レイチェルニュース #742

2002年1月17日
重要なことは何か?
ピーター・モンターギュ
#742 - What's Important?, January 17, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5458

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_742.html


 我々は環境と人間の健康という観点から2001年の出来事を振り返ってみたが、そこで起きている”重要なことは何か?”について考える必要がある。
 世の中の動きの中で重要なことと思われるものとして、以下を挙げることができる。
・不公平の増大
・企業による世界支配戦略
・技術革新の加速
・労働者と環境保護論者が連携し真の政治力を確立する機会を逸していること

 多分、先進工業国において環境と人間の健康を脅かす最も大きな原因の一つは経済的な不公平であり、それは1973年以来、着実に増大している。
 経済的な不公平は他の先進工業国よりもアメリカにおいて顕著であり、着実に進んでいる[1]。

 健康を蝕む不公平とはどのようなものであろうか?
 低所得はその一つの姿であるが、同様に、社会的排除、無力感、慢性的な不安感、不確実性、自尊心の喪失、社会的疎外(例えば人種差別)、生命についての絶望感−などがあり、これらが、心臓病、鬱病、その他の衰弱性・致死性の病気の原因となっていることは明かである。
 公平と正義こそが社会の健康の基本であるが、それらは衰退しつつある[2] 。

 自由貿易という名の下に、世界中で広くビジネスを展開する企業に対し規制緩和を与えることを目指す”企業世界戦略”は、労働基準や環境基準を維持し、あるいは不運に見舞われた市民を支援しようとする各国政府の力を弱め、その結果、不公平を助長している。
 政府の力は系統的に弱められており、選挙で選ばれたわけでもない企業の決定が、選挙に基づく政府の決定をしのぐようになり、その結果、民主主義が侵されていく。

 民主主義の浸食に加え、”企業世界戦略”はさらにふたつの悪影響をもたらす。すなわち、国家内あるいは国家間の不公平を増大させること[3] 、及び、働く人々の間に自分達や子ども達が生計を維持できるきちんとした仕事を見つけることは最早できないのではないか、あるいは、失業したり、病気になったり、年老いても誰も助けてくれないのではないかという不安感を増大させることである。
 すでに多くの文献が、この二つの影響、不公平と不安感、が病気、無力感そして死の最大の原因であるということを明らかにしている[2] 。

 技術革新の加速により、強力な技術が急速に導入されており、我々は事前によく検討する時間もない。技術革新の主なる目標は、より強大な企業の支配である。

 今日、最も急速な技術革新は遺伝子組み換えの分野で起きている[4] 。食用作物の遺伝子組み換えの将来は二つの方向に向かっている。一つは敵の作物を荒廃させるために遺伝子組み換え作物の病原体を用いる戦争であり、もう一つは”ターミネータ遺伝子技術(terminator gene technology)”である。アメリカは、南米コロンビアのコカノキ(訳注:コカインの原料となる植物)を枯らすために、遺伝子組み換え病原体を開発し、それを使用することを提案していた[4] 。この計画は現在は棚上げとなっているものの、敵の作物に打撃を与える遺伝子病原体の研究は広く行われている[5]。

 ”ターミネータ遺伝子(terminator gene)”は、ある種の”プロテクタ(protector)”化学物質あるいは抗生物質で遺伝子を処理しない限り、作物の繁殖を妨げる。従って、ターミネータ遺伝子の種子で作物を栽培する農民は、プロテクタ化学物質あるいは抗生物質の供給者に依存することとなる。友好関係を損ねた農民や国は、翌年からプロテクタ化学物質あるいは抗生物質の供給を拒否されるということもあり得る。
 要するに、ターミネータ遺伝子技術は、それを採用する農民を全面的に支配することができる。ターミネータ遺伝子技術を採用するようにとの圧力は色々な形で、特にアメリカ財務省や世界貿易機関(WTO)さらにはアメリカ国防省に支援された”国境を越えた企業”によって加えられている[4,pg.40] 。

 さらに、農民は、ターミネータ遺伝子技術が使われていることすら知らずに、その作物を栽培するかも知れない。パーデュ大学の科学者達は、数年間は正常に種子をとれるが、その後は、プロテクタで処理しない限り、種子をとることができないターミネータ遺伝子を開発し特許をとった。このような作物を栽培する農民は、プロテクタ供給企業に支配されることになる。
 政府や企業は、アメリカ政府が好ましくないと認定した国に対しては、必要なプロテクタの輸出を簡単に禁止することができる。この技術を用いた多くの応用が考えられるが、そのいずれもが行き着く先は”支配”である。

 支配のための他の方法として”給水”も、世界中で急速に占有化されてきた。自由貿易体制、主にNAFTA(北アメリカ自由貿易機構)とWTO(世界貿易機関)のルールの下では、”国境を越えた企業”は、水不足が深刻な十指を超える国々で、水を売買して巨利を得ている。この様な巨利を売るビジネスの余録は、国境を越えて給水を受けている国々を政治的に支配することができるということであろう[6] 。

 支配を目指した急速な技術革新は、宇宙戦争の分野でも起きている。もちろん、いくつかの企業は戦争で繁昌しているが、多くの企業は国際間の紛争でビジネスが縮小すると見ている。従って企業にとっての理想は、どこの国に対しても兵器は売るが、それらが使用されないようにすることである。しかし、そのためには全世界の完全な支配が必要である。

 アメリカは世界を支配するために3つの戦略を持っている。ターミネータ遺伝子による世界の食糧供給の支配を目指した遺伝子技術、上述した給水の占有化、そして、”産軍複合体(アイゼンハワー大統領の言葉)”の敵を撃破するために不可避な宇宙の軍備化である。

 アメリカの宇宙の軍備化戦略は、ソ連のミサイル攻撃に備えるためにリーガン大統領によって提案されたスターウォーズミサイル防御システムを除いては、公にされることはなかった。ソ連の脅威がなくなったにもかかわらず、スターウォーズ計画は残っている。2001年にはニューヨーク・タイムズ紙が、なぜスターウォーズ計画が、宇宙の完全軍備化という”より大きな目標”持った”トロイの木馬”であるのかということを解説していた[7] 。

 宇宙戦争はそれ自体、新規の技術をベースとした巨大で機密性の高いの産業であるが、その目指すところは全くありきたりなこと、支配である。

 アメリカ国防省は、バック・ロジャーズ(訳注:SF漫画(1929年)の主人公)もどきの宇宙レーザーを開発したいと望んでいるとアルバカーキ空軍基地でダン・ビーソン大佐は述べた。彼は今から6年後の2008年までに宇宙でレーザー光線の兵器をテストしたいと望んでいる。

 その他の新型の兵器も開発されている。「私は強力なマイクロウェーブ兵器に特に感銘を受けた」とビーソン大佐は述べた。地上ベースのマイクロウェーブ兵器はすでに存在している。「我々は、それを人間に対してテストしている」と同大佐は8月にニューヨーク・タイムス紙に語った。

 アメリカは宇宙の軍備化で優位に立とうとしている。「我々が次に行き着く所は明らかに宇宙である」とニューハンプシャー州選出共和党上院議員ボブ・スミスは述べた。そして、2001年にブッシュ大統領は、1972年の反弾道ミサイル条約を反古にし、星降る天空が破壊不可避の戦場と化すことになるかもしれない危険を冒して、宇宙を企業の支配に委ねた。

 宇宙の軍備化は新たな兵器開発競争を生み、数兆ドルの税金が企業エリートの銀行口座に振り込まれる。このようにして、バック・ロジャーズもどきの兵器は実際には使用されなくても、単にそれらを製造するだけで不公平が増大し、社会の健康が損なわれることになる。

 我々環境保護論者は、この不公平を過去150年の間、くい止めようとしてきた大きな力、すなわち労働組合を評価し、支援することをしなかった。組合運動が下火の今日でさえ、組合員労働者の給料は非組合員労働者の給料よりも21%高い。
 しかし、そのようなこと以上に重要なことは、現在はすべての文明社会では当たり前となっている週40時間労働、週末休暇、有給休暇、病気休暇、家族休暇、退職年金、社会保障、健康保険、児童労働の制限、職場の安全衛生基準、人種・宗教・民族・性差・身体障害による差別、セクシャルハラスメント・勝手な解雇からの保護、などを雇用主から獲得してきたのは組織労働者であったということである。
 これらの基準と規範は完全なものではなく、必ずしも効果的に機能していないこともあるが、文明生活においては基本的で本質的なものであり、組合なしにはこれらを得ることは出来なかったであろう。

 1980年以来、アメリカ政府は労働者と組合に対し、明らかに敵意を示してきた。状況はひどくなっており、”人権監視(Human Rights Watch)”は2000年の夏に報告書を刊行し、如何にアメリカでは、世界的に認められている労働者の3つの権利、すなわち組合加入の権利、集団交渉の権利、そしてストライキの権利、が日常的に侵害されているかを報告している[8] 。

 労働組合は完全なものではない。過去には、多くの人種差別主義者、性差別主義者、主戦論者がおり、それらの中には堕落した人々もいた。多くの非民主主義的で企業を模したトップダウンの組織構造もあった。しかしそれでも、アメリカの歴史を読めば、企業エリートの力をうち負かすことに成功したのは、組織化された労働者たちであった。
 実際に他のグループは労働組合に近寄ってこない。しかし新しい労働運動では、その多くが耳を貸そうともしない環境保護論者を含むすべての人々に対し接触しようと試みている。

 恐らく環境保護論者が環境を保護するためになし得る最も重要なことの一つは、1948年の世界人権宣言に基づき、労働者が組合を結成し参加することができるようアメリカ労働法を変えるためのキャンペーンを多年にわたって継続して行うことであろう。
 なぜ組合を結成することは、会社を作ることのように簡単ではないのであろうか?
 結成を宣言し、50ドルの会費を払う。それだけのことである[9] 。
 もし労働法改正が環境保護論者の最優先事項となれば、10年も経ずに、この法的変更により、現在は組合加入を拒否しているが、企業支配に起因する不公平の拡大の矢面に立たされている全米3,400万人のアメリカ労働者の力強い新たな協力を得て、環境問題は政治の傍流から政治の主流に躍り出ることができるであろう。

 環境運動が労働者のニーズを評価し支援しないと、問題はより大きくなる。我々は皆、30年間、それぞれ一つの政治的問題を追いかけて来たので、お互いの苦労や仕事について理解することがなかった。

 アメリカの地域レベルでの市民運動の基盤は、驚くほど大きく、活気がある。社会運動はたくさんある。環境正義運動、有毒物質に対する運動、クリーン生産と廃棄物ゼロ運動、障害者や化学物質過敏症の人々を支援する運動、地域開発運動、反グローバリゼーション運動、民主的労働運動、市民の権利運動、信頼に基づく正義運動、持続可能な農業運動、動物の権利運動、平和運動、女性運動、ゲイの権利運動。これらが一つにまとまれば、選挙によらない指導者達が選択した地球環境破壊の道から我々を引き離す大きな対抗勢力となりうる。

 従来、政党は同じような考えを持つ人々を収容するための大きなテントを用意してきた。しかし、現在は、民主党も共和党も、議会に代表を出していない広い範囲の人々を放置したまま、企業の側に奉じている。絶好の機会ではないか!

 ほとんど実現されていない政治的な統一に力を合わせることが目下の所、最大の重要事項である。我々は分断されている。このままでは、我々は征服されてしまう。

ピーター・モンターギュ
(National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO)

[1] Alexander Stille, "Grounded by an Income Gap," NEW YORK TIMES Dec. 15, 2001, pgs. A15, A17.

[2] See REHN #497, #584 AND #654. And see the bibliography in D. Raphael, INEQUALITY IS BAD FOR OUR HEARTS: WHY LOW INCOME AND SOCIAL EXCLUSION ARE MAJOR CAUSES OF HEART DISEASE IN CANADA (Toronto: North York Heart Health Network, 2001). And see, for example: Ana V. Diez Roux and others, "Neighborhood of Residence and Incidence of Coronary Heart Disease," NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE Vol. 345, No. 2 (July 12, 2001), pgs. 99-106. And: Michael Marmot, "Inequalities in Health," NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE Vol. 345, No. 2 (July 12, 2001), pgs. 134-136. And see the extensive bibliographies in the following: M. G. Marmot and Richard G. Wilkinson, editors, SOCIAL DETERMINANTS OF HEALTH (Oxford and New York: Oxford University Press, 1999; ISBN 0192630695); David A. Leon, editor and others, POVERTY, INEQUALITY AND HEALTH: AN INTERNATIONAL PERSPECTIVE (Oxford and New York: Oxford University Press, 2001; ISBN 0192631969); Richard Wilkinson, UNHEALTHY SOCIETIES: THE AFFLICTIONS OF INEQUALITY (New York: Routledge, 1997; ISBN: 0415092353); Norman Daniels and others, IS INEQUALITY BAD FOR OUR HEALTH? (Boston: Beacon Press, 2000; ISBN: 0807004472); Ichiro Kawachi, and others, THE SOCIETY AND POPULATION HEALTH READER: INCOME INEQUALITY AND HEALTH (New York: New Press, 1999; ISBN: 1565845714); Alvin R. Tarlov, editor, THE SOCIETY AND POPULATION HEALTH READER, VOLUME 2: A STATE PERSPECTIVE (New York: New Press, 2000; ISBN 1565845579).

[3] Bruce R. Scott, "The Great Divide in the Global Village," FOREIGN AFFAIRS (Feb. 12, 2001), pages unknown; available at http://63.236.1.211/articles/scott0102.html.

[4] Pat Roy Mooney, THE ETC CENTURY; EROSION, TECHNOLOGICAL TRANSFORMATION, AND CORPORATE CONCENTRATION IN THE 21ST CENTURY (Winnipeg, Canada: The ETC Group, 2001); available in PDF: http://www.rafi.org/documents/other_etccentury.pdf. The ETC Group (formerly RAFI, the Rural Advancement Foundation International) can be reached at 478 River Avenue, Suite 200, Winnipeg, MB R3L 0C8 Canada; Tel: (204) 453-5259, Fax: (204) 284-7871. This report is "MUST READ " for all activists.

[5] Paul Rogers and others, "Biological Warfare Against Crops," SCIENTIFIC AMERICAN (June 1999), pgs. 70-75.

[6] Maude Barlow, BLUE GOLD:THE GLOBAL WATER CRTISIS AND THE COMMODIFICATION OF THE WORLD'S WATER SUPPLY, Revised edition. (San Francisco: International Forum on Globalization, Spring 2001). See http://www.canadians.org/blueplanet/publications/eng_bluegold-intro.html

[7] Jack Hitt, "Battlefield: Space," NEW YORK TIMES MAGAZINE August 5, 2001, pgs. 30-36, 55-56, 62-63.

[8] Lance Compa, UNFAIR ADVANTAGE: WORKERS' FREEDOM OF ASSOCIATION IN THE UNITED STATES UNDER INTERNATIONAL HUMAN RIGHTS STANDARDS (New York: Human Rights Watch, August 2000). ISBN 1-56432-251-3.

[9] Peter Kellman, BUILDING UNIONS (Croton-on-Hudson, N.Y.: Apex Press, 2001). ISBN 1-891843-09-5. Apex Press, P.O. Box 377, Croton-On-Hudson, NY 10520; or phone POCLAD at 518-398-1145, or E-mail people@poclad.org. See also REHN #697, #698, #699, #700, #701.


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