レイチェル・ニュース #737
2001年11月8日
環境問題の動向−第1回
ピーター・モンターギュ
#737 - Environmental Trends -- Part 1, November 08, 2001
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5432

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年12月23日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_737.html

 いつも何年か経つと誰かが、環境問題は非常に誇張されている、あるいは、そのようなものは存在しない−というようなレポートを書いている。環境問題の動向を見て、日々、微笑んでいる記者や評論家は10指をくだらない。グレッグ・イースターブルック(『地球での一瞬』1995年の著者)、ミカエル・フメント(『包囲された科学』1993年の著者)、ラッシュ・リンボウ(ラジオ番組トーカー)、ジョン・ストッセル(ABC TV)、ジョン・ティエネイ(ニューヨーク・タイムス)達である。さらにデンマークの数学者ビヨーン・ロンボルグも新刊本『楽観的環境保護論者』2001年を著して、これら賢人の仲間入りをした。この本については、いずれ検証するつもりである。

 詳細は様々であるが、これら賢人の基本的なメッセージは似たようなものである。すなわち、環境はそれほど悪化していない。むしろ、種々の方法によって改善されている。人口問題? 増加は鈍ってきた。森林破壊? 多くの国で植林が進められている。地球温暖化? そんなに悪くないじゃないか。北国では冬が過ごしやすくなる。有毒化学物質?それは過去の話。本当の問題は、金を稼ぐために、我々は死んでしまうぞと脅す環境保護論者がいることだ−と彼らは述べている。

 このような事実に反するレポートの見出しを見て、人々は何を信じればよいのか分からなくなる。環境問題というのは、本当に存在するのだろうか? それとも単に、環境問題オタクや災厄予言者の心の中だけに存在するのであろうか?

 この議論における我々の立場を明確にするために、本流中の本流、OECD(Organization for Economic Cooperation and Development (経済協力開発機構))によって新たに刊行された327頁の報告書『OECD 環境展望』を見てみよう。この報告書は、OECD加盟30カ国の環境問題の動向について記述したものである。(オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、チェコ共和国、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、アイルランド、イタリア、日本、韓国、ルクセンブルグ、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スロバキア共和国、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、イギリス、アメリカ)
 これは子供だましの報告書ではない。

 OECD報告書は、交通信号方式で2020年までの主要な環境問題の動向について予測している。
  • 青信号:改善されており、注意すれば進んでよい(例えば、年間の伸び率が20%の有機農業)
  • 黄信号:不確かさがあり、重要な問題である(例えば、遺伝子組み換え作物)
  • 赤信号:2020年までに明らかに状況が悪くなるので緊急な行動が必要名問題(279頁)

 以下にOECDが赤信号とした最も重要な問題を列挙する。

** 人口:世界の人口は今から2020年まで、年1.1%の伸び率で増加し、現在の61億人が75億人(23%増)となる(40頁)。これにより20年後には自然環境に現在より23%以上の負荷がかかることになる。さらに、世帯規模が小さくなる傾向があるので、個別住宅の数は増加し、郊外の都市化が進み、1人当たりの環境負荷は増加するとOECDは述べている。

** 海洋漁業:海洋の魚は、今日、人間が摂取する蛋白質の20%を占めているが(109頁)、世界の海洋漁業の50%は、すでに漁獲高が限界に達しており、15%は漁獲が過大であり(明らかに持続可能ではない)、7%は資源が完全に枯渇している。地球規模で展開する漁業船団が、海洋が持続可能ベースで供給できる量より30%も多くの漁獲高を上げているので、海洋漁業による負荷は直ぐには軽減されそうにない(113頁)。ますます多くの漁船が、ますます減少する魚を追い回している。
 現在から2010年までの間に漁獲高が増大することは期待できないので、養殖漁業に頼らざるを得ないとOECDは述べている。しかし養殖漁業にはそれ自体の問題、高濃度養殖廃棄物により種の多様性の減少、大量の抗生物質の使用により他の種や生態系に悪影響を及ぼす、養殖場から逃げ出した魚が天然種の魚を駆逐し、病気を広げる、等がある(115頁)。このような傾向の結果、OECD加盟国の海洋漁獲高は2020年までに10%減少するとOECDは予測している(112頁)。

** 淡水:淡水に対する需要は汚染の増加とともに増大しているが、多くの国で水質汚染のために、使用できる水源が減少している。  
地表水は枯渇するか汚染されているので、多くの国では地下水を汲み上げているが、自然が地下水を補給する速度は遅い。17カ国では、毎年、すでに自然が供給できる量を上回って地下水を汲み上げている(102頁)。
 さらに、地下水は汚染されている。「OECD地域の地下水の水質が悪化しているという証拠がある。一旦、地下水源が汚染されると、地下水の流動は非常にゆっくりしていること及び浄化装置が非常に高価であることにより、汚染水源を浄化するのは非常に難しい」とOECDは述べている(103頁)。水質悪化と水資源の欠乏により、各国内であるいは国家間で争いが起きており、その傾向は加速しているとOECDは述べている(102頁)。

** 森林:OECD加盟国では、もともとの”自然林”は伐採されつつあり、人工肥料や農薬を必要とする副次林や木材企業による植林で置き換わりつつある。従って、OECD諸国の総森林面積は一定であるが、生物の生息環境や生物多様性と言った観点からの森林の質は明らかに落ちている。
 ある種の樹木の成長は早いが、森林が成熟するには数世紀を要する。熱帯林の状況は悪化している。3,700万エーカーの森林が毎年、伐採されている。「熱帯林の破壊は今後数十年間、危険な速度で続くであろう」とOECDは述べている(125頁)。現在から2020年に至るまでに、世界中で総森林面積の6%が失われるであろう(136頁)。

** 酸性雨:硫黄酸化物や窒素酸化物の排出による酸性の雨、雪、霧が、森林や土壌、淡水生態系にダメージを与えている。酸性雨が森林消滅の重要な要因であることが分かっており(127頁)、北欧や北米の一部における現在の酸の堆積レベルは限界値の2倍を超えているとOECDは述べている(190頁)。
 ヨーロッパでは今後10年間で状況は改善されると見込まれているが、世界の他の場所ではもっと悪化すると予測されている。OECD諸国以外では、硫黄及び窒素酸化物の排出は今後20年間でかなり増大すると思われる。「従って、この地域では酸の堆積により、地表水と土壌の酸性化が進み、多くの繊細な生態系に影響を与えるであろう」とOECDは述べている(190頁)。

** 生物多様性:人類は、他の生物が必要とする生息地を容赦なく開拓し、鍬を入れ、多くは農地に変えてきた。多くの農地は、”灌漑”により深層土壌から塩分が汲み上げられ、表層土に塩分が堆積することによって荒らされ、土壌が浸食されてきた。
 OECDによれば、世界の農地の2/3は、すでにある程度、土壌が劣化しており、1/3は非常に劣化している(138頁)。さらに、世界の湿地の半分はすでに破壊されている(136頁)。そして淡水生態系の生物多様性は脅威にさらされており、世界の淡水魚の20%が絶滅の危機に瀕している(138頁)。すべての霊長類の半分と樹木の9%が絶滅の危機にさらされているとOECDは述べている。
 現在から2020年までの間に、OECD諸国内の生物多様性はさらに悪化するであろう(138頁)。すべての人類が依存している生物学的プラットオームである生物多様性の将来予測を見て、微笑んでいるわけにはいかない。

** 都市の固形廃棄物またはゴミ:1995年にはOECD諸国では、年間、1人当たり平均1,100ポンド(約500kg)のゴミを出していた。2020年までには28%増大して1,400ポンド(約640kg)となると予測されている。人口が増加しているので、OECD諸国の年間のゴミの総量は、2020年までに43%増大して、年間、8億4,700万トンに達するであろう(203頁、236頁)。OECD諸国以外の地域ではゴミの総量は倍増して、2020年までに年間の総排出量は14億5,000万トンに達するであろう(237頁)
 1997年には、OECD諸国のゴミの64%は、埋め立てられ(地下水源を汚染する(242頁))、18%は焼却され(広範に大気を汚染する。名うての有毒化学物質で、移動性と残留性のあるダイオキシンやフラン(241頁))、18%がリサイクルされる(235頁)。
 2020年までに、OECD諸国では50%が埋め立てられ、17%が焼却され、33%がリサイクルされる(240頁)。ほとんどの廃棄物は最終的には、同じ形で、あるいは姿を変えて、一般環境に放出される。

** 危険廃棄物:OECD諸国では、現在、毎年1人当たり220ポンド(約100kg)の合法的な危険廃棄物を出している。2020年までには1人当たり47%増大して320ポンド(約147kg)に達する見込みであり、さらに人口増加を加味すると、OECDの年間総危険廃棄物排出量は60%増加して1億9,400万トンになるだろう(137頁、314頁)。
 このうちの大部分は一般環境中に排出され、最終的には食物連鎖によって移動する。
 OECD加盟29カ国のうち、13カ国での調査によれば、危険な産業化学物質によって汚染されている場所は475,000カ所ある。OECDは、これらの汚染場所を浄化するのには3,300億ドル(約4兆円)かかるとしている。これは大きな金額である。

(次回に続く)

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 訂正 
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前号 REHW736 で、マンハッタンの大気汚染について不注意により、誇大な表現をしたので、訂正します(訂正部)。

【訂正前】
”ゼロ地点”の大気汚染に関するいくつかのリスク評価で、アメリカ環境保護庁(EPA)はマンハッタンの大気は勤労者や住民にとって安全であるとの結論を出したが[6] 、EPAのリスク評価ではPBDEsを考慮していないし、大気中に存在すると思われる他の多くの化学物質についても考慮していない。EPAは安全性を保証したが、(4000人以上の人が、マンハッタンの空気に曝されて)、慢性的な胸の痛みを覚え、”世界貿易センター咳”と呼ばれるしつこい咳に悩まされ、喘息、あるいは肺気腫のような呼吸系の障害に冒されている[7]。

【訂正後】
”ゼロ地点”の大気汚染に関するいくつかのリスク評価で、アメリカ環境保護庁(EPA)はマンハッタンの大気は勤労者や住民にとって安全であるとの結論を出したが[6] 、EPAのリスク評価ではPBDEsを考慮していないし、大気中に存在すると思われる他の多くの化学物質についても考慮していない。EPAは安全性を保証したが、(”ゼロ地点”では4000人以上の勤労者が、惨劇の現場の大気に曝されて)、慢性的な胸の痛みを覚え、”世界貿易センター咳”と呼ばれるしつこい咳に悩まされ、喘息、あるいは肺気腫のような呼吸系の障害に冒されている[7]。

ピーター・モンターギュ
(National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO)

[1] Available at http://www1.oecd.org/env/


化学物質問題市民研究会
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