レイチェル・ニュース #760
2003年1月9日
2002年回顧−その2 バイオテク苦難の道
ピーター・モンターギュ
#760 - Year 2002 in Review -- Part 2, Bumpy Road for Biotech, January 09, 2003
by Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5610

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年2月16日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_03/rehw_760.html


 2002年は思いがけない事件がろいろバイオテク産業に起きた年であった。バイオテクとはバイオテクノロジー(生物工学)の略であり、遺伝子操作によってバクテリアや昆虫や、植物、動物に新しい特徴を与える技術である。

 アメリカ政府から莫大な助成金を得て、バイオテク産業は過去5年間に急速に成長し、新しいバイオテクに関する発明がほとんど毎日のように報道されている。現在ではあらゆる動物が日常的にクローン化されている。多くのクローン動物は早死し、また、関節炎などの痛みを伴う健康障害を持ち、重大な動物虐待ではないかと疑問視されるようになっているが、クローン動物のあるものは正常に発育し、望ましいと考えられる特徴を備えているものもある。
 つい数日前、ニュージーランドの研究者は、たんぱく質が豊富でチーズの製造に適したミルクを出す牛のクローン化に成功したと発表した。「これはすばらしいことではないですか。特にあなたがピザパイをお好きなら」と、アメリカでバイオテク産業を監督する3つの官庁のひとつであるアメリカ農務省(USDA)の科学者ロバートJ.ウォールは述べた[1] 。

 クローン動物に関するビジネスは急に複雑な情況となってきた。
 2002年、ある会社が死んだ豚をクローン化した。イリノイ州にあるプレーリー・ステート・シーメン社のオーナーであるジョーン・フィッシャーは43,000ドル(約500万円)で種豚のチャンピオンを買い、彼の退職金口座番号にならって401-Kと名づけた。ところが期待に反して401-Kはすぐに死んでしまったので、フィッシャーは死後1時間以内に豚の耳から細胞を取り出してクローン会社に送り届けた。クローン会社は401-Kとほとんど同じ新しい豚を作り出した。初めての豚の”復活”である。
 401-Kの子孫の豚肉を(もちろんその経歴を隠して市場に出せば)高値で売れると期待していたフィッシャーは「こんなところで、もたつくなんてウッディ・アレンの悪い映画を見ているような気分だ」と嘆いた。アメリカにはクローン動物の肉やミルクを売ってはいけないという法律はないが、アメリカ食品医薬品局(FDA)はクローン業界に対し、安全性が確認されるまで市場に製品を出さないよう自主規制することを求めていたのである[2] 。

 8月にFDAは国立科学アカデミー(NAS)から安全性に関する報告書を受領した。ワシントン・ポストがNAS報告を以下のように要約して紹介している。
 「動物の遺伝子操作は環境に、従って、人間の健康に重大な影響を与える可能性がある。これらの危険性を克服するために政府がいかに努力しても混乱を招くだけで、恐らくよい結果は得られない」とNASの科学審議会が昨日述べた[3] 。

 一ヵ月後にワシントン・ポストは、クローン動物業界はFDAの強い自粛要請にもかかわらず、クローン技術に投資した多額の資金を回収するために、2003年の早い時期にクローン動物からの製品であることを示さずに市場で売りに出すようだと報じた[2] 。

 アメリカ食品医薬品局(FDA)によるバイオテク食品業界の規制は”本質的同等性(substantial equivalence)”という概念に基づいている。バイオテク技術によって栽培された穀物は詳細な安全性テストを行うことなく市場に出すことが許される。非バイオテク穀物と”本質的同等”であるとみなされるからである。言い換えれば、魚のカレイから不凍性の遺伝子を得たトマトでも、FDAによれば、トマトはやはりトマトなのだから通常のトマトと本質的に同等であるということになる。

 しかし、2002年7月に、遺伝子技術による医薬品により、ある深刻な病気が発生しているという報告がなされた。それによれば、ある人々は遺伝子技術によるたんぱく質に対しては、自然のたんぱく質に対するのと同じようには反応しないということがわかった。彼らの免疫システムは遺伝子技術のたんぱく質に対してあたかも病菌のように反応し、それを破壊しようとして人の身体にダメージを与える。
 2002年中にバイオテク医薬品エプレックス(Eprex)を服用した141人の患者はその医薬品中のたんぱく質に異常反応し、体内で赤血球を作り出せなくなった。彼らは現在、輸血を続けることで、生きながらえている。「これは全く驚くべきことだ」とオランダのユトレヒト大学のハブ・シェリケンズ教授は述べた[4] 。

 バイオテクの一端としてバイオ医薬品技術があるが、これは植物に遺伝子を挿入して医薬品、ワクチン、酵素、抗体、ホルモン、あるいはプラスチックや洗剤、接着剤などの化学物質を作り出す技術である。これらの実験の多くはトウモロコシを使用して行われるが、それはトウモロコシが新しい遺伝子を比較的挿入しやすく、また種子中に新しいたんぱく質を作りやすいからである[5,6] 。
 サンディエゴにあるエピサイト医薬品会社は、200エーカーのトウモロコシ畑から1年で、4億ドル(約500億円)の工場が1年間で生産するのと同等の医薬品を生産できると算出している[7] 。
 ダウ・アグロサイエンス社のギャリー・カーディアウは2001年に、バイオ医薬業は2010年までに2,000億ドル(25兆円)の産業になるであろうと試算している[7] 。
 テキサス州のバイオ医薬品開発会社であるプロディジェネ社の社長アンソニー・ラオスは10年以内にアメリカの全トウモロコシ作付け面積の10%がバイオ医薬品用に供されるであろうと予測している[7] 。

 当時、プロディジェネ社は、B肝炎のワクチンを温室ではなく屋外栽培のトウモロコシで作る実験計画に着手していたし、また豚の下痢を防ぐためのワクチンを製造していた。
 同じ時に、サンディエゴにあるエピサイト医薬品会社とそのパ−トナーであるダウケミカル社はヘルペス単体ウイルスに対する人間の抗体を作るためのトウモロコシ実験計画に取り組み中であった[8] 。

 エピサイト医薬品会社また2001年には、人間の精子を攻撃する珍しい抗体を発見し、その製造のための避妊薬用トウモロコシを開発したと発表していた。「我々は反精子用抗体を作るためのトウモロコシ工場のための温室を持っている」とエピサイト社の社長ミッチ・ヘインはロンドン・オブザーバー紙に述べた[5] 。

 トウモロコシはその花粉を容易に周囲にばらまく多くの植物の内のひとつであることが知られている。通常のトウモロコシがバイオ医薬用トウモロコシの花粉により汚染しないよう、アメリカ農務省(USDA)は実験農場を他のトウモロコシ畑から1320フィート(約400メートル)以上離すよう要求した。これは、昆虫、鳥、げっ歯類(ねずみなど)、風、洪水、たつ巻、そして人間は1320フィートの距離があれば花粉を移動させることはないであろうという仮定に基づくものである。

 2001年にバイオ医薬事業者と政府規制担当官は、遺伝子組み替えトウモロコシがアメリカの食糧をバイオ医薬品、ワクチン、避妊薬、産業プラスチック、洗剤、接着剤などで汚染しないようにすることに自信があると明言した。「トウモロコシから取り出した価値あるものを我々は外に出すようなことはしない」とプロディジェネ社の社長アンソニー・ロスは述べた。FDA担当官キャスリン・スタインは「また、我々は全ての廃棄物(トウモロコシ廃材)を規制している。だからそれらが食糧や飼料を汚染することはないだろう」と述べた[7] 。

 しかし、バイオ医薬品業界自身が、アメリカ農務省(USDA)の規制がアメリカの食糧を守れるということについて完全に自信を持っているようには見えない。
 2002年10月、商取引団体であるバイオテクノロジー産業協会(BIO)は、いくつかの会員(会社)がトウモロコシ栽培の主要州でのバイオ医薬品関連の実験を自主的に禁止することに同意したと発表した。同協会(BIO)はその自主的禁止措置がいつまで続くのかについては明言できなかったし、またバイオ医薬品事業者の全てが同協会の会員であるというわけではない。
 アイオワ州など主要なトウモロコシ栽培州から選出されている会員達は、彼らの州の農民はバイオ医薬品ビジネスを是非とも必要としているので、禁止措置に断固反対すると誓った[9] 。

 食品加工業界はBIOの自主的禁止措置がアメリカの食糧の安全を守れるとは考えておらず、トウモロコシを使ったバイオ医薬品の実験を規制する新しい法案を作るよう議会に働きかけている。
 食品加工業界はバイオ医薬品事業者はタバコなどの非食糧穀物のみを使用するよう望んでいるが、バイオ医薬品事業者はそのようなことは非現実的であるとして、「我々のトウモロコシが守られることが保証されることを望む。気がかりである」とペプシコ社スポークスマン、マークドリンズは述べた。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、同社はアイオワ州セダーラピッズに朝食用セリアル(オートミール、コーンフレーク類)工場を持つクエーカー・オーツ社の一部門であり、アイオワ州は数百万ドルを使ってトウモロコシ・プラントに興味を持つバイオ医薬品会社を同州に誘致している[9] 。

 食品加工業者は2年前に、家畜用飼料としては認可されていたが、人間用としてはアレルギー反応がでる恐れがあるということで許可されていない遺伝子組換えトウモロコシのスターリンクでひどい目にあわされた。スターリンクが4億3,000万ブッシェル(約1,500万リットル)のトウモロコシに混ざっていたことがわかり、300銘柄以上のタコス(メキシコ料理)用の皮、トウモロコシパン、その他の加工食品を4億ドル(約500億円)以上のコストをかけて回収する羽目におちいった[7] 。
 「”第2スターリンク事件”の補償金を負担する余裕などはないということにバイオ医薬品業界の全員が同意していると思う」とエピサイト医薬品会社のバイオテクノロジー担当重役であり、トウモロコシ避妊薬の発明者であるミカエルH・ポーリーは述べた.[9] 。

 第2スターリンク事件は2002年11月に起きた。ワシントン・ポストは11月13日に、ネブラフスカ州で数十万ブッシェル(数万リットル)の大豆に豚の下痢を抑えるワクチンを含んだ少量のバイオ医薬トウモロコシが混じっていることを政府の検査官が発見したと報じた。犯人はテキサス州のバイオ医薬の先達プロディジェネ社であった。
 翌日、農務省はプロディジェネ社の第2の過失−155エーカーのアイオワ州のトウモロコシ畑がプロディジェネ社が豚の下痢を抑えるワクチンを製造するための遺伝子組み替えトウモロコシによって汚染されていたと発表した。
 プロディジェネ社の担当者は報道記者の電話に答えることを拒否したが、「課題の克服に向けて、鋭意努力中である」というプレス・リリースを発表した[10]。バイオ医薬トウモロコシは結局、食品には入っていなかったが、これは重大な影響を与えるかもしれない予兆である。

 アメリカ食料品製造者協会のステファニー・チルズは「これは言語道断の過ちである。彼らは、彼らの穀物、彼らの研究、彼らの信頼を危険にさらしただけでなく、アメリカの食糧供給の信頼性をも危険にさらした」と述べた[11] 。

 2002年にはバイオテク産業はいろいろ物議をかもしたが、アメリカ環境保護局はハワイの2社以上のバイオ医薬品会社に対し、バイオ医薬品規制を守らなかったということで罰金を課した。インディアナポリスのダウ・アグロサイエンスLLCは商用トウモロコシをバイオ医薬トウモロコシから適切に隔離しなかったので汚染させたということでは8,800ドルの罰金を課せられた。またデュポン社の一部門であるパイオニア・ハイブレッド社は同様の罪で10,000ドルの罰金を課せられた。パイオニアのスポークスマンは、「当社はバイオ医薬品の法律を誤解していたので、今後は誤解しないよう努力する」と述べた.[12] 。

ピーター・モンターギュ

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[1] Andrew Pollack, "Cloned Cows are Engineered for Faster Cheese Production," NEW YORK TIMES Jan. 27, 2003, pg. unknown.

[2] Justin Gillis, "Cloned Food Products Near Reality," WASHINGTON POST Sept. 16, 2002, pg. A1.

[3] Justin Gillis, "Panel Identifies Gene-Altered Animals' Risk," WASHINGTON POST August 21, 2002, pg. A4.

[4] Andrew Pollack, "Rebellious Bodies Dim the Glow of 'Natural' Biotech Drugs," NEW YORK TIMES July 30, 2002, pg. F5.

[5] Robin McKie, "GM Corn Set to Stop Man Spreading His Seed," LONDON OBSERVER September 9, 2001, pg. unknown.

[6] Scott Kilman, "Food, Biotech Industries Feud Over Plans for Bio-Pharming," WALL STREET JOURNAL Nov. 5, 2002, pg. unknown.

[7] Aaron Zitner, "Fields of Gene Factories," LOS ANGELES TIMES June 4, 2001, pg. unknown.

[8] Paul Elias, Associated Press, "Isle Corn May Help Company Make Drug for Herpes," HONOLULU STAR-BULLETIN July 11, 2002, pg. unknown.

[9] Justin Gillis, "Biotech Industry Adopts Precaution," WASHINGTON POST Oct. 22, 2002, pg. E1.

[10] Justin Gillis, "Soybeans Mixed with Altered Corn," WASHINGTON POST Nov. 13, 2002, pg. E1.

[11] Elizabeth Weise, "Biotech Corn Mixes With Beans," USA TODAY Nov. 14, 2002, pg. unknown.

[12] Justin Gillis, "EPA Fines Biotechs for Corn Violations," WASHINGTON POST Dec. 13, 2003, pg. E3.



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