レイチェル・ニュース #723
2001年4月26日
乳がんを引き起こすもの
ピーター・モンターギュ
#723 - What Causes Breast Cancer, April 26, 2001
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5311

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年5月22日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_723.html


 アメリカでは毎年46,000人の女性が乳がんで死亡している。これらの女性達は平均して、20年短い人生を送ったことになり、合計損失生産年数は毎年約100万年・人に達する。もちろんこの巨大な社会的損失は、社会に対し大きな負担をかけ、当人に対し苦悩と苦痛を与え、また母のない子ども達と家庭の崩壊をもたらす。

 男性の医師が支配する医学の世界においては、乳がんの増加はいつの日にか、奇跡的な治療法によって減少すると言われてきたが、我々はそれを50年間も待ち続けたままである。そのような奇跡が訪れるまでは、女性の乳房を切り取ったり、がん細胞を殺すために体内に有毒な化学物質を注入したり、放射線で照射して焼いたり、そして最後には死体を埋めるしか、他に方法がないと我々は言われてきた。
 一方、公衆衛生の原則は、誰にでもでき、金もかからない方法、初期予防である。我々はがんの主要な原因が発がん性物質への曝露であるということを知っている。それならば公衆衛生の原則として何をすればよいのであろうか?発がん性物質への曝露を減らすことにより、がんに罹らないようにすることである。100年以上も公衆衛生で言われてきたこと、それは“予防”である。しかし、がんは状況がひとつひとつ異なる。したがって、がんでは予防の議論は敬遠されていた。

 今ここに、内科医のジャネット・D・シャーマンが著した新しい本がある。そこではがんの予防に背を向けている全ての医師、研究者、そして医療行政担当者に対して、もし、がんの原因が、化学物質や内分泌かく乱物質、あるいは放射線でないならば、他にどのような原因があるのか、と問いただしている。1940年以来、女性の乳がんが前立腺がんや小児がんと並んで2倍にも増大していることを誰が説明できるのかとシャーマン博士は述べている(pg. x) 。そして、もし曝露が問題ならば、曝露しないようにすることが解決であり、「実際の予防とは、がんの原因となるものを入り口で取り除くことである」と述べている(pg. 31) 。

 シャーマン博士は30年にわたって8000人の患者を治療してきた内科医である。多くの内科医とは違って、彼女は化学に対して卓越した知識を持っている。さらに、彼女は医学と公衆衛生に関する大量の論文を19世紀までさかのぼって調査しているので、歴史家にもなってしまった。歴史家としての視点、化学に対する知識、内科医としての個人的な経験、そして初期予防こそが適切な方法であるとする信念、これらがうまくな組み合わされて、この本を重要で、感動を与えるものにしている。

 この本は、人間や動物や植物など細胞から成る全ての生き物には類似性があるということを強調する2つの章から始まっている。全ての生物の細胞は、がんとして勝手に成長していく可能性がある。細胞からなる全ての生物には類似性があるので、一つの生物から学んだ貴重なことは、他の生物にも適用することができる。例えば、サメが化学物質で汚染された水中を泳いでがんになっったということをスミソニアン協会から学んだならば、我々自身も新種の化学物質に対しては無防備であるということを知ることができる、あるいは知るべきである(pg. 9) 。

 乳がんについて言えば、シャーマン博士は乳がんにかかった多くの女性に共通している“危険要素”を列挙している。すなわち、初潮が早いこと、閉経が遅いこと、高年で出産していること、出産数が少ないか出産していないこと、授乳経験がないこと、肥満していること、ダイエットしていること、背が高いこと、卵巣がんか子宮がんに罹っていること、避妊薬を使用していること、過度に飲酒すること、等である。

 ここに列挙した全ての危険要素は何を物語っているのであろうか?とシャーマン博士は問うている。「ホルモン、ホルモン、そしてホルモンである。悪さをするホルモン。少女期を早めるホルモン。女性としての期間を長くするホルモン。ホルモンのような働きをする化学物質。あまりにも大きなホルモン全体の負荷(pg. 20)」。

 シャーマン博士は乳がんや他のがんの原因となることがはっきりしている放射線についても言及している。放射線は、X-線検査から、原子力発電所から、原子爆弾のテストによる放射性降下物から放射されるものである。

 結局、乳がんの発生を高めるものは環境中にある。発がん性物質への曝露、内分泌かく乱物質への曝露、そして大気中、食物中、水中からの放射線被曝が乳がんの原因として重要な役割を果たしているのではないか?アジアの女性が生まれ故郷からアメリカに移住すると、乳がんへの罹患率が上昇する。これはアメリカ(及び他の西欧先進国)の環境には、ホルモンに関連する病気の発生を引き起こす何かがあるに違いない。医学研究の世界では、これらのことを“生活様式要素(lifestylefactors)”と呼ぶのを好むが、実際には環境の問題である。大気、食物、水そして放射線である。

 この基本的な理解のもとに、シャーマン博士はアメリカの女性が発がん性物質、内分泌かく乱物質、そして放射線の洪水に、今まで如何に曝されて来たか、また今日如何に曝されているかを述べている。

 よく知られた薬を例に取ろう。例えば、カナダの研究者達は、クラリティン、ヒスタミル、アタラックスという商標で売られている3種類の抗ヒスタミン剤を人間への適用換算量だけ、毎日マウスに与えるとがんになるということを実験で示した(pg. 21) 。2年前にもこの研究者達はエラビルとプロザックという名で市場に出ている抗うつ剤をネズミに与えると乳がんを促進すると報告している(pg. 21)。今日、アメリカでは数百万人の女性がこの薬を使用している。

 アメリカでは少なくとも500万人の女性が現在、更年期障害を和らげるためにエストロゲン(女性ホルモン)を処方したプレマリンを使用している(pg. 156)。これはホルモン療法と呼ばれるもので、アメリカで最も普通に推奨されている療法である。ホルモン療法を行っている女性についての51の調査を検証してみると、かつてホルモンを使用したことのない女性の乳がん発生率は1000人の女性中、18〜63人である。5年間ホルモンを使用すると1000人中2人、乳がんが増える。10年間のホルモン療法の後には、1000人中6人、乳がんが増える。使用をやめて5年経過すると、発がんの危険はなくなる。

 ホルモンは大きなビジネス対象である。合成ホルモンがネズミやウサギの実験でがんを発生させるという証拠があるにもかかわらず、アメリカの製薬会社は1934年以来、化粧品や薬、食品添加物、そして動物のエサに使用する合成ホルモンを販売して来た。最もよく知られているのはジエチルスチルペストロール(DES)であるが「それ以外にもたくさん存在したし、現在も存在する。国立がん研究所(NCI)は1938年にDESはネズミに乳がんを発生させるということを示す調査結果を発表した。それから3年後の1941年にNCIはDESがネズミに乳がんを発生させるということを確認する第2次研究結果を発表した。その年にアメリカ食品医薬品局(FDA)はDESを女性用に市販することを承認した(pg. 91)。

 DESは天然のエストロゲンの40倍の効力があり、1錠当たりわずか数ペニーという安さで作ることができる。従って製薬会社にとっては利益のあるものなので、研究者達は新しい用途を一生懸命に探し求めた。“二日酔い”の薬を避妊薬として使い、胸を豊かにするためにクリームを使うように、DESは直ぐに流産防止を目的として 使用されるようになった。
 やがて直ぐに、研究者達はDESが牛や豚やチキンの成長を早める作用があることを発見した。これによりDESの巨大な新しい市場が開かれた。1947年には、アメリカで成長ホルモンを与えられたチキンを食べた女性に影響がでているとの報告があった(第7章 備考 55)。1954年から1973年までにアメリカでと殺された肉牛の4分の3は太らせるためにDESが与えられていた。

 1971年にDESが人間のがんの原因となることが確認され、1973年に肉に使用することが禁止されたので、他の成長ホルモンが代わりに使用されるようになった。ごく最近もアメリカFDAは乳牛に与える成長ホルモン(IGF-1と呼ばれる)の量を増すことを認可したが、この成長ホルモンは女性の乳がんを促進することが知られている(pg. 101) 。

 今日でもアメリカの牛肉、チキン、豚肉は意図的に成長ホルモンで汚染されているが、それがヨーロッパ諸国がアメリカの牛肉の輸入を許可しない理由である。ヨーロッパの科学者たちはシャーマン博士と同じ問いを投げかけている。「各種ホルモンが成長を促し、体重を増やすために肉用家畜に与えられている。それを食べる人間に同じような促進効果が出ないということができるであろうか?pgs. 16-17)

 数十種類、いや数百種類のホルモン作用持つ家庭用品化学物質と工業副生物が存在する。殺虫剤、洗剤、溶剤、プラスチック可塑剤、界面活性剤、染料、化粧品、PCB、ダイオキシン、等々は、天然のホルモンの作用を妨げたり、あるいは天然ホルモンのような作用をする。我々は、生まれてから死ぬまで、これらの物質に曝され続けている。

 我々は、その影響を自覚するまでに、どのくらい多くの成長促進/がん促進ホルモンを食物から摂取したり肺や皮膚から吸収しているのであろうか? 権威筋の誰からもこの重要な疑問が提示されたことはないが、ジャネット・シャーマンは、科学的根拠で完全武装して、鋭くそれを問うている。

 放射能の問題もある。1984年、ユタ州ネバダの核実験施設の風下に住むモルモン教の家族には乳がんが多いと報告されている(pg. 65)。広島で被曝した女性は、現在乳がんでの死亡率が高い。
 ジョン・ゴフマン博士は22の調査研究を検討した結果、放射線被曝は疑いなく乳がんの原因になるということを確認した( REHN #693参照) 。
 ジャネット・シャーマンは生態学的研究をうまくとりまとめ、原子力発電所の近くに住む女性には乳がんが多いということを示した。この種の調査結果は、その性質上、傾向を示すもので、断定的なものではないが、全ての原子力発電所から放射能が周囲の大気や水に漏れ出して、女性の乳がんに対する危険性を増大させているということを信ずるに足る十分な証拠がある。この問題を“防ぐ”唯一の道は原子力発電所を永久にやめることである。

 アメリカは何故、がんに対する予防措置に背を向けるのであろうか? シャーマン博士は、この本で一貫してこの疑問を投げかけている。例えば、タモキシフェン(Tamoxifen 、発がん性物質として知られているが、現在、アメリカFDAによって女性の使用が認められている)についての戦慄すべき章で、彼女は「何故、資金が十分な国立がん研究所が、予防に対する努力をもっとしないのであろうか? 我々の文化の多様性として、乳がんはビジネスの対象と考えられているのだろうか?(pg. 149)

 最後にシャーマン博士はその疑問に対して一つの結論に達した。「薬は複合産業である。製造管理、流通管理、販売管理、使用管理、実験室でのテスト管理、病院経営、看護施設、介護業者。我々は最早、病気になる人間ではなく、市場人間となってしまった。予防に対してほとんど注意が払われなくなっても不思議はないではないか?がんは利益を得ることが出来る大きなビジネスである!(pg. 207) 」

 そして最後に、「企業の目的が製品とサービスを売り、利益を最大にすることなので、予防に対する興味はほとんどないということは明かである。現実はなんと悲しく無情なものであろうか」と彼女は結論付けている(pg. 228) 。

 悲しく無情な結論ではあっても、この本は、西欧社会に蔓延しているがんの流行を市民が止めることができる、いや止めなくてはならないということを説いた力強い、パンチの効いた本である。この本は、がんの治療についての“もうすぐ解決できる”という嘘と欺瞞といい加減な約束から我々を解放してくれる。がんは発がん性物質に曝されて引き起こされる。がんの問題を解決する道は曝露を防ぐことである。これは、我々が原子力発電をやめ、汚染されていない食物と水と空気を求めることである。
 ジャネット・シャーマンの貢献は、我々が行動を起こす根拠を力強く示してくれたことにある。次は我々の番だ。

ピーター・モンターギュ

[1] Janette D. Sherman, LIFE'S DELICATE BALANCE; THE CAUSES AND PREVENTION OF BREAST CANCER (New York and London: Taylor and Francis, 2000). ISBN 1-56032-870-3.


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る