、化学、生化学、生物科学で使われる。
     生化学では、メチル化はとりわけ水素原子とメチル基の置換に用いられる。生物の機構では、メチル化は酵素によって触媒される。メチル化は重金属の修飾、遺伝子発現の調節、タンパク質の機能調節、RNA代謝に深く関わっている。また、重金属のメチル化は生物機構の外部でも起こることができる。さらに、メチル化は組織標本の染色におけるアーティファクトを減らすのに用いることができる。

  • デオキシリボ核酸:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    遺伝情報の担い手としてのDNA
     全ての生物で、細胞分裂の際の母細胞から娘細胞への遺伝情報の受け渡しは、DNAの複製によって行われる。DNA の複製はDNAポリメラーゼによって行われる。
     DNAが親から子へ伝わるときにDNAに変異が起こり、新しい形質が付加されることがあり、これが種の保存にとって重要になることがある。
     細菌など分裂によって増殖する生物は、条件が良ければ対数的に増殖する。その際、複製のミスによって薬剤耐性のような新たな形質を獲得し、それまで生息できなかった条件で生き残ることができるようになる。

     有性生殖をする生物において、DNAは減数分裂時の染色体の組み換えや、配偶子の染色体の組み合わせにより、次世代の形質に多様性が生まれる。

  • エピジェネティック・がん研究の必要性―ポストゲノム時代のがん研究―
    エピジェネティックとは何か?
     エピジェネティック(epigenetic)の語源は、17〜18世紀の生物学の中心思想である個体発生の前成説(preformation)に対する後成説(エピジェネシスepigenesis)からきている。前成説によると生物は最初から潜在的に存在した性質が展開されて個体になるとされ、後成説によると生物は発生の過程で順次、内的および外的な影響を受けて個体になるとされた。 現在では「エピジェネティック」は、ゲノム自身の変異以外のメカニズムで遺伝子の発現に影響を与える現象を指している。

  • オミックス第二回
    エピゲノムとは
    人間の遺伝子の後天的変化を追跡すること。後天的な変化を妨げる物質を治療薬に使用することにより、がんの抑制等が可能となる。老化や生活習慣病の解明にも有効。 」エピジェネティクスとは「後成遺伝学。遺伝子情報の変化を伴わずに、細胞が異なる遺伝子発現をするのに関与する現象。またこの遺伝子発現の仕方は細胞分裂により次世代に伝達される。



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