レイチェル・ニュース #756
2002年11月14日
予防措置の年
ピーター・モンターギュ
#756 - The Year of Precautionary Action, November 14, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5593

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年1月4日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_756.html


 2002年を振り返ると、戦争と戦争の準備に明け暮れた年であり、そのことについてはいずれ言及しなくてはならない。しかし、ここでは2002年のもっと建設的な動きについて見てみることとしよう。

 予防措置の原則が2002年に動き始めた。その基礎は1998年に、”科学と環境健康ネットワーク(Science and Environmental Health Network (SEHN))”によって築かれ、現在も、人々に”その考え方”を浸透させる努力を行っている。その詳細についてはレイチェル・ニュース #586とSEHNのウェブサイト http://www.sehn.org をご覧いただきたい。

 2002年になってSEHNの努力は大きく実を結んだ。予防原則は多くの支持を得ることができた。予防原則とは、危険が起きている、あるいは起ころうとしていることを示す疑いがあれば、その因果関係が科学的厳密さをもって証明されていなくても、我々全てにはその危険を防止するための措置を取る義務がある−とする単純明快な原則である。

 予防原則の考え方は、我々の文化を支配する”金儲けビジネス”の考え方、すなわち、「しかばねが横たわり、実際に危険が起きていることが証明されるまでは何をしてもよい」−と明確に異なる。
 予防原則は、”ごめんなさいよりは安全を!(better safe than sorry)”という言葉でうまく表現されている。
 予防措置の考え方は、人間と環境の健康に対する従来の考え方とは全く異質のものである。

 予防措置に関する二つの新たな協力体制/キャンペーンが2002年に展開された。
 ひとつは、カリフォルニア州ボリナスを拠点として、マイケル・レーナー等によって創設された”健康と環境に関する協力体制(Collaborative on Health and Environment、CHE)”であり、もうひとつは、バージニア州フォールス・チャーチの”健康と環境と正義センター”でローアス・ギブス等が展開した”環境健康キャンペーン”である。

健康と環境に関する協力体制(CHE - Collaborative on Health and Environment )

 わずか9ヶ月でCHEは、予防措置を通じて環境と健康を改善しようとする350以上の団体と個人の参加を得た。CHEの会員が共有する唯一のものは、下記に示す”合意書”である。CHEへの入会は自由であり、会員としての義務は一切ない。

 CHEのウェブサイトは現在更新中であり、間もなく、環境の劣化と、喘息、脳腫瘍、乳がん、小児白血病、子宮内膜症、不妊症、学習と行動障害、前立腺がん、睾丸がん等との関連性に関する共同研究と科学的考察をウェブサイトに掲載する準備を行っている。その進捗状況については、CHEのウェブサイト http://www.cheforhealth.org のトップページ下部の”科学”に示されている。その準備作業は感動的である。下記は、その”合意書(consensus statement)である。もしその趣旨に賛同されたら、入会されてはいかがであろうか。

”健康と環境に関する協力体制”の合意書
The Collaborative on Health and the Environment Consensus Statemen

1.科学水準

 人々は、科学者等がずっと以前から知っていたこと、すなわち、環境要因が疾病や発達障害に関連があり、重要な役割を果たしているということを信じている。そのリスクは有毒物質や疾病によって大きく異なる。発達途上の胎児にとって環境中の有毒物質によるリスクは大きい。そこで受けるダメージは根が深く、生涯にわたる影響を受ける。
 すでにその関連性がはっきり分かっているものもあるが、健康に悪影響を及ぼす暴露のメカニズム、レベルおよびタイプについて、さらに調査研究が必要である。
 調査研究にあたっては、各種化学物質の相互作用、及び初期発達期の暴露がその後の人生に及ぼす影響に関して、長期的な検証が行われなくてはならない。それにより、何が我々に疾病の危険をもたらすのかを知り、それにより将来の疾病を防ぐ方法を決定するとができるかもしれない。

2.人々の健康意識を高めること

 疾病や発達障害の多くのケースは、出生前あるいは出生後に暴露する環境因子を弱めたり排除することにより避けることができたかも知れない。予防のための方策はよくわかっているが、予防のための研究と実施にはもっと多くの資金と人材を投入する必要がある。
 慢性疾病と発達障害には疫学的追跡がもっと必要である。有毒物質への暴露に対する詳細で広範な監視が必要である。
 既知のあるいは疑いのある有毒物質が身体に及ぼしている影響度について個人やヘルスケアー従事者に理解させるための疾病調査や生体観察、及び、その兆候がある場合の早急な疫学的対処が必要である。
 疾病集団と疾病の影響を受けていない集団との疫学的調査を行うための革新的で科学的に信頼性のある手法の確立が必要である。
 汚染物質が疾病の増加に寄与しているということを示す科学的な証拠が得られたならば、その物質への暴露を減らすか除去するようにすべきである。妥協のない科学こそがこのようなすべての努力の支えとなる。

3.予防原則の重要性

 予防原則が人々の健康と環境政策の指針とならなくてはならない。予防原則によれば、実施計画あるいは現在実施中の行為に重大な危険性があるという科学的な証拠がある場合には、たとえ、その因果関係に科学的な不確実性が残っているとしても、危険性を除去するために、予防措置あるいは是正措置がとられるべきである。
 予防原則を実現するためには、最も安全な代替案を模索しつつ、民主的な参加と立証責任を求めながら、いかにして望むべき目標を成し遂げるかを評価することが必要である。
 すなわち、ある行為を行おうとする提案者はその安全性を自身で評価し、その行為が必要でかつ最も危険性の少ない選択肢であるということを示さなくてはならない。
 人々の健康と環境に影響を与えるいかなる決定にも、人々が参加できるものでなくてはならない。

4.環境健康における協力体制の新しいモデル

 環境健康に関するそれぞれの努力は多くの場合、バラバラに行われている。共通の意識を持つ医療従事者、患者、健康や環境に関する団体等は、共通の目標に対して行動をともにすることがほとんどない。
 問題の大きさを認識し、因果関係に関する科学的情報量を増やすことで、相応の成果を期待することができる。
 多様で包括的な協力体制が、人々が環境中の有毒物質に暴露することを減らし、予防対策を実施するために重要となる。研究者と患者グループは重要な新たな研究を推進することができる。医療組織は患者グループとともによりよい治療、サービス、介護に向けて協力することができる。
 環境正義(environmental justice)、貧困、市民の権利、人権等の問題に関わる諸団体は、対等なパートナーとして参加し、協力することができる。健康障害者団体、科学者、健康関連従事者、環境団体の誰でもが、人々が環境中の有毒物質に暴露することを減し、健康的な社会を作り出すために、お互いが協力しあうことができる。(合意文書終わり)

 ”健康と環境に関する協力体制(CHE)”は、科学的理解の推進、同じような目標を持ちつつ関心が異なる人々の協調、そしてより良い政策と予防対策のための努力に向けて設立された。
 CHEの運動のパートナーはこの合意書に同意すればよく、あとは必要と感じた時に参加すればよい。
連絡先:
The Collaborative on Health and the Environment, c/o Commonweal, P.O. Box 316, Bolinas, CA 94924.
Email: info@cheforhealth.org or http://www.cheforhealth.org

環境健康キャンペーン(the Environmental Health Campaign )

 このキャンペーンは、2002年に草の根並びに全国規模の環境団体からの指導者80人が参加して作り上げた”綱領宣言”を中心に展開している。下記は最新の綱領宣言である。

安全であること:我々の安全と将来の経済を確実なものにするための青写真
BE SAFE: Blueprint Ensuring our Safety And Future Economy


 21世紀は、我々の食物、水、空気そして土地がきれいで安全であり、我々の子ども達が健康に成長し活躍する世界であることを思い描く。我々はこのような世界を実現することができる。それを実現するための道具は、予防、安全、責任、そして民主主義である。
 予防措置は我々の環境と健康を守るための予防薬である。我々はこの手法は下記の点で理にかなっているので、支持するものである。

  • 有害廃棄物を浄化するために数百万ドルの金を使う代わりに、汚染を防止する
  • 化学物質への暴露許容値はどのくらいかと尋ねるよりは、我々の子ども達を守り、病気や被害を避ける
  • 我々の資源を浪費せずに、再生可能、持続可能な技術を使う
  • 健康に対する脅威と高価で短命の処理施設を自治体に押し付けるのではなく、責任のある組織に、例えば、有毒物質で汚染された飲料水を恒久的に浄化するなどの是正措置をとらせる
 我々は、警告と予防に基づく”ごめんなさいよりは安全を!”の手法を選択する。我々は”青写真”の中に示された下記の4つの原則に基づく共通認識を支持する。

 早期警告に留意:危険が発生している、あるいは発生する可能性があるとする確かな根拠がある場合には、その危険の正確な特性や全貌がまだ確認されていなくても、政府や産業界はその危険を防止する義務がある。

 安全第一:新しい化学物質や技術に関して、市場に出してそこでの実際の使用により危険性が見出されない限り危険性はないとするのではなく、それらが市場に出される前にその潜在的な危険性について徹底的に調査する義務が産業界と政府にはある。
 我々にはそれが安全であることの確証が今、必要であり、後でごめんなさいではすまされない。職場の作業者と一般の人々に与える影響についての調査は、第三者機関によって実施されるべきである。

 参加民主主義:予防原則に基づく決定においては、健康と環境の保護を最優先し、よりクリーンな技術の開発と産業を支援する。政府と産業界が意思決定を行う場合には、市民の有益な意見と相互尊重(ゴールデン・ルール)をベースに、金銭的に関心を持つ人々よりも健康に影響を受ける人々のことを優先的に考慮すべきである。

 最も安全な解決策を選択:政府、産業界、そして個人による意思決定においては、代替案を検討し、最も安全で技術的に実現可能な解決策を使用するよう要求すべきである。我々は、健康な環境と経済を生み出す技術と解決策の革新と推進を支援する。

 我々は、我々の健康と環境と経済を我々自身のために、そして将来の世代のために、予防原則に基づく手法を選択する。(綱領宣言終わり)

 環境健康キャンペーンは、今後2年間繰り広げられる。即時の目標は団体や個人に綱領宣言に署名してもらうことであり、その後、彼らが選択するならキャンペーンに参加してもらう。

 綱領宣言に署名する、あるいはキャンペーンについてもっと詳しい情報を得るためには、下記に連絡していただきたい。
連絡先:
Anne Rabe (annerabe@msn.com), or: Environmental Health Campaign, Center for Health, Environment and Justice, P.O. Box 6806, Falls Church, Virginia 22040; phone: 703-237-2249; E-mail: chej@chej.org.



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