レイチェル・ニュース #757
2002年11月28日
沈黙の春から科学の変革へ−その1
ジョン・ピータソン・マイヤーズ
#757 - From Silent Spring to Scientific Revolution -- Part 1, November 28, 2002
by John Peterson Myers
http://www.rachel.org/?q=en/node/5602

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年1月11日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_757.html


 ここに転載するジョン・ピータソン・マイヤーズ博士のエッセイは、『サンフランシスコ・メディシン』2002年11月号に掲載されたものである。http://www.sfms.org/sfm/ をご覧いただきたい。他にも有用な記事がある。
 転載するに当たって、私の補足・説明を[ ]内に書き加え、また小見出しも付け加えた。ここでのトピックスに関する資料と議論については、http://www.OurStolenFuture.orghttp://www.ProtectingOurHealth.org をご覧いただきたい。 (ピーター・モンターギュ )

ジョン・ピータソン・マイヤーズ

 40年余り前、レイチェル・カールソンは、現代の化学の革新が時によって意図しない結果をもたらし、人間と野生生物の健康に予測できない影響を与えているという証拠の糸で、『沈黙の春』という織物を織った。[1] 。当時、それはアフガンの敷物というよりもシャンティイのレース織りであり、関連する証拠の糸で多くの穴を織りなした科学模様の織物であった。

 それでも彼女の論旨は人々を動かさずにはおかなかった。それは新しい環境運動を始動させた。政府の新しい部局も環境の影響について注目するようになった。DDTを禁止させ、その後、他の化学物質を規制する引き金ともなった。最近では2001年に、12種類の残留性有機汚染物質の中止と除去を掲げるストックホルム条約を成立させる原動力となった。そして、汚染と健康との関連性についての問いを科学に突きつけた。

科学の変革の只中にいる

 それから40年後、我々は今、彼女の著作が促がした科学の変革の只中にいる。その変革の機運は、自然界、あるいは実験室において、多くの化学物質が植物や人間を含む動物の生体的発達を司る生体伝達システムをかく乱するという発見−によって生じた[2,3]。

化学物質は生体の伝達信号をかく乱することがある

 一般的に、全ての生体的発達には、遺伝子の活性化と発現を伝達する各種の生体伝達システムが関わっている。なかでもホルモンと成長因子はこれら生体伝達システムの主要因子である。通常、健康的な発達はホルモンと成長因子による遺伝子への指令の初期化がうまくいくかどうかにかかっている。
 このシステムがかく乱されると直ちに影響が出る。それは目に見える奇形(先天性欠損症)から、目にはとらえにくい、数十年後に発症するかもしれない機能障害までと範囲が広い。

 現在までの研究で、数多くの化学物質が、遺伝子そのものにはダメージを与えずに、これらの伝達システムをかく乱するということが分かっている。現在では”内分泌かく乱”として知られる、これらのホルモン伝達システムのかく乱に対し注意が向けられるようになってきた[4] 。

化学物質は成長と発達を損なうことがある

 発達へのかく乱に関する研究が過去10年間に、ヨーロッパ、日本、北米の各国政府の基金により、数多くなされてきた。新しい研究成果が毎週のように、『ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES(環境健康展望)』、『HUMAN REPRODUCTION, TOXICOLOGY(人間の生殖毒学)』、『ENVIRONMENTAL SCIENCE AND TECHNOLOGY(環境科学と技術)』などの機関紙に発表されている。

 例えば、2002年9月にオランダの研究チームによって発表された研究では、子宮内におけるある有機塩素系化学物質の濃度(バックグランド・レベル)での曝露と、出生後の子どもの遊びでの性差行動とには関連性があるという報告がなされた[5] 。比較的高濃度のPCBに曝露した男の子は、男の子特有の振る舞いが少なく、逆に女の子は男の子特有の振る舞いが多い。比較的高濃度のダイオキシンに曝露した男の子は、女の子特有の振る舞いが多く、逆に女の子はそれが少ない。

 この研究結果で特に注目すべきことは、曝露濃度はそれほど高くなく、ヨーロッパ女性のバックグランド・レベルに幅があるということである。さらに、これらの結果は動物実験での”曝露が与える性行動への影響”の結果とよく一致している。

 同じ研究グループは最近、子宮内曝露による認識機能と免疫機能への影響に関する研究結果を発表した[6,7,8] 。彼らの革新的な研究は、妊娠中の母親の血漿汚染濃度を測定した出生児のコホート集団に対する追跡調査に立脚している。

 このような新たな研究成果はたくさんある[9] 。これらの新発見により従来の毒物学における概念は大きく変化した。これらの変化を下記のテーブルにまとめた。

科学的思考における概念的な変化
番号
1 高濃度汚染が解毒作用やその他の防御機能を奪う 低濃度汚染でも発達のコントロールを奪うことがある
2 毒は用量次第 非単階調な用量反応曲線が一般的。そこでは低用量曝露では影響がでるが高用量では影響がでない
3 高濃度での曝露だけが問題 それまでに曝露したバックグランドのレベルが問題
4 成人に注目 成長と発達が急激な時(胎児から思春期)が曝露に対し最も過敏である
5 悪役の数は少ない 安全と考えられていた多くの化学物質が生体的に活性で伝達システムをかく乱する可能性がある
6 原因に対し結果はすぐ出る 長い潜伏期間が一般的。数十年後に疾病は機能障害が出ることがある
7 1種類の化学物質の影響のみを検証 現実には複数化学物質の混合が通常。混合体においては単体で影響がでる濃度よりももっと低い濃度で影響がでる可能性がある
8 突然変異、発がん性、細胞死など従来の毒物学的な結果に注視 広い範囲の健康への影響に注視。免疫機能、機能不全(過大/過小)、神経機能、認識機能、行動、生殖機能、慢性疾病など
9 汚染と疾病・機能不全は1:1対応 同一汚染でも、発達過程のどの時点で曝露するか、どの伝達信号をかく乱するかにより多くの異なる影響がでる。逆に、同一の発達過程をかく乱するのであれば、複数汚染でも同一の影響がでる


低用量曝露での影響に関する新たな発見

 従来の毒物学では、細胞中の生化学的防御機能が打ち負かされることにより生じる細胞死、突然変異、遺伝子損傷などのダメージに注目していた。高濃度曝露において伝達信号のかく乱を起す多くの化学物質はこのような形で作用する。しかし低濃度曝露では、体自身のコントロール信号をほんの僅かに増やしたり減らしたりする影響を与えて発達のコントロールを奪う。

 最近の研究事例として、広く使用されている農薬アトラジンが、従来の毒性学ではカエルに対して安全であるとみなしていた許容濃度の30,000分の1の濃度で、オタマジャクシが雌雄両性器を持つカエルにする原因となると−いう発見がある[10] 。そのメカニズムはオタマジャクシからカエルへの発達中に男性ホルモンを女性ホルモンに変換する力が働くためと考えられる。[言い換えれば、広く使用されている除草剤アトラジンは男性ホルモンを女性ホルモンに変えて正常なバランスを崩すので、男女両性器をもつオタマジャクシを生み出すということである。]

 理論的そして実験的研究により、伝達信号かく乱の影響を与える濃度について、これ以下なら安全であるという許容値など存在しない[11] 。[言い換えれば、もしある化学物質が体のホルモン信号伝達システムに影響を与えるならば、どのような濃度であっても何らかの影響を与える可能性がある。そのような化学物質の”安全許容値”は”ゼロ”である。]

(レイチェルニュース#758に続く)

ジョン・ピータソン・マイヤーズ博士は『奪われし未来』の共著者であり、国連基金のシニア・アドバイザーであり、カリフォルニア州ボリナス公共福祉局のシニア・フェローである。
参照:ウェブサイト
http://www.OurStolenFuture.org
http://www.ProtectingOurHealth.org

[1] Carson, Rachel. 1962. SILENT SPRING. Houghton Mifflin.

[2] Cheek, Ann O., Peter M. Vonier, Eva Oberdorster, Bridgette C. Burow and John A. McLachlan. 1999. Environmental Signaling: A Biological Context for Endocrine Disruption. ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES 106 Suppl 1. pgs. 5-10.

[3] McLachlan, John A. 2001. Environmental Signaling: What Embryos and Evolution Teach Us About Endocrine Disrupting Chemicals. ENDOCRINE REVIEWS 22(3): pgs. 319-341.

[4] Colborn, Theo, Dianne Dumanoski and John Peterson Myers. 1996. OUR STOLEN FUTURE. Dutton.

[5] Vreugdenhil, HJI, FME Slijper, PGH Mulder, and N Weisglas-Kuperus 2002. Effects of Perinatal Exposure to PCBs and Dioxins on Play Behavior in Dutch Children at School Age. ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES 110: pgs. A593-A598.

[6] Huisman, M, C Koopman-Esseboom, CI Lanting, C G van der Paauw, L GM Th. Tuinstra, V Fidler, N Weisglas Kuperus, PJJSauer, ER Boersma and BCL Towen. 1996. Neurological condition in 18-month-old children perinatally exposed to polychlorinated biphenyls and dioxins. EARLY HUMAN DEVELOPMENT 43: pgs. 165-176.

[7] Koopman-Esseboom, C, N Weisglas-Kuperus, MAJ de Ridder, CG Van der Paauw, LGM Th Tuinstra, and PJJ Sauer. 1996. Effects of Polychlorinated Biphenyl/Dioxin Exposure and Feeding Type on Infants' Mental and Psychomotor Development. PEDIATRICS 97(5): pgs. 700-706.

[8] Weisglas-Kuperus, N, S Patandin, GAM Berbers, TCJ Sas, PGH Mulder, PJJ Sauer and H Hooijkaas. 2000. Immunologic Effects of Background Exposure to Polychlorinated Biphenyls and Dioxins in Dutch Preschool Children. ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES 108: pgs. 1203-1207.

[9] Myers, J.P. 2002. http://www.OurStolenFuture.org. [This website is an electronic portal to a wide array of emerging original research on message disruption.]

[10] Hayes, TB, A Collins, M Lee, M Mendoza, N Noriega, AA Stuart, and A Vonk. 2002. Hermaphroditic, demasculinized frogs after exposure to the herbicide, atrazine, at low ecologically relevant doses. PROCEEDINGS OF THE NATIONAL ACADEMY OF SCIENCES (US) 99: pgs. 5476-5480.

[11] Sheehan, DM, E Willingham, D Gaylor, JM Bergeron and D Crews. 1999. No threshold dose for estradiol-induced sex reversal of turtle embryos: how little is too much? ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES 107: pgs. 155-159.



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