レイチェル・ニュース #764
2003年3月6日
「子どもたちの健康が損なわれている」と
アメリカ化学会が述べる

ベット・ハイルマン(注*)
#764- Children's Health is Declining,
Says American Chemical Society, March 06, 2003
Bette Hileman
http://www.rachel.org/?q=en/node/5638

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年4月27日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_03/rehw_764.html



ベット・ハイルマン(注*)

 過去、数十年間、いろいろ当惑するようなことが起こり、研究者達は環境曝露によりアメリカでの子どもたちの健康が損なわれていると信じるようになった。連邦政府及び民間の健康関連研究機関は、問題の程度を把握し、その解決に着手し始めた。

 科学者達は、環境曝露が子どもたちに対し、先天的欠損症、がん、喘息などを含む広範な健康上の脅威を与えていると懸念している。
 最近の国立環境健康科学研究所(National Institute of Environmental Health Sciences (NIEHS))の研究によれば、子どものがんの発病率は1970年代初頭から毎年1%増大しており、喘息の罹患率も急上昇し、注意欠陥多動症(ADHD)も多分増大しており、生殖系機能に欠陥を持って生まれる男児が増大し、自閉症児も急増している・・・。

 2月下旬にNIEHSは、「子どもたちに対する特定の環境健康リスクについて検証し、子どもたちを守るために科学のなすべき役割を探り、研究とのギャプを見極めるための会議」を後援した。

 元アメリカ公衆衛生総局長官フィリップ R.リーが基調講演を行なった。彼は胎児及び子どもの健康に影響を与える可能性のある曝露のタイプについて、及び、これらの曝露を緩和するためにできることについて述べた。
 彼はカリフォルニア大学医学校社会医療学科の名誉教授である。

 リーは、子どもたちは環境に対し特に影響を受けやすいとして「子どもたちは生まれた時には、神経系、呼吸系、生殖系、免疫系などはまだ十分に発達していない。彼等の細胞はダイナミックに増殖中であり、諸器官は急速に発達中である」と述べた。
 また子どもたちは大人に比べて、体重当り、より多くの空気を吸い、食べ、そして飲む。

 リーは、「ADHDのような神経精神系障害が子どもたちやその家族に与える影響は計り知れないものがある」と述べている。リーによれば、ADHDの子どもたちは、退学、薬剤濫用、自殺などの危険性が高い。また、発達中の神経系に悪影響を与え、ADHDの原因となりうる環境中の有毒物質は、既知のもの及び疑いのあるものが数多くあり、例えば、鉛、水銀、マンガン、タバコの煙、ダイオキシン、PCB、ある種の農薬、溶剤などである。

 りーは、マンガンは社会が簡単に削減できたはずの曝露の一つであるとしている。マンガンによる影響には、注意力欠陥、衝動性、攻撃性などがある。
 重要な栄養でもあるマンガンは非常に低レベルで母乳中に存在するが、牛乳から作られる調合乳や豆乳にも含まれていて、乳児はこれらからも摂取する。乳児には過剰なマンガンを排出する機能がまだ備わっていないので、母乳から摂取する以上のマンガンを乳児が摂取することは危険であるとリーは述べている。

 アルバーニーのニューヨーク市立大学環境健康研究所長デービッド・ O.カーペンターは鉛、水銀、PCBへの曝露の影響について論じた。高濃度の鉛に曝露した子どもたちは、すぐ取り乱し、きちんと身の回りのことができず、過剰に反応しやすく、衝動的で、攻撃的で、すぐ欲求不満におちいりやすいと彼は述べている。
 「鉛の血中濃度が1μg/dlの低レベルであっても子どもに学習と行動に有害な影響を与える。子どもに対する鉛の有害性については(この値以下なら安全であるという)しきい値など存在しないであろう」と彼は述べた。

 カーペンターはまた胎児の低用量の水銀への曝露の影響も広範囲であるとしている。例えば、運動能力、集中力、言葉などである。知能指数を低下させ、衝動性を増す。”妊娠中に大量の魚や海産物を食べた女性の子どもたち”は、水銀曝露の危険性が最も高いと彼は述べている。
 魚から多くのたんぱく質を取っている移民や先住民、その他のアメリカ人は水銀に曝露しやすい。アメリカの妊娠可能年齢の女性の10人に1人は、血中の水銀レベルが安全とされる値を超えていると彼は指摘した。

 若年期にPCBに曝露すると同様な影響があるとカーペンターは述べた。臍血や母乳通じて高レベルのPCBに曝露した乳幼児には、異常な神経反射や視覚や聴力刺激に対する集中度未発達などの影響がでる。3.5歳 児でも複数の行動障害があり、甲状腺や免疫系の異常がある。
 もし子どもたちがこれら鉛、水銀、PCBの中から2つ、あるいは3つの物質に曝露したとしたらその影響はどのようなものになるのかは、全くわからないと彼は述べた。

 ジョーンズ・ホプキンス大学ブルームバーク公衆衛生校の疫学者ジョナサン・サメットは「オゾンや窒素酸化物は健康に対し広い範囲で悪影響を及ぼしている」と述べた。胎児が曝露することで流産や出生時の低体重の原因となる。出生後の曝露ではがん、乳幼児突然死症候群、呼吸障害と関連していると彼は述べた。

 サメットはさらに続けて、子どもたちが日常生活で多くの時間を過ごす場所の空気の汚染状況をよく調べることが重要であると述べた。例えば、多くの子どもたちが過ごす場所は、家庭、学校、遊び場、スクールバス(1日平均40分)、両親の車、近隣の屋外などである。家庭内では、タバコの煙、窒素酸化物、薪による煙、ラドン、薬剤、揮発性有機物質、屋外からの微粒子などがあると彼は述べている。
 屋外での曝露は、微粒子(特にディーゼル車からの排出ガス)、オゾン、薬剤、有害大気汚染物質などがある。

 サメットは「排気ガス関連の汚染により、急性呼吸器系疾患などを含む病気の罹患率と死亡率が増大しているが、喘息の罹患率が増大していることは屋外の大気汚染だけが原因であるとは言い切れない」と述べた。

 サメットは「もっと研究調査が必要であるが、いくつか分かっていることもある」と結んだ。一つは主要道路から90メートル以内の場所に住んでいる子どもたちには、呼吸器系疾患が増えている。もう一つは、オゾンの量が多い屋外でチーム・スポーツをする子どもたちは、清浄な大気環境にいる子どもたちに比べて、はるかに喘息に罹り易いということである。
 これは南カリフォルニアにおける3,522人の喘息履歴のない子どもたちに対するコホート研究に基づくものである。
 また、大気の汚染が改善されると、喘息の子どもたちの中で、救急処置を必要とするような急性発作を起す子どもたちの数が劇的に減少した。自動車の運転が規制により激減した1996年夏のアトランタ オリンピックの間、喘息発作による救急介護と入院の数は42%減少した。

 ジョーンズ・ホプキンズ大学ブルームバーグ公衆衛生校の小児科教授ペイトン A.エッグレストンは、急性喘息の黒人の子どもたちの罹患率(7.2%)は白人の子どもたちの罹患率(3.0%)の倍以上であり、喘息による年間の黒人の子どもたちの死亡率(100万人に38.5人)は白人の子どもたちのそれ(100万人に15.1人)の倍であると述べた。

 1989年から1999年のボルチモアにおける急性喘息による入院患者数は夏が最低で、9月、10月がピークであった。一方、屋外のオゾンは7月と8月が最高であり、このことは屋内が発生原因として考えられるので、屋内の空気の品質を調べる必要があるとエッグレストンは述べた。また彼は、「私は秋口に喘息が多いということは何かウィルス性の感染症が重要な役割を果たしているのではないかと思う」と述べた。

 都市部における喘息に関する全国共同調査で、調査員が8都市のスラム街に住む1,528人の喘息の子どもがいる家庭を訪問調査したとエッグレストンは述べた。
 それによると、都市部スラムでは、喫煙家庭が69%、二酸化窒素が平均より高い家庭が24%、屋根からの雨漏りがあり、それによりカビ等が生えている家庭が29%、埃の中にアレルギー性物質が存在する家庭が77%であった。
 カビやゴキブリ、埃の中のダニなどに過敏な子どもたちは特に緊急入院することが多かった。1,528人のグループは、平均2週間に3.3日発作を起こし、6ヶ月に1度、緊急入院していた。

 ミネソタ大学小児科医局のレスリー L.ロビンソンは、1974年以来、子どものがんが、年1%増加しているが、それは主に白血病と腫瘍の増加によるものであると述べた。しかし、「それが人為的なものなのか、自然にそのようになっているのかよくわからない」と彼は述べた。脳腫瘍に関しては、診断技術が進歩したために、発見が増加しているのかもしれないと述べた。

 少なくとも15歳までに600人に1人はがんと診断され、毎年8,500人の子どもががんと診断され、毎年2,500人が死亡している。
 がんの発生が最も多いのは生後1年以内である。「このことから、これらのがんが出生前の何かが原因となっているということは明らかである」と彼は説明した。

 腫瘍の第2のピークは思春期後期である。一般にこの時期のがんはホジキン病(悪性リンパ腫)、骨がん、甲状腺がん、黒色腫などが多い。

 あるがんに対しては要因となりうるものが分かっているものもあるが、それだけではがんの増加の説明がつかないとロビンソンは述べている。例えば、脳腫瘍と急性リンパ芽球白血病は子宮内の電離放射線によって引き起こされる可能性がある。急性骨髄白血病は子宮内の電離放射線かあるいは化学療法によって引き起こされる可能性があると彼は述べている。
 しかし、神経芽腫、網膜芽腫、ウィルムス腫、hepatoblastoma、エウィング肉腫、生殖細胞腫などの子どものがんについては原因の分からないものが多い。

 子どものがんに影響しているかもしれない環境要因としては、妊娠中の母親の喫煙、飲酒、塩漬け肉、topoisomerase II inhibitors 、不適切なビタミン剤の摂取、などがある。出生後の曝露としての農薬、電磁波、両親の職業としての農業、航空機、農薬、塗装、製紙業などもがんに関係しているかもしれないとロビンソンは述べた。
 遺伝子と環境の双方は、多くの子どものがんにとって重要であるとしながらも、「遺伝子、または環境だけががんの原因となるというようなことはあまりない」と説明した。しかし、遺伝子−環境の相互作用に関する研究は今までほとんど行われてこなかったと付け加えた。

 この点に関しては、子どもたちのがんを防ぐために何ができるかということについて研究が行われるべきであるとアメリカがん協会のマイケル・シューンは述べた。がんの治療法についてはずいぶん進歩したが、がんの原因をはっきりさせるということについてはほとんど進展がないと彼は述べた。

 がんの集団発生についてはメディアの注目をずいぶん集めたが、研究に基づく科学的な発見はほとんどないと、アメリカ疾病管理センター(CDC)国際環境健康センターのトム・シンクは述べた。
 確認されたとするがんの集団発生は偶然か、がんの予想発生率の計算間違いによる可能性がある。

 しかし、ネバダ州ファロンの白血病の集団発生は興味深いとシンクは述べた。誰もが予想しなかった時に、15症例の子どもの急性リンパ球白血病が見つかった。
 ファロンは永年、飲料水中の高濃度ヒ素が問題にされていたと彼は述べた。高濃度のタングステンもファロンで見つかっている。CDCの最近の全国調査による全国平均と比べると、ファロンの85%の人々は全国平均を上回る濃度のタングステンに曝露していると彼は述べた。

 エモリー大学ロリンズ公衆衛生校疫学客員教授のゴッドフリー・オークレイは、ビタミン不足、麻薬、母親の病気などを含む子どもの健康に影響を与えうるものは、単に汚染物質というよりは環境そのものであると指摘した。
 彼は次のように述べている。例えば、葉酸(folate)の欠乏は先天性欠損症、特に神経管欠陥を引き起こすことが知られている。葉酸欠乏に対しては小麦粉やセリアルを葉酸で強化し、ビタミンを摂取することで安く簡単に対処できる。アメリカでは1998年以来小麦粉とセリアルのあるものは葉酸で強化されているが、ヨーロッパでは強化されていない。
 「もし、先天性欠損症を減らしたいなら、過去の問題点に注意を払うとよい」と彼は述べた。その他、先天性欠損症の原因として知られているのは、妊娠中の母親のバルプロイック酸(valproic acid)の使用である。アキュタン(accutane)及びビタミンAの摂り過ぎ、糖尿病、妊娠中の風疹などがあると彼は述べている。

 国立環境健康科学研究所(NIEHS)のテリー・ダムストラは世界保健機関の内分泌かく乱化学物質(EDCs)の地球規模での評価 について論じた。
 胎児や幼児が内分泌かく乱化学物質に曝露すると、生涯の機能障害を受けるが、成人してからの曝露では検出できるような障害は起こらないと彼は述べている。その他の内分泌かく乱化学物質の特性として、同じレベルでも人生における曝露の時期によって影響が異なるということである。

 内分泌かく乱化学物質による影響の一つは、胎児のPCBへの曝露により、子どもの神経行動の発達が損なわれることであるとダムストラは述べた。
 実証荷重手法(weight-of-evidence approach )で関連する研究のデータを眺めてみると、環境中の内分泌かく乱化学物質が人々に対して不都合な結果を与えうる危険性を有することが分かる。
 「国際的な研究戦略を早急に立て、数多くのデーター間のギャップや不確かさについて研究する必要がある。曝露から守ることが環境の脅威から守るための尤も単純で効果のある方法である」と彼女は結論付けた。

 シンクタンクであり、科学を環境と健康を守るために賢く適用することをめざす”科学と環境健康ネットワーク”の科学部長テッド・シェトラーによれば、環境中の物質は胎児、幼児、思春期初期の子どもの神経系の発達時における多くの細胞形成をかく乱することがある。これらには細胞分裂、移動、分化、シナプシス形成、シナプシス解除、myelinization、apoptosis などが含まれる。

 例えば、細胞分化はエタノール、ニコチン、水銀、鉛、甲状腺ホルモンの低下などの影響を受ける。
 シェトラーは、「しかし、神経系の発達に悪影響を与える有毒物質を評価するためには、まだまだ多くの不確かさが残っている。その一つは関連する環境に曝露してからそれによる悪影響の証拠が現れるまでの潜在期間が長いということである。したがって、”悪影響の証拠があがるまで対処するのを待つ”ということでは被害が拡大する結果となる」と彼は述べた。

 「我々は現在、曝露と健康の関連についての科学的な理解における革命の真っ只中にいる。それが成し遂げられれば、人々の健康を守るための新たな仲裁のための機会を提供できる可能性がある」と国連基金のシニア・アドバイザーであるジョーン・パターソン・マイヤーズは述べた。この革命は多くの国の政府の基金による研究によって推進される。

 これらの研究の成果は、環境汚染物質が生物学上問題があることを示す論文として、事実上毎週のように発表されることである。
 この研究は、成人の慢性病も改めて検査する必要があり、特に胎児のころ環境汚染物質の影響を受けて、後に成人してから慢性病として現れているのではないかという点について見直すことを示唆していると彼は説明した。

 これらの研究が必要なのに、アメリカ環境保護局(EPA)の子どもの環境健康に関する計画規模は縮小されようとしている。
 EPAの子ども健康保護事務所(Office of Children's Health Protection )には2002年4月以来、所長が不在であるし、子どもの環境健康と安全の大統領タスクフォ−スを作り出した行政命令も4月21日に失効する。
 EPAは子どもの環境健康センターの年間予算を600万ドル(約7億2000万円)から300万ドル(約3億6000万円)に削減する提案をしている。このセンターはEPAとNIEHSが共同で基金を出している。もし議会がこの予算削減を認めれば、「子どもの環境健康センター」の総数は12から10に減ることになるであろう。



ベット・ハイルマン(注*)
 ベット・ハイルマン(Bette Hileman)は、アメリカ化学会(American Chemical Society)が発行する『Chemical & Engineering News』の上級編集者である。
 この記事は、2003年4月7日発行の『Chemical & Engineering News』掲載の記事、”子どもの健康”から抜粋したものである(23-26ページ)。
 アメリカ化学会(American Chemical Society )は化学者のプロフェッショナル学会である。



 アメリカ化学協議会(American Chemistry Council)は、女性の間でのイメージを改善するために5000万ドル(約60億円)を使うことになった。

プラスチック ニュース 2003年3月31日
(ヒューストン 2003年3月28日) アメリカ化学協議会(ACC)はそのイメージを改善するために、アメリカ・プラスチック協議会(APC)の戦略を採用することになるであろう。ACCは、APCが数年前に実施したものと同等の範囲と規模(5000万ドル/約60億円)で、コミュニケーションプ・ログラムを実施するということを今春にも決定することになったとノバ・ケミカル社の社長で、ACCの評議員であるジェフ・リプトンが述べた。

 「APCはその金のほとんどを、若い既婚女性を対象としたテレビのコマーシャルにつぎ込んだとジェフ・リプトンは述べた。
 そのコマーシャルは若い既婚の女性がプラスチック製品だから彼女や彼女の家族にとって、より安全であると感じさせるようにしたものであった。

 このコンセプトは思惑通り、プラスチック製品に対して非常にうまくいったので、化学物質に対しても、同じ様にきっとうまくいくであろう。

 2003年4月4日、アド・エイジは、アメリカ化学協議会(ACC)がキャンペーン広告でOgilvy & Matherと5000万ドルで契約することとしたと報道した。。
 アメリカ化学協議会(ACC)は化学会社からなる商業団体である。
(ピーター・モンターギュ)



化学物質問題市民研究会
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