レイチェル・ニュース #720
2001年3月15日
人間の遺伝子組み換え−1
レイチェル・マッシー
#720 - Engineering Humans -- Part 1, March 15, 2001
By Rachel Massey
http://www.rachel.org/?q=en/node/5284

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年3月29日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_720.html



 遺伝的な特性は、我々の細胞の全ての中に存在する一つの分子であるDNAを通じて、一つの世代から次の世代に引き継がれていく。科学者達はDNAを遺伝子の集合体として、あるいは遺伝情報の集合体と考えている。過去30年間、科学者達は、一つの生物から他の生物に遺伝子を移すことによって、相互に無関係な生物の間である特性を混ぜ合わせたり、取り込んだりする方法を研究してきた。これがいわゆる“遺伝子組み換え”である。

 我々は、今までのレイチェル・ニュースで食物用作物の遺伝子組み換えについて見てきたように、今や遺伝子組み換え“エンジニア”は、植物間、動物間、そしてバクテリア間で遺伝子をいとも簡単に組み換えることをやってのけるが、その結果生じるかも知れないことについてはほとんど理解しておらず、また安全性テストもほとんど行っていない。
 現在、遺伝子組み換え“エンジニア”は3つの手法、1)クローン、2)体細胞操作、3)胚細胞操作、によって人間の遺伝子を組み換えようとしている。

クローン:
 クローンでは実在の人間のDNAを用いて新しい人間を作る。よく知られた例は、クローン羊のドーリーで、この羊は6年前に死んだ羊のクローンである。クローン人間はまだ作り出されていないけれども、アメリカとイタリアの科学者からなる研究チームは最近、クローン人間作りの試みを行っていると発表した[1] 。

体細胞操作:
 体細胞とは、そのDNAを次世代に引き渡さない全ての細胞のことである。体細胞操作は現在、医療研究センターなどで“遺伝子治療”という名で実施されている。例えば、研究者達は遺伝子を血友病患者の血液細胞や、遺伝性の珍しい免疫系疾患である免疫遺伝子欠失症(SCID)患者の免疫系細胞に組み込むことを実験している。そのアイデアというのは、薬による治療の代わりに、あるいはそれに加えて、欠陥のある遺伝子要素を“矯正”するということである。数百の実験症例があるが、ほとんどの場合、患者の病気を治すことに成功していない[2]。

胚細胞操作:
 胚細胞(精子と卵子)はDNAを次世代に引き渡す。胚細胞操作は胚細胞中に変化を引き起こし、その変化は次世代に引き継がれる。肺細胞操作によって将来の世代を設計するということは、まだ空想科学小説の世界のことであるが、影響力を持つある科学者達はその実験を試みるべきである主張している。

 なぜ科学者達はこのような技術を追求しようとするのであろうか? ある研究者達は体細胞操作は、cystic fibrosis の様な難病の治療のために必要であると考えている。他の遺伝子操作エンジニアー達はそのような崇高な意図は持っていないかも知れない。人間の細胞を操作しているということで技術的にアピールしようとするか、あるいは単にそのような技術を保有しているということだけで、それを行うに十分な理由としている人々もいる。技術信奉者の中には、子ども達の細胞中の遺伝情報を操作して“人間の進化を人間自身の手で行う”という誘惑にとりつかれている人達もいる。

 人間の細胞を操作することで巨大な富を生む可能性もある。例えば、ある会社は、クローン化した細胞と筋肉を人間の臓器に組み込む技術により“臓器修理”市場を創出したいと考えている[3, pg. 18]。また他の会社や研究者達は、今すぐに投資するわけではないが、将来それが金儲けにつながるかも知れないという理由だけで、人間の細胞を操作する選択肢を残しておきたいと考えている[3]。

クローン

 クローンには2つの主な適用の仕方がある。その一つは“胚胎クローン”であり、これは人間の新しい臓器の一部を作り出すのに用いられる。例えば、ある科学者達は、人間の細胞から新しい胚胎を作り出し、次にその胚胎から取り出した細胞を、元の人間の欠損した臓器の一部に置き換えるための新しいパーツを生成するために使用するという手法を確立しようと試みている[4]。胚胎は受胎後、約1週間で発達し、その初期にはいくつかの相等しい細胞から成っている。

 “生殖クローン”はドーリー羊の様な完全なクローン個体を作り出す。現在の遺伝子組み換え技術により、羊と同様、マウスや牛のクローンを作ることができる[5, pg. 45]。人間のクローン化によりある人間の遺伝子的コピー人間を新しく作ることができる。しかし、クローン人間は、元の人間とは異なる環境で育ち、異なる経験を積むので、元の人間とは異なる人間となる。

 多くの人々は“生殖クローン”や“胚胎クローン”に反感を持ち、倫理上許せないと考えている。ある人々は“胚胎クローン”は難病を治療する場合には許容できるが、“生殖クローン”は全く不必要であり、決して正当化することはできないと考えている。

 アメリカでは連邦政府の基金を“生殖クローン”の実験のために使うことはできないし、生殖クローン”を禁止している州もあるが、連邦政府の法律ではそれを禁止していない[5, pg. 4]。研究者たちのチームが最近、“地中海の某国”でクローン人間作りに着手すると発表した[1]。これらの研究者達は世界的に非難されたが、彼らの仲間の中には、クローンの試みを早くやりすぎたために、クローン技術の評判を悪くし、将来のクローン研究に対する社会の許容の芽を摘むことになると心配する者もいた。

体細胞操作

 体細胞操作では、人間の肺や血液のような体の一部分の細胞に遺伝子を組み込む。この体細胞操作は治療中の人間のDNAに影響を与えるだけであると考えられている。理論上は、その人の子どもや孫に遺伝的に引き継がれるような変化は起こさない。

 体細胞操作は1990年に初めて人間に試みられた[6, pg. 110]。体細胞操作のメカニズムはよく分かっておらず、その影響は致命的なこともある。あるケースで、ペンシルベニア大学の研究者達は、遺伝子を10代の患者の肝臓細胞に組み込もうとし、遺伝子を目標まで運ぶために少し変化を与えたウィルスを使用したが、その患者は死亡した。そのアイデアというのは、ウィルスは目標の細胞に感染し、危険を伴わずに望ましい遺伝子を組み込むというものであった。研究者達は未だに何故患者が死亡したのか確信がないが、ウィルスが肝臓以外の多くの組織に侵入し、深刻な免疫反応を引き起こしていたという証拠がある[7] 。

 アメリカ食品医薬品局(FDA)によれば、体細胞操作で新しいDNAに組み換えると、元のDNAの機能を変えたり、攪乱するなどして、突然変異を引き起こす危険性がある(REHN #716参照)。またFDAは体細胞を操作する際に、偶然、異質の遺伝子が患者の精子や卵子の細胞に入り込む危険性があると指摘している[8, pg. 4689] 。もし、このようなことが起これば、患者からその子どもに引き渡される遺伝情報は、はからずも変更されてしまうことになる。

 研究者達は、体細胞操作の実験中に好ましくないな影響が出た場合には、FDAと国立健康研究所(NIH)にそのデータを提出しなければならないことになっている。ペンシルベニア大学における10代の患者の死亡事故の後の調査で、多くの研究者達が好ましくない影響をNIHに報告していないことがわかった。NIHに報告されれば、それらの情報は社会に対し開示することができるのにである。このような実験に参加する患者達は深刻な病状なので体細胞治療とは関係のない他の理由で死亡することもあるので、実験中に死亡するたびに届け出ていたなら“人々を混乱させる”だけである、と述べる研究者達もいる[9]。

 現在、FDAに報告される体細胞実験に関する情報のほとんどは、非公開である[8, pg. 4688]。FDAは、体細胞操作の実験に関する情報を公開するという法案を提案しており、その法案に対するパブリック・コメントは2001年4月18日まで受け付けている[10]。

胚細胞操作

 胚細胞操作では、次世代に引き渡される遺伝情報を書き換ええしまう。これは精子や卵子の細胞を操作するか、胚胎を操作することで実現する。もし、胚細胞操作の施された胚胎が生き残り、赤ちゃんにまで発達すれば、その操作によって変更された情報は赤ちゃんの全ての細胞中に組み込まれる。もし赤ちゃんが成人し、子どもを持つことになれば、その変更情報は精子又は卵子の細胞を通じて次世代に受け継がれていくことになる。

 胚細胞操作を正当化しようとして、遺伝性疾病に関連するDNAを取り除くために胚細胞操作は有効であると主張する研究者達がいる。これはこじつけの屁理屈である。例えカップルの両方が遺伝性疾病の遺伝子を持っていたとしても、その疾病を持たない子どもを生む方法は他にもある。例えば、他人の精子又は卵子の提供を受けるなど、である。

 また、両親が持っていない遺伝的特質を赤ちゃんに与えることができるから、胚細胞操作を実施したいと主張する研究者達もいる。この目標は他の技術では実現出来ないであろう。しかしこの目標は、現存する人の病気を治すことに役に立つわけではないのだから、医療にとっては不必要なことである。これはむしろ人間の将来の世代を“改良”することを目指している[6, pg. 113]。

 競走馬や犬の交配による品種改良のように、民族を遺伝的に“改良”しようとする試み、これは優生学として知られている。20世紀の初期のアメリカには、好ましくない特質を持っていると考えられる人々に不妊手術を施すという、優生学プロジェクトが存在した。これらには“遺伝的犯罪者”ということでは刑務所に収容されている人々も含まれていた。不妊手術を強制される人々は不道徳で“知能も劣る”からと、そのことが正当化された[6, pgs. 20-21]。
 ドイツのナチ時代における、ユダヤ人やその他の人々に対する組織的な根絶行為は“優性民族”を繁栄殖させるための優生学プロジェクトの一環であった[6, pg. 17] 。

 優秀な研究者達の中には、交配による品種改良ではなくて、遺伝子技術により優生学上の目標を実現したいと望む者もいる。分子生物学者であり、元“サイエンス誌”の編集者であったダニエル・コッシュランドは、「もし、低いIQを持つことを運命付けられている子どもが遺伝子を操作することによって矯正することができるならば、そのことに本当に反対する人がいるであろうか?」
 さらに続けて「もし、決定さえすれば正常なIQをさらに改良することも短期間でできる。優秀な人間を作り出すことに異論があるだろうか? 社会はますます複雑化しているので、複雑な問題に対処できる能力を備えた優秀な人材が求められている」と彼は述べている[4, pgs. 115-116]。

(次回に続く)

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レイチェル・マッシー
Environmental Research Foundation (ERF) のコンサルタント
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[1] Jane Barrett, "U.S., Italian Experts Plan to Clone Humans," Reuters (March 9, 2001). Available at http://dailynews.yahoo.com/htx/nm/20010309/sc/italy_cloning_dc_2.html

[2] Larry Thompson, "Human Gene Therapy: Harsh Lessons, High Hopes," FDA CONSUMER MAGAZINE (September-October 2000) Available at http://www.fda.gov/fdac/features/2000/500_gene.html

[3] See Sarah Sexton, "If Cloning is the Answer, What was the Question?: Power and Decision-Making in the Geneticisation of Health," THE CORNERHOUSE Briefing 16 (1999). Available at http://cornerhouse.icaap.org/briefings/16.html

[4] Emma Young, "Stem Cell Go-Ahead," NEW SCIENTIST ONLINE (December 20, 2000). Available at http://www.newscientist.com/nsplus/insight/clone/stem/goahead.html.

[5] Margaret Talbot, "The Cloning Mission: A Desire to Duplicate," NEWYORK TIMES MAGAZINE (February 4, 2001), pgs. 40-45, 67-68.

[6] Ruth Hubbard and Elijah Wald, EXPLODING THE GENE MYTH: HOW GENETIC INFORMATION IS PRODUCED AND MANIPULATED BY SCIENTISTS, PHYSICIANS, EMPLOYERS, INSURANCE COMPANIES, EDUCATORS, AND LAW ENFORCERS [ISBN 0807004316]. (Boston: Beacon Press, 1999).

[7] Eliot Marshall, "Gene Therapy Death Prompts Review of Adenovirus Vector," SCIENCE Vol. 286, No. 5448 (December 17, 1999), pgs. 2244-2245.

[8] Food and Drug Administration, "Availability for Public Disclosure and Submission to FDA for Public Disclosure of Certain Data and Information Related to Human Gene Therapy or Xeno- transplantation," FEDERAL REGISTER Vol. 66, No. 12 (January 18, 2001), pgs. 4688-4706. Available at http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=2001_register&docid=01-1048-fild

[9] Maggie Fox, "Gene Therapy Under Fire," Reuters (January 31, 2000). Available at http://www.abcnews.go.com/sections/living/DailyNews/genetherapy_000130.html

[10] See Council for Responsible Genetics Alert, "Tell the FDA that the Public has a Right to Know about Xenotransplantation and Gene Therapy, February 28, 2001." Available at http://www.gene-watch.org/crgalerts.html


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