レイチェル・ニュース #758
2002年12月12日
沈黙の春から科学の変革へ−その2
ジョン・ピータソン・マイヤーズ
#758 - From Silent Spring to Scientific Revolution -- Part 2, December 12, 2002
by John Peterson Myers
http://www.rachel.org/?q=en/node/5602

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年1月25日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_758.html


 レイチェル・ニュース#757からの続き。このシリーズでは、レイチェル・カールソンの『沈黙の春』が1962年に発表されて以来、環境中に存在する工業的に作り出され化学物質の中には植物や人間を含む動物のホルモンや発達因子の働きをかく乱するものがあるという事実がわかり、化学物質や健康に対する科学の考え方が変わってきたということを検証している。
 ここに転載するジョン・ピータソン・マイヤーズ博士のエッセイは、『サンフランシスコ・メディシン』2002年11月号に掲載されたものである。http://www.sfms.org/sfm/ をご覧いただきたい。関連する詳細資料については、http://www.OurStolenFuture.orghttp://www.ProtectingOurHealth.org をご覧いただきたい。 (ピーター・モンターギュ )

ジョン・ピータソン・マイヤーズ(注)

低用量の方が高用量よりも影響が大きいことがある

 科学的な考え方におけるその他の主要な変化は、”毒は用量次第”という仮定は、高用量の被曝時にのみ影響があるという意味で使われるのなら、重大な誤解を与えるであろうということを認識するようになったことである。
 事実、低用量での被曝により、高用量では見られなかったような影響が出ることがある【例えば、資料〔12〕、〔13〕、〔14〕参照】。研究者達は、その時々によって異なるこのような非単調な用量反応曲線とその背景にあるメカニズムの解明に全力を上げている。【非単調な用量反応曲線とは、化学物質の用量が増大したり減少した時にその影響は必ずしもそれに比例して増大したり減少したりしないということである。時にはむしろ低用量の方が高用量の場合より影響が大きいことがある。】
 【なぜ、用量と反応が比例しないのかということに対する】一つの仮説として、”生理学的に低用量なレベルでは、汚染物質は発達系の信号伝達に影響を与えるが、高用量レベルでは機能する生理学的な防御機能を活性化しない”ということが考えられる。用量レベルが高くなってくると、これらの防御機能が活性化されて、汚染物質は必ずしも毒性を発揮しなくなる。さらにレベルが高用量になるとこの防御のメカニズムは毒性に負けて、従来の毒性の影響が現れる。

よく使われる化学物質がホルモン信号をかく乱する

 ホルモン信号をかく乱するメカニズムについての科学的な研究が広い範囲の化学物質に関し、精力的に行われている。当初、エストロゲンの作用をかく乱する化学物質成分を探し出す研究が行われたが、現在ではホルモン信号をかく乱することについての研究へと拡大されている。
 これらの研究の結果わかったことで最も重大なことの一つは、一般に出回っている日用品に含まれる成分、例えば、フタル酸などプラスチック添加剤やポリカーボネート製品などから浸出するビスフェノールAなどのプラスチックモノマーの中にかく乱物質が含まれているということである。【例えば、〔15〕、〔16〕。ポリカーボネートは強度のあるプラスチックであり、(清涼)飲料水のボトル、めがねのレンズ、窓のシャッターなどに使われている。】

新たな研究により予想外の健康への影響が分かった

 よく知られている汚染物質であっても、その挙動が完全にわかっているわけではない。例えば、2001年に発表されたDDTに関する研究で、ロングネッカーら〔17〕は妊婦の血漿中のDDTと早産との間に深い関係があると報告した。この研究は1950年代中頃から1960年代の出産記録と保管されていた血漿に基づく調査結果であった。
 彼らは、DDTが使用されていたこの期間に、DDTによる気付かれていない早産の発生があったと結論付けている。さらにロングネッカーは個人的見解として、早産と死産は密接に関連しているので、この時期の死産の15%くらいはDDTの使用によるものであると述べている。

化学物質は思いもよらない方法でホルモンをかく乱する

 かく乱物質は、多くのホルモン系、例えば、エストロゲン(女性ホルモン)、アンドロゲン(男性ホルモン)、プロゲステロン(黄体ホルモン)、タイロード(甲状腺)、インスリン、グルココルチコイドなどをかく乱する。そのメカニズムは、常に配位子と受容体の結合(ligand-receptor binding)〔錠に鍵を差し込むようなホルモンの働きのこと〕を模倣したり阻害するというわけではない。前述したようにアトラジンは男性ホルモンと女性ホルモンのバランスを崩す作用が働く。

化学物質がホルモンをかく乱する方法はいくつかある

 信号かく乱はまた、配位子と受容体の結合(ligand-receptor binding)後に、遺伝子の活性を促がす段階で起きるかもしれない。〔言い換えれば、ホルモンの鍵が細胞の錠の一つに差し込まれた後に、何かが起きるのかもしれない。ある化学物質はこの時点で正常な信号伝達作用をかく乱する。〕このことは試験管での実験で、通常の配位子と受容体の結合の後に起こるグルココルチコイド−受容体結合によって選択的ひ素忌避遺伝子が活性化され、その結果、細胞核に入り込むひ素の濃度は細胞毒としてのレベルよりもはるかに低いレベルである[18] 。
 人間の健康に対する影響はこのようなメカニズムを通して現れるので、グルココルチコイド活性の機能不全により、体重の増減、たんぱく質の浪費、免疫抑制、インスリン阻害、骨粗鬆(しよう)症、発達遅延、高血圧などが引き起こされる。

混合汚染は重要なのにあまり研究されていない

 他の重要な科学的発見は、従来の毒物学では専ら単体成分の毒性を対象としていたのに対し、化学物質が混じり合った場合には作用が強力となることがあるという事実である。2002年にはこの混合物の重要性を力説した2つの報告書が発表された。
 第一のものはラジャパクスら[19] が、試験管での実験では個々のエストロゲン成分の濃度はその影響が統計的に有意な識別が得られるレベル以下であっても、エストロゲン成分の混合物では2倍以上の作用があるということを実証した。
 第二のものはカビエルスら[14] の研究で、市販されているタンポポ除草剤の混合物の濃度が、その主要成分2,4-Dに関しては米EPAが安全と考えている濃度の7分の1で、マウスの受精率(妊娠成功率)を著しく阻害するということを発見した。

化学物質と細菌の双方が疾病を増加させている  混合物の問題は、汚染物質と感染性媒体〔バクテリアやウィルス〕との相互作用によって、さらに複雑になっている。疾病の危険性の大幅な増加は、汚染物質と感染性媒体とに同時に曝露することによって倍加される。
 例えば、ロスマンら[20] は、 高めの濃度のPCBとエプスタイン-バーウイルスに同時に曝露すると非悪性リンパ腫になる危険性が20倍となると報告している。このことが起こる背景のメカニズムはよく分からないが、恐らく免疫系がPCBによって機能を損なわれることが原因と考えられる。このことが広まっているのならば、汚染による罹患数と死亡数の現在の想定数は現実とはかなりかけ離れて低い数といえる。いろいろな汚染物質による免疫系のかく乱については広く報告されている。(例えばッカレリ[21])

従来の科学的手法では我々は守られない

 このような概念の変化は、現在の規制の基となる疫学の妥当性を問いかけている。このような概念の変化には次のようなパターンがある。
(1)非単調用量−応答曲線
(2)発達期における脆弱性(windows of vulnerability )
(3)混合物が至る所に存在すること
(4)複合化学物質が発達プロセスのかく乱を通じて似たような影響を与える可能性
(5)同じ化学物質でも曝露の時期によって異なる影響を与える可能性
(6)曝露から影響が出るまでの期間が長く、人は移動してしまうこと

 かくして、レイチェル・カーソンが鼓舞した科学における変革は、現在の健康保持のための規制が本当に我々を守ってくれるのかという一連の問題点を提起している。環境中の低レベル・バックグランドでの曝露の影響は我々が認識しているよりもはるかに広がっており、健康への影響は従来考えられているよりも大きく、さらにはこれらの新しい毒性メカニズムが疫学的ツールの有効な利用を阻害しているかもしれない。

健康に関わる専門家の重要な役目

 我々は、科学が我々に汚染と健康との関連について告げてくれていることと、人々の健康を守るためにいまだに使われている古臭い手法との間に大きなギャップを感じている。健康に関わる専門家達にはこのギャップを埋めるという重要な役割がある。その第一は根底にある科学的手法を自分達自身に周知徹底させること、第二は出てきた証拠を人々が理解できるよう支援することである。
 カールソンの科学的変革は人々の健康に関し、曝露の減少を通じて健康を守ろうとする投資に活性を与え、人々の健康に関し質的変換を促がすこととができる。

(注)
ジョン・ピータソン・マイヤーズ博士は『奪われし未来』の共著者であり、国連基金のシニア・アドバイザーであり、カリフォルニア州ボリナス公共福祉局のシニア・フェローである。
参照:ウェブサイト
http://www.OurStolenFuture.org
http://www.ProtectingOurHealth.org

[12] vom Saal, F, BG Timms, MM Montano, P Palanza, KA Thayer, SC Nagel, MD Dhar, VK Ganjam, S Parmigiani and WV Welshons. 1997. Prostate enlargement in mice due to fetal exposure to low doses of estradiol or diethylstilbestrol and opposite effects at high doses. PROCEEDINGS OF THE NATIONAL ACADEMY OF SCIENCES USA 94: pgs. 2056-61.

[13] National Toxicology Program. 2001. Report of the Endocrine Disruptors Low-dose Peer Review. http://ntpserver.niehs.- nih.gov/htdocs/liason/LowDosePeerFinalRpt.pdf (omit the hyphen).

[14] Cavieres, MF, J Jaeger and W Porter. 2002. Developmental Toxicity of a Commercial Herbicide Mixture in Mice: I. Effects on Embryo Implantation and Litter Size. ENVIRONMENTAL HEALTH PER\- SPECTIVES 110: pgs. 1081-1085

[15] Gray, LE, J Ostby, J Furr, M Price, DNR Veeramachaneni and L Parks. 2000. Perinatal Exposure to the Phthalates DEHP, BBP, and DINP, but Not DEP, DMP, or DOTP, Alters Sexual Differentiation of the Male Rat. TOXICOLOGICAL SCIENCES 58: pgs. 350-365

[16] Masuno, H, T Kidani, K Sekiya, K Sakayama, T Shiosaka, H Yamamoto and K Honda. 2002. Bisphenol A in combination with insulin can accelerate the conversion of 3T3-L1 fibroblasts to adipocytes. JOURNAL OF LIPID RESEARCH 3: pgs. 676-684.

[17] Longnecker, MP, MA Klebanoff, H Zhou, JW Brock. 2001. Association between maternal serum concentration of the DDT metabolite DDE and preterm and small-for-gestational-age babies at birth. THE LANCET 358: pgs. 110-114.

[18] Kaltreider, RC, AM. Davis, JP Lariviere, and JW Hamilton 2001. Arsenic Alters the Function of the Glucocorticoid Receptor as a Transcription Factor. ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES 109: pgs. 245-251.

[19] Rajapakse, N, E Silva and A Kortenkamp. 2002. Combining Xenoestrogens at Levels below Individual No-Observed-Effect Concentrations Dramatically Enhances Steroid Hormone Action. ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES 110: pgs. 917-921.

[20] Rothman, N., K. P. Cantor, A Blair, D Bush, JW Brock, K Helzlsouer, SH Zahm, LL Needham, GR Pearson, RN Hoover, GW Comstock, PT Strickland. 1997. A nested case-control study of non-Hodgkin lymphoma and serum organochlorine residues. THE LANCET 350 (July 26): pgs. 240-244.

[21] Baccarelli, A, P Mocarelli, DG Patterson Jr., M Bonzini, AC Pesatori, N Caporaso and MT Landi1. 2002. Immunologic Effects of Dioxin: New Results from Seveso and Comparison with Other Studies. ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES 110: pgs. 1169-1173.



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