レイチェル・ニュース #732
2001年8月30日
環境保護運動−第1回
ピーター・モンターギュ
#732 - The Environmental Movement -- Part 1, August 30, 2001
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5378

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年10月7日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_732.html


 アメリカでは、通常、裁判官は世事から超越し、政治や金とはかけ離れた存在であると考えられている。もちろん、裁判官も人の子であるから、完全にはその通りではないということを、我々誰でもが知っている。裁判官も世俗の影響を受けるであろうし、富裕階級と親しく交際できるカントリークラブでリラックスすることもあるであろう。しかし、やはりアメリカでは裁判官は、公平な精神の持ち主で、他から影響を受けず、誰に対しても偏見を持たないと思われている。

 しかし、残念ながら、1980年頃から、富裕階級の極右グループがこれらのことを全て変えようと組織的にキャンペーンを行っており、それは、現在大きな成功を納めたようだ。

 アメリカ司法界はごろつきの集まりとなり、企業から平気で金を受け取るようになってきた。その結果、アメリカの環境に関する法律や規制は骨抜きにされようとしている。30年間、環境保護は、地方レベルのものも含めて、訴訟やあるいは訴訟にするぞという圧力を頼りに、違反者を法に従わせ、気の進まぬ当局担当者に法を実施させ、金持ちや権力者が大気や水や大地を汚染し、生物や人間に害を与えた場合、責任をとらせてきた。法的義務の強制力は、多分、個人や企業の環境汚染に対する歯止めであった。

 最近出版された3つ報告書によれば、法の独立性と公平性が、富裕階級の極右派によって組織的にゆがめられていることが露見した[1,2,3]。その結果、環境を保護することや、市民が法廷に参加できることを意図した法律が、効力を失う結果となった。

 環境問題訴訟組織として我が国でもっともその名を知られている”天然資源保護協議会 Natural Resources Defense Council (NRDC) ”は最近の報告書で「非常に思想的で活動的な現職裁判官のグループが、すでに環境関連法の重要な部分を脅かしている。過去10年間、これら裁判官達は、環境取締官の活動の道を邪魔するようなことをし、環境保護を求める市民をしり目に刑務所のドアを閉ざし、憲法の通商条項に関し将来多くの環境関連法を無効にさせるであろう”経済的自由”の法体系を画策してきた」と述べている[1,pg.v] 。

問題点は下記の通りである。

過去20年間、連邦裁判所に任命された裁判官達は、アメリカの憲法に則り、議会で承認された法律を一方的に再解釈することを試みてきた。自由主義者、反政府論者、自由市場論者達に刺激されて、過激行動派の裁判官達が意図的に多くの環境関連法や規制、市民保護条例を骨抜きにしたことは明らかである。

多くの州裁判官は、富裕者組織と妥協してきた。州裁判官の任命、というよりむしろ選挙は、1840年代に民主主義を拡大するために促進されてきた。しかし現在では、大金持ちの右翼過激派の力が増大して、州裁判官の選挙では、富裕者組織の影響を受けるようになった。昨年のジョージタウン大学法律センターの報告書によると、多くの州裁判官達は選挙のために100万ドル(約1億2000万円)以上もの金をかけている。だれが当選しようと関係なく、企業の金が州裁判官の当選に注ぎ込まれている。

少なくとも3つの右翼過激派組織は、過去10年間、自由主義者(反政府)と自由市場論者の立場から法律を解釈することを学ぶことを目的として、保養地で開催される”教育セミナー”に連邦裁判官を送り込んでいたが、そのための全経費として数千万ドル(数十億円)を負担していた。
 過去10年以上にわたって、我が国の連邦裁判官のほとんどが自由主義者と自由市場論者の支援を受けて、このようなセミナーを受講していた。アメリカ高等裁判所の前・主席裁判官アブナー・ミクバは「このようなセミナーに参加した裁判官達が、通常、重要な政策に関する裁判において、セミナー資金提供者達と同一の側に立つというのは偶然の一致であろうか? 私はそうは思わない」と述べている[3,pg.iv] 。
 結論として、アメリカ最高裁判所や下級裁判所では、このような方法で憲法や連邦法の新解釈がなされてきたということである。

憲法の通商条項:連邦政府の環境保護政策のベースは常に、連邦政府に”州間の通商”を管理する権限を与えている憲法の通商条項であった。
 今年、最高裁は、陸軍工兵部隊には、渡り鳥にとって必要な湿地帯の埋め立て工事を妨げる権限はないという判決を下した。このような鳥たちは、各州の経済に影響を与えている。鳥たちは昆虫の数を適正に維持することで作物や森林を保護している。さらに数百万の人々が、渡り鳥に関連する各種リクリエーションを享受するために数十億ドル(数千億円)を使っている。それにもかかわらず、連邦最高裁は、渡り鳥は州間の通商には何も役に立たず、これは州が関わることで、連邦政府には関わりのないことであるとの結論を出した。
 連邦政府の権限を縮小するために、憲法の通商条項に新解釈を与えた例は、これが初めてのことではない。その結果、下級裁判所は、環境問題に対する連邦政府の権限を否定する新たな方策を試している。例えば、アラバマ州の連邦裁判官は、連邦政府のスーパーファンド法(有毒物質堆積場所の浄化要求)は、現在、経済活動が行われていない閉鎖された堆積場には適用されないという判決を出した。彼の判決は、閉鎖された化学物質堆積場は、地方の不動産に関することであり、連邦政府が関わる問題ではないというものであった。この判決は、控訴されたが、憲法の通商条項の再解釈は連邦政府裁判所が決めることという結論が出ることは明白である。
 NRDCが報告書で述べているように、最近の裁判所による一連の通商条項への攻撃は、我が国の環境保護がきわどいバランスの上に立たされているということを示している [1,pg.8] 。

憲法条項について:憲法第5修正条項によれば、「個人の財産を、補償なしに公共の用途に使用してはならない」としている。長年、これは、土地の使用権の全体が連邦政府の措置により損なわれた時には、土地所有者は補償されるという意味であると解釈されてきた。もし、連邦政府の措置の後に、土地使用権の一部でも残っていれば、補償の必要はないということである。従って、土地の商業的利用を禁止する区域用途設定を行っても、その土地を他の用途に向けることができるのなら、補償の必要はないということになる。
 しかし、現在、過激行動派の裁判官達は15年かけて、この憲法条項の再解釈に対する明確な態度を審理に反映するようにしてきた。例えば、連邦裁判所は、フロリダ・エバーグレーズ(Florida Everglades フロリダ南部の大湿地帯)での石灰岩の採掘を申請した会社に対し、連邦政府が採掘許可を与えないのなら、数千万ドル(数十億円)の補償を払うべきとの判決を下した。この石灰石会社は、今でも購入価格の倍の値段でその土地を売ることができると認めているが、法廷は、採掘権を取り上げた代わりに100年分の先行使用権としての補償金を支払うよう判決を下した[1,pg.12] 。
 このような通商条項の解釈を適用すれば、連邦政府は、環境関連法を遵守させるために、環境汚染者に対し常に補償金を払わねばならぬことになる。
 他のケースでは、絶滅の危機にあるサケを保護するために、カリフォルニアのある土地所有者の水利権を8%〜22%位に制限したが、100%分の補償をした例など、いまだかつてなかったことである。この判決では「連邦政府がサケを保護することは、もちろん自由であるが、それを実施するための水利権に金を払うのは当然である」と結論付けた。NRDC は「この判決は、その30%が絶滅の危機に瀕している我が国の淡水生物の効果的な保護に対する終焉の鐘声である」と述べている[1,pg.13] 。

憲法第11修正条項は、連邦裁判所が、”他の”州の市民による、あるいは外国の市民による、州政府への訴訟に関わることを禁止している。
 現在、連邦最高裁はこの明確な記述を一方的に再解釈し、”他の”という言葉を取り除いている。この憲法の新解釈が如何に環境汚染企業や州政府内にいる彼らのしもべを助けているかの事例を示す。
 連邦政府の鉱物採掘管理及び再開発条例(Surface Mining Control and Reclamation Act (SMCRA) )に述べられている目標は、石炭採掘による有害な影響から社会と環境をまもるために国を挙げての施策を立ち上げることである。同法によれば、採掘会社は、水の流れ対し悪影響を与えないということを示さない限り、水の流れから100フィート(約30メートル)以内の場所で採掘することはできない。ウェストバージニア州当局はしばしば、”山頂掘削”採掘の許可を石炭採掘会社に出していた。
 その名が示すとおり、”山頂掘削”は、巨大な掘削機が山頂を削り取り、数千トンの土砂岩石を近くの谷に捨て、がれきで水の流れを埋め尽くし、そこに住む生物を殺すことを意味している。
 SMCRA はまた、市民の訴訟を認めている。そこでブラッグというウェストバージニア州の一市民が、ウェストバージニア州当局は連邦政府の法に従うよう連邦裁判所に告訴した。連邦裁判所はブラッグの訴えに対し、憲法第11修正条項により、彼は自分の州を連邦裁判所に告訴することはできないとして、却下した。そこでウェストバージニア州当局は、連邦政府の鉱山法を自由に無視することができることとなった。

告訴する市民の立場:多くの連邦政府環境関連法は、法の実施を強化するために”市民の訴訟権”を認めている。しかし、今や、市民の訴訟権は、最近の連邦裁判所の判決のおかげで、消滅してしまったも同然である。判決では、ほとんどの市民は、訴訟を起こすほどに、被害受けているわけではないとしている。例えば、絶滅危機生物保護条例の強化を望む市民は、その法律が強化されなかった場合、彼自身がどのような被害を受けるのかを示さなくてはならない。そのようなことができるのは、例え、いたとしても、わずかな市民だけである。このような連邦裁判所の判決のために、市民の訴訟は、ほとんど過去のこととなった。

 このような状況の中で最悪のことは、従来の環境保護運動は、このような傾向に対して無力であるということである。環境保護運動は30年間、ワシントンでの議員へのロビーイング活動や立法活動など身内とのゲームに関わるだけの、狭い範囲の法的、あるいは科学的戦略を追求してきたために、その運動は、”アメリカ市民は環境保護関連法の強化を望んでいるのであり、それが骨抜きにされることは望んでいないのだ”という力強いメッセージを司法界や議会に発することができる国中の活動的な市民による真の政治的基盤を持つことができなかった。
 この重要な場所、法廷で、金持ちの企業はほとんど全ての切り札を持ち、従来の環境保護運動は、それを止めるだけの力を失っている。

(次回に続く)


ピーター・モンターギュ
Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO)

[1] Sharon Buccino and others, HOSTILE ENVIRONMENT; HOW ACTIVIST JUDGES THREATEN OUR AIR, WATER AND SOIL (New York:Natural Resources Defense Council, 2001). Available at http://www.nrdc.org/legislation/hostile/hostinx.asp. A joint report of the Alliance for Justice (http://www.afj.org/), the Community Rights Counsel (http://www.communityrights.org/), and Natural Resources Defense Council (http://www.nrdc.org).

[2] Environmental Policy Project, Georgetown University Law Center, CHANGING THE RULES BY CHANGING THE PLAYERS: THE ENVIRONMENTAL ISSUE IN STATE JUDICIAL ELECTIONS (Washington, D.C.: Georgetown University, 2000). Available at http://www.envpoly.org/sjelect/.

[3] Doug Kendall and others, NOTHING FOR FREE: HOW PRIVATE JUDICIAL SEMINARS ARE UNDERMINING ENVIRONMENTAL PROTECTIONS AND BREAKING THE PUBLIC'S TRUST (Washington, D.C.: Community Rights Counsel, 2000). Available at http://www.tripsforjudges.org/.


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