レイチェル・ニュース #713
2000年12月7日
ベトナムの轍を踏む(コロンビアでの麻薬撲滅戦争)
レイチェル・マッシー
#713 - Echoes of Vietnam, December 07, 2000
By Rachel Massey
http://www.rachel.org/?q=en/node/5235

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年12月16日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_713.html

 クリントン大統領は6月に、コロンビア及び南米の近隣諸国での“麻薬撲滅戦争”を推進するために、総額13億ドル(約1,430億円)の財政援助に関する法律に署名した。総額の内、8億6,000万ドル(約946億円)はコロンビア向けで、軍事援助が主であった[1]。
 この30年間、コロンビアは内戦に引き裂かれ、コロンビア軍部が関わる民間人の失踪、不当拘束、誘拐、拷問、等の人権抑圧が詳細に報告されている[2, pg. 20]。
 米国議会は、“麻薬撲滅戦争”のための軍事援助はコロンビア政府が人権抑圧政策を改めることが前提であるとしたが、8月に、クリントン大統領は基金供与を進めるために、この議会の要求を見送った。クリントン氏は、今月、資金援助の第2回目の払い込みができるよう、再度、人権要求を見送るであろう。

 この数年間、アメリカは、不法な麻薬をその栽培元から断つために、コロンビア中で除草剤を散布することを支援してきた。コロンビア政府は2001年1月から、アメリカ政府の監視の下、アヘンケシやコカノキを枯らすためにグリホサート(glyphosate)を成分として含む除草剤の空中散布を行う“作物撲滅”作戦を拡大しようとしている。グリホサートはラウンドアップとしてよく知られている除草剤に含まれる活性成分である。アヘンケシとコカノキはヘロインやコカインを製造するための原料である。

 最近、コロンビアの先住民地域社会の代表がワシントンD.C.を訪れ、彼らが除草剤散布によっていかに影響を受けているかを説明した。グリホサートは麻薬作物以外のものをも枯らしていると彼らは訴えた。それは、コロンビアの地方の多くの人々が生きていくために必要とする食用作物をも枯らしている。ある場所では、空中散布により魚や家畜が死に、飲み水が汚染された。空中散布した地域を写したある写真は、一群のバナナの木は枯れているのに、近くのコカノキの栽培区域は被害を受けずに残っていることを示していた[3]。時には、空中散布は学校や民家にも及んだ。その結果、多くのコロンビア人達は自分たちが病気になったと話している[4]。

 ニューヨークタイムズ紙によれば、何人かの散布被害者が55マイル(約88キロメートル)の道程をバスに乗って病院にやって来た。彼らを診断した医師によれば、彼らの症状は、めまい、吐き気、筋肉と関節の痛み、皮膚の発疹、等であった。「ここには、彼らが除草剤により被害を受けていることを証明出来る科学的な手段はないが、彼らの症状は、確かに除草剤による被害を受けた時の症状と一致する」とその医師は述べた。
 現地の診療所の看護助手は、ここで、何が起きているかを誰にも口外しないようにとの指示を受けていたと述べた[4] 。

 アメリカ国務省はコロンビアの各地で行われているグリホサートの散布が人間の健康に影響を与えるようなことはないと言明した。コロンビアのアメリカ大使館の高官はニューヨークタイムズ紙に「グリホサートは食卓の塩やアスピリンより毒性が低い」とし、さらに「散布犠牲者が訴える有害な影響など科学的にはあり得ない」と述べた[4]。
 アメリカ国務省が発行した『質問と回答ファクト・シート』は、グリホサートは“牛や鶏やその他の家畜を損なう”ことはなく、したがって”人間の健康を損なう”こともない。また水を汚染することもない、としている。そのファクト・シートは「もし、グリホサートがそんなにいいものなら、何故それが使われているコロンビアでは被害を受けたとの苦情が出るのか」という質問を挙げている。それへの回答は「それらの苦情の大部分は、不法な作物に除草剤を散布された農民達が作り出した根拠のない噂に基づくものであり、そのような人々がこの計画に関する客観的な情報提供などするはずがない」と述べている[5] 。

 しかし、医学報告書によれば、グリホサートへの暴露は、短期間の目のかすみ、皮膚の障害、心臓の動悸、吐き気、等と関連があるとしている。さらに研究によれば、流産、早産、非ホジキン・リンパ腫の危険が増大する可能性があるとしている。グリホサートが他の成分と複合すると、グリホサート単独の場合よりも毒性が強くなることがある[6, pgs. 5-8]。

 グリホサートの除草剤製造の大手、モンサントはニューヨーク州の司法長官から安全性を公言することについて異議を申し立てられ、同様な異議がアメリカ国務省からも出された。1996年に法廷外での和解により、モンサントは、その製品が安全で、毒性はなく、無害であり、危険はないとする広告を中止することに合意した[4,6] 。

 “麻薬撲滅戦争”の軍事援助を厳しく批判しているミネソタ州の上院議員、ポール・ウェルストーンが先週、コロンビアを訪問した。そこで彼はコロンビア国家警察により空中散布による作物撲滅作戦のデモンストレーションを受けたが、その時にウェルストーン上院議員自身が除草剤を吹きかけられるというハプニングが起きた。ミネアポリス スター トリビューン紙によれば、この椿事は、コロンビアのアメリカ大使館が除草剤はコンピュータが計算した正確な場所に散布されるということを説明しながら、除草剤を皆に回覧した直後に起きた。コロンビア国家警察は、風向きがそれたために除草剤が上院議員にかかってしまったと述べた[7]。

 散布した化学物質が風向きにより、目標からそれることがあり得るということは常識的にも、科学的にも当たり前のことである。例えば、1992年のカナダの研究によれば、グリホサートの散布時に、散布目標ではない植生を守るためには、75〜1200メートルの緩衝地帯が必要であるとしている[8]。また1985年のグリホサートに関する記事によれば、空中での散布剤の移動はグリホサートの場合にはよくあることで、その影響は他の除草剤に比べてより深刻であるとしている[9] 。

 “麻薬撲滅戦争“の支持者達は、南アメリで除草剤を散布する範囲が広くなればなるほど、麻薬売人の餌食となる北アメリカの子ども達の数が少なくなる”ということを我々に信じ込ませようとしている。しかし、除草剤散布キャンペーンは麻薬の流れをせき止めることに効果はないということをいくつかの研究が示している。麻薬への需要がある限り、誰かがどこかでそれを供給する。だから作物撲滅計画など単に税金の無駄遣いである。さらに、1999年のアメリカ会計検査局(GAO)の報告書によれば、政府機関は作物撲滅計画は失敗に帰したと結論付けている[2, pg. 16]。GAOによれば、アメリカ国務省は1996年に空中散布キャンペーンへの支援を拡大し、1997年から98年の間にコロンビアで100,000ヘクタール以上の地域に散布した。しかし、この同じ時期に、コロンビアにおけるコカノキの栽培は50%増大していた[2, pgs. 16-18] 。

 一方、アメリカ国内での麻薬問題に対する対策は、麻薬の使用を減らす努力によって、成功させることが出来る。ランド社の調査研究によれば、アメリカのコカイン常習者への治療プログラムによるコスト効果は、麻薬の栽培元を断つやり方よりも23倍も効果がある[10] 。それにもかかわらず、1999年のアメリカ政府の報告書によれば、1991年から1996年について、麻薬の治療を必要とする大部分のアメリカ人が実際には治療を受けていないとしている[11]。

 もし、コロンビアでの除草剤散布がアメリカの麻薬問題への対策として効果的な方法ではないとすれば、我がアメリカ政府が、金のかかる、そして破壊的なこの方法になぜ固執するのか、尋ねてみる価値がある。それに対する1つの説明は、“麻薬撲滅戦争”は国内で麻薬対策を何もしてこなかったことに対する弁解である。 いくつかのアメリカの産業界は、コロンビアでの内戦にアメリカが介入することで、利益を上げる立場にある。例えば、オクシデンタル石油会社は“麻薬撲滅戦争”での軍事援助を強く議会に働きかけているし、またコロンビアで使用される軍事用ヘリコプターを製造しているアメリカのいくつかの企業は、援助計画の主要な支援者である[12]。

 海外での“麻薬撲滅戦争”の遂行にはまた、アメリカ国内における麻薬対策への世論の目をそらす役目もある。世界中で人権侵害を監視し、告発している組織、ヒューマン・ライト・ウォッチの最近の報告書によれば、アメリカの麻薬規制対策は、1980年以来、刑務所に収容されている人の数が4倍に増えているという、この国の“監獄危機”を作り出す主要な役割を果たしている。アメリカでは現在、200万人の市民が刑務所の中にいる。有罪判決及び投獄の比率は、非暴力主義的な麻薬犯罪者の中で、特に白人よりも黒人の麻薬犯罪者の中で、高くなっている[13]。アメリカの黒人男性の13%、実に10人に1人よりも多くが、刑務所にいるか過去に重罪を犯したために選挙権を与えられていない[14]。

 政府当局は“麻薬との戦い”という美辞麗句なしには、ベトナムやその他、犠牲の大きかったアメリカ外交政策の失敗を思い起こさせる他国コロンビアでの内戦への介入について、アメリカ国民を納得させることが出来ない。
 不幸にも、ベトナムと同様にアメリカのコロンビアでの軍事介入が深まっている。ベトナム戦争ではアメリカは、2,4-D と2,4,5-Tを成分とし、発がん性ダイオキシの汚染を伴う枯れ葉剤“エージェント・オレンジ”でベトナムの森林を枯らし、汚染した。エージェント・オレンジを浴びたアメリカ退役軍人には糖尿病とある種のがんの発生率が高く、彼らの子ども達には先天性欠損症が多い(REHW #212 and #250 参照)。
 “麻薬撲滅戦争”の御旗の下に、コロンビアで、我々はまたもや他国の固有の生態系を壊し、無実の民間人の健康を損ねる“毒物戦争”を遂行しようとしている。

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レイチェル・マッシー
Environmental Research Foundation (ERF) のコンサルタント
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[1] See http://www.ciponline.org/colombia/aid.

[2] U.S. General Accounting Office Report to Congressional Requesters, "Drug Control: Narcotics Threat from Colombia Continues to Grow. GAO/NSIAD-99-136 June 1999. Go to http://www.gao.gov and search for the report by number.

[3] See http://www.usfumigation.org.

[4] Larry Rohter, "To Colombians, Drug War is Toxic Enemy," NEW YORK TIMES May 1, 2000, pgs. A1, A10

[5] U.S. State Department, "The Aerial Eradication of Illicit Crops: Answer to Frequently Asked Questions," Fact sheet released by the Bureau of Western Hemisphere Affairs, November 6, 2000, available at http://www.state.gov/www/regions/wha/colombia/-fs_00116_faqs.html

[6] For a thorough review of glyphosate's adverse effects, see Caroline Cox, "Glyphosate (Roundup)" Herbicide fact sheet, JOURNAL OF PESTICIDE REFORM Vol 18, No. 3 (Fall 1998), updated October 2000, available at http://www.pesticide.org or from Northwest Coalition for Alternatives to Pesticides, Eugene, Or.; Tel. 541-344-5044.

[7] Rob Hotakainen, "Colombian Police Spray Herbicide on Coca, Wellstone," Minneapolis STAR TRIBUNE December 1, 2000.

[8] D. Atkinson, "Glyphosate damage symptoms and the effects of drift," in E. Grossbard and D. Atkinson, editors,THE HERBICIDE GLYPHOSATE (London: Butterworth Heinemann, 1985), pgs. 455-458. ISBN 0408111534.

[9] Nicholas J. Payne, "Off-Target Glyphosate from Aerial Silvicultural Applications, and Buffer Zones Required around Sensitive Areas," PESTICIDE SCIENCE Vol. 34, 1992, pgs. 1-8.

[10] C. Peter Rydell and Susan S. Everingham, CONTROLLING COCAINE: SUPPLY VERSUS DEMAND (Santa Monica, Calif.: RAND, 1994), ISBN 0-8330-1552-4, pg. xiii.

[11] Office of National Drug Control Policy, 1999 NATIONAL ANTI-DRUG STRATEGY, Table 27, p. 130. Available at http://- www.whitehousedrugpolicy.gov.

[12] Sam Loewenberg, "Well-financed U.S lobby seeks relief from Drug Wars," LEGAL TIMES February 21, 2000, available at http://www.forusa.org/panama/-0300_columbianaid.htl

[13] Human Rights Watch, PUNISHMENT AND PREJUDICE: RACIAL DISPARITIES IN THE WAR ON DRUGS, March 1999, summary available at http://www.hrw.org/hrw/reports/2000/usa/Rcedrg00-03.htm or at http://www.drugwarfacts.org.

[14] Mary Gabriel, "13 Percent of Black Men in America Have No Vote," REUTERS November 3, 2000.



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