レイチェル・ニュース #709
2000年10月12日
ウェスト・ナイル・ウィルス-1
レイチェル・マッシー
#709 - West Nile Virus -- Part 1, October 12, 2000
By Rachel Massey
http://www.rachel.org/?q=en/node/5197

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年10月18日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_709.html


 西欧では今まであまり知られていなかった病気、ウェスト・ナイル・ウィルス(WNV) が昨年ニューヨーク市で発生し、現在、他の6州でも動物の間に広がっている。いくつかの自治体はこの事態に対処するために、蚊を退治する目的で殺虫剤を周囲一面に散布した。ウェスト・ナイル・ウィルス(WNV)は重い病を引き起こし、時にはそれにより死亡することもあるが、蚊を駆除するために殺虫剤を散布するのが良い解決方法とは思えない。殺虫剤を散布すれば多くの人々が、短期的にも長期的にも健康に影響を及ぼす有毒物質に曝されることになるし、また散布をしてもその効果は疑わしいとする研究報告もある。

 WNVは蚊を媒介として主に鳥類に感染するが、人間や他の動物にも感染する。WNVに感染しても、多くの場合自覚症状がないか、あっても通常のインフルエンザの様なものであるが、脳炎や髄膜炎(脳や背骨を覆う膜の炎症)になり、死亡することもある。特に老人や免疫系に問題のある人々がこのウィルスに感染すると重病になり易い。

 2000年になってWNVは再びニューヨーク市で発生し、感染した鳥類がニューヨーク市の郊外やニュージャージー、マサチューセッツ、ロードアイランド、ニューハンプシャー、コネチカット、メリーランドの各州でも発見された[1]。1999年の発生では62人が重体となり、7人が死亡した。WNVに感染して死亡した人々の年齢は68歳から87歳であった[2]。重体ではあったが命は取りとめたニューヨーク市の55人の中には、1年経った今でも神経に障害を受けている人がいる[3]。

 10月7日現在、今年になって17人がWNVに感染したが、そのうち3人がニュージャージー州、14人がニューヨーク州である[4]。ニュージャージーでは82歳の老人が死亡した[5]。最近では他の国でも発生している。イスラエルでは今年になって120人以上がWNV感染の症状を示し、10人が死亡した[6]。

 昨年夏に行われた調査で、ニューヨーク市クインーズの発生地点の周囲4平方マイル(訳注:約10平方キロメートル)に住む人々の中から任意に選んだ677人の血液を検査した結果、19人がWNVに感染していることが分かった。この結果、この調査区域に住む人々の2.6%がWNVに感染していると推定された。感染した人でWNV感染特有の症状を経験している人は5人に1人であった。この調査により、NWVに感染しても多くの人々は自覚症状がないということが分かった[7]。米疾病管理予防センター(CDC)の推定によれば、WNV感染による死亡率は3〜15%であり、15%は老人の場合である[8]。

 蚊はよどんだ水に産み付けられた卵から発生し、ボウフラとなり、さなぎとなり、最後に成虫(蚊)となる。従って、いくつかの駆除方法が考えられる。よどんだ水たまりをなくすこと、卵やボウフラを食べる魚を増やすこと、ボウフラや蚊を駆除する殺虫剤を使うこと、等である。

 ニューヨーク市は、昨年このウィルスが発生した時の処置として、蚊を駆除するためにトラックとヘリコプターを使って有機燐系殺虫剤マラチオンを散布した。有機燐系殺虫剤はコリンエステラーゼ酵素の働きを抑制して神経系をかく乱する神経毒の作用がある。有機燐系殺虫剤に曝されると急性的な症状としては、呼吸困難、頭痛、吐き気、めまい等がある。ひどく浴びると死に至ることもある[9]。
 2000年4月に米環境保護庁(EPA)の委員会はマラチオンに曝したマウスとラットに関する一連の研究結果を検討した。検討の結果、マラチオンには発がん性を疑わせる兆候があったが,人間に対して発がん性があると認定するには至らないという結論であった[10]。発がん性に関して、EPAのリストではマラチオンは従来通り”該当しない”というランクのままとなった。マラチオンはホルモンかく乱物質としての疑いもある[11]。

 今年になって、ニューヨーク市やその他の自治体は、スコージ(活性成分、レスメスリン)やアンビル(活性成分、スミスリン)のようなピレスロイド系殺虫剤を蚊の駆除のために使用した。ピレスロイドは神経毒の作用もあり、その他の慢性的な健康障害も引き起こす。レスメスリンは試験管の実験では弱い疑似ホルモン作用を示した[12]。ピレスロイド類が乳がん細胞にどのような影響を与えるかという1999年度の実験室レベルでの研究により、ピレスロイド類はホルモンかく乱物質と見なすべきであるという結果が出た[13]。EPAはピレスロイド類が健康に及ぼす影響について2002年までに再評価を行うことにしている。

 ピレスロイド類はまた、魚やミツバチに対しても非常に毒性があり、水域またはその近辺で使用することに対して規制がある[14]。蚊の駆除への使用を計画する場合には、特に魚に対する影響を考える必要がある。健全な魚はもともと蚊を駆除する働きを持っているからである。

 他のピレスロイド系殺虫剤と同様に、スコージやアンビルは毒性を高めるために添加されるピペロニルブトキシド(PBO)を含んでいる。マウスやラットの実験によれば、PBOに曝露すると肝臓がんになる可能性があり[15]、EPAはPBOを人間に対する発がん性物質として分類している。またPBOとピレスロイドの混合物は人間の免疫系に影響を与えるという研究結果もある[16]。

 発がん性やホルモンかく乱性の疑いのある薬剤を数千人の人々に振りかけるということは公衆衛生の観点から見て尋常なこととは思えない。特に胎児、乳児、幼児に対する影響が心配される。例え微量の有毒物質に対する曝露であっても、その曝露の時期にもよるが、胎児や幼児に重大な悪影響を及ぼすということを示す研究報告が増えている[17]。

 今年になって、WNVに対し各地で様々な処置がとられた。ボストンの近郊で感染した鳥が発見されると、いくつかの自治体は蚊を駆除するために、感染した鳥が見つかった地点から半径2マイル(訳注:約3.2キロメートル)の地域で積極的に殺虫剤散布を行った。一方、ニューヨーク州バッファローでは散布は行わず、水たまりにボウフラ駆除殺虫剤を入れることにとどめた[18]。

 いくつかの自治体ではアルトシド(活性成分、メトプレン)の様な幼虫殺虫剤をため池やたまり水にいるボウフラ駆除のために使用している。メトプレンは太陽光に当たると、レチノイドとして知られるビタミンAに非常に関連した化学物質に分解する。レチノイドは人間の先天性欠損の原因となったり、世界的に発生している蛙の骨格異常に関係しているとされる(参照 REHW #590、#623 )。
 また他の自治体では最も毒性の少ない方法、例えば、バチルス(訳注:バチルス属の細菌で, 胞子をつくる好気性桿菌)チューリンギエンシス・イスラエリンシス(BTI)、バチルス・スフィアーリカス及び、ボウフラに有毒な自然に発生するバクテリア等を使用している。

 市街地での殺虫剤散布による長期的な健康への影響が、多分最も深刻な心配事であるが、急性の曝露もまた問題である。ニューヨーク市や他の自治体の殺虫剤散布担当者は住民に対し、散布予定時間帯には家の中に留まり、殺虫剤が家の中に入り込まないように窓を閉めて、空調をとめるよう警告した。しかしニューヨーク市では、夜中に散布するという予定であったはずなのに、午前10時にトラックによる散布が始まり、ある住民は至近距離で殺虫剤を浴びた[19]。
 2000年4月のニューヨーク市議会で、何人かの人々が殺虫剤散布により神経系の障害を被ったと証言し、また一人の医者は、多分殺虫剤散布が原因と思われる軽度の神経系障害をもつ160人の患者を診たと証言した。

(次回に続く)

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レイチェル・マッシー
Environmental Research Foundation (ERF) のコンサルタント
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[1] "Update: West Nile Virus Activity ---Northeastern United States, 2000," MORBIDITY AND MORTALITY WEEKLY REPORTS 49: 36, September 15, 2000, pgs. 820-2. And: "West Nile virus continues to spread south in US," Reuters Health Information, September 22, 2000. See www.reutershealth.com.

[2] New York City Department of Health, "West Nile Virus: A Briefing," CITY HEALTH INFORMATION Vol. 19, No. 1, May 2000, pg. 2

[3] David W. Chen, "Lives that have been changed forever from the aftereffects of a mosquito bite," NEW YORK TIMES August 19, 2000, pg. B1

[4] United States Department of Agriculture Animal and Plant Health Inspection Service (APHIS), "Update on Current Status of West Nile Virus, Week of 1 October through 7 October, 2000." Available at http:www.aphis.usda.gov/oa/wnv/wnvstats.html.

[5] Grant McCool, "N.Y. reports its 14th case of West Nile virus," Reuters Health Information, October 5, 2000. See www.reutershealth.com.

[6] "West Nile virus continues to spread south in US," Reuters Health Information September 22, 2000. See www.reutershealth.com

[7] New York City Department of Health, "West Nile Virus: A Briefing," CITY HEALTH INFORMATION Vol. 19, No. 1, May 2000, pg. 2.

[8] Centers for Disease Control, "West Nile Virus: Questions and Answers." Available at http:www.cdc.gov/ncidod/dvbid/westnile/q&a.htm

[9] J. Routt Reigart and James R. Roberts, RECOGNITION AND MANAGEMENT OF PESTICIDE POISONINGS. (Washington, D.C.: U.S. Environmental Protection Agency Office of Pesticide Programs, 1999). Available at http:www.epa.gov/oppfead1/safety/healthcare/handbook/handbook.htm . For a thorough overview of malathion's health effects see Loretta Brenner, "Malathion," JOURNAL OF PESTICIDE REFORM Vol. 12, No. 4, Winter 1992, pgs. 29-37.

[10] Cancer Assessment Review Committee, Health Effects Division, Office of Pesticide Programs, "Cancer Assessment Document #2: Report of the 12-April-2000 Meeting: Evaluation of the Carcinogenic Potential of Malathion." Available at http:www.epa.gov/pesticides/op/malathion.htm

[11] Stephen Orme and Susan Kegley, PAN Pesticide Database. San Francisco: Pesticide Action Network, 2000.

[12] Ted Schettler and others, GENERATIONS AT RISK: REPRODUCTIVE HEALTH AND THE ENVIRONMENT. (Cambridge, Mass.: MIT Press, 1999), pg. 186.

[13] Vera Go and others, "Estrogenic Potential of Certain Pyrethroid Compounds in the MCF-7 Human Breast Carcinoma Cell Line," ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 107, No. 3, March 1999, pgs. 173-177.

[14] U.S. Environmental Protection Agency, "For Your Information: Synthetic Pyrethroids for Mosquito Control," (Washington, D.C.: U.S. Environmental Protection Agency, May 2000). Publication #735-F-00-004.

[15] O. Takahashi and others, "Chronic Toxicity Studies of Piperonyl Butoxide in F344 Rats: Induction of Hepatocellular Carcinoma," FUNDAMENTAL AND APPLIED TOXICOLOGY Vol. 22, No. 2, February 1994, pgs. 293-303. And: O.Takahashi and others, "Piperonyl butoxide induces hepatocellular carcinoma in male CD-1 mice." ARCHIVES OF TOXICOLOGY Vol. 68, No. 7, July 1994, pgs. 467-9.

[16] F. Diel and others, "Pyrethroids and piperonyl butoxide affect human T-lymphocytes in vitro." TOXICOLOGY LETTERS , Vol. 107, Nos. 1-3, June 1999, pgs. 65-74.

[17] See Schettler, cited above in note 12, pgs. 12-16, or John Wargo, OUR CHILDREN'S TOXIC LEGACY (New Haven: Yale University Press, 1998), pgs. 173-8.

[18] Megan Scott and Beth Daley, "Spraying for West Nile Begins," BOSTON GLOBE July 28, 2000, pg. A1. And: Raja Mishra, "Researchers Mark West Nile Hot Spots," BOSTON GLOBE August 11, 2000, pg. B2. And: Kevin Collinson and Henry L. Davis, "More Funds Allocated to Fight West Nile Virus," BUFFALO NEWS September 1, 2000, [Local, pg. 1C].

[19] Elisabeth Bumiller, "Mayor Says Pesticide Spraying Victim Was Right," NEW YORK TIMES September 12, 2000, pg. B5.

[20] "Officials Defend Spraying to Curb West Nile Virus," NEW YORK TIMES April 1, 2000, pg. B3.



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