レイチェル・ニュース #738
2001年11月22日
環境問題の動向−第2回
ピーター・モンターギュ
#738 - Environmental Trends -- Part 2, November 22, 2001
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5434

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年12月25日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_738.html

 我々は、OECD(経済協力開発機構) 加盟30カ国[2] における現状の環境問題の動向について記述した327頁に及ぶOECDの報告書『『OECD 環境展望』』の主な点について、Rachel's #737 に引き続き、概観していく。

 OECD報告書は、交通信号方式で2020年までの主要な環境問題の動向について予測している。
  • 青信号:改善されており、注意すれば進んでよい
  • 黄信号:不確かさがあり、重要な問題である
  • 赤信号:2020年までに明らかに状況が悪くなるので緊急な行動が必要名問題(279頁)
 留意すべきことは、例え青信号でも”注意すれば進んでよい”としていることである。
 前号に引き続いて、OECD報告書が赤信号とした最も重要な問題を以下に列挙する。

**エネルギー:2020年までにOECD諸国のエネルギー総使用量は35%増加し、それ以外の諸国では51%増加する。石油は依然としてOECD諸国の主エネルギーであり、OPEC(石油輸出国機構)[3]からの供給量は2020年までに現在の54%から74%に増加する。再生可能エネルギーの増加はわずか6%と予測されるが、それも政府が与える財政的インセンティブの如何によるとOECD報告書は述べている(148頁)。
 OECD報告書では述べていないが、そのような財政的インセンティブは、自由貿易障壁としてWTO(世界貿易機構)規則に触れることとなるであろう。WTOでは、中近東からの石油を確保するための軍事援助は許しているのに、政府が例えば太陽光エネルギーのような特定の産業を助成することは許していない。
 2020年におけるOECD諸国の原子力発電によるエネルギーは、現状の11%から若干減少するが、それは原発が国各民の支持を得られないからであると、OECD報告書は述べている(148頁)。

**地球温暖化:”地球温暖化”は現実の問題であるとOECD報告書は述べている(157頁)。地球温暖化が進むと、ある地域ではさらに厳しい気象状況(洪水、干ばつ、そして、ハリケーンや台風のようなもっと壊滅的な現象)に曝される。
 また海水レベルは2100年までに6〜37インチ(約15〜94cm)上昇し、貴重で人口が密集した海岸を浸漬することとなる(162頁)。
 蚊が媒介する深刻な伝染病、例えばデング熱(その激痛のために粉骨熱病ともいわれる)やマラリアなどが、北半球及び南半球の両方で蔓延するとOECD報告書は述べている(162頁)。
 気候変動により起こりうる影響は、人間の健康を脅かすものとして、広く認められており、気候変動により今までの伝染病のパターンが変わったり新たな伝染病が発生し、また、厳しい気候条件で多くの命が失われるであろうとOECD報告書は述べている(252頁)。
 総合的観点から、地球温暖化による最も厳しい影響は、無防備で気候変動に対して容易に対応出来ない国が多い南半球に現れるであろうとOECD報告書は述べている(162頁)。
 人間は、主に二酸化炭素、メタン、窒素酸化物等の温室効果ガスを放出することにより地球温暖化に手を貸してきた。これらの中でCO2が最大のものである。OECD報告書は、2020年までにCO2の排出量はOECD諸国で33%、それ以外の諸国で100%、増加すると予測している。
 地球温暖化抑えることを意図した京都議定書の目標に到達するためには、OECD諸国はCO2排出を、非OECD諸国の排出状況によるが、18%〜40%、削減する必要がある(160頁)。アメリカは1990年から1998年の間にCO2排出量を11%増大させたのだから、2020年までに例え18%の削減であってもそれを実現するためには、”産業界の意向”に逆らって、超人的な政策的コミットをしなくてはならない(159頁)。

**化学物質:化学産業界は大量の危険廃棄物を出しているが、同じように大きな問題は製品としての化学物質である。OECD報告書は、現在、市場には100〜200万種の化学物質製品が出回っており、それらは、お互いには作用しない複数の成分から成っていると述べている。これらの製品は、製造現場での危険性、危険物質による事故、他産業の労働者、消費者、一般大衆、そして自然環境へ与える有害な影響について、十分に考慮すべきであるとしている。
 残念なことに、市場に出回る化学物質に関する知識について、あまりにも分からないらないことがあり過ぎる。各国政府は、ほとんどの化学物質の安全性に関する適切な情報を持っていない(223頁)。化学物質の”未知の危険”が”大きな懸念であるとOECD報告書は述べている。
 化学産業によって製造され、人間が作るすべての製品中に見出される化学物質が、環境と人間の健康に対して影響を与えていることが懸念されるとして「問題を引き起こす残留性と生体蓄積性のある多くの有毒物質が環境中から検出されている。例えば内分泌かく乱物質、環境に残留する物質、等であり、それらの懸念が増大している」とOECD報告書は述べている(223頁)。内分泌かく乱物質は、化学物質が環境中に放出されて、すべての鳥類、魚類、両生類、は虫類、巻き貝類、ロブスター、昆虫類、そして人間を含む哺乳類の成長や、発達、行動を司るホルモンの作用をかく乱する。
 OECD報告書では、明らかに各国の政府や化学産業界がこの問題に対処できるとは思っていない。それは、同報告書が、非政府組織(NGO)−環境運動体−の監視こそが、すでに市場に出回っている化学物質の危険性を評価する上で重要であると述べていることからうかがえる(233頁)。もちろん危険性の評価は第一段階であり、それに引き続く抑制、中止、代替、禁止への努力の前奏曲である。
 要するに、残留性有毒化学物質は、今後20年間にわたって環境中に放出され続け、人間の健康に重大な影響を与えるということをOECD報告書は述べている(19頁)。

**人間の健康:OECD諸国において、環境の悪化により健康が損なわれているということは重大なことがらである(253頁)。最も緊急を要するのは、大気汚染と化学物質への曝露であるとOECD報告書は述べている。最も憂慮すべきことは、引き続き化学物質が環境へ放出されることの脅威である(252頁)。これは、単に環境中に放出される化学物質の量の問題だけではなく、その特性や影響の問題が大きい。残念ながら、ある農薬成分の内分泌かく乱作用については最近になって分かったことが示すように、化学物質の特性や影響は、よく分からないことが多いとOECD報告書は述べている(252頁)。
 OECD報告書は、環境の悪化によってもたらされる人間の病気は、OECD諸国では2%〜6%、OECD諸国以外では8%〜13%であろうと推定している(250頁)。OECD諸国では、これによる医療費の増分は、年間、500億ドルから1,300億ドル(約6兆円〜15兆6千億円)であるとOECD報告書は述べている(252頁)。
 OECD報告書は、人間の健康を損なう恐れのあるものとして、2種類の大気汚染を挙げている。地上レベルでのオゾンと微粒子であり、両方とも車やトラックの排気ガスによってもたらされる。
 スモッグの成分である地上レベルのオゾンは、喘息、気管支炎、肺気腫、その他胸部疾患をもたらし、健康な子どもであってもその肺活量を減少させる。アメリカと日本では95%の監視地点において、ヨーロッパでは90%の監視地点において、オゾン規制値を超えているとOECD報告書は述べている(188頁)。
 非常に微細なので、もや以外では見ることのできない微粒子-煤により死ぬ人は、自動車事故で死ぬ人の2倍であるとOECD報告書は述べている(176頁)。ディーゼルエンジンによって生じる微粒子は肺がんをもたらし、アメリカだけでも毎年新たに125,000人が肺がんとなっているとOECD報告書は述べている。
 運輸関連による環境と医療費の総計は、ヨーロッパではGDP(総国内生産)の8%を占めるとOECD報告書は述べている(176頁)。そして自動車は2020までにOECD諸国では32%、全世界では74%増加する(170頁)。2020年までには、より厳しい排出規制により、多くのOECD諸国では都市の大気汚染は軽減されるであろうが、世界の他の国々では、新型の装置のない旧式の車を運転していることであろう。

 環境保護論者は、もちろん、もっと多くの詳細をOECDの真摯な報告書に付け加えたいと思うであろう。もっともはなはだしい欠落は、最大の殺人者である、職場の環境についてである。すでに、以前に報告したとおり、作業関連の損傷や病気により、アメリカだけで毎日165人の作業者が死んでいる。このような現在起きている大きな人権侵害について、OECD報告書は無視している(レイチェル#578参照)。

 つまみ食いのデータと、時には詳細をねつ造したデータによって、ビヨーン・ロンボルグの様な記者は、環境問題は誇張されている、あるいは、実際には存在しないと言い張って、世論を惑わせている[4] 。しかし現実に環境問題はこのような現状なのだから、何も問題がないと言い張ることはできない。世界の海、森林、そして生物多様性は明らかに危機に直面している。例え、石油会社や石炭会社が政治的権力を使ったとしても、地球温暖化の問題は現実のことである。廃棄物は莫大な量となり、さらに増え続けている。そして、なんといっても有毒化学物質の問題がやはり大きい。現在、深い海底や高山の頂上に至るまで地球上のどこでも、そこに生きる生物の体内において微少レベルの有毒化学物質が検出される。
 新たな有毒化学物質が、我々に知らされることなく、我々の身近に導入され、生まれる前からでさえ、体に入り込んでいる。そして、これら有毒不法侵入者による害はほとんど毎日発見されているが、そのことの情報はもみ消されている。しかし、最早我々は、他の科学的調査など待っていられない。我々はすでに十分、分知っており、行動を起こすのみである。

 基本的な問題は、自然環境について、資源が無尽蔵にあるスーパーマーケットや廃棄物に対する底なしトイレットのように考える、”自由市場”思想にある。これらの考え方は全く間違っており、”市場”は自由であってはならない。それらは社会の合意と政府の政策によって節度を保たれなくてはならない。その範囲は、国際規模での寛容と協調から始まって、企業規模での行為の結果に対する告白と責任、政府による支援と制裁、例えば、優先的購買、クリーン技術への助成、グリーン税及び料金、予防措置、職場の安全と健康確保、厳格な罰金、汚染再犯者の拘置、などである。

 キーとなる改革は、人々が、今日、民主党と共和党が政府と呼んでいる場所でのエリート主義の企業論理を排して、自分達の生活に関わることをお互いに話し合いながら政策決定に参画することができる、より感度の高い民主主義を目指すことである。

 環境の悪化をくい止めるためには、上記のことがらに早急に対処すること、そのためには予防原則に基づく勇気ある政策決定と民主政治の改革を行うこと、そして、政府の力を弱め、民主主義を堕落させ、環境保護を適切に行えなかった”自由市場”思想の積年の膿を出すことが必要である。
 もし、我々の”当選しなかったリーダー”が必要な変革を正視することができないならば、我々の子ども達や孫達のための環境展望は全く惨めなものとなるであろう。

ピーター・モンターギュ
(National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO)

[1] Available at http://www1.oecd.org/env/.

[2] Last week we mistakenly omitted Ireland, a founding member of the OECD. Current OECD member nations include Australia, Austria, Belgium, Canada, the Czech Republic, Denmark, Finland, France, Germany, Greece, Hungary, Iceland, Ireland, Italy, Japan, Korea, Luxembourg, Mexico, the Netherlands, New Zealand, Norway, Poland, Portugal, the Slovak Republic, Spain, Sweden, Switzerland, Turkey, the U.K. and the U.S.

[3] OPEC, the Organization of Petroleum Exporting Countries, has 11 members: Algeria, Indonesia, Iran, Iraq, Kuwait, Libya, Nigeria, Qatar, Saudi Arabia, United Arab Emirates, and Venezuela. See http://www.opec.org/.

[4] Bjorn Lomborg, THE SKEPTICAL ENVIRONMENTALIST (Cambridge, England: Cambridge University Press, 2001). See reviews of Lomborg in NATURE Vol. 414 (Nov. 8, 2001), pgs. 149-150; and SCIENCE Vol. 294 (Nov. 9, 2001), pgs. 1285-1286. And see http://www.wri.org/wri/press/mk_lomborg.html and http://www.anti- lomborg.com/.



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