レイチェルニュース #749
2002年8月24日
核技術のアキレス腱
ピーター・モンターギュ
#749 - Our Nuclear Achilles' Heel, August 08, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5549

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2002年8月24日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_749.html


 核エネルギーと核兵器に関し60年の経験を持つに至った現在でも、人間が核を完全にはコントロールできないということは明らかである。核は非常に複雑で予測できない結果をもたらすからである。
 再生可能なエネルギー資源とは違って、核は、人間のちょっとした過ちにより、壊滅的で取り返しのつかない不測の結果をもたらす恐ろしい科学技術である。
 それなのに、米国では我々の税金の中から膨大な金が核技術の拡大のために注ぎ込まれている[1]。さらに、我々の税は、核よりももっと複雑で、予測できず、従って我々の子どもたちに際限ない苦しみをもたらす新しい技術、いわゆるバイオテクとナノテクの開発にも注ぎ込まれている[2]。

 これから我々は核技術は邪悪な凶器であるという認識のもとに、その検証を行う。我々が核技術をこのまま拡大していけば、例えば、放射性物質が一晩で全米各都市に拡散するというような可能性が増大していく。これはまさに核技術のアキレス腱である[3]。
 それが現実に起これば、我々の民主的なチェック機能を有しバランスのとれた開かれた社会の伝統が未来永劫のダメージを受けることとなるであろう。

 大統領直轄の国家安全担当長官、トム・リッジは最近、どのようなテロを最も心配しているかと質問された時に、彼は祈るように腕を回してから唇に指を当てて、「核だよ」と一言つぶやいた [3, pg. 24] 。

 アメリカ当局は、核物質がテロの道具として使われることの危険性について、今まで、一貫して認識してこなかった。
 例えば、2001年9月12日、世界貿易センターの惨劇の翌日、アメリカ原子力規制委員会は、サバナ・リバー(サウス・カロライナ州エイケン)のプルトニウム燃料処理工場に関する市民の懸念は妥当ではないと裁定した。その理由は、不平を述べている市民達(市民団体”核エネルギーに反対するジョージア州民”)は、テロ行為が実際に行われる可能性があるということを合理的に立証していないから−というものであった【ニューヨークタイムズ 2002年3月25日A11頁】。

 1982年、アメリカ原子力規制委員会(NRC)は、核工場は”神風特攻隊”のような脅威を想定した設計にする必要はないと裁定した。その理由は、そのようなことをすれば、原子力発電は非常に高価なものとなり、競争力を失うことになるから−というものであった。「非常な大金をかけて原子炉を難攻不落の要塞にでも移さない限り、そのような攻撃から原子炉を防御することはできない」とNRCは述べている[4]。

 アメリカには現在、103基の原発が稼働しており、7基が閉鎖されている。それら原発のほとんどは非常に高レベルな放射性使用済み核燃料を、放射線を遮断し、過熱と発火と放射性物質の放出を防ぐために、ボロン処理した水で満たされた深さ40フィート(約12メートル)のプールに保管している。炉心とは違い、使用済み核燃料保管プールはコンクリート製のドームではなく、単に鉄骨の建屋に覆われているだけである。

 もし、使用済み核燃料プールの水が抜けてしまったら、燃料棒は大気とスチームに曝され、燃料棒のジルコニウム外装は発火して、すさまじい燃焼を引き起こすであろう[4] 。
 原子力規制委員会は、そのような火災は消火することはできず、数日間燃え続け、大量の放射性物質を放出するであろうことを認めている。

 使用済み核燃料プールの水は、何らかの事故でプールから抜けることがありうる。漏洩、蒸発、原子炉崩壊、不慮のあるいは意図的な燃料棒輸送キャスクの落下、プール建屋の内部あるいは外部での爆発、または航空機の激突、等である。

 使用済み核燃料についての主要な懸念はセシウム137である。高レベル放射性のこの元素は、カリウムに似た性質を持っていて、食物連鎖系に入り込む。現在、アメリカが保有している全使用済み核燃料は2,000億〜3,000億キューリーのセシウム137を含んでいる。一つの使用済み核燃料プールに含まれるセシウム137の量は、北半球で行われた全核実験で放出されたセシウム137の量よりも多い。原子力規制委員会は、ジルコニウム火災が起これば、100%のセシウム137が放出されるであろうということを認めている。

 使用済み核燃料プールは、炉心よりも5〜10倍強い放射能を含んでおり、ジルコニウム火災は炉心のメルトダウンの場合よりも多くの放射能を放出するであろうし、おそらく自爆テロにとっては攻撃目標としやすいであろう。プールの水を抜くこと、それに尽きる。

 ニューヨーク市の北35マイル離れた所にあるインディアン・ポイント原子力発電所には現在使用済み核燃料プールに1,589本の燃料棒を保管している(運転中の2基の原子炉には386本の燃料棒がある)[5] 。1982年の原子力規制委員会の算定によれば、インディアン・ポイント原子力発電所で炉心のメルトダウンが起きれば、46,000人の死者と141,000人の負傷者がでるとしている【ニューヨークタイムズ 2002年4月4日、A23頁】。

 多くの使用済み核燃料プールは、実際には全ての核燃料が保管されているが、設計ではそのようになっていない。使用済み核燃料は、例えば汚染されたニューヨーク州のウェスト・バレー(REHN #748 参照)のような再処理工場で”再処理”されることが前提となっていたが、技術上の問題で実現しなかった。
 1982年、核廃棄物政策制定議会は、全ての私企業の使用済み核燃料を引き受け、1998年までに地下のどこかに埋めると約束したが、それも実現しなかった。
 現在の計画は、ネバダ州ユッカ・マウンティンの地下に使用済み核燃料の大霊廟を作り、そこに安置しようとしているが、どんなに早くても2020年以降であろうし、実際にはこれも実現しないであろう【6; 及びニューヨークタイムズ 2002年2月15日 A19頁】。
 一方で、毎年、ますます多くの使用済み核燃料が既存のプールに押し込まれている。
 驚くべきことに、原子力産業界は現在、アメリカに25〜50基の原発を新設しようと計画しており、これに対しブッシュ政権は、産業界のために莫大な税金を注ぎ込み、さらに、規制緩和をすると発表した[1] 。

 もちろん、原子炉だけが放射能による大汚染の源というわけではない。ソ連が崩壊した時、保有していた核兵器は分離した各国の管理下におかれ、ロシア経済は下降線をたどり、多くのロシアの核科学者と核兵器開発者は失業し、家族を養う糧を失った【ニューヨークタイムズ 2001年1月2日 B49頁】。
 ロシアは初期資本主義経済の状態に移行したので、核物質と核技術に関するブラックマーケットが急速に形成された。ニューヨークタイムズ・マガジンは「ロシアは、ずさんな会計、不機嫌な軍、大胆不敵なブラックマーケト、そして土着のテロリストの国である」と評した[3, pg. 26] 。

 ロシアは4,000〜30,000発の核兵器を持っているとされるが、実際の数については、ロシア人を含めて、誰にも分からない[3, pg. 27] 。
 これらのうちのあるものは爆燃(デトネーション)に対して粗雑な安全装置しか備えておらず、それらを爆発させるのは、点火装置をショートさせて自動車のエンジンをかける(ホットワイアリング)ようなものだとニューヨークタイムズは述べている [3, pg. 28]。
 さらにロシアは、80トンのプルトニウムを決して安全とは言えない保管状態で保有している【ニューヨークタイムズ 2001年8月27日 A20頁】。
 原爆1発の製造にプルトニウム17ポンド必要と仮定すれば、ロシアが保有するプルトニウムは10,000発の原爆を製造できる量である。原爆製造には12ポンドで十分という人もいる。

 原爆1発分の最も単純な原料は約110ポンドの精製ウランである[3, pg. 29.] 。核兵器級ウランの全世界の保有量は少なくとも1,300トンはあり、これは小型ではあるが高性能な原爆を26,000発製造できる量である。
 1発分の原爆は標準の”コネックス(conex)”コンテナで輸送できるが、このコンテナはアメリカ国内に1時間あたり2,000個の割合で持ち込まれており、コンテナを開けて検査しているのはそのうちわずか2%である[7; and 3, pg. 28] 。

 1998年までアメリカ軍核兵器廠を担当し、その後、エネルギー省の核テロ対策計画を実施した四星勲章の将軍、ユージン E. ハビガーは、”コネックス原爆”の危険性に関し、「どのようにしてそれを防ぐことができようか? そのようなことは不可能である。それは”もし”の問題ではなく、”いつ”の問題である」と述べた[3, pg. 28] 。

 2002年5月26日付けニューヨークタイムズは、非常に小さな核爆弾(広島型原爆の15分の1)がタイムズ・スクウェアー広場で爆発すれば、20,000人が即死し、さらに250,000人が火傷や放射能による疾病で、苦痛のうちに死亡するであろうと述べている[3, pg. 57] 。そのような惨劇の後でも、アメリカがはたして開かれた民主主義社会を維持できるかどうか分からない。

 不正武器に関するアメリカ超党派委員会は1999年に、ロシアは最早、核物質、すなわちプルトニウムと精製ウランの信頼性ある管理を行えないと報告している.[7] 。同委員会は、ロシアでは1992から1999年の間に、少なくとも7回は核兵器級の放射性物質が工場または保管庫から盗まれたことが分かっていると述べた【7; ニューヨークタイムズ 1999年7月9日 A13頁】 。

 2001年に、国際原子力エネルギー委員会(IAEA)は、1993年から2001年の秋までに軍需、産業、及び医療用を含む放射性物質の密輸が376件発生したが、そのうち18件はプルトニウムまたは精製ウランの密輸であったと報告している【ニューヨークタイムズ 2001年11月2日 B4頁】。
 アメリカの情報担当官は、密輸の範囲は定かではないが、発覚しているのは氷山の一角であると確信していると述べた。
 ニューヨークタイムズは、さらに「国境の監視が緩くなっており、また経済不況により通関担当官が賄賂に弱くなっているので、懸念が高まっている」と付け加えた【ニューヨークタイムズ 2001年9月11日 A1、A8頁】。

 貧乏で、政治的にも不安定な国、パキスタンは、約20発の核爆弾を製造したが【ニューヨークタイムズ 2001年11月2日 B4頁】、ニューヨークタイムズによれば、それらはほとんどブラックマーケットと産業スパイを通して、作り上げた[3, pg. 26]。

 同じく、貧乏で、政治的にも不安定な国、北朝鮮は、現在2発の核爆弾を製造し、さらに10発は十分製造できるだけのプルトニウムを保有しており、公表されている9番目の核保有国となった。
 北朝鮮は、ブッシュ大統領が”悪の枢軸”と烙印を押した3カ国の一つである。おそらく北朝鮮をなだめることを期待して、ブッシュ政権は北朝鮮に原子力発電所を建設することに着手した【ニューヨークタイムズ 2002年8月8日 A1、A9頁】。

 テロリストにとって実際の原爆より簡単な方法は、単純であるが恐ろしい”汚い爆弾”、すなわち、爆発性の高い物質を包んで、放射性廃棄物の周辺で爆発させ、放射能を風下に拡散させるというものである。爆発性の高い物質とは、燃料油や硝酸アンモニア肥料−これは1995年4月19日にティモシー・マックベイがオクラハマ市のビルディングを爆破した時に使用した−などである【ニューヨークタイムズ 1997年年11月2日 A22頁】。
 そのような”汚い爆弾”が市中で爆発すれば、即死者はいなくても、大変なパニックとなり、広大な地域を汚染することとなる。
 アメリカ科学者連盟によれば、食品照射工場の一本の鉛筆型コバルト60と10ポンドのTNT火薬がマンハッタンで爆発すれば、3州の広い地域が汚染される。マンハッタンの大部分はチェルノブイリ原発周辺と同じ様に汚染される。経済的そして精神的なダメージは計り知れないものがある [3, pg. 51] 。

 答えは何か? 我々は全てのテロを防ぐことはできない。たとえ、我々が石油への依存を減らし、我々の軍需産業が我々の石油を守るためと称して行っている中近東への侵入を減少させたとしてもである。
 すぐにでも、我々は、原発、食品照射、核兵器などの不必要でコントロールのできない核技術を推進したり、資金を供与することを止めるべきである。
 現在でも、原子力産業界は、アメリカ国民の税金の中から莫大な資金供与を受けつつ、アメリカ国内の次なる恐怖−ティモシー・マックベイ型爆弾でシカゴの使用済み核燃料輸送トラックを爆破する、またはコーヒーカップ一杯分の食品照射工場のコバルト60を数本のダイナマイトを用いて、アトランタで、ミネアポリスで、ワシントンD.C.で爆破する−に向けての舞台回しを行っている。

 政府が核技術の”ルネッサンス”[1] に対し資金供与することを止めさせる戦いが、21世紀における環境と健康のための戦いの中で最も重要なものの一つになるであろう。
 環境正義と反核の運動家たち、結集しよう!

[1] http://www.nei.org/documents/Speech_Abraham_2-14-02.pdf
http://www.nei.org/documents/Vision2020_Folder.pdf
http://www.nuclear-gen.com/

[2] http://www.rafi.org/text/txt_search.asp?type=communique; see issue #76.

[3] Bill Keller, "Nuclear Nightmares; Experts on terrorism and proliferation agree on one thing: Sooner or later, an attack will happen here," NEW YORK TIMES MAGAZINE May 26, 2002, pgs. 22-29, 51-57. Keller is a senior writer for the NY TIMES.

[4] Reported by Robert Alvarez, "What About the Spent Fuel?" BULLETIN OF THE ATOMIC SCIENTISTS Vol. 58, No. 1 (Jan./Feb 2002), pgs. 45-47.
Available at:
http://www.thebulletin.org/-issues/-2002/jf02/jf02alvarez.html

[5] Congressman Edward J. Markey, "Security Gap: A Hard Look at the Soft Spots in Our Civilian Nuclear Reactor Security." Report published March 25, 2002. Available at:
http://www.house.gov/markey/iss_nuclear_rep020325.pdf

[6] U.S. Government Acounting Office (GAO), NUCLEAR WASTE: TECHNICAL, SCHEDULE AND COST UNCERTAINTIES OF THE YUCCA MOUNTAIN REPOSITORY PROJECT (Washington, D.C.: GAO, Dec., 2001.] GAO-02-191;
http://www.gao.gov/new.items/d02191.pdf

[7] http://www.fas.org/spp/starwars/program/deutch/



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