レイチェル・ニュース #736
2001年10月25日
もう一度立ち上がろう
PBDEs(ポリ臭化ジフェニール・エーテル)

ピーター・モンターギュ
#736 - Here We Go Again: PBDEs, October 25, 2001
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5427

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年12月06日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_736.html


 新しい有毒化学物質が、、母乳、人間の血液、食物、人里離れたの地域の大気、魚、そして食用作物の肥料としてアメリカ中で使われている下水汚泥の中で見つけられている。カナダの保健担当官が最近、これらの発見についてまとめるに当たって、「これは至る所で起きていることだ」と述べた[1] 。

 この新たに発見された汚染物質は臭化難燃剤である。臭素は、塩素やヨウ素と同じハロゲン族で、極めて反応性の高い化学元素である。
 世界中で8つの化学会社が、毎年3億ポンド(約14万トン)の臭化難燃剤を生産しており、そのうち8千万ポンド(約3万6千トン)が、ポリ臭化ジフェニル・エーテル類(PBDEs)であると言われれている[2] 。
 全ての臭化難燃剤が環境及び健康に問題を引き起こすと考えられているが、ここでは、器具、テレビやコンピュータ、座席やクッションの詰め物、カーペットやカーテンの織地、等に使われるプラスチックから環境に滲出するPBDEsについて焦点を当てることとする。多くの硬化スチレンプラスチックや粒状詰め物では重量ベースで5%〜30%がPBDEsである。

 同類のPCBs(ポリ塩化ビフェニル)のように、多くのPBDEsは長年環境中のに残留し、食物連鎖に蓄積し、脂肪組織に凝縮する。最近のPBDEs調査に関する報告により、PBDEsががんを引き起こし、ホルモンをかく乱し、正常な成育と発達を阻害する可能性があることが分かった[3]。
 最近の調査で、さらに、これらの臭化化合物は、動物や人間の脳や中枢神経の正常な発達に重要な、甲状腺ホルモンをかく乱する可能性もあることが分かった。PBDEs に曝露したマウスの赤ん坊には行動障害と記憶障害が起き、成長とともに症状が悪化する[3,4]。

 PBDEs はコンピュータ、カーペット、詰め物から非常に高いレベルで見出されるので、マンハッタンの”ゼロ地点”(訳注:テロによるビル崩壊現場)のホコリには大量のPBDEsが含まれている。従って適切な安全装置なしに呼吸をすると、これらの有毒物質を吸い込むこととなる。世界貿易センターの惨劇現場のホコリには、9月11日にツイン・タワーとその周辺のビルが崩壊した時の、数千台のコンピュータのプラスチック部品、数千エーカーの難燃性カーペット、そして数千トンのオフィス家具、等による微粉が含まれている。さらに悪いことには、このハイテク・ホコリが、がれきの下でいぶり続けているということである[5] 。

 ”ゼロ地点”の大気汚染に関するいくつかのリスク評価で、アメリカ環境保護庁(EPA)はマンハッタンの大気は勤労者や住民にとって安全であるとの結論を出したが[6] 、EPAのリスク評価ではPBDEsを考慮していないし、大気中に存在すると思われる他の多くの化学物質についても考慮していない。EPAは安全性を保証したが、”ゼロ地点”の勤労者4000人以上が、惨劇の現場の大気に曝されて、慢性的な胸の痛みを覚え、”世界貿易センター咳”と呼ばれるしつこい咳に悩まされ、喘息、あるいは肺気腫のような呼吸系の障害に冒されている[7]。

 EPAはまた、リスク評価の手法を採用して、汚染した下水汚泥を食用作物の肥料として使用しても安全であると宣言したが、ここでもまた、PBDEsや他の多くの化学物質が与える作物への影響、その作物を食べる人々への影響、さらにはその作物が育つ環境への影響を考慮しなかった。  およそ80億ポンド(約360万トン)の汚染された下水汚泥が日常的にアメリカ中の畑でまかれている。今年の7月には研究者が、バージニア州、ニューヨーク州、カリフォルニア州の下水汚泥11サンプルにPBDEsが高レベルで凝縮していたと報告してい[8] 。

 これは、もちろん、有毒化学物質の管理をリスク評価手法(そこでは非常によく分かっている化学物質のリスクのみが評価される)で行うことによる避けることのできない失敗例の一つである。
 アメリカの化学会社では、毎年、約1000の新しい化学物質が安全性テストも要求されず、そして、ほとんど実施されずに市場に送り出されている。一般的には、市場に投入されてから10年、20年経って、有害性が判明してから、安全性テストが実施される。リスク評価手法は、常に”後手”に回り、従って安全性に関し、常に誤った保証がなされる。

 リスク評価手法に替わるものは、危険の兆候が現れたら直ちに予防的措置(precautionary action)をとることである。

 スカンジナビアの研究者グループによる最近の研究報告によれば、この30年間、スウェーデンでは環境中のPBDEのレベルが指数関数的にで増大しており、減少の兆しは見えない[2]。最近の研究によれば、アメリカはスウェーデンよりもはるかに汚染されている。例えば、アメリカの下水汚泥はヨーロッパのものに比べて10〜100倍もPBDEsのレベルが高い[8]。
 PBDEsの他の主要なソースは自治体の焼却炉と埋め立て地であると考えられている[2]。  PBDEsはまた、電気製品、特にコンピュータとテレビなどの熱を持つ機器から揮発(大気への滲出)する。
 PBDEsは水には溶けにくいが、脂肪には容易に溶解する。また分解に非常に時間がかかるので、環境への残留性がある。食物連鎖で移動するので、濃縮されて生体蓄積する。これらの特性こそがまさに、DDTやPCBなどの有毒物が悪役とされ、市場から撤去された理由であった。

 PBDEsにはこれらの特性があるので、スカンジナビアの研究者達が今年の初めに報告した”1972年以来、スウェーデンでは母乳中のPBDEsが指数関数的に増大しており、5年毎に濃度が倍増している”という話を聞いても、驚くにはあたらない[2]。
 研究者達は、母乳中やスウェーデンの食物中の現在のPBDEsレベルは、実験動物に悪影響が出ない程度のものであるということを強調しているが、「母乳中のPBDEsは年々増加傾向にあり、これは将来に対する警告である」としている。

 PBDEsが胎児や乳幼児の発達にどのような影響を与えるのか、確実なことは分からない。(汚染された母乳に関する既知の結果について知りたい方は、サンドラ・スタイングレーバの衝撃的な新刊書、『信頼せよ:母性への生体学者の旅』を読むとよい[9]。その本は、多少母乳が汚染されていたとしても、他の全ての代替の方がもっと悪いので、やはり母乳が乳児にとって最良であるということを強調している)。

 PBDEsは今ではどこにでも見られる。ヨーロッパの研究者達は、淡水及び海水魚(サケ、ニシン、等)、人里離れた地域、下水汚泥、深海堆積物、ウナギ、アザラシ、甲殻類、バンドウイルカ、ネズミイルカ、ゴンドウクジラ、カニ、その他多くの生物種の中にはPBDEsを見出している。
 限られた研究ではあるが、5大湖は世界で最もはPBDEsで汚染された湖であり、特にミシガン湖が最悪である[2] 。
 ドイツ、オランダ、スウェーデン、日本及びアメリカの研究によれば、PBDEsが魚類、肉類、牛乳、油脂及びパン製品中に存在している。アメリカの血液検査では、全ての試料中にPBDEsが見出された。

 1999年にスウェーデン化学検査機関は、「低濃度−工業用臭化PBDE化合物、その多くはペンタPBDEであるが、は水生環境において残留性、生体蓄積性、及び毒性があると結論付けている。それらは、肝臓のみならず甲状腺ホルモンにも悪影響を与え、マウスの行動にも影響を与える。それらは広く環境中に、人間の血液中に、そして母乳中に存在する」と結論付けている[10] 。
 スウェーデンではPBDEsのこれらの特性のために、PBDEsを市場から撤去するという予防的措置を採る引き金となった。デンマークとオランダでもPBDEsを禁止するという措置が採られた[2,11] 。

 9月に、EUは危険性に関する科学的な確かな証拠を待たずとも、予防的措置を採ることを決定した。欧州議会は9月6日にPBDEsの使用、製造、そしてPBDEsを含んだ製品の輸入を数年以内に禁止することを採択したが、法的に有効となるためにはECの大臣による承認が必要である。

 もし、PBDEs を製造する世界の8化学会社のどこかが、環境に毒物を排出することの見返りとしての利益を得る権利が侵されたと訴えれば、当然、これらの禁止措置は世界貿易機関(WTO)の非公開審議に付せられるであろう。
 製造会社はヨーロッパの禁止措置に対し”激烈に反対している”と報じられている[11] 。
 WTOが設置された主な理由の一つは、企業が従順な政府を通して、リスク評価手法を用い、全ての国の健康と安全に関する規制に挑戦し、これらを無効にすることを許容するためのものであった。
 WTOが設置される前には、企業は全ての国の健康と安全に関する規制に対し、一斉に挑戦する方法がなかった。従ってWTOはこの点に関し、顕著で新たな効果を生み出した。
 リスク評価手法は、このような目的、特に評価しようとする化学物質について分からないことが多い場合には、まさに理想的である。よく分からないなら、その化学物質は安全である−”ゼロ地点”の大気と同じように。

 アメリカ政府には、PBDEsの製造、使用、または廃棄に関する規制がないし、また、規制を行う計画もないと報道されている。アメリカの化学物質政策は、まだまだ初歩的な段階で、”問わないでくれ。告げないでくれ”という方針で貫かれている。

 PBDEsは、化学的形状や多くの性状において、かつて企業が不注意にも環境に放出した最も危険で残留性のある化学物質、PCBsとよく似ている。アメリカは、1976年にPCBsを禁止したが、当時はPCBsについては今日PBDEsについて知られている程の知識はなかった。しかし今日の政治的状況は1976年当時とは、はるかに異なっている。今日の企業は当時よりも政治的に力があり、政府の力は実質的に弱くなっている。企業は、アメリカにおける全ての政策決定のプロセスにリスク評価手法を導入することに成功したので、予防的措置など、ほとんどの政府機関では考慮されない。情報公開はよくなったが、民主的な機関(公立学校、報道、司法、議会、実施機関)は企業の金で乗っ取られ、今では主に、力のあるエリートに奉仕し、一般の福祉については顧みられない。

 10年から15年以内に、PBDEsは、環境に対する危険性としてPCBsをしのぐものになるであろう。母乳研究は、乳児や子ども達に対する危険性が急速に高まっていることを示している。
 害毒を与える企業に対し、予防的措置をとることができるようするための闘いを導くものは誰であろうか?

ピーター・モンターギュ
(National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO)

[1] Charlotte Shubert, "Burned by FlameRretardants?" SCIENCE NEWS Vol. 160 (October 13, 2001), pgs. 238-239.

[2] Per Ola Darnerud and others, "Polybrominated Diphenyl Ethers: Occurrence, Dietary Exposure, and Toxicology," ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 109 Supplement 1 (March 2001), pgs. 49-68.

[3] Kim Hooper and Thomas A. McDonald, "The PBDEs: An Emerging Environmental Challenge and Another Reason for Breast-Milk Monitoring Programs," ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 108, No. 5 (May 2000), pgs. 387-392.

[4] Per Eriksson and others, "Brominated Flame Retardants: A Novel Class of Developmental Neurotoxicants in Our Environment?" ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 109, No. 9 (September 2001), pgs. 903-908.

[5] Eric Lipton and Andrew C. Revkin, "With Water and Sweat, Fighting the Most Stubborn Fire," NEW YORK TIMES November 19, 2001, page unknown. Available at http://www.nytimes.com.

[6] Diane Cardwell, "A Nation Challenged: Lower Manhattan; Workers and Residents Are Safe, Officials Say," NEW YORK TIMES Nov. 2, 2001, pg. unknown. Available at www.nytimes.com.

[7] Robert Worth, "A Nation Challenged: The Site; Citing Safety, City Will Cut Work Force For Recovery," NEW YORK TIMES November 1, 2001, pg. unknown. Available at www.nytimes.com.

[8] Robert C. Hale and others, "Persistent pollutants in land-applied sludges," NATURE Vol. 412 (July 12, 2001), pgs. 140-141.

[9] Sandra Steingraber, HAVING FAITH (Cambridge, Mass.: Perseus Publishing, 2001). ISBN 0-7382-0467-6.

[10] KemI, "KemI proposes a prohibition of flame retardants," March 15, 1999. See http://www.kemi.se/aktuellt/pressmedd/1999/990312_eng.htm

[11] Environment News Service, "EU Lawmakers Vote Broad Fire Retardant Ban," September 6, 2001. See http://www.ens-news.com/ens/sep2001/2001L-09-06-02.html



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