レイチェル・ニュース #712
2000年11月23日
子ども達の発達を脅かす有毒化学物質
レイチェル・マッシー
#712 - Children In Harm's Way, November 23, 2000
By Rachel Massey
http://www.rachel.org/?q=en/node/5226

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年11月30日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_712.html

  医師達のグループにより最近出版された報告書によれば、アメリカの数百万の子ども達が有毒化学物質に曝されたために、学習障害や知恵遅れ、粗暴で攻撃的な行動を示すようになっている[1]。「これらの神経発達障害は広く発生しており、化学物質への暴露こそが、これらに対する重大な、しかし防ぐことは出来る要因である」と報告書は述べている(117頁)。

 『危険にさらす:子ども達の発達を脅かす有毒化学物質』(IN HARM'S WAY: TOXIC THREATS TO CHILD DEVELOPMENT )と題するこの報告書は、医師であるテッド・シェトラーとジル・スタイン及び彼らの2人の仲間によって書かれ、クリーン・ウォーター基金の協力の下に“社会的責任を負うボストンの医師達(Greater Boston Physicians for Social Responsibility)”によって出版された。『危険にさらす』は、幼児期あるいは出生前の有毒物質への暴露が、注意欠陥症や知恵遅れ、攻撃的な性格などの終生の障害に関係しているということを示している。

 『危険にさらす』は、ほとんど全てのアメリカの子ども達がさらされている広い範囲の有毒物質に関する情報を科学的及び医学的に検証し、これら有毒物質への暴露が、脳の発達や機能に異常があると診断される子ども達の数が毎年増大していることに関係があるということを導き出した。

 この報告書は、子ども達の健康と我々の社会の将来を憂える全ての人々に、行動を起こすよう呼びかけている。増大する子ども達の脳の発達障害を防ぐためには、企業の利益にばかり便宜を計る様な政府を変えて行かなくてはならないと、この報告書は結んでいる。

 自閉症や注意欠陥多動性障害(ADHD)、読書障害、攻撃的性格などの発達障害は、現在アメリカの18歳以下の年代で1,200万人、約5人に1人の割合で起きている。しかもこれらの発達障害のあるものは最近の10年間で劇的に増加している。
 例えば、全米で学習障害児として特殊学級で学ぶ子ども達の数は1977年から1994年の間に191%増大している。注意欠陥多動性障害(ADHD)用の薬、リタリンを服用する子どもの数は1971年以来、4〜7年毎に倍増している。また自閉症児は1980年代初期には10,000人に4人であったが、1990年代には10,000人に12〜20人へと増加した。『USニュースとワールド・レポート誌』の最近の記事によれば、ニューヨークの学習障害児の数は1983年から1998年の間に55%増加している[2]。

 学習障害児が増えていると言われるのは、医療の診断技術が進み、また子ども達は難しいことを従来より早い時期に学ぶよう期待されるようになったためであると主張する人もいる。しかし実際に子ども達に関わっている多くの両親や教師や医師達は、そのような障害の存在を過去に見逃していたなどとはとても思えないので、そのような主張はほとんど正しくないと考えている−と報告書は述べている(11頁)。

 専門家は、個々の障害を持つ子ども達の数を正確に求めようとするかも知れない。しかし現実に、非常に多くの子ども達が今、深刻な発達障害を受けており、その子ども達はそのような障害を引き起こすことが知られている多くの有毒化学物質にさらされていることは明白である。「我々は最早、化学物質への暴露により発達障害が引き起こされるという多くの証拠を無視することは出来ない」と報告書は述べている(9頁)。

 報告書は、多くのあるいは全てのアメリカの子ども達がさらされている神経系有毒物質を例示している。−金属類(鉛、水銀、マンガン)、ニコチン、農薬、残留性有機化合物( ダイオキシ類、PCB)、溶剤、フッ素化合物、食品添加物。またこれらの化学物質が発達系に与える影響に関し、人間や動物実験でのデータを検証している。それらの影響は暴露の微妙なタイミングによって、劇的に変動する。ほとんどの発達段階では何ら影響が生じない程度のほんのわずかな暴露であっても、ある器官が急速に発達する“無防備な時間帯(window of vulnerability)”であれば、終生残る深刻な障害を引き起こすことがある(9頁)。

 以下に、子ども達の脳の発達を妨げる有毒物質の例を挙げる。

■胎児と子どもの鉛への暴露は、注意欠陥多動症や攻撃的性格、知恵遅れに関係する。アメリカ環境保護庁(EPA)が、その値以下なら“安全”であるとする血中の鉛濃度は学習障害に関するものであり、その値以下ならいかなる障害も起きないというしきい値は示していない。子どもの猿を鉛に曝すと反抗的になり、刺激に対して不適切な反応を示すようになる。100万人のアメリカの子ども達が、EPAが行動や認識力に影響を与えるとする血中の鉛濃度のしきい値を超えている。もしEPAのしきい値が、鉛が子ども達に与える影響に関する最新の情報を考慮して改訂されるならば、さらに数百万人の子ども達がリストに加えられるであろう。

■少量の水銀への暴露は、言語障害や注意力、記憶障害を引き起こし、大量の水銀に暴露すると知的障害や視覚障害、歩行障害を引き起こす。水銀は廃棄物焼却炉や石炭炊き火力発電プラントなどから環境中に放出される。それらは、最も有毒なメチル水銀となって魚類に生体蓄積する(REHW #597 参照)。EPAによれば、妊娠可能な年代の女性116万人が水銀に汚染された魚を、将来の子どもに有害な影響を及ぼす可能性がある程の量を食べていると推定している(64頁)。

■多くの農薬は神経系細胞に有毒な影響を与えることにより虫を殺している。これらの農薬が、虫と同様な作用により人間の神経系の発達と機能に影響を及ぼすとしても、驚くに当たらない。動物実験により、神経系有毒農薬は、脳の発達段階のある特定の日に暴露すると脳の機能に終生のダメージを与えることが判明した。例えば、ネズミの新生児が10日目に暴露するとある影響が発生するが、3日目や19日目に暴露しても影響は見られない(82頁)。短いパルス状の暴露が発達系に深刻な影響を与えるが、後からそれを確認することは不可能である(REHW #648 参照)。

■メキシコの2つの地域における農薬の子ども達への影響に関する研究がある。その2つの地域の住民の民族的構成と文化は非常に似通っていたが、農業のやり方が異なっていた。一方は化学物質を大量に使用する農業を、他方は化学物質をほとんど使わない農業を行っていた。化学物質農業の子ども達は記憶力、身体的持久力、運動能力において劣っており、通常の子ども達の行為、例えば簡単な人の絵を描く、といったこともうまくできなかった(82-83頁)。また農薬に暴露したグループの子ども達は、暴露しなかったグループの子ども達に比べて攻撃的な行動をとる傾向があった(REHW #648 参照)。

■ダイオキシンとPCBは、脂肪質の組織に生体蓄積し、人間の母乳にも顕著に存在が認められる有機塩素化合物である。人間と動物実験の両方により、これらの汚染と発達障害は深く関係していることが分かっている。出生前に人間の母乳を汚染しているダイオキシンと同程度の濃度のダイオキシンに曝された猿は、新たな刺激に対し既に学習した行為を応用する能力に欠けている。人間の母乳によく見られる濃度のPCBに曝された子どもの猿は、知能の遅れや、同じことを異常に繰り返す行為を示した。人間の子どもの研究では知能の遅れは、胎内でのPCBへの暴露に関係するということを示しており、母親がPCBに汚染されたオンタリオ湖の魚を食べていた場合、その子どもは刺激に対する反応異常を含む発達系の障害が見られた(76-79頁)。

これらは、報告書で述べられている事例研究のほんの一部である。

 政府の担当者は個々の化学物質について“安全”な暴露レベルを設定している。しかし現実には、子ども達は多くの化学物質に対し、同時に暴露している。このような複合暴露は単一の化学物質への暴露に比べて、遙かに大きなダメージを与える。例えばある研究によれば、いくつかの農薬を組み合わせると、個々の農薬の場合よりも甲状腺レベルへの影響が大きい(REHW #648 参照)。適切な甲状腺レベルは脳の発達にとって本質的に重要である。
 また、他の研究によれば、魚類に生体蓄積する2つの汚染物質、水銀とPCBに同時に暴露すると、どちらか一方だけに暴露する場合に比べて神経発達系に対し遙かに大きなダメージを与える(67頁)。

 現在の法規制の下では、工業用化学物質はそれらが市場に出される前に有毒性についてのテストを実施する必要はない(108頁)。EPAは市場に出回っている化学物質のうち2,400〜4,000位は神経系に有毒であると推定している(107頁)。しかし、工業用化学物質のほとんどは神経系への有毒性についてテストが行われていないのだから、このEPAの推定値は極めて“不確か”である(107頁)。
 EPAの毒物放出録(Toxics Release Inventory - TRI)は80,000種類の工業用化学物質のうち、わずか625種類しかカバーしていないが、それによれば、約10億ポンド(約45万トン)の既知の神経系有毒物質が1997年に大気と水中に放出されている(103頁)。

 農薬は市場に出される前にテストされているはずであるが、それとても神経系に対する有毒性のテストではない。890種類の農薬成分の内、140成分は神経系に有毒であるとEPAは推定している。約2,000万人の子ども達は、平均8種類の農薬に汚染された食物を毎日食べている(106頁)。

 『危険にさらす』の著者達は、我々の子ども達を守ることを遅らせる理由はなにもなく、予防措置をとるに当たって現在ある以上の科学的情報など最早必要ないと指摘している。

 「我々は、この国の事実上全ての子ども達の尿中に神経系に有毒な農薬の残留物が含まれているという現実を前にすれば、人々の健康を守らなくてはならないという結論を出す前に、それらがどのくらいの量とどのようなメカニズムによって脳の発達を妨げるか等について、これ以上正確に知る必要などない。

 メチル水銀が水と魚類を汚染し、それらを食べる人間の脳の正常な発達を脅かすということは許されないという結論を出す前に、メチル水銀が脳の発達に対しどのように影響を与えるのか徹底的に理解しなければならないという必要性などない。我々は、再び安全に魚を食べられるようにするために、環境中に放出される水銀をどうすれば減らすことができるかを知っている。
 我々は、製品中の鉛を減らすよう製造方法を変更することができるはずである。我々は、胎児と母乳を汚染するダイオキシン類を発生させる時代遅れの技術をやめたり、変えたりすることができるはずである。我々はどうすれば良いのかを知っている。(121-122頁)

 これらのことを実現するために、我々は現在の法規制のあり方を変えなくてはならない。現状では、子ども達を有毒物質に曝すことにより企業が利益を上げることについて、暴露に対する安全値を決定する過程で関与した多くの環境保護者も結果として許容したことになる。その結果、我々は子ども達を有毒化学物質から守ることが出来なかった。

 『危険にさらす』の著者達は、「現在のそして将来の子ども達の脳の発達に直接関わることなので、環境中の化学物質の規制に関する役割について十分議論することが重要である」と述べている(121頁)。

 結論として、現在の法規制は、被告人が陪審員に身を委ねる裁判の様なものだ。もし我々が、子ども達が普通に遊び、考え、学習することができることを望むのなら、利益を守ることよりも脳の発達を守ることを優先するよう、企業と政府を変えて行かなくてはならない。
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レイチェル・マッシー
Environmental Research Foundation (ERF) のコンサルタント
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[1] Ted Schettler, Jill Stein, Fay Reich, Maria Valenti, and David Wallinga, IN HARM'S WAY: TOXIC THREATS TO CHILD DEVELOPMENT (Cambridge, Mass.: Greater Boston Physicians for Social Responsibility [GBPSR], May 2000). Available on the web at http://www.igc.org/psr/ or as a paper copy from GBPSR in Cambridge, Mass.; telephone 617-497-7440.

[2] Sheila Kaplan and Jim Morris, "Kids At Risk," US NEWS AND WORLD REPORT Vol. 128, No. 4 (June 19, 2000), pgs. 47-53.



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