レイチェル・ニュース #772
2003年6月26日
科学技術の革命−その1 (ナノテクについて)
ピーター・モンターギュ
Rachel's Environment & Health News
#772 -- The Revolution, Part 1, June 26, 2003
by Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5680

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年8月18日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_03/rehw_772.html


2003年8月12日発行

 科学技術の革命が起きている。革命は非常に奥が深いので理解することが難しい。これらの出来事について、マスメディアで議論されることはほとんどなかったので、この革命は公衆の議論や論争が全くなしに起きている。

 この革命は、コンピュータに、バイオ技術に、認知科学に、そしてナノ技術に、単独で由来するものではない。それは国立科学財団(National Science Foundation )が NBIC (nano-bio-info-cogno)  技術と呼んでおり [1] 、批評家は、小さな BANG (bits, atoms, neurons, and genes)と呼んでいる) [2] 、これら4つの技術が一点に集まった”何か(something)”に由来する。

 この連載では、我々はこの奥深い革命の意味を、環境、人間の健康、そして民主社会の将来という観点から探ってみよう。我々はほとんど知られていないこれらの4つの技術について述べることから始める。はじめは、ナノテクノロジー、縮めてナノテクである。

 ナノテクは、裸眼では見ることができない非常に小さな物質と機械を扱う科学と工学である。その小さなサイズが特徴である。クリントン大統領が2000年に ”国家ナノテクノロジー計画 National Nanotechnology Initiative (NNI) ” を発表した時に、彼は、 「議会の図書館の蔵書が全て収まるコンピュターが角砂糖1個のサイズ以下になり、センサーは非常に小さくなるので動脈を通じて体内を巡り早期にがんを発見でき、鉄の10倍の強度を持ちながら重量はほんのわずかな新素材ができる」 と述べた。

 国家ナノテクノロジー計画 (NNI)は、アメリカで最も名声の高い科学組織である”国立科学財団 National Science Foundation (NSF)” 内に設置され、2000年にはクリントン大統領は NNI に4億9700万ドル(約600億円)の予算をつけ、ブッシュ大統領は2002年に6億400万ドル(約730億円)、そして2003年には7億1000万ドル(約850億円)に増額した[3] 。

 ナノテクは現在、アメリカで3番目に巨大な研究プロジェクトであり、がんとの戦い、及びスター・ウォーズ・ミサイル防御戦略に続くものである。ナノテクへの助成金(2億2100万ドル)はアメリカ最大の研究助成金として国立科学財団自身へ支給されている。アメリカ第2の研究助成金(2億1万ドル)は国防省への支給である[3] 。

 ナノテクの名前は長さの測定単位であるナノ・メートル=10億分の1メートル=1000分の1マイクロ・メートルに由来する。オックスフォード英語辞典によれば、ナノテクノロジーは、”技術の一分野であり、寸法と許容誤差が100ナノメートル以下のもの、特に原子や分子の操作などを取り扱う”と定義している (NNI のウェブサイト http://www.nano.gov を参照)。ナノテクは普通の砂粒が巨大(直径 100万ナノ・メートル)となるような極微小なものを扱う世界である。人間の髪の毛の厚さは200,000ナノ・メートル、赤血球細胞が10,0000ナノ・メートル、ウィルスが100ナノ・メートル、そして最小の原子(水素)の間隔が0.1ナノ・メートルである。

 ナノの世界では、ありふれた物質も予想しない、予測できない挙動をする。ナノの世界では、物質の弾性、強度、色、耐熱性、耐圧力性、電気伝導度などが変化するかもしれない。従ってナノ科学者や技術者は、新たな商業的可能性とともに、新たな物理的法則を発見しようとしている[4, pg. 48] 。

 例えば、ナノ粒子まで小さくなると酸化亜鉛のような物質は透明性をおびるようになる。酸化亜鉛は通常、白色であるが、ナノ化されると透明となるので目に見えなくなる [5, pg. 35] 。ナノ酸化亜鉛は既に日焼け止め軟膏として商業化されている。エアコンなどに使われている化学物質 CFCs が地球のオゾン層を破壊しているため、特に白人には日焼けと皮膚がんの危険性が増大しているので、日焼け止め軟膏の必要性が以前より高まっている。

 もちろん化学物質は、100年以上前から原子や分子として操作されきたが、ナノ尺度での精密な操作は実際、非常に新しいことである。現代のナノテクノは1981年に発明された超微細検査装置(STM)によって、科学者は個々の原子を”クリック・アンド・ドラッグ”操作をすることができるようになり、この新しいやり方で新しいものを作ることができるようになった。STM についての功績により、チューリッヒにある IBM 研究所のガード・バイニングとハインリッヒ・ローレルは1986年にノーベル物理学賞を受賞した[6, pg. 44] 。

 1990年、カリフォルニア州サンジョセにある IBM のアルマーデン研究所の二人の科学者が STM を用いてナノ操作を実施して見せたが、その時、彼らは35個のキセノンの原子を ”IBM” と並べて書いて見せた。このありふれたように見える実験は、個々の原子を意図的に操作して有用な物質や機械に変える”ボトムアップ製造”への最初の段階を実証したものであった。この年の5月には、日本の科学者がもう一つの画期的なことをやって見せた。彼らは一個の原子を、厳密に機械的な(非電気的な)方法で、正確に動かした[7] 。

 今日の典型的な製造方法は、微細なコンピュータ回路ですら”トップダウン”技術に頼っている。すなわち、原材料を加工やエッチング(腐食)処理して部品や製品を作り出す。例えば、トランジスターを作る共通の技術はシリコン片をエッチングにより不要な部分を除去して必要な回路を残す。この”トップダウン”による製造手法は必要な製品を作りだすとともにとともにムダ(廃棄残余物)も出す。
 ”ボトムアップ”の製造手法では原子が操作されて、理想的な場合には、原子が自身で必要な形に組み立てを行い、あとには何も廃棄物を残さない。従って、”ボトムアップ”手法は廃棄物ゼロの製造手法を提供する。

 ボトムアップ製造技術は現在、一部のコンピュータのディスク表面の製造に用いられており、また、特定の遺伝子や分子にラベルをつけるあるいは特定するために、従来の染料による方法を改善して、”量子の点”を作ることに用いられている。ボトムアップ製造は、おそらくナノ尺度のロボット、すなわちナノボットのような、より複雑な構造を組み上げることができる。

 ナノボットは未来のこと(人によっては科学フィクションであるとしている)であるが、ナノチューブやバクミンスター・フラー(訳注:米国の建築家 Buckminster Fuller)の名にちなんだバッキーボールのようなナノ尺度の炭素粒子はすでに商業用製品としての用途が見つかっている。

 ナノテク開発を注意深く追っている Etc グループ(訳注:カナダの団体) によれば、140余りの企業が現在ナノ粒子を製造しており、その用途は、粉末、スプレー、コーティングなどで、日焼け止め軟膏、自動車部品、テニスのラケット、キズのつかない眼鏡ガラス、よごれない布、自動洗浄窓ガラスなど様々な製品が実現している[8, pg. 2] 。
 日本の三菱化学は年産120トンのナノチューブ製造プラントの建設に着手しており、2007年までに生産規模を年産1500トンにまで拡大する計画があると伝えられている[9] 。

 ナノ粒子の製造と使用はアメリカでもその他のどこでも規制はまったくない。さらに産業界もナノ粒子の製造、使用、廃棄におけるを安全な取り扱いのための規準をなんら規定していない。ナノ粒子の環境及び人間の健康への影響については検証がなにも行なわれていないし、なにも分かっていない。

 2003年4月11日発行のサイエンス誌は最初のナノ粒子実験について報告している。マウスを直径約10ナノメートルのナノチューブに暴露させると、ナノチューブはマウスの肺の最深部にある肺胞に突き刺さり、明らかに毒性の兆候である肉芽腫の形成の引き金となったと、この実験を指導したヒューストンにあるNASAジョンソン宇宙飛行センターのチュー・ウィン・ラムは報告している[10] 。

 炭素ナノチューブだけが赤信号を点灯したナノ物質ではない。ロチェスター大学医学校の毒物学者ギュンター・オバドルスターはラットに20ナノメートルのポリテトラフルオロエチレン(PTFE)粒子を暴露させたが、全てのラットは4時間以内に死んだとサイエンス誌は伝えている。130ナノメートルの PTFE 粒子を暴露したラットには何らの影響も見られなかった。オバドルスターはラットの大食細胞(マクロファージ)、通常これが肺に入る異物を処理する、が20ナノメートルの粒子を処理できなかったと指摘した[10] 。この問題については、このシリーズの後半で、より詳細に検討する。

 ナノ技術者は、ナノマシンが将来、作り出されるということについて疑いを抱いていない。ナノマシンの真の特性はよく分からないが、少なくとも一つの実験用ナノマシンは作られている。
 アデノシン三リン酸塩(人間の細胞内のエネルギー源)のエネルギーを動力とし、高さがわずか11ナノメートルのこのモータは、長さ750ナノメートル、厚さ150ナノメートルの金属棒を8rpm(回転/分)で回転させることができる[6, pg. 47] 。最近、化学的スイッチを導入したので、このナノモータは随意に入り切りすることができる[11] 。そのような機械に現在は有効な用途は見つかっておらず、その可能性を実証し、夢を煽っているだけである。

 将来のナノマシンに関する主要な議論は、1990年に K.エリック・ドレクスラーが 『創造する機械』 を出版して、その中でマイクロウェーブ・オーブンのような家庭用機器をはじめ、どのようなものでも、コンピュータ・チップ、ローレックスの腕時計、人参でもボトムアップ手法で好きなように作ることができると述べて以来、燃え上がってる。ドレクスラーの未来の夢の重要な点は、彼が”アセンブラー”と呼んでいるソフトウェア制御の下での機能である。ナノボットは原子を望む形のものに、自分自身のコピーさえ、組み立てることができるようなプログラムを組み込むことができる[12, pg. 75] 。

訳注:自己増殖する極小の「ナノロボット」をめぐる議論

 国立科学財団(NSF)はドレクスラーの理想郷の展望を共有している。国家ナノテクノロジー計画 (NNI)の主任建築家であるミハイル・ロコ博士は、ナノテクが ”我々の自然に対する理解の新たなルネッサンス、人間の能力改善方法、そして今後数十年内の新たな産業革命”をもたらすであろうと述べている。

 国立科学財団(NSF)は、ナノ革命が来るのはそれほど先のことではないと信じている。ロコは、「ナノテクノロジーは、科学、技術、そして社会を根底から変えるであろう。10〜20年後には工業製品の多く、健康保護、そして環境管理が新たな技術によって変化するであろう」と予測している[13, p. 19] 。

 ロコは、ナノテクは我々に ”人間が作る対象物を高度な効率性をもって製造する方法”をもたらし、”長期にわたる持続可能な開発” を可能にすると述べている。医学に関しては、彼はナノテクが ”診断と治療に革命をもたらす” と述べている。
 ロコは地球社会がナノテクにより完全に変化するとして、「今世紀の人々の健康、富、そして生活の基準に対してナノテクノロジーが与える影響は、少なくとも、前世紀に発展したマイクロエレクトロニクス、メディカル・イメージング、コンピュータ支援エンジニアリング、そして人工ポリマー(プスチック)を統合したような意義を持つであろう」と述べている[13, pg. 2] 。

 国立科学財団(NSF)とドレクスラーが意見を異にする点はナノテクの暗黒の部分である。NSFは、ナノテクは若干の問題は有するであろうが、それは比較的些細なことで、完全に管理することができるとしている。ドレクスラーは地球規模的な災厄を想定している。

 ドレクスラーは1990年に、ナノテクの暗黒部として、事故または悪意ある設計により自己複写機能(アセンブラー)が暴走して、自己複写を絶え間なく行ない始め、地球中を自己複写で埋め尽くすというシナリオ(グレイ・グー grey goo)を描いたが、これはナノテクの危険性を象徴するものである。

 国立科学財団(NSF)は、自己複写機能の可能性について絶対的に否定しているわけではなく、「自然環境で自身を複写できるナノ尺度の機械を創造することが可能になる前に解決しておかなくてはならない多くの非常に重要なな技術的課題がある。これらの課題のあるものは、化学的あるいは物理的原則に関連して、乗り越え難く、空想家が描くような自己複写機械的ナノ規模ロボットを創造することは技術的に不可能かもしれない」と述べている[13, pg. 11] 。

 グレイ・グーの悪夢にもかかわらず、ドレクスラーはナノテクノの熱心なそして楽観的な提案者である。彼はグレイ・グー問題は思慮深い人間によって避けることができると主張している。彼の未来研究所(Foresight Institute )は、ナノテクの濫用を最小にするために ”安全規則” を刊行している(www.foresight.org)。
 それにもかかわらず、ドレクスラーは『Scientific American in 2001』で、「濫用を防止することの課題−果敢な政府やテロリスト団体、個人でさえも、それぞれの目的のためにこの技術を開発している。まだ全貌ははっきりしないが」と書いている[12, p. 75] 。

(次回に続く)

[1] Mihail C. Roco and William Sims Bainbridge, editors, Converging Technologies for Improving Human Performance (Washington, D.C.: National Science Foundation, June, 2002. http://rachel.org/library/getfile.cfm?ID=208

[2] "The Little BANG Theory," ETC Group Communique #78 (March/April 2003). Available on the web at http://www.etcgroup.org/documents/comBANG2003.pdf . And see The Etc Group, The Big Down (Winnipeg, Manitoba, Canada, January 2003). Available at http://rachel.org/library/getfile.cfm?ID=210 . The Etc Group is the primary source of information about nanotechnology for non-governmental organizations. See http://www.etcgroup.org and make sure to read their publication called Communique at http://www.etcgroup.org/search.asp?type=communique . To get a sense of the "gold rush" mentality that grips the nanotech industry today, check in daily at http://nanotech-now.com/ .

[3] Alexander Huw Arnall, Future Technologies, Today's Choices (London, England: Greenpeace Environmental Trust, July 2003). Available on the web at http://rachel.org/library/getfile.cfm?ID=207 .

[4] Michael Roukes, "Plenty of Room Indeed," Scientific American Vol. 285, No. 3 (September 2001), pgs. 48-57.

[5] Gary Stix, "Little Big Science," Scientific American Vol. 285, No. 3 (September 2001), pgs. 32-37.

[6] George M. Whitesides and J. Christopher Love, "The Art of Building Small," Scientific American Vol. 285, No. 3 (September 2001), pgs. 39-47.

[7] Lea Winerman, "How to Grab an Atom," Physical Review Focus May 2, 2003, available at http://focus.aps.org/story/v11/st19 , reporting on Noriaki Oyabu, Oscar Custance, Insook Yi, Yasuhiro Sugawara, and Seizo Morita, "Mechanical vertical manipulation of selected single atoms by soft nanoindentation using a near contact atomic force microscope," Physical Review Letters Vol. 90, No. 176102 (May 2, 2003), an abstract of which is available at http://ojps.aip.org/getabs/servlet/GetabsServlet?prog=normal&id =PRLTAO000090000017176102000001&idtype=cvips&gifs=Yes .

[8] "Green Goo: Nanobiotechnology Comes Alive!" Etc Group Communique #77 (Jan./Feb. 2003), pg. 2. Available at http://www.etcgroup.org/documents/comm_greengoo77.pdf .

[9] Jayne Fried, "Japan Sees Nanotech as Key to rebuilding Its Economy," Small Times Jan. 7, 2002, pgs. unknown. Available at http://rachel.org/library/getfile.cfm?ID=217 .

[10] Robert F. Service, "Nanomaterials Show Signs of Toxicity" Science Vol. 300 (April 11, 2003), pg. 243. Available at http://rachel.org/library/getfile.cfm?ID=224 .

[11] Philip Ball, "Molecular Wheel Gets a Brake," Nature News Service Oct. 30, 2002, reporting on Haiqing Liu and others, "Control of a biomolecular motor-powered nanodevice with an engineered chemical switch," Nature Materials Vol. 1 (2002), pgs. 173-177.

[12] K. Eric Drexler, "Machine-Phase Nanotechnology," Scientific American Vol. 285, No. 3 (September 2001), pgs. 74-75.

[13] Mihail C. Roco and William Sims Bainbridge, Societal Implications of Nanoscience and Nanotechnology (Washington, D.C.: National Science Foundation, March 2001). Available at http://rachel.org/library/getfile.cfm?ID=217 .



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