レイチェルニュース #747
2002年7月11日
技術をコントロールする−その1
ピーター・モンターギュ
#747 - Controlling Technologies -- Part 1, July 11, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5541

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2002年7月20日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_747.html



”落とし穴”の重要性

 1942年に原子を最初に分裂させた科学者たちは疑いなく世界で最も頭脳明晰な人々であった。エンリコ・フェルミ、J.ロバート・オッペンハイマー、ハンス・ベーテ、ニールス・ボーア、グレン・シーボルグ、その他多くの人々である。
 その後50年間、核技術は頭のよい人々を魅惑する磁石として、研究資金がほとんど無限に提供される技術分野の一端で働くことに胸を躍らせる大学卒業生たちを惹きつけた。
 核兵器や原子力発電、あるいは原子医療の分野で、すばらしいアイデアを持つことができれば、その研究資金のための基金を見出すことは難しいことではなかった。従って頭のよい人々が核技術の分野に集まってきた。

 このような頭脳の結集があったにもかかわらず、わずか60年の短い間に核技術によって、かつて世界が直面したことのない非常に困難で危険で長期間解決することのできない”問題”が作り出されており、それらの問題は年々大きくなっている。どうしてこのようなことになってしまったのであろうか?

 これは重要な疑問である。なぜなら、このような”問題”がすでに発生しているにもかかわらず、原子力産業はその拡大を図っているからである〔ニューヨークタイムス2001年5月7日、A17頁〕。さらに核は人間が作り出した最も複雑な技術というわけではない。バイオ技術及び最近注目されているナノ技術[1]は本質的にもっと複雑な技術である。(ナノ技術は極微な機械を作ろうとするものであり、極微な機械自身がさらに極微な機械を作り出すことができる)。
 もし核技術をコントロールすることに問題があるならば、核よりも複雑で、理解が難しく、予測しがたい新しいこれらの技術を推進する前に、よく考える必要があるのではないだろうか?

 核のどこが悪いのだろうか? 核技術をもたらした人々は複雑なシステムをコントロールする我々の能力には下記の3点から生ずる”落とし穴”があるために限界があるということについて話さなかった。
(1)基礎をなす化学、物理学、生物学に関する技術的な誤解
(2)広い範囲にわたる管理の過失:単純な過失、問題にきちんと対峙することを嫌がること、何年間か問題が起きずにいると緊張感がなくなる傾向があること、具合の悪い過失を隠したり否定したりしようとする人間の本性、など
(3)政策上及び財政上の多くの迷走:商業的競争など

 核の歴史はこれら3種類の”落とし穴”(技術上、管理上、政策上)により、複雑な技術をコントロールする人間の能力は極めて限られたものになるということを示している。
 核の技術は、バイオ技術やナノ技術に比べれば単純なものであるが、それでもそれをコントロールすることは明らかに人間の能力を超えている。

 核はコントロールできない技術であるという証拠はどこにあるか? ほとんど毎週、新聞が報じている。少しのぞいてみよう。

 日本は51基の原発を運転しているのだから、ハイテク国家の中でも上位にランクされてしかるべきであろう。しかし1999年9月30日、東京から北西87マイルの東海村にある核燃料プラントから放射能が大気に漏れ出した。少なくとも35人の作業者が被爆し、近隣の30万人が窓を閉め、家の中にいるよう指示された〔ニューヨークタイムス1999年10月1日、A1、A10頁〕。事故が発生したのは東海村のプラントが商業運転を開始してから17年目後のことであった。

 事故は、作業員が所定の2.27キログラムではなく7.26キログラムのウランを硝酸の入っているタンクに投入したことにより発生した(管理上の落とし穴)。
 タンクは冷却用の水に満たされた外殻付きのものであったが、皮肉にもこの水が中性子の減速材として働き、水と衝突した後に中性子はウランにキャッチされ核分裂を起こし、新たに中性子を作り出すことにより核分裂を促す結果を招いた(技術上の落とし穴)。
 7.26キログラムのウランが”臨界状態”になり、すなわち核分裂が起こり、有害なガンマ線と中性子が放出されたので、不気味な青い炎が立ち上った。

 日本原子力安全委員会は事前にこのプラントを審査し、核分裂を引き起こす事故は起こりえないという結論を出していたので、緊急時の対策案を用意していなかった(管理上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス1999年10月23日、A4頁〕。

 日本の当局がこの核分裂をコントロールするのに17時間を要した。東京電力は大急ぎで400キログラムのホウ酸ナトリウムをプラントに持ち込み放射能を吸収し核分裂を抑制しようとしたが、ホウ酸ナトリウムをふりかけるのに十分な程度にタンクに近づくことはできないことがわかった(管理上の落とし穴)。

 日本の当局は日本に駐留するアメリカ軍に援助を求めたが、駐留アメリカ軍は臨界事故に対処する装備は持ち合わせていないと告げられた(管理上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス1999年10月1日、A1、A10頁〕。

 最終的には作業員はタンクの外殻に接続している配管を破壊して外殻内の水を排出することにより核分裂反応を沈静化した〔ニューヨークタイムス1999年10月23日、A4頁〕。

 日本原子力安全委員会は直ちに現場の作業員の非をとがめた。委員の一人は「もし作業員が定められた通りに作業を行えば、決してこのような事故はおきなかったはずだ」と述べた〔ニューヨークタイムス1999年10月1日、A10頁〕。

 しかし、数日後には日本原子力委員会が事態を正しく認識していないことが判明した(管理上の落とし穴)。ニューヨークタイムスは「長年、プラント責任者は作業員に対し生産性を上げ、競争力を得るために、安全のために重要な工程を省略するよう圧力をかけていた」と報じている。
 被爆した作業員の一人は「作業をスピードアップするために違法に作成された運転マニュアルに示された通り、日常的に工程省略を行っていた」と述べた〔ニューヨークタイムス1999年10月4日、A8頁〕。
 会社経営者は、あたかも雇用者の訓練は経営者の責任ではないかのように「作業員は十分な専門性を持ち合わせていないと」作業員を非難した(管理上の落とし穴)。
 プラント責任者は作業員に対し作業をスピードアップし生産性を上げるよう要求したことはないと否定したが、会社経営者は、最近プラント経営が海外との厳しい競争に直面していたことを認めたとニューヨークタイムス紙は報じた(管理上の落とし穴、政策上の落とし穴)。

 この9月の臨界事故で最もひどい被爆を受けた作業員、大内久さん(35)は11月22日に亡くなった。日本政府は彼を存命させるために、死の前数ヶ月間、1日当たり5リットルの輸血を行いつつ、あらゆる手を尽くした。日本政府が恐れたとおり、彼の死により、日本における原発の拡大、特にMOX(混合酸化物)燃料の使用に反対する市民運動が盛り上がった(政策上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス2000年1月13日、A1頁〕。MOX燃料はプルトニウムとウランの混合物で原発の燃料とするもので、(1)新たなウラン燃料の必要性がなくなる(2)世界のプルトニウム供給を減少させることができる〔ニューヨークタイムス2000年1月12日、B1頁〕。

 日本はMOX燃料をイギリスのセラフィ−ルド社(アイルランド海に面した複合産業会社、従業員10,000人)から購入することを計画していた。同社は1956年原子力発電プラントの操業を開始したが同プラントは1957年10月10日に火災があり、作業員と近隣の人々が放射能にひどく被爆した(技術上の落とし穴)。
 1957年イギリス政府は誰も被害を受けていないと否定したが、1983年、イギリス国立放射線防護委員会は1957年の火災での被爆により数百人の人々が甲状腺がんになったはずであると推定した[2] (技術上の落とし穴、政策上の落とし穴)。
 イギリス政府は火災から31年後の1988年に報告書を発表しが、健康に関するデータの一部は現在でも秘密として公開されていない(管理上の落とし穴)

 セラフィールド社は1957年の災害にも関わらず生き残り、そのビジネスを核燃料再処理と核燃料廃棄物管理の分野に拡大した。MOX燃料市場の拡大を予想して、セラフィールド社は1999年にMOX製造設備に4億8千万ドル(約580億円)を投資した。日本はこの製造設備の製品の1/3を購入することに同意した。

 運が悪いことに、セラフィールド社が最初のMOX燃料を日本に向けて出荷した直後に、イギリス当局はセラフィールド社の作業員が日本向け燃料棒の検査書類を偽造していたことを発見した(管理上の落とし案)。
 労働組合の代表者は商業上の過当競争を非難して「明らかに顧客の要求を満たしたいという商業上の圧力があった」と述べた(政策上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス2000年4月20日、C4頁〕。

 日本では検査書類の偽造というニュースで大騒ぎとなり、その燃料は拒絶され、セラフィールド社に送り返された〔ニューヨークタイムス2000年1月13日、A1頁〕。
 スイスとスウェーデンは使用済み核燃料をセラフィールド社に送ることを見あわせた(政策上の落とし穴)。

 ドイツもまた偽造検査書類付きのMOX燃料をセラーフィールド社から受け取ったと発表した。さらにドイツは、MOX燃料産業界全体をスキャンダルと議論に巻き込みながら、フランスのラ・アーグで製造されたMOX燃料の不法性に関する懸念を提起した(管理上の落とし穴、政策上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス2000年4月20日、C1頁〕。
 2ヵ月後、ドイツは国内すべての19基の原発を廃止する予定であることを発表した〔ニューヨークタイムス2000年6月16日、A6頁〕。

 しかしセラフィールドの問題はそれだけにはとどまらなかった。偽造書類が明るみに出て2ヵ月後、イギリス政府の検査員は、セラフィールド社全体の”管理上の構造的欠陥”であり、さらにセラフィールド社全体の”安全性に関する文化の欠陥”であること報告した(管理上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス2000年4月20日、c4頁〕。
 このおどろくべき事実が明らかになってすぐ後、イギリス当局は、破壊活動家が放射線汚染区域にある自動装置を制御するケーブルを切断したと発表した(管理上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス2000年3月27日、A8頁〕。
 アイルランドとデンマークはセラフィールドのプラントは閉鎖すべきとの国際キャンペーンを展開した(政策上の落とし穴)。

 重大な一連のトラブルとボロボロに低下した評判の下でMOX燃料へ投資しているセラフィールド社は、最近の出来事により米国ワントン州のハンフォード核汚染地域の汚染除去の作業費を値上げせざるをえなくなったと発表した。ハンフォード核汚染地域は地球上で最も汚染された地域で、デュポン社、ウェスティングハウス社及びその他の民間企業が1943年から1987年まで核兵器のためのプルトニウムを製造していたところである。
 1998年10月にセラフィールド社はハンフォードの177基のタンクに貯められてデュポン社とウェスティングハウス社の放射性廃棄液、スラッジ等、5400万ガロンを浄化することについて66億ドル(約8000億円)で請合うことを提案していた。しかし18ヵ月後の2000年4月下旬にセラフィールド社の経営陣は、ハンフォードの浄化作業は今や152億ドル(1兆8240億円)かかると述べた。
 米エネルギー省は驚いてセラフィ-ルド社との契約を直ちにキャンセルし、ハンフォード浄化作戦を民間に委ねることは失敗したと宣言した。民間企業は世界で最大級の放射能汚染廃棄物を作り出すことはできたが、それを民間企業が浄化することは明らかに不可能である(管理上の落とし穴、政策上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス2000年4月27日、C4頁、ニューヨークタイムス2000年5月9日、C4頁〕。

 ハンフォード浄化作戦はそれ自身技術的開発要素がある。ハンフォードの177基の廃棄物タンクのうち、149基は鉄製の一重殻タンクである。少なくとも68基には漏洩があり、一重殻タンクの全てはいずれ漏洩が発生するであろうとニューヨークタイム紙は報じている〔ニューヨークタイムス1998年3月23日、A10頁〕。

 50年間、ハンフォード核汚染地域の民間企業と政府の管理者は、放射性物質が漏洩しても地盤が強固に放射性物質を保持するので、それらがコロンビア川に漏れ出すことはないと強硬に言い張ってきた。しかし、1997年に当局は事態は悪くなっており、放射性廃棄物が既に川に漏れ出していると発表した(技術上の落とし穴)〔ニューヨークタイムス1997年10月11日、A7頁〕。

 ハンフォードにおけるデュポン社とウェスティングハウス社の5400万ガロンの放射性廃棄物のうち、少なくとも9万ガロンは既に土壌に漏れ出し、川に染み出そうとしている。しかし誰もこれを救うアイデアを持ち合わせていない〔ニューヨークタイムス1998年3月23日、A10頁〕

次回に続く

[1]http://www.foresight.org/NanoRev/FIFAQ1.html#FAQ1 and http://www.nanozine.com/WHATNANO.HTM#whatsa

[2] Jean McSorley, LIVING IN THE SHADOW (London: Pan Books, 1990;ISBN 0330313312).



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