レイチェル・ニュース #762
2003年2月6日
予防原則−被害を証言し、軽減する−その2
キャロリン・ラッフェンスパーガー(*)
#762- Precautionary Principle:
Bearing Witness to and Alleviating Suffering,
Part 2, February 06, 2003
Carolyn Raffensperger*
http://www.rachel.org/?q=en/node/5626

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年3月25日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_03/rehw_762.html


キャロリン・ラッフェンスパーガー(*)

Rachel's #761からの続き

診療所の環境負荷を軽減する

 医療従事者には自らの医療行為が疾病の原因となるような環境劣化を起さないようにする特別な義務がある。塩化ビニル(PVC)プラスチック、水銀体温計、その他有害物質の使用は止め、有害性の少ない材質を使用した医療器具に置き換えることができる。
 ”有害性のない医療(Health Care Without Harm )”という団体が問題のある医療器具やより安全な代替医療器具に関する情報を持っている[14] 。

 薬草療法を行う医療従事者は生物多様性の保護を推進しなければならない。薬草はすべて持続可能であるよう育て、採取されなければならない。”植物保護連盟(The United Plant Savers )”は人間の行為よりに絶滅の危機にある植物をリストアプしている[15] 。
 「我々の意図は、薬草療法の流行と薬草生育地帯の減少とにより、現在、減少傾向にある医療用植物を増やすことにある。植物保護連盟はこれらの薬草の使用禁止を要求しているのではなく、これら重要な野生の薬草の保護活動を行っているのである」と植物保護連盟は述べている15]。

 外国からの植物については1992年の生物多様性に関する協定[16] で規制されている。これは生物多様性を保ち、最も豊かな生態系を有する発展途上国を支援する国際協定である。
 残念なことにアメリカはこの協定を批准しておらず、この協定により保護されるべき植物を自由に取引できるよう求めている。
 野生薬草の生育地を知り、それら野生薬草の資源国と財務協定を結ぶことが重要である。

 しかし、医療のあらゆる側面について、環境負荷の低減に貢献しているかどうか評価し、環境負荷の低減に努めなくてはならない。いかに多くの廃棄物が埋立及び焼却処分されていることであろうか? 駐輪場が駐車場と同じ様に確保されているであろうか? 医療施設のネネルギー消費を減少することはできないであろうか?

健康障害のパターン変化

 医療従事者はまた、環境健康問題のパターン変化を監視すべき立場にある。例えば専任の医療従事者が薬剤による有害な反応や異常な疾病の流行などを監視し報告するということである。
 あなたは患者や地域の中に環境問題に関連しているかもしれない異常なパターンに気がつくことはないであろうか? それらのことについて報告するような場所をお持ちであろうか?

 アレン・パルメ博士はそのような監視医療従事者の一人であり、マイクロ波を使用したポップコーン工場の作業者はバター風味添加物による微粒子を吸い込むことで起こる珍しい肺疾患(bronchiolitis obliterans)にかかりやすいということを発見した。このような職業病については”国立職業安全衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health)に報告することになっている。しかし職業病ではない環境健康障害の場合にはそれを報告すべき場所がほとんどない[17] 。

 ミネソタ州健康局は環境健康障害の問題について認めており、監視医療従事者のモデルに基づく予防原則委員会(precautionary principle committee)を設置した。その目的は、発生した特定の問題に関する科学的及び政策的側面を検証し、現実的な回避措置を検討することである。

 このような委員会を地方、州、国家レベルで設置することができるはずである。このような委員会に野生生物学者、教師、獣医、そして医療従事者などを含めることも可能なはずである。このような委員会は、公衆の健健状態を監視し、予測できないようなパターン変化を観察し、問題が発生することを事前に防ぐための予防措置(precautionary action)をとるために設置される。

健康に関する目標の設定

 ほとんどの州が、がんや先天性欠損症などの緊急を要する健康問題や特殊学級の児童生徒数の統計データは持っている。病院や研究所なども、例えば喘息による緊急入院患者数など自身の記録を保有している。
 これらの統計データは地域や州が健康に関する目標を設定するために使用することができるはずである。
 連邦健康福祉局(The U.S. Department of Health and Human Services (DHHS))は、、肥満防止、心(臓)血管疾患の削減などのような一般的な健康目標は設定しているが、環境健康に関する目標については今までに設定したことがない。しかしそのような目標を設定すれば公衆の健康に関する政策を新しい方向に導くことができる。目標には喘息、学習障害、がんの発生の削減などを含めることができるはずである。

実施事例

 予防原則を実施するということは困難な仕事である。しかし、アメリカ、ヨーロッパ及びカナダでは、いくつかの法律でそれを実現しようと試みている。
 以下に示す事例は環境健康に関わる取り組みとして特に興味深いものである。

 1999年、ロスアンジェルス統合学校区では、学校における農薬使用を規制するために予防原則を採用した。この学校区では以下の原則を確認した[18] 。
 1)人間の健康に有害ではない農薬など存在しない。  2)人間の健康に有害であるということを政府や社会の人々が証明するのではなく、農薬製造者がその農薬製品は人間の健康にとって危険性がないということを立証すべきである。

 2001年、ベリゾン無線社は同社のアメリカにおける携帯電話購入者に小冊子を送り、携帯電話が発する電波は子どもに対し危険性が存在する可能性があるということを伝えた。
 同社は小冊子の中で予防原則という言葉を用い、両親はこの予防原則を採用し、子どもの携帯電話の使用を制限するよう提案した。
 予防原則と意識せずに用いられている同様な言葉が同社のウェブサイトにも見かけられる[19] 。  サンフランシスコ市は予防原則特別委員会を設置し、どのようにすれば市当局が予防原則を適用できるかについての討議を2002年の始めに開始した。
 同委員会は下記のように述べている。

この目的を達成するために、当委員会は:
a.一般の人々向けのQ&Aを用意し、その改訂を行う
b.購買部門などの部局向けに予防原則のガイドライン、書式、規準を設ける
c.短期的な初期目標を提示する
d.進捗を監視できる指標を設ける
e.市当局職員の訓練を行う

 環境に関する委員会事務局は主要図書を整備し、予防原則に関して述べた書簡をとりまとめている。
 図書と書簡は公開されている。

結論

 過去の環境政策は測定とリスク管理について述べるだけで、環境健康のダメージを食い止めることはできなかった。
 多くの慢性病が増加しているが、もとをたどるとその多くは生態系のダメージに起因している。この新たに出現した問題に対しては、さらなる生態系の破壊を守り、その結果人間の病気を防ぐための新たな手法が必要である。
 予防原則は環境健康を考える上での新しい手法であり、医療従事者が問題について十分に理解し、環境との関連について日々の診療活動において観察し、報告することが求められる。
 医療従事者はまた、職場においても廃棄物を少なくするよう努力し、環境に有害な医療機器や医療の代替を見つけるなど、環境に関する行動を実践することができるはずである。

 世界中で多くの被害が出ている。水銀や鉛におかされて読み書きを学ぶことができない子ども達、喘息のために息を吸い込むことができない子ども達、内分泌かく乱物質のために生まれつきペニスが変形している子ども達、これらの子ども達のすべてが一生涯、重荷を背負わなくてはならない。

 我々は、全ての種の子孫が健康で活気にあふれた世界を思い描く。我々は行動することができる。我々は予防原則を実施することができる。それはたとえ科学的には不確かなところがあったとしても予防措置をとることを我々に促がす原則である。

 カエル、白ペリカン、海カワウソ、人間、そしてモナーク蝶(訳注:アメリカの移動蝶)も我々が努力することに価値のある生物である。

 我々は被害を証言したり苦痛を和らげたりするだけでなく、美への証言者になろうではないか!


 この記事は『健康と医療における代替療法 Alternative Therapies in Health and Medicine』2002年9月/10月号に掲載されたものである。
(*)キャロリン・ラッフェンスパーガーは、アイオワ州アメスの”科学と環境健康ネットワーク”の理事長である。


14. Campaign for Environmentally Responsible Health Care. Health care without harm. Available at: http://www.noharm.org. Accessed July 24, 2002.

15. United Plant Savers Web site. Available at: http://www.plantsavers.org. Accessed July 24, 2002.

16. United Nations Environment Programme. Convention on Biological Diversity convention text; 1992. Available at: http://www.biodiv.org/convention/articles.asp. Accessed July 23, 2002.

17. Associated Press. Popcorn plant workers develop rare lung disease; artificial butter flavoring is blamed. October 4, 2001. Available at: http://abcnews.go.com/wire/Living/ ap20011004_893.html. Accessed July 24, 2002.

18. Kriebel D, Tickner J. Reenergizing public health through precaution. Am J Pub Health. September 2001;91(9):1351-1355.

19. Verizon Wireless Consumer Disclosures. Available at http://www.verizonwireless.com/jsp/disclosures.jsp. Accessed August 5, 2002.

20. San Francisco Commission on the Environment. Available at http://www.sfgov.org/sfenvironment/sfenvcomm/prprin/d042502.htm. Accessed August 5, 2002.



化学物質問題市民研究会
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