レイチェル・ニュース #726
2001年6月7日
科学と予防措置と農薬
ピーター・モンターギュ
#726 - Science, Precaution and Pesticides, June 07, 2001
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5340

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年7月22日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_726.html


 リンパ腫は白血球のがんであり、これにかかった人の半分は5年以内に死亡するという。その5年間の、恐怖と不安、苦痛、そして従来の治療法である放射線治療、骨髄移植や幹細胞(stem cell)移植、あるいは化学療法による副作用の苦しみは、いかほどのものであろうか。
 治療による副作用には痛み、吐き気、おう吐、口内炎などをともない、また、がん治療により免疫系統が損傷を受け、風邪やインフルエンザ等に感染しやすくなる。
 悪いことに、リンパ腫は一旦良くなっても、また悪化するので、治療を繰り返し行わなければならない。これは患者にとって、死の谷をわたるジェットコースターに乗る様な恐怖を与えることになる。

 リンパ腫には2種類ある。ホジキン病(悪性リンパ腫)と非ホジキン・リンパ腫(Non-Hodgkin's Lymphoma ; NHL)である。NHL は全リンパ腫の約88%を占める。アメリカでは、287,000人の人々がNHLにかかっている。今年も新たに約55,000人がNHLと診断されるであろうし、リンパ腫はがんの中でも進行が非常に早いので、来年はもっと増えるであろう。1975年から1998年の間に、リンパ腫の発症率は毎年、約2.2%増加してきたが、最近の10年間では、その増加傾向は鈍っている。[1] 。

 誰にもリンパ腫の原因は分からない。しかし、全てのがんは、複数遺伝子の突然変異(それは多分、遺伝子が5〜10カ所くらい傷つけられることによって生じる)によって、あるいは、通常はがん細胞を破壊する免疫系統のある部分が損傷を受けることによって、引き起こされるということが分かっている(参照 REHN #693)。
 過去20年間に、医療研究者達は様々な要因、例えば免疫系統の弱体化、ある種の化学物質への曝露、あるいは、多分いくつかのウィルスの感染、等が重なって、リンパ腫が増加しているのではないかと考えるようになってきた。
 調査研究によれば、ひとつの化学物質類−塩素系フェノールが疑わしい。塩素系フェノールは塩素を含んだ化学物質であり、ダイオキシン類、PCBs、DDT、そしていわゆる”フェノキシ基系除草剤”である 2,4,5-T や 2,4-D などである。この 2,4-D は、芝生や畑を荒らす雑草メシヒバやタンポポの除草剤としてアメリカで最もポピュラーなものであり、Weed-B-Gone、Weedone、Miracle、Demise、Lawn-Keep、Raid Weed Killer、Plantgard、Hormotox、Ded-Weed などの商品名で売られている。

 今回、アメリカ・リンパ腫協会が、リンパ腫と農薬との関連について、入手できた全ての研究調査を49頁の小冊子にまとめた[2] 。それは、このプロジェクトを指揮したスーザン・オズボーンと科学的な検証を行った12人の科学者及びリンパ腫研究者からなる審議会の感動的な努力の結晶である。この小冊子は、農薬への曝露についての人間に関する99の研究とペット犬に関する一つの研究(参照 REHN #250)を要約したものである。

 人間に関する99の研究の中で、75の研究が農薬への曝露とリンパ腫との関連性を認めている。24の研究は関連性がないとしている[3] 。ペット犬に関する研究では、メシヒバ除草剤である 2,4-D によりペット犬ががんになる確率は2倍になるとしている(参照 REHN #250)。
 このことは、農薬への曝露ががんを引き起こすことを“証明”しているだろうか?いや、証明していない。

 農薬への曝露のような複雑な事象や、タバコの煙への曝露においてでさえ、”X が Y の原因である”という疑いがあっても、科学はそれを証明することは決してできない。フィリップ・モリスや作物保護協会(農薬業界)に雇われた研究者達に「この疾病の原因の一端は、あなた方がかつて考えもしていなかった、いくつかの要因にあるのではないか」と言わせる余地をいつも残すことになる。そして、それに対する我々の正直な回答はいつも「わずかだが、そのような可能性もあるであろう」となる。
 化学物質と人間及び生態系との関連は非常に複雑であり、それに比べて科学的ツールはまだ貧弱なので、分かっていることよりも分からないことの方が多い。

 科学は我々が直面する最も重要な疑問の幾つかに対し明確な答を与えることはできない、ということを、我々はそろそろ認めなくてはならない。我々は個人として、あるいは人間社会として、これらの疑問に対する答えが是非とも必要である。我々は、リンパ腫と農薬との関係について、100の調査結果を読むことができ、そこでは75%の調査結果が危険性が潜在するということを示している。
 我々は決断しなくてはならない。

  1. 我々は、農薬への曝露を減らしたいと個人として望んでいるか?
  2. 我々は、農薬会社は一体どこで、我々全ての生存がかかっている土壌や水、空気に、彼らの危険な製品をまき散らす権利を得たのかと追及することを始めたいと望んでいるか?
 リンパ腫協会の小冊子は、例え家庭では農薬を使用していなくても、我々の多くが日常生活において農薬に曝らされる例として、アパート、マンション、事務所(及びこれらに付属する芝生)、公共の建物及び広場(公園、緑地、高速道路沿い緑地帯、送電線下境界内)、及びモテル、ホテル、レストラン、等への恒常的な散布を挙げている。農薬は、また、多くの食品中から、飲料水から、大気から、そして雨水からも検出される(参照 REHN #660)。
 我々は、これらの企業が、個人の安全に関する権利を侵害してもよいとの許可をどこで得たのかと、問いただすべきではないのか?そして、我々は、このような有毒物質を我々の合意もなしに我々の体内に侵入させることをなぜ放置しておくのか?[4]

 言い換えれば、我々は農薬への曝露を科学的見地からではなく、主としてモラルや倫理の観点から、人権の観点から、見直すこと始めるべきではないのか。もし、このような観点から問題に迫れば、我々が提起した問題への答えをあてにすることなく、我々は科学的な根拠を見直すことができる。何故なら、科学は、このようなモラルや倫理や人権に基づく問題提起には答えることができないからである。
 科学は考え方の糧を提供することはできるし、時には、それは非常にすばらしい糧であることもある。しかし、考え方そのものは我々が導き出さなければならない。農薬を使用すべきかどうか、我々や子ども達に農薬を曝露することを許すべきかどうか、このようなことは倫理的であり政治的な問題である。その答えは我々個々の内から出てくるものであり、決して科学的専門家の審議会から出てくるものではない。

 科学は我々に対しどのような指針を与えてくれるのであろうか?それを解き明かしてくれるのが、リンパ腫協会のこの有用な小冊子である。

  1. 入手できた資料によれば、農薬に曝露した人は、曝露していない人あるいは曝露の少ない人に比べて、はるかに多くリンパ腫にかかっている。
  2. 農薬を使用していた両親の子どもにはリンパ腫が多い。言い換えれば、農薬を使用することによって、我々自身だけではなく、子ども達もこの恐ろしい病気に冒される可能性が高まる。(例えば、ペットの犬が芝生で体に付けた農薬を家に持ち込むことで、子ども達が曝露する。)
  3. 我々は、リンパ腫協会の小冊子から、農薬会社に雇われた科学者達は、独立の科学者達に比べて、農薬とリンパ腫には関連性がないという研究結果を発表することが多いことが分かった。言い換えれば、意識しようとしまいと、科学者達への基金の提供者の思惑が、研究結果にしばしば影響を与えている(参照 REHN #581)。
     更に、化学会社に雇われた科学者達の中には、統計的処理能力の不足から農薬とリンパ腫との関連性を解き明かすことができないような研究を行っているという証拠もある。これらの科学者達は、「その研究結果が、農薬はリンパ腫とは関係がないということの証拠である」と偽って主張している。
     いくつかの農薬会社は科学者達が研究結果を報告するに当たって、その倫理原則をチェックするよう、あからさまに科学者達に要求している。
  4. リンパ腫協会の調査から、塩素系フェノールだけではなく、アトラジンやグリホサートも統計的にリンパ腫と関係があるということが分かった。アトラジンは、アメリカにおいて毎年、トウモロコシ栽培の96%に使用されており、その栽培時期には中西部の多くの飲料水からアトラジンが検出され、中西部の農民の子ども達の先天性欠損症と深く関係している(参照 REHN #665、#660、#553)。
 グリホサートは、ラウンドアップ(Roundup)、Rodeo、Touchdown、Rattler、Sting、Pondmaster などの商品名で売られている除草剤の成分である(参照 REHN #660)。ラウンドアップはモンサント社が作物への遺伝子技術適用ビジネスへの参入の動機となった最初の商品(除草剤)である。モンサント社は現在、”ラウンドアップ レディ”という商品名のトウモロコシ、大豆及び綿の種子を市場に出しており、今後、小麦も商品化される。
 これらの種子は、雑草だけを枯らせ、ラウンドアップ レディ作物は刈らせないよう開発された除草剤ラウンドアップの徹底的な散布にも耐えるよう遺伝子操作されたものである。”ラウンドアップ レディ”種子を合法的なものにするために、アメリカ環境保護庁(EPA)は作物に許容されるグリホセート残留量を3倍にしなければならなかった。
 以来、ラウンドアップはモンサント社で最も収益を上げている商品(除草剤)であり、遺伝子操作技術がその収益を支えるとともに、土壌や水の汚染に貢献している(参照 EHN #637、#639、#660、#686)。

 我々には、我々や子ども達に農薬を曝す人々に反対行動を起こすかどうかが重要であり、リンパ腫に限定して考えているわけではない。

 農薬への曝露により、神経系が退化するパーキンソンズ病が増加すると言われている(参照 REHN #635)。また、子ども達の記憶力や体力、適応力が減退し、人間の姿を描くという様な単純な作業を行う能力も衰え(参照 EHN #648)、攻撃的になるという。さらに、農薬への曝露は、最近、アメリカの子ども達の中に多く見られる注意欠陥多動性障害(ADHD)の増加に関係があるとも言われている(参照 REHN #678)。そして農薬は、先天性欠損症にも強く関係している。

 もし、我々が農薬への曝露に反対して闘おうと決断するのなら、戦略を注意深く立てなくてはならない。30年間、環境保護運動は科学を相手に、科学をもって闘ってきた。しかし、農薬の使用は、その危険性を示す多くの科学的な証拠があるにもかかかわらず、確実に増大している。

 科学は、我々のためにこの問題を解決してはくれないであろう。これからは、有毒物質製造者を相手に人権を護るための闘い、倫理観からの異議申し立てというようなアプローチを考慮しなくてはならなのではないか。そして一緒に闘う仲間を探す必要がある。多分、それは、これらの有毒物質に曝されている化学産業の労働者ではないか。
 彼らは、我々全てと同様、給料が高い職場は大事であるが、しかし、そのために遺産として自分達の骸骨を残すというようなことを望んでいるだろうか?自分たちの子どもが病気になることを望んでいるだろうか?もちろん、そんなはずはない。彼らは我々の支援を必要としているし、我々も彼らとの連帯を必要としている。

 旧来の科学をベースとした戦略で、我々は失敗をしてきた。多分、これからは、予防措置の手法が我々の進むべき道を切り開いてくれるであろう。予防原則では”ある行為が人間の健康や環境を脅かす恐れがある場合には、例え、原因と結果が科学的に十分証明されていなくても、予防措置をとらなくてはならない」としている(参照 REHN #635)。それは、包括的な倫理原則であり、金儲けに徹する企業に対する正義の闘いにおいて、我々全て、労働者と環境保護者、に行く手を指し示してくれるものである。

 ピーター・モンターギュ (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO)

 謝辞:調査に協力していただいたレイチェル・マッセイ に感謝します。

[1] http://www.cfl.org/resources_factsheet_non-hodgkins.cfm

[2] Susan Osburn, RESEARCH REPORT: DO PESTICIDES CAUSE LYMPHOMA? Available by U.S. mail from Lymphoma Foundation of America, P.O. Box 15335, Chevy Chase, MD 20825. Tel. (202) 223-6181. ISBN 0-9705127-0-8. Available at: http://www.lymphomahelp.org/docs/research/researchreport/rr_2000.pdf

[3] 関連性があるとした75%の研究のうちの大部分は”統計的に有意”であるが、全てが有意であるというわけではない。ある研究が農薬への曝露とリンパ腫の増加との間に明確な関連性を示した場合には、”関連性あり”としてカウントした。同様に、ある研究が農薬とリンパ腫との間に関連性がないとしたならば、例え、その研究がお粗末なために、実際には関連性が存在しても、それを示すことができないようなものであっても、”関連性なし”としてカウントした。(ピーター・モンターギュ)

[4] 1948年にアメリカもサインした世界人権宣言(第3条)は、”人は誰でも、生命と自由と安全に対する権利を持つ”としている。アメリカ合衆国憲法 第4条 第4項 でも、連邦政府は、市民を暴力(domestic violence)から保護する義務があるとしているが、この暴力には、議論の余地はあるが、現代的な暴力の一つの形としての有毒物質が含まれる。 参照 http://www.article4.com/



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