レイチェル・ニュース #721
2001年3月29日
人間の遺伝子組み換え−2
レイチェル・マッシーとピーター・モンターギュ
#721 - Engineering Humans -- Part 2, March 29, 2001
By Rachel Massey and Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5294

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年4月7日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_721.html


 人間の遺伝子は3つの方法で組み換えることができる:実在の人間の細胞に遺伝子を組み込む(体細胞操作):実在の人間のコピー(クローン):将来の世代の遺伝子変更(胚細胞操作)。ここでは人間の種を“改良”するために、又は恐らく全く新しい人間の種を作り出すために、人間の胚細胞に手を加えようという危険な提案について考察してみよう。人間の胚細胞操作はまだ実際には行われていないが、提唱者たちは、それはすばらしいことだと皆を説得しようとしている。

 カリフォルニア大学バークレー校の生物学者であり、『サイエンス』誌の前編集長である生物学者ダニエル・コッシュランドは、人間の種を改良するために遺伝子組み換えを行うことを主張する旗頭である。コッシュランドは、「胚細胞操作を進めることに対し、私はそうすべきであると思っているが、治療方法の強化につながるこのことを許可しない理由はない。我々は現在、人口の爆発的増加、環境汚染、化石燃料の枯渇、そして何よりもリーダーシップの不在、というような深刻な危機に直面している。我々は、もっと責任感を持った頭脳明晰な人々や有能な指導者達を作り出すことのできる新しい技術に背を向けるべきであろうか? 万全の注意は必要であるが、しかし、この新しい技術に目をつぶるのは愚かなことである」と述べている[1, pg. 29] 。

 言い換えれば、コッシュランドは、社会的な問題や環境問題の解決のために、我々の子孫を改造しようと主張している。残念ながら、遺伝子組み換えで“リーダーシップ”や“責任感”を我々の赤ん坊にしみ込ませることができるなどという証拠は一つもない。より頭脳明晰な人間を作り出すことについては、例えそれが可能であっても、“頭脳明晰”な人間が、問題を解決するという根拠は見あたらない。むしろ、我々が直面している多くの問題は、世界中の一部の頭脳明晰な人々によって作り出されており、そのことによる結果などほとんど考慮されずに世界中でばらまかれている。

 今日の技術とリーダーシップの問題は、双方に共通の原因、すなわち、一部のエリート達が下す決定によってもたらされている。我々が必要としているのは、現在そのような状況になっているわけであるが、自分たちが下した決定を他の人々に押しつけるよう訓練された“頭脳明晰”な人々ではない。我々が必要としているのは、その決定に積極的に参加しようとする常識のある多くの人々である。
 言い換えれば、我々が必要としていることは、関係する全ての人々が民主的に参加できるよう、新しい方法で政策を決定することである[2] 。

 コッシュランドの仲間達は、人間の種に関し遺伝子組み換えが果たす役割について、極端な展望を描いている。プリンストン大学の分子生物学者リー・シルバーは、両親達の希望に合った胚を作り出すことができるという将来のシナリオについて書いている。彼は、人間は最終的には2つの種、一つは通常の遺伝子を持った種、そしてもう一つは様々な贅沢な遺伝的“改良”を持った種に分かれるであろうと示唆している。改良された新しい人間の種は、遺伝子が相容れないために、通常の人間の種と交わり、子孫を残すことは出来ない、とシルバーは述べている[3] 。シルバーが描く未来は、1932年にオールダス・ハクスレーが『すばらしい新世界(BRAVE NEW WORLD)』の中で予言したように、富者と貧者の階級が、それぞれ永久的に細胞中に刷り込まれ固定化するということである。

 南カリフォルニア大学医学校のフレンチ・アンダーソンは、子宮内で発達中の胎児の体細胞を操作したいと望んでいる。アンダーソンはこれにより遺伝的な疾病を治療する一つの方法となることを期待しているし[4]、他の研究者達は高コレストロールの様な望ましくない特性を取り除くことができると考えている[5] 。大人や子どもの病気を体細胞操作により治療する試みはほとんど失敗しているが、推進論者の一部は、これらの失敗が、胎児に対する実験を遅らせる理由にはならないと主張している[6] 。

 アンダーソン達は、胎児の将来の精子や卵子の細胞を無傷のまま、残そうと企てているが、それらはちょっとしたことで変化してしまい、その変化の結果が将来の世代に遺伝する可能性があることを認めている[4] 。

 これらの企てが、かつて成功したことがあるとは思えない。遺伝子は通常、一つの遺伝的特性だけを支配しているわけではないので、一つの遺伝子に変更を加えると複合的な結果を生じることになる。さらに、一つの特性は、いくつかの遺伝子に支配される。これらの事実により、遺伝子治療や人間の胚細胞操作が、新たな問題を持ち込まずに望ましい結果だけを生み出すとはとうてい思えない。

 最近、蛍光(白熱)タンパク質(fluorescent (glowing) protein)の遺伝子を14匹の猿の胎児に組み込んだが、生まれてから数ヶ月後に猿の細胞は蛍光タンパク質を作り出すことをやめてしまった。これは明らかに、猿が成長するにつれて細胞は外部の遺伝子を拒絶することを示している[7, pg. 134]。
 我々は植物からの経験により、外部の遺伝子がしばしば予想外の振る舞いをすることを知っている。一つの事例として、ペチュニア(ツクバネアサガオ)がサーモンレッド色の花を咲かせるよう遺伝子組み換えを行った。天候が異常に高温なった時に、遺伝子組み換えペチュニアは他の色の花を咲かせた。明らかに高温によるストレスによって植物が予想に反して外部の遺伝子を拒絶したのである[8] 。
 もし猿が成長すると外部遺伝子を拒絶するとしたら、また植物がストレスによって外部遺伝子を拒絶するとしたならば、人間の場合、そのようなことが起きないことを期待することができるであろうか?

 研究者達が植物や動物の遺伝子を操作する時には、それがクローンであろうと、胚に遺伝子を付け加えることであろうと、日常的に危険な方法で異常な組織体を作り出している。組み換え植物の場合には、望ましい結果が得られるまで、何千回もの試行が繰り返えされ、そして、出来損ない、あるいは意図に反した姿をしているという理由で多くの組み換え植物が捨てられている[9, pg. 3] 。クローン動物を作ったり、動物の胚を操作する場合にも、その結果はしばしば重大な欠陥を伴っている[10] 。

 植物の場合と同様、動物の胚細胞操作において、既存の遺伝子の中央に外部遺伝子が組み込まれると、遺伝子機能の突然変異が生じることがある(REHN #716参照)。あるケースでは、突然変異によって引き起こされた奇形を持つ数世代のマウスが作り出されたことがある[11]。もし人間の胎児に突然変異が持ち込まれたなら、出生時にそれと分かる障害、出生後に生じる障害、あるいは成人して子どもを持った時に子どもに生じる障害を持った赤ん坊を作り出すことになる。

 一般的に、植物や動物の遺伝子組み換え実験で生じる問題は、人間における実験でも生じると予想される。しかし、重要な違いがある。植物や実験動物での遺伝子組み換えでは幾世代も繁殖させて、組み込んだ遺伝子が期待通りに機能するかどうかを実験室でテストすることができるが、人間の場合には、実験室でテスト繁殖をすることはできない。

 重大な疾病であるが、生体細胞治療で直る可能性がある場合に、本人の同意があれば、生体細胞操作を行うことは正当化されると主張する人々もいる。これとは対照的に胚細胞操作は、まだ受胎もしていない将来の人間を“治療”することも医療の範疇に入ると再定義しない限り、医療行為として正当化することはできない。このような理由、あるは他の理由により、多くの人々は胚細胞操作は、全く容認することはできないと考えている。
 将来の世代の遺伝子を変えるということは、その実験に参加することについて選択の余地が与えられない将来の人に対する危険な実験である。アメリカも1992年に批准した国連の“市民の権利と政治的権利に関する国際条項”では、同意していない人に対する医学的または科学的実験を禁止している[12]。

 人間の遺伝子組み換え推進論者はしばしば、外部遺伝子を成人の細胞に組み込んだり、胚を“強化”したり、あるいは胎児を改良したりすることを望もうと望むまいとにかかわらず、遺伝子が健康と疾病を支配するキーであるかのごとく話をする。実際には遺伝子により厳密に決定されるような疾病はほとんどない。多くのケースにおいて、遺伝子と我々の社会的及び科学的環境との相互作用を通じて、疾病を生じたり、それを防いだりしている[13]。例えば、ある遺伝的突然変異により乳がんの危険性が高まるかも知れないが、これらの突然変異体を持った女性が必ずしも乳がんにかかるとは限らない。さらに、乳がんになった女性の90%は、家族の中にこの病気にかかったた者はなく、従って遺伝子がその原因であるとは必ずしも言えない[14, pgs. 168-170]。

 病気や健康の遺伝子的要素ばかりに焦点を当てることは、疾病の社会的あるいは環境的原因から注意をそらし、予防可能な病気をも、“悪い遺伝子”のせいにしがちである。もし、我々の求める目標が、より健康で、より頭脳明晰で、あるいは“改良”された将来の世代ならば、その目標をなし遂げるための明かな方法がある。妊娠中の女性と胎児を有毒物質の曝露から守り、全ての女性が妊娠期間中、栄養を十分にとり健康のための介護を受けられるようにすることである。

 さらに詳細を知りたい方、あるいは危険で非倫理的な人間の遺伝子組み換えを防ぐ運動に参加したい方は、下記にコンタクトして下さい。

** Exploratory Initiative on the New Human Genetic Technologies (San Francisco, Calif.): (415) 434-1403; E-mail: humanfuture@publicmediacenter.org. To sign up for the Exploratory Initiative's E-mail newsletter, GENETIC CROSSROADS , or to request a free briefing packet on human cloning and genetic manipulation, send E-mail to teel@adax.com.

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レイチェル・マッシーとピーター・モンターギュ
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謝辞
“人間の遺伝子組み換えに関する診査イニシアチブ”のマーキー・ダルノフスキーさんに、本シリーズの関連部分をレビューいただいたことを感謝します。

[1] Gregory Stock and John Campbell, editors, ENGINEERING THE HUMAN GERMLINE: AN EXPLORATION OF THE SCIENCE AND ETHICS OF ALTERING THE GENES WE PASS TO OUR CHILDREN [ISBN 0195133021] (N.Y.: Oxford University Press, 2000), pgs. 29, 67-71.

[2] See, for example, Benjamin R. Barber, STRONG DEMOCRACY: PARTICIPATORY POLITICS FOR A NEW AGE [ISBN 0520056167] (Berkeley, Calif.: University of California Press, 1984).

[3] Lee M. Silver, REMAKING EDEN: HOW GENETIC ENGINEERING AND CLONING WILL TRANSFORM THE AMERICAN FAMILY [ISBN 0380792435] (N.Y.: Avon Books, 1998).

[4] Jennifer Couzin, "RAC Confronts in Utero Gene Therapy Proposals," SCIENCE Vol. 282, No. 5386 (October 2, 1998), pg. 27.

[5] Joanna Marchant, "Generation Game," NEW SCIENTIST Vol. 168, no. 2267 (December 2, 2000) pgs. 16-17.

[6] Holm Schneider and Charles Coutelle, "In Utero Gene Therapy: The Case For," NATURE MEDICINE Vol. 5, No. 3 (March 1999), pgs. 256-257.

[7] Alice F. Tarantal and others, "Rhesus Monkey Model for Fetal Gene Transfer: Studies with Retroviral-Based Vector Systems," MOLECULAR THERAPY Vol. 3, No. 2 (February 2001), pgs. 128-138

[8] Peter Meyer and others, "Endogenous and environmental factors influence 35S promoter methylation of a maize A1 gene construct in transgenic petunia and its colour phenotype," MOLECULAR GENES AND GENETICS Vol. 231, no. 3 (Febr. 1992), pgs. 345-352.

[9] Michael K. Hansen, "Genetic Engineering is Not an Extension of Conventional Plant Breeding; How Genetic Engineering Differs from Conventional Breeding, Hybridization, Wide Crosses and Horizontal Gene Transfer," report produced by Consumers Union. Available at http://www.consumersunion.org/food/widecpi200.htm.

[10] Rudolf Jaenisch and Ian Wilmut, "Don't Clone Humans," SCIENCE Vol. 291, No. 5513 (March 30, 2001), pg. 2552. Also see Lorraine E. Young and others, "Large Offspring Syndrome in Cattle and Sheep," REVIEWS OF REPRODUCTION Vol. 3 (September 3, 1998), pgs. 155-163.

[11] Chao-Nan Ting and others, "Insertional Mutation on Mouse Chromosome 18 with Vestibular and Craniofacial Abnormalities," GENETICS Vol. 136, No. 1 (January 1994), pgs. 247-254.

[12] United Nations High Commission for Human Rights, INTERNATIONAL COVENANT ON CIVIL AND POLITICAL RIGHTS (December 16, 1966). Available at http://www.unhchr.ch/html/menu3/b/a_ccpr.htm

[13] David E. Larson, editor, MAYO CLINIC FAMILY HEALTH BOOK [ISBN 0688144780], 2nd Edition (N.Y.: William Morrow, 1996), pg. 42.

[14] Ruth Hubbard and Elijah Wald, EXPLODING THE GENE MYTH: HOW GENETIC INFORMATION IS PRODUCED AND MANIPULATED BY SCIENTISTS, PHYSICIANS, EMPLOYERS, INSURANCE COMPANIES, EDUCATORS, AND LAW ENFORCERS [ISBN 0807004312] (Boston: Beacon Press, 1999).

Thanks to Marcy Darnovsky of the Exploratory Initiative on the New Human Genetic Technologies for reviewing portions of this series.



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