レイチェル・ニュース #710
2000年10月26日
ウェスト・ナイル・ウィルス-2
レイチェル・マッシー
#710 - West Nile Virus -- Part 2, October 26, 2000
By Rachel Massey
http://www.rachel.org/?q=en/node/5209

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年11月1日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_710.html


 前回、REHW #709で見た通り、ウェスト・ナイル・ウィルス(WNV)はアメリカには1999年に初めて出現した。(**)WNVは以前には西半球では知られていなかったが、現在はアメリカの7つの州に広がっており、最近ではノースカロライナで発生した[1]。蚊を媒体として人間にも感染する。このウィルスに感染しても何の症状も出ないことが多いが、時には重い症状になることがある。いくつかの市では公衆衛生当局が蚊を駆除するために周囲一面に殺虫剤を散布した。これら殺虫剤の大量散布は人々の健康を脅かしているが、必ずしも病原体を運ぶ蚊を減らしてはいない。

 同じく蚊が媒介する脳炎(EEE)のウィルスに関する経験に照らして見ても、農薬散布は必ずしも期待通りの効果を上げていない。例えば、EEEウィルスを鳥の間に伝染させる蚊、クリセタ・メラヌラ(CULISETA MELANURA)についての1997年の調査を見てみよう。11年間にわたってニューヨーク州中央部のキケロ沼で同じ農薬を15回、他の農薬を1回散布した。しかしクリセタ・メラヌラの数はこの期間に減少するどころか、15倍に増えた。農薬散布により、通常はクリセタ・メラヌラの数を抑制するのに役に立っていた生物が殺されて、沼の生態系のバランスが変わってしまったためではないかと、この研究は示唆している[2]。
 一般的に、農薬を散布すると魚やその他の蚊の捕食生物が死に絶え、また繰り返し散布を行うことにより耐農薬の蚊が現れる[3]。

 飛ぶ昆虫を駆除する農薬は通常、超低量(Uultra-low volume - ULV)で散布される。 ULV 噴霧器により微量な農薬の飛沫が発生し、長期間空中に存在する。これらの飛沫は軽いので容易に目標の場所から遠く離れた所まで漂流する。実際には0.0001%以下のULV 農薬散布でも目標とする昆虫に到達するという研究報告がある[4,pgs.18,22]。従って1匹の蚊を殺すのに必要な量の数十万倍もの飛沫が意味もなく環境中を漂っていることになる。

 効果的な蚊の駆除を人間の健康を損ねずに行うためには、蚊の生態についての知識を利用する必要がある。一つの重要な戦術は蚊の繁殖環境を減らすことである。北部のイエ蚊として知られるクレックス・ピピエンスは、1999年と2000年にアメリカのWNVを媒介した蚊の一つである。このイエ蚊はよどんだ水があればどこでも、例えば、幼児用の浅いプール、鳥の水浴び場、水たまり、排水溝、下水処理場のよどんだ上澄み液、等で容易に繁殖する[5]。イエ蚊の飛行範囲は1/4〜半マイル(400〜800メートル)である[6]。すなわち、あなたを玄関先で刺した蚊はあなたの家の裏庭で卵からかえったかも知れないし、あなたや近所の人々が直接、地域の蚊の生息数を抑制することができるということをこれは示している。

 地域で効果的に蚊の駆除を行うガイドライン(**)
  • 成虫の蚊を駆除することを目的とした殺虫剤を使用しない。

  • 成虫になる前の蚊、すなわち、卵、幼虫、さなぎを駆除する。池や水の溜まりに蚊を食べる魚を放したり、水をきれいにして魚やその他の蚊を捕食する生物が住みやすくする。場合によっては、幼虫駆除剤の使用、または植物油を用いて水の表面に浮かぶ卵を窒息させる機械的な方法が適切であることもある[3]。成虫の蚊を機械的な方法で駆除することも出来る。1エーカー(約4平方キロメートル)の範囲内にいる蚊を惹きつけ、駆除する蚊取り器もある[3]。(例えば、ウェブサイト http://www.mosquitomagnet.com を参照のこと)

  • 市や郡レベルでは、住民に付近の水溜まりの所在を報告してもらうシステムを確立する[7]。

  • 蚊が媒介する疾病の発生した場所を正確に記録する監視プログラムを確立する。監視は定期的に蚊を捕まえたり、鶏のような“監視鳥”を検査して、流行病の兆候を把握する[3]。

  • 全ての蚊の駆除方法について、継続的にその効果を評価する。

  • 住民に対し、各自の家庭で蚊の発生を最小に抑えることが出来ること、及び繁殖場所を減らすことを周知徹底する。公衆衛生に関する教育に投資し、人材の育成を図る。薬剤散布のための緊急出費よりも安くつくはずである。個人が家の周りで出来るいくつかの方法を以下に挙げる[8] :

    • 家の周りで、例えば古タイヤのように水をよどませるガラクタを片づける。
    • バケツ、おもちゃ、容器、等の中に残っている水を空にし、それらを雨水が貯まらないような場所に保管する。
    • リサイクル品収納容器やその他屋外に設置する容器の底には、排水用の穴をあける。
    • 週に2回は、鳥の水浴び場、噴水池、幼児用プール、植木鉢、水盤、等の水を抜く。
    • 家の周りで水がたまるような場所をチェックする。例えば空調機ユニットの下。
    • 雨樋を掃除し、必要なら修理して、完全に排水するようにする。平らな屋根の場合には水溜まりが出来ていないか点検する。
    • 庭にプールやサウナやバスタブがあるのならば、雨水がカバーに貯まらないようにする。
    • 雑草を刈り取り、排水溝、暗渠、池のゴミを取り除き、排水が適切に行われるようにする。
    • 芝生を短くし、低木は刈り込んで、蚊の成虫が潜む場所を最小にする。
    • 地下室の水溜まりをなくす。
    • 家の中で蚊に刺されることがないよう、窓やドアの網戸をきちんと閉める。外灯を黄色の“防虫灯”に変える。
    • 屋外で蚊に刺されることがないよう、蚊が最も活動的になる夕方には、帽子をかぶり、長袖と長ズボンを着用する。
 防虫剤も役に立つが、時には危険である。殺虫剤ディート(DEET)を含むものは避ける。米環境保護庁(EPA)は、DEETに曝露して発病したという14症例の報告を認めている。12症例は子どもで、そのうち3人は死亡した[9, pgs. 22-23]。DEETはまた、他の化学物質と反応して神経系に非常に有毒な物質を生成し、湾岸戦争症候群(参照 REHW #498 )を引き起こす可能性がある。DEETの健康への影響に関する既知の情報に基づき、EPAは1998年に、DEETを成分に含む製品は危険であるとして新しい規制を設けた。新しい規制ではDEETを成分に含む製品に“子ども用”または”子どもに安全”と表示することは違法となる。しかしEPAは、古い表示の製品を4年間販売することを認める猶予期間を設けた[9, pg. 41]ので、店では安全性について誤解を与える表示の製品を今でも販売することが出来る。

 植物から抽出した油には防虫効果のあるものが多く、これらの成分をベースとした防虫剤がある[10]。コンシューマー・リポート誌によればバイト・ブロッカーと呼ばれる製品は1〜4時間、効果を持続する[11]。全ての防虫剤は蚊を防ぐのに役に立つが可能なら、皮膚ではなくて衣類に付け、外から帰ってきたら石鹸と水でよく洗い落とす。

 あなたの住んでいる地域ではWNVがまだ発生していなくても、来年発生するかも知れず、それに備えておきたいと考えるであろう。あなたの住んでいる町や市や郡の当局者に殺虫剤の危険性を理解させ、彼らに総合的な化学物質を使わない蚊の駆除計画を立案させるよう、今すぐ働きかけよう。当局者には、実施のために余裕を持たせるために、この冬の間に働きかけるのがよい。

 あなたの市や町が既に蚊の駆除計画を持っているのかどうか確かめるとよい。また公衆衛生当局における蚊を媒体とする伝染病についての担当者が誰なのか知っておくとよい。もし感染した鳥や蚊が発見された時にはどのように対処するかの計画書があるかどうか尋ねるとよい。これはまた、人々の健康のことを考慮せず日常的に殺虫剤を散布する有害な蚊の駆除計画を発見し、それをやめさせるよい機会でもある 。

 最後に、あなたは地球温暖化と新しい感染症との関係について知りたいと思うであろう。地球温暖化は熱帯性疾病が北に向かって広がる環境を作り出しており、アメリカにおけるWNVの発症はその先触れかもしれない。もしあなたの住んでいる自治体が二酸化炭素のような“温室効果ガス”の削減計画を持っているのならば、WNVとの関係を話すことで、その計画に弾みをつけ、広く周知することに役立つであろう。

 ハーバード大学医学校センターのポール・エプスタイン(健康と地球環境)は「WNVのような蚊が媒介する疾病が広がってきたことは、地球温暖化に起因するいくつかの現象、例えば、暖かい冬、暑い夏、干ばつなどが原因となっている」と主張している。経済の“国際化”や海外旅行の増加もまた、地域を越えて疾病が広がる機会を増やしている。
 エプスタインによれば、1998年から1999年にかけての異常気象が恐らくWNVやそれを媒介する蚊を増殖させたと思われる。最近のサイアンティフィック・アメリカン誌で彼は「1998年から1999年にかけての暖かい冬のために、多くの蚊が春まで生き延びた。春と夏の干ばつで、繁殖場所に養分のある有機物が堆積し、同時にクサカゲロウやテントウムシの様な蚊を捕食してその数を抑制する生物が死に絶えた。また干ばつにより、鳥たちは、少なくなり小さくなった水飲み場を求めて集団化するようになり、蚊と交わる機会が増えた[12, pg. 54]。夏の終わりには大雨が降り、新たに蚊が繁殖する機会が増えた。気温が高いことも蚊の活動を活発にし、蚊の体内のウィルスの増殖を促進した[12, p.52]」と書いている。

 地域でWNVについて何かを決定する時に、自治体当局は自分たちが直面している不確かさについて正直に話すべきである。例えば、WNVの危険性についての情報のみを過大に流し、蚊を駆除するために使用する農薬の危険性についての情報を流さないなどということは許されない。常にそうであるが、我々が良い決定を下せるかどうかは科学的に不確かなことに対し誠実であること、そして代案を求めて広く議論することににかかっている。

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レイチェル・マッシー
Environmental Research Foundation (ERF) のコンサルタント
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(**)
“環境擁護(Environmental Advocates, http://www.envadvocates.org)”のアンドリュー・ティエールに助言いただいたことを感謝する。

[1] "West Nile Virus Found in North Carolina," REUTERS, October 20, 2000.

[2] John J. Howard and Joanne Oliver, "Impact of Naled (Dibrom 14) on the Mosquito Vectors of Eastern Equine Encephalitis Virus," JOURNAL OF THE AMERICAN MOSQUITO CONTROL ASSOCIATION Vol. 13, No. 4 (December 1997), pgs. 315-325

[3] For information on resistance and alternative mosquito control measures, see Environmental Advocates and others, "Toward Safer Mosquito Control in New York State," January 2000, available at http://www.envadvocates.org/public_html/temp/mosquito.htm.

[4] David Pimentel, "Amounts of Pesticides Reaching Target Pests: Environmental Impacts and Ethics." JOURNAL OF AGRICULTURAL AND ENVIRONMENTAL ETHICS Vol. 8, No. 1 (1995),pgs. 17-29.

[5] "Mosquito Control In and Around the House," fact sheet available at http://www.rci.rutgers.edu/~insects/sompam.htm;
"Mosquito Control in Maryland," fact sheet available at http://www.mda.state.md.us/mosquito/progdesc.biology

[6] "Biological Data on 25 Common Species of Mosquito Found in Coastal North Carolina," North Carolina Public Health information site, http://www.deh.enr.state.nc.us/phm/Pages/Biology.hm

[7] For one example, see http://www.erie.gov/standing_water_form.phtml

[8] See U.S. Environmental Protection Agency, "Mosquitoes: How to Control Them," available at http://www.epa.gov/pesticides/citizens/mosquito.htm and "West Nile Virus: The Facts," available at http://www.erie.gov/west_nile_virus.phtml

[9] U.S. Environmental Protection Agency Office of Prevention, Pesticides, and Toxic Substances. "Reregistration Eligibility Decision (RED): DEET," Washington, D.C.: US EPA, September 1998, EPA publication 738-R-98-010. Available at http://www.epa.gov/oppsrrd1/REDs/0002red.pdf

[10] Mark S Fradin, "Mosquitoes and Mosquito Repellents: A Clinician's Guide," ANNALS OF INTERNAL MEDICINE Vol. 128 (June, 1998), pgs. 931-940. See www.acponline.org/journals/annals/01jun98/mosquito.htm.

[11] "Buzz Off," CONSUMER REPORTS Vol. 65, No. 6 (June 2000), pgs. 14-17.

[12] Paul R. Epstein, "Is Global Warming Harmful to Health?" SCIENTIFIC AMERICAN Vol. 283, No. 2 (August 2000), pp. 50-57.



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