レイチェル・ニュース #725
2001年5月24日
民主主義の敵
ピーター・モンターギュ
#725 - The Enemies of Democracy, May 24, 2001>
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5331

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2001年7月5日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_725.html



 民主主義の敵が腕の筋肉をさすりながら待ちかまえている。自からを”自由の開拓者(Frontiers of Freedom)”と呼ぶ、世間の目をごまかすための企業の表向きの組織が、主要な環境保護団体である熱帯雨林行動ネットワーク(Rainforest Action Network - RAN http://www.ran.org)に対する免税措置を取り消すよう、アメリカ国税局に申し立てを行った。もしこの申し立てが通れば、熱帯雨林行動ネットワーク(RAN)の運営は立ち行かなくなり、また他の環境保護団体に対する致命的な攻撃を許すことにもなる。実際、”自由の開拓者”はウォールストリート・ジャーナルに対し、RAN への攻撃がうまく行けば、次は他の環境団体にも攻撃を仕掛けると表明している[1] 。

 ウォールストリート・ジャーナルによれば、”自由の開拓者”は1995年に、前上院議員(共和党、ワイオミング州)で、副大統領ディック・チェニーの友人でもあるマルコム・ウォーラップによって設立された。同紙は、”自由の開拓者”がフィリップ・モリス社、R.J.レイノルズ・タバコ会社及びエクソン・モービル社の資金提供を受けていると報じている。
 この企業による最近の、言論の自由、結社の自由、集会の自由への攻撃は気まぐれではない。これは民主主義を企業エリートのコントロール下に置こうとする企みの一環である。

 シェルドン・ランプトンとジョン・スタウバーが著した新しい本『我々を信じよ!我々は専門家(TRUST US, WE'RE EXPERTS!)』は、科学をねじ曲げ、世論を操作し、民主主義の信用をおとしめ、富んだ一握りの人々の政治的権力を強化するために、企業が行っている宣伝活動と画策の恐ろしい歴史を詳細に描写している[2] 。

 反民主主義と企業権力運動の背景にある大きな考え方は、一般の人々は理性をわきまえず、感情的であり、論理的でないから、彼らが行う政治的な決定は信用できない、ということである。人間に対するこの皮肉な見方は、企業宣伝産業の専門家のみならず、世論を”導く”ために雇われた科学者の間にも広く行き渡っている。例えば、リスク評価でよく知られているカリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の物理学教授 H.W.ルイスは、人々は何も問題のない核廃棄物や農薬について心配するが、それは彼らには理性がなく、教育を受けていないからだと述べている (pg. 111) 。
 人々に理性がないのなら、道理をもって彼らを導くことはできないから、感情に訴えて操作するしかないと企業宣伝の専門家は述べているが、これは結局自分たちの企業宣伝活動を正当化していることになる。例えば、フィリップ・モリス社やモンサント社、エクソン・モービル社及びその他の会社のために世論操作をしている企業宣伝会社のバーソン・マーステラー社の代表者は1989年にロンドンで化学産業協会に対し、「この調査の全ては、化学産業界の戦略と、どのような製品を作れば儲かるのかを見出すために役に立つ。論理と情報をベースにした戦略では恐らく成功しないであろう。我々は非論理的で感情的な世界にいるのだから、人間の精神領域の感情的な部分を管理するために我々が持っているツールを使って対応して行かなくてはならない。・・・産業界は精神科医のようであらねばならない」と述べている(pg. 3)。

 精神医学を駆使して世論操作を行う宣伝産業は、今や巨大な産業となっている。企業は毎年、少なくとも100億ドル(約1兆2,000億円)を使って宣伝専門家を雇っており(pg. 26)、連邦政府も約23億ドル(約2,760億円)を使っている (pg. 27)。これらの巨額の金は決して無駄には使われておらず、宣伝専門家は大きな利益を顧客に与えている。例えば、全ての新聞記事の約40%は、金を払った特定の顧客のために、宣伝会社によって用意されたものである。多くのラジオやテレビのニュースは新聞の報道記事を単に書き直しただけなので、世間に流布するニュースのかなりの部分は宣伝のためのものである。当然、宣伝の情報源に関する部分は編集段階で削除される。

 コロンビア・ジャーナリズム・レビューはウォールストリート・ジャーナルについて分析を行った結果、記事の半分以上が”プレス・リリース(記者発表)”だけを基にしており、その多くが、”ウォールストリート・ジャーナルの記者”が書いた誤解を生むような記述を含んでいる。従って、今日、ニュースとして通用しているもの中には、しばしば企業宣伝であるものが存在する。シェルドン・ランプトンとジョン・スタウバーは、このようなことを行っている主要なニュースメディアを挙げている。
 彼らは明白な事例を次々に挙げているのが、これらの操作の全てが人々に対し、ひどい結果をもたらしている。ニュースメディアは国民の議論を大幅に制限しており、従って国民の政策議論が制限される。ニュースから除外されるものは、意図的に挿入されたものより重要であることが多い。例えば、毎年、仕事に起因するケガや病気が約80万件が発生しているが、これはエイズよりも多い発生件数であり、がんや心臓病の件数に匹敵するものであるが、ほとんどの人々はこの事実を知らない(REHN #578参照)。

 就労中のケガと仕事に起因する病気により、毎年、約8万人が死亡しており、これは全国の交通事故による年間の死亡者数に匹敵する。1991年に、元ニューヨーク・タイムズ労働担当記者ウイリアム・サリンは、労働安全衛生法が1970年に成立して以来、約20万人の労働者が労働災害で死亡しており、さらに200万人の労働者が作業環境を原因とする病気で死亡していると発表している[3](この発表が行われたのはニューヨーク・タイムズではない)。これは毎日、毎日、273人が仕事に関連するケガや病気で死亡していることになる。この企業による虐殺はニュースメディアからは無視され、若者のSUVによる交通事故や激情による犯罪に焦点を当てている。

 同時期の1970-1990年、さらに140万人の労働者が職場の事故で障害者となっている。しかし、この20年間で、労働安全衛生基準違反で司法当局に起訴された人はたったの14人であり、そのうちわずか1人だけが、労働者2人を抗内作業の酸欠で死に至らしめたということで、懲役45日の有罪判決となった。

 宣伝専門家たちは、ほとんどの記者が忙しすぎるか怠惰のために自分たちで事実を確かめようとしないという前提の下に、メディアに操作した記事を流す。現代の企業宣伝では、科学的意見を買い取り、科学雑誌や新聞の記事にこっそり埋め込むが、もちろん、金を払っているなどということはおくびにも出さない。タバコ会社がこの手法を開発したが、今や、他の企業もやっている。例えば、1990年代の初頭、タバコ会社は、タバコ会社の法律専門家が書いた手紙に名前をサインしてもらうために、何人かの科学者に156,000ドル(約2千万円)を支払った。その手紙は、アメリカ医療協会誌、ランセット、国立がん学会誌、ウォールストリート・ジャーナルなどに掲載されたが、タバコ会社はそれらの手紙があたかも科学者により独自に書かれたようにして、それらを引用して利用した。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の医学部教授であり長年、巨大タバコ産業を批判してきたスタントン・グランツは「科学的論文を冒涜する組織的な行為である」と述べた(pg. 199) 。

 1999年、薬剤メーカーのワイス・ラボラトリーズは、フェン−フェンと呼ばれる同社の薬を肥満の治療薬として売り込むために、ゴーストライターを雇い、10の医療記事を書かせた。そのうち2つの記事が業界紙に掲載された。後にフェン−フェンは心臓弁に障害を与えるということで市場から消えたが、被害者の弁護士は、記事の中のフェン−フェンの副作用についての記述を編集したり、時には削除していたことを発見した。著名な科学者達がその記事に名前を連ね、見返りとして1000ドル〜1500ドル(約12万円〜18万円)を受け取っていたが、業界紙の編集者はその記事をあたかも”ワイスとは無関係な”科学的調査の様に見せかけて掲載していた。ワイスはこれらの記事を引用して医師を信用させ、フェン−フェンを処方させていた。

 1996年、タフト大学のシェルドン・クリムスキーは、生命科学及び生物医学分野の主要な14の専門誌に投稿された1105人の研究者による789の論文を調査した。34%の論文について、少なくとも1人の主要著者が、その研究に関係する金銭的利益に関与していた。それらの金銭的利益については、専門誌の中で公にされることは決してなかった。クリムスキーは、研究者に支払われた株や企業のコンサルタント費までは把握できなかったので、34%という数値は多分控えめな数値であろうと述べた。

 民主主義と同様に科学も情報の自由な流れに強く依存する。秘密が課せられると誤りを見つけだすことが出来なくなり、誤った推論が増加し、事実が判明するとしてもそれは数年後のことである[4] 。例えば、秘密が許されたアメリカ軍では議会への報告書の中で”誇張と欺瞞のパターン”を生み出したが、これにより軍は”スター・ウォーズ”ミサイル防衛システムを有効に機能させることが出来ず、1000億ドル(約12兆円)を無駄にした[5] 。19939年、ニューヨーク・タイムズ紙は1面記事で”スター・ウォーズ プロジェクトの高官は1984年に重要なテストをねつ造データででっち上げ、議会をミスリードした・・・”と取り上げ、秘密が欺瞞を招き、民主主義の説明責任(accountability)を台無しにしたと報道した。

 ランプトンとスタウバーは「企業の資金援助は秘密文化を生み出し、それは軍からの資金援助と同様、自由な学問的探求の精神をくじくことになる。政府による検閲の代わりに、産業界からの非公開義務、特許権、知的財産所有権、知的資本といった声が聞こえてくる」(pg. 214) 。

 企業による過去20年間の反民主主義戦略により、必要とする研究に対する政府の資金援助は減少しており、このため、企業基金がさらに増大している。これは”減税”が真に何を意味するかを物語っている。減税は本来各所帯に300ドル(約3,6000円)ずつ与えて使ってもらうということが目的ではなかった。減税は主に、医療研究などの公共サービスへの政府の基金負担を軽減することを意図していた。結果として、企業がこの基金を負担するよう要求され、それにより企業が国家的研究計画とその成果に影響を与えるチャンスを得るようになった。

 1994年と1995年にマサチューセッツ一般病院の研究者達は3000人の科学者を調査し、彼らの64%が企業と金銭的関係があるということを見出した。彼らはアメリカ医療協会機関誌(JAMA)に、「3000人の研究者のうち20%が、特許を得るために、そして望まぬ結果が事前に広まることを抑えるために、6ヶ月以上論文の発表を遅らせたことがあると告白している」と報告している。
 「もし、企業から基金を授与されたいと望むなら、許可なく論文を配布しないという条件を呑まなくてはならない。それは科学に対しネガティブな影響を与える」とノーベル賞受賞の生物化学者ポールバーグは述べている(pg. 215) 。
 1999年、JAMAの編集者ドゥラモンド・レニエは、医療研究の私的基金は”倫理的にみて最低な競争”を生み出す。大学と科学者の振る舞いは悲しむべき光景であり、衝撃的であり、驚くべきものであると述べている。レニエは「彼らは産業界の基金に誘惑され、これらの言論圧迫に従わなければ、基金は他の研究所に行ってしまうと脅かされている」と述べている(pg. 217) 。

 この内容のある本の中で、シェルドン・ランプトンとジョン・スタウバーは、企業宣伝専門家と彼らの雇い主である企業が法廷や立法府、メディア、教育者、世論を欺くために用いるテクニックについて、詳細に証拠書類を挙げている。次は誰かがあなたを”化学恐怖症”であるといって、あるいは”でたらめ科学”に依存しているといって、訴えるかも知れない。あなたは、企業宣伝のスカンク野郎にそそのかされた企業操り師に対処しなければならないかもしれない。
 彼らの最も重要な目標は、一般の人々によってなされる意思決定の信用をおとしめ、意思決定を企業エリートのコントロール下に置くことである。彼らは、自分たちが専門家であり、大衆は彼らを信用するということをよく知っている。

 この本の最終章では、このような状況に対し、我々がどのように闘うべきかについて述べている。あなたが民主主義や科学、あるいは真実を大事に思い、これらについて企業エリートがどのように覆そうとしているのかをよく知りたいのなら、まさにこの本はあなたのための本である。

[1] Anne Marie Chaker, "Conservatives Seek IRS Inquiry On Environmental Group's Status," WALL STREET JOURNAL (June 21, 2001) pg. unknown.
[2] Sheldon Rampton and John Stauber, TRUST US, WE'RE EXPERTS HOW INDUSTRY MANIPULATES SCIENCE AND GAMBLES WITH YOUR FUTURE (New York: Tarcher/Putnam, 2001). ISBN 1-58542-059-X. And check out their web site: http://www.prwatch.org/cgi/spin.cgi.
[3] William Serrin, "300 Dead Each Day: The Wages of Work," THE NATION Vol. 252, No. 3 (January 28, 1991), pgs. 80-81.
[4] Tim Weiner, "Military Accused of Lies Over Arms," NEW YORK TIMES (June 28, 1993), pg. A10 quoting a 3-year investigation by the U.S. General Accounting Office.
[5] William J. Broad, "After Many Misses, Pentagon Still Pursues Missile Defense," NEW YORK TIMES (May 24, 1999), pgs. A1, A23.
[6] Tim Weiner, "Lies and Rigged 'Star Wars' Test Fooled the Kremlin, and Congress," NEW YORK TIMES (August 18, 1993), pgs. A1, A15.


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