レイチェル・ニュース #718
2001年2月15日
バイオテクの基本−3
レイチェル・マッシー
#718 - Biotech: The Basics -- Part 3, February 15, 2001
By Rachel Massey
http://www.rachel.org/?q=en/node/5258

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2001年2月22日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_01/rehw_718.html


 すでにREHN #716で見てきたように、アメリカや世界中で植え付けられている遺伝子組み換え作物はそのほとんどが、除草剤耐性か又は昆虫、その他の害虫を殺すことを目的として作られている。わずか数%のものがウィルスなどによる感染症への耐性を目的としている。今回は遺伝子組み換え作物が生態系に及ぼす脅威について見ていくことにしよう。

 農薬作物は、目標としていない生物に対しても有毒となることがある。たとえば、ヨーロッパ種のトウモロコシ穿孔虫を殺すことを目的として作られたBTコーンは、蝶や蛾など他の類似の昆虫に対しても有毒である。
 モナーク蝶(北米の移動蝶)の幼虫は、トウモロコシ畑の直ぐ近くによく生えるている草、ミルクウィードを食べている。実験室において研究者は、BTコーンの花粉に曝されながらミルクウィードを食べて育ったモナーク蝶の幼虫は、BTコーンの花粉に曝されずに育った幼虫よりも発育が遅く、死ぬ比率も高かいことを観察した[1] 。
 他の研究ではこのようなことが実験室の外でも起こることを示している。研究者は鉢植えのミルクウィードをBTコーンの畑に置き、ミルクウィードの葉にかかるBTコーンの花粉の重量を測定した。これらの葉でBTコーンの花粉をあびたモナーク蝶の幼虫は、非組み換えトウモロコシの花粉をあびるか、あるいはトウモロコシの花粉を全くあびていない幼虫に比べて死ぬ率が高かった[2]。

 米環境保護局(EPA)は、BTコーンの花粉がモナーク蝶や絶滅が危ぶまれているカーナー・ブルー蝶(Karner Blue butterfly)など他の蝶類にも影響を及ぼすことに懸念の意を表明した[3]。EPAは会社に対しこれらの影響に関するデータを提出するよう求めたが、これはアメリカでのBTコーンの栽培を許可してから4年後のことであった[2,pg.13]。

 BTコーンは、また害虫を捕食するので、農業にとって有益なクサバカゲロウ(green lacewing)にも悪影響を与える。クサバカゲロウは、BTコーンを食べても死ななかった害虫を捕食すると、その害虫の消化器系中から出る毒素の影響を受ける[4]。このことは、目標外の影響によって捕食−被食の連鎖が乱れ、害虫の数をコントロールしている自然のバランスが崩れてしまうことを示している。

 BT作物は、土壌の化学成分を変化させて、目標外の生体組織にも影響を与える。1999年のネイチャー誌はBTコーンの根が土壌中にBT毒素を放出するという記事を掲載している。その記事によれば、その根から放出された成分に曝露した影響を受けやすい昆虫の幼虫の90〜95%が5日後には死んだということを研究者は確認した[5]。

 BT作物を栽培することによりBT耐性の害虫の数を増やすことになる。REHN #716で述べたように、有機農業家は時により、深刻な害虫の発生に対して“自然の農薬”としてのBTを振りかける。一方、BT作物は害虫の大量発生があろうがなかろうが毎日、昆虫にBT毒素を振りまいている。このような条件下ではBT耐性の昆虫が増えるであろう。広範囲にBT耐性の昆虫が出現するということは、有機農業家にとって深刻な害虫発生に対処するための貴重な道具の一つがなくなることを意味する[6,pg.139]。

 除草剤耐性作物は農家が特定の除草剤を使いやすくすることを目的に作られている。1999年のアメリカ中西部における大豆栽培の研究で、ラウンドアップ・レディ大豆を栽培する農家は、通常の大豆を栽培する農家よりも単位面積当たり2〜5倍の除草剤を使用しており、また化学除草剤の使用を減らすことを目的とする統合除草管理(Integrated Weed Management)システムを採用している農家よりも10倍も除草剤を多用していることがわかった[7,pg.2]。
 ラウンドアップの活性成分であるグリホサートは時には長い年月土壌中に残留し[8]、有益な土壌中のバクテリアの増殖に影響を与え、新たな環境問題を引き起こす[9]。
 ミズーリ大学の最近の非公開の研究は、ラウンドアップ・レディ作物にラウンドアップを使用すると、植物に害となる土壌中の菌類が増える可能性があると示唆している[10]。

 もっと危険な遺伝子組み換えの新製品が市場に投入されようとしている。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、スコット社はモンサント社と提携して芝生用のラウンドアップ・レディ芝を開発している[11]。
 ラウンドアップに曝露すると人間の健康が損なわれるということをいくつかの研究が示唆している。例えば、グリホサート除草剤への曝露と白血球細胞の癌である非ホジキン・リンパ腫の発生とは大いに関係があると考えられている[12](REHN #660 参照)。さらに『環境健康展望』誌の昨年8月号に掲載された研究報告によれば、ラウンドアップへの被曝により、マウスから取り出した精巣腫瘍の細胞中の性ホルモン生成が影響をうけることが分かった。もし、ラウンドアップ・レディ芝を導入することによりラウンドアップの使用量が増えるようなことになれば、子ども達の除草剤への被曝が増大することになる。

 ある場合には、遺伝子組み換え作物は、既存の生態系を乱す“雑草の問題”を引き起こす。ネイチャー誌に掲載された最近の研究によれば、いくつかの遺伝子組み換え作物は“雑草の問題”とはならなかった。研究者は1990年に、その当時入手可能であった遺伝子組み換え作物を各種植え付け、その後10年間その生育ぶりを観察した。多くの作物は枯れてしまい、生き残った作物も拡がる気配はなかった[14]。しかしキャノラ(canola)の様ないくつかの作物は、人間が介在しなくても自身の力でよく生き延びた。カナダでは、各種の除草剤に耐性を持つように作られた遺伝子組み換えキャノラは、遺伝子物質を変えることにより、2〜3の除草剤に曝されても生き残るようにしたものである。このような多種除草剤耐性の植物を農家が管理するのは難しいことである[6,pgs.122-123]。

 ウィルス耐性の遺伝子組み換え作物はウィルス性感染症の問題を減少することを期待されるが、しかし時には、問題をより大きくする。ウィルス耐性作物はウィルス遺伝子を植物の既存の遺伝子物質中に加えて作り出す。もし、あるウィルスに耐性を持つ組み換え作物が他のウィルスに感染すると、二つのウィルスからの遺伝子物質が時には相互に作用して、より危険な、又は元のものより広い範囲で感染する新しいタイプのウィルスを生み出すことがある[15,pgs.59-68]。

 以上議論した全ての危険性は遺伝子汚染の問題である。多くの作物は遺伝子物質を花粉とともに周囲に飛散し、それは風によって、あるいはミツバチのような花粉の運びやによって遠くまで運ばれる。このことは、遺伝子組み換え植物がその遺伝子物質を他の植物や非組み換え植物と共有するということを意味している。例えば、遺伝子組み換えトウモロコシの花粉は隣の畑まで飛んで行き、そこで通常のトウモロコシに授粉する可能性がある。遺伝子汚染のために、組み換え作物の畑に接する有機農業家は最早彼らの作物が有機作物であると保証することが出来なくなる[6,pg.127]。

 動物では、異種間の繁殖は通常起こらない。稀に非常に近い種間の繁殖は起こりうるが、その子孫は遺伝的に繁殖能力がない。例えば、ウマとロバをかけ合わせると混血種ミュールが出来るが、ミュールには繁殖能力がない。一方、植物は近縁の種間の交配で新種ができ、その子孫にはしばしば繁殖能力がある。作物が野生の近種植物の近くで栽培されると、それらが交配により新種を作り出すかもしれない。このことは作物に組み込まれた遺伝子物質は野生の植物を汚染する可能性があるということを意味している。

 最近のサイエンス誌のある記事は、遺伝子組み換え作物の“生態系へのリスクと恩恵”について考察し、長年、予防原則の主張者が述べてきたこと、すなわち、「我々には、遺伝子組み換え作物が生態系に与える影響についての基本的な情報がない」ということを確認している[16]。
 以下に、科学者にも未知である遺伝子組み換え作物が生態系に与える影響についての例を上げる。
  • 作物に組み込まれた新しい遺伝子が野生の近種植物に混入するかどうかについての研究報告がない。

  • BT毒素がBTコーンの根から放出されることが分かっているが、このような方法でBT毒素が土壌中に混入した場合、生態系に与える影響についての研究報告がない。

  • 既に見てきたように、植物を食べる昆虫の消化器系のBT毒素は、その昆虫を食べる捕食虫に影響を与える。現状では捕食虫へのこのような影響により、生態系がどのように変化するかを予測することは出来ない[16, pg. 2089] 。

  • 科学者は現在、ウィルス耐性の遺伝子組み換え作物が新たな植物ウィルスをどの程度作り出すことになるのか予測できない[16, pg. 2089]。


 遺伝子組み換え作物の大規模な商業的な栽培を許可した後ではなく、許可する前に、予防原則に基づいて、これらの疑念を調査する必要がある。

【次回に続く】

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レイチェル・マッシー
Environmental Research Foundation (ERF) のコンサルタント
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[1] John E. Losey and others, "Transgenic Pollen Harms Monarch Larvae." NATURE Vol. 399, No. 6733 (May 20, 1999), pg. 214.

[2] Laura C. Hansen and John J. Obrycki, "Field Deposition of BT Transgenic Corn Pollen: Lethal Effects on the Monarch Butterfly," OECOLOGIA Vol. 125, No. 2 (2000), pgs. 241-248.

[3] U.S. Environmental Protection Agency, "Biopesticide Fact Sheet: BACILLUS THURINGIENSIS Cry1Ab Delta-Endotoxin and the Genetic Material Necessary for Its Production (Plasmid Vector pCIB4431) in Corn [Event 176]," April 2000. EPA Publication No. 730-F-00-003. Available at http://www.epa.gov/pesticides/biopesticides/factsheets/fs006458t.htm.

[4] A. Hilbeck and others, "Effects of Transgenic BACILLUS THURINGIENSIS corn-fed prey on Mortality and Development Time of Immature CHYSOPERLA CARNEA (Neuroptera: Chrysopidae)." ENVIRONMENTAL ENTOMOLOGY Vol. 27, No. 2 (April 1998), pgs. 480-487.

[5] Deepak Saxena and others, "Insecticidal Toxin in Root Exudates from BT Corn," NATURE Vol. 402, No. 6761 (December 2, 1999), pg. 480.

[6] Royal Society of Canada, ELEMENTS OF PRECAUTION: RECOMMENDATIONS FOR THE REGULATION OF FOOD BIOTECHNOLOGY IN CANADA (Ottawa: Royal Society of Canada, January 2001). ISBN 0-920064-71-X. Available from the Royal Society at (Ottawa, Canada) phone: (613) 991-6990 or at http://www.rsc.ca/foodbiotechnology/GMreportEN.pdf.

[7] Charles Benbrook, "Evidence of the Magnitude and Consequences of the Roundup Ready Soybean Yield Drag from University-Based Varietal Trials in 1998," AgBioTech InfoNet Technical Paper #1, July 13, 1999. Available at http://www.biotech-info.net/RR_yield_drag_98.pdf.

[8] U.S. Environmental Protection Agency, "Pesticide and Environmental Fate One Line Summary: Glyphosate," May 6, 1993.

[9] See T. B. Moorman and others, "Production of Hydrobenzoic Acids by BRADYRHIZOBIUM JAPONICUM strains after treatment with glyphosate." JOURNAL OF AGRICULTURAL AND FOOD CHEMISTRY Vol. 40 (1992), pgs. 289-293. For a review of other relevant studies, see Caroline Cox, "Herbicide Factsheet: Glyphosate (Roundup)" JOURNAL OF PESTICIDE REFORM Vol. 18, No. 3 (Fall 1998), updated October 2000, available at http://www.pesticide.org/gly.pdf

[10] R.J. Kremer and others, "Herbicide Impact on FUSARIUM spp. and Soybean Cyst Nematode in Glyphosate-Tolerant Soybean." American Society of Agronomy study abstract, available at http://www.biotech-info.net/fungi_buildup_abstract.html. Also see University of Missouri press release, "MU Researchers Find Fungi Buildup in Glyphosate-Treated Soybean Fields" (December 21, 2000), available at http://www.biotech-info.net/fungi_buildup.html.

[11] David Barboza, "Suburban Genetics: Scientists Searching for a Perfect Lawn," NEW YORK TIMES July 9, 2000, pg. A1.

[12] Lennart Hardell and Mikael Eriksson, "A Case-Control Study of Non-Hodgkin Lymphoma and Exposure to Pesticides," CANCER Vol. 85, No. 6 (March 15, 1999), pgs. 1353-1360.

[13] Lance P. Walsh and others, "Roundup Inhibits Steroidogenesis by Disrupting Steroidogenic Acute Regulatory (StAR) Protein Expression," ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 108, No. 8 (August 2000), pgs. 769-776.

[14] M. Crawley and others, "Transgenic Crops in Natural Habitats." NATURE Vol. 409, No. 6821 (February 8, 2001), pgs. 682-683.

[15] Jane Rissler and Margaret Mellon, THE ECOLOGICAL RISKS OF ENGINEERED CROPS (Cambridge, Mass.: MIT Press, 1996).

[16] L. L. Wolfenbarger and P.R. Phifer, "The Ecological Risks and Benefits of Genetically Engineered Plants." SCIENCE Vol. 290 No. 5499 (December 15, 2000) pgs. 2088-2093.


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