レイチェル・ニュース #708
2000年9月14日
もう一度立ち上がろう
(子ども達の生殖機能に影響を与えるフタル酸化合物と産業界について)

ピーター・モンターギュ
#708 - Here We Go Again, September 14, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5177

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年9月23日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_708.html



 最近、いくつかの研究が、食品や水に含まれるフタル酸化合物は男児や女児に生殖機能の発達に影響を与えるかも知れないと報告している。

 プエルトリコではこの20年間、6ヶ月から2才までの多くの女児に、セラーキ(thelarche)と呼ばれる早熟な乳房発達の現象が見られている。1970年以来プエリトリコでは4,674件のセラーキの発生が記録されており、これは1000人の女児のうち8人、すなわち1%弱の発生率である。ミネソタで行われたセラーキの調査と比較すると、プエリトリコでの発生率はミネソタの18倍である。

 今まで20年間、科学者達は不安を抱かせるこの現象を食肉中の人工ホルモンや医薬製造工場の廃棄物、あるいは乳幼児用ミルクに含まれる高濃度植物エストロゲン(エストロゲンとよく似た天然の化学物質を含む植物)と関連付けようとしたが、うまく説明出来なかった。しかし今回、研究者達はセラーキはフタル酸化合物に関係しているという証拠を見つけた[1,2]。

 プエリトリコにおいて、女児の2つのグループ(セラーキの女児41人と正常な発達をしている女児35人)から血液サンプルを採取し、血中の農薬とフタル酸化合物について検査した。農薬は何れのグループからも検出されなかった。フタル酸化合物はセラーキのグループの68%から、正常グループの14%から検出された。フタル酸化合物には生体蓄積性がないので、検出されたフタル酸化合物は現在の曝露を反映しており、過去の曝露によるものではないと考えられる。

 フタル酸化合物は工業上広く使用されている化学物質で、建材、食品容器、食品用ラップ、玩具や子ども用品、医療器具、散水ホース、靴、靴底、車の内装、電線やケーブル、絨毯の裏地、カーペット・タイル、ビニル・タイル、プールのライニング材、人工皮革、防水シート、ノートのカバー、工具のハンドル、皿洗いバスケット、ノミ取り首輪、防虫剤、軟膏(皮膚軟化薬)、ヘアースプレイ、マニキュア、香水等に使われている。

 カリフォルニアの環境団体、環境健康ネットワーク(Environmental Health Network)はアメリカ食品医薬品局(FDA)に対し、カルバン・クラインの”永久に”の様な香水に”有毒なフタル酸化合物を含んでいる”と表示するよう請願した。下記のウェブサイを見ると良い。 http://users.lanminds.com/~wilworks/FDApetition/bkgrinfo.htm

 フタル酸化合物の一つ、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)は、セラーキのグループでは検出された全フタル酸化合物の88%、正常なグループでは同80%を占めていた。DEHPの平均濃度は正常なグループでは70ppbであったが、セラーキのグループでは450ppbであり、正常グループの6倍以上の濃度であった。

 フタル酸化合物のあるものはエストロゲン(女性ホルモン)の様な作用をし、又あるものはアンドロゲン(男性ホルモン)の様な作用をする[3,4,5]。
 動物実験では、フタル酸化合物のあるものは先天性欠損症を引き起こし、またホルモンかく乱作用があるので性的発達を妨げる。動物実験における生殖障害と発達障害の程度はフタル酸化合物の種類によって異なり、DEHPは他のフタル酸化合物よりも約10倍の影響力がある[6]。

アメリカの子どもの1日当たりのDEHPの平均摂取量は5.8ミリグラムであると推定される[1]。最も重要なDEHP曝露の源は、DEHPが可塑剤として加えられたプラスチック製の容器やラップに接触して汚染された乳児用ミルクや食品や水、及びDEHPのプラスチック製玩具とおしゃぶりである。
 プエリトリコは島国なので、他国に比べ多くの加工食品がフタル酸化合物で汚染されたプラスチック容器に包まれて持ち込まれている。

 この小規模な研究だけではフタル酸化合物がプエルトリコの女児に早熟な性的発達をもたらしているということの証拠にはならないが、動物実験から得られた知見と合わせると、フタル酸化合物がこの現象に関与しているという可能性を強く示している。

 フタル酸化合物及び内分泌かく乱化学物質に関する最新情報を得るためには、ウェブサイト
http://www.ourstolenfuture.orgをチェックするとよい。

 アトランタにあるアメリカ疾病管理センター (Centers for Disease Control - CDC)の化学者、ジョン・ブロックの最新の研究によれば、アメリカの成人の血液には、憂慮すべきレベルのフタル酸化合物が含まれていることが分かった。ブロックと共同研究者達は289人の成人の血液中のフタル酸化合物について調査した結果、一般的に考えられていたものより高いレベルであることを発見した[6,7]。

 プラスチックチューブの様な分析器具の多くはフタル酸化合物を含んでいる。従って、分析器具による汚染のために、分析すべきサンプル中にしばしばフタル酸化合物が検出される。過去10年間、科学者達は人間の体の組織からフタル酸化合物を検出してきたが、それは分析室からの汚染であろうと彼らは考えていた。その結果、今月に至るまで、誰も成人の体内のフタル酸化合物について警告を発するものはいなかった。

 人間の尿中のフタル酸化合物を測定するために、ブロックと共同研究者達はフタル酸化合物の代謝副産物を特定する特殊な技術を開発した。言い換えれば、フタル酸化合物が肝臓や腎臓で処理された時に生成される化学物質を測定する方法を開発した。この方法によって、ブロックは彼のチームが、分析器具からサンプルに入り込んだ汚染ではなく、人間が曝露したフタル酸化合物を測定しているという確信を持った。

 ブロックはテストの結果、7種類のフタル酸化合物の代謝副産物を尿中に発見した。4つの代謝副産物は高レベルであったが、それらはDEHP、DEP(フタル酸ジエチル)、BzBP(フタル酸ブチル-ベンジル)、及びDBP(フタル酸ジ-N-ブチル)である。「公衆衛生の観点から言えば、これらのデータはフタル酸化合物への曝露が今までに考えられていた量よりもっと多く、一般的であることの証拠である」とブロックと共同研究者達は結論付けた[6] 。彼らはさらに、憂慮すべき理由として下記の点を挙げた。
  • 最高の濃度のフタル酸化合物は出産適齢期の女性(20才〜40才)のグループから検出された。これは他の男女のいずれのグループよりも約50%高い値であった。

  • DBPは睾丸に対し有毒である。

  • ブロックが検出したBzBPとDEHPの代謝副産物はセルトリ細胞(精子を作る細胞)に対し有毒である。来月に報告される予定の新しい研究によれば、先進工業国の男性の精子の数が過去30年間、一定(年1.5%)の割合で減少しているとのことである[8]。フタル酸化合物への曝露が精子数の減少に関係しているかどうかはまだ分からない。

  • 妊娠したラットにDBPとDEHPを投与するとメスの胎児の発達に影響が現れる。DBPは香水、マニキュア、ヘアー・スプレー等に広く使われており、肺をを通じて容易に体内に吸収される。
 フタル酸化合物は最近、乳児食と乳児用ミルクから検出された。

 国立科学アカデミーの一部門である国立研究協議会(National Research Council-NRC)は、1999年2月の内分泌かく乱化学物質に関する研究の中で、2つのフタル酸化合物について論じている(REHW #665を参照)。NRCは、交尾前にBzBPを含んだ水を飲ませたメスのラットから生まれるオスのラットの子孫は、睾丸が平均のものより明らかに小さく、精子の数も少ないと報告している[10,pg.21] 。引き続き、再現の実験をしたが同じ結果を得ることは出来なかった。その理由は不明である。

 NRCはさらに、いくつかの動物実験により、DBPが睾丸の萎縮と精子を作るセルトリ細胞の破壊の原因になるということを発表した。複数の世代にわたる実験の結果、「DBPはおとなのラット及び発育中のラット双方の生殖系及び発達系に対し有毒であり、その影響は第1世代よりも第2世代に強く現れる」という結論を得た[10,pg.122]。
 他の実験では、妊娠中の特定の時期にDBPを投与されたラットから生まれる子孫は、停留睾丸の発生率が著しく高いことを示している[10,pg.123] 。
 先進工業国の人間においても、停留睾丸の発生が最近数十年間、増加傾向にある。

 フロリダ大学動物学教授のルイス・ジレットテ博士とホルモンかく乱化学物質について研究しているNRC委員会のメンバーは「ブロックの研究はフタル酸化合物に対する従来の見方を刷新するものだ。フタル酸化合物はこの点においても、憂慮すべき物質のようだ。基本的にはフタル酸化合物に対する懸念が増している」と述べている[7] 。

 アメリカでは国立健康研究所(National Institutes of Health - NIH) が新しく、人間の生殖に対するリスク評価センター(Center for the Evaluation of Risks to Human Reproduction - CERHR)を設立した。今年の6月、CERHRの専門委員会は7つのフタル酸化合物についての評価を完了した。このCERHRの研究報告書はまだ正式には発行されていないが、CERHRは7月14日のプレスリリースで、専門委員会は妊婦がDEHPに曝されるとその子ども及び子孫の発達系に対し悪影響を与える懸念があることを認めたと発表した[11] 。DEHPはプエリトリコで早熟な乳房発達をした女児達から検出された化学物質である。

 フタル酸化合物が人間の生殖障害と関係あることを示す科学的あるいは医学的な証拠が集まっているのに、化学産業界は50年間、頑なに自分たちの立場を固守し続けてきた。化学産業界は毎年数十億ポンド(1ポンドは約0.454キログラム)のフタル酸化合物を製造しており、その製品が先天性欠損症や不妊症やホルモンかく乱作用を引き起こすという事実を認めようとしない。

 化学産業界は資金が潤沢で、アメリカでは巨額の金を選挙運動に寄付(合法的な形をとった贈賄)しているので、フタル酸化合物のように恐ろしい特性を持った化学物質の製造を止めさせることは、ほとんど不可能に近い。彼らのなすがままだ。
 ジョン・ブロックは「我々は、ここCDCで長年フタル酸化合物について研究してきたし、今後もやっていく」と述べている[7] 。一方、市民が立ち上がれば、選挙資金制度など一晩で変えることができ、直ぐにでも化学産業界の政治的な力を弱めることができる。もし人々が本気で怒り、立ち上がれば、変革は可能である。

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ピーター・モンターギュ
Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO)
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[1] Ivelisse Colon and others, "Identification of Phthalate Esters in the Serum of Young Puerto Rican Girls with Premature Breast Development, "ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 108, No.9 (September 2000), pgs. 895-900. Available at http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/108p895-900colon/colon-full.html

[2] Janet Raloff, "Girls may face risks from phthalates," SCIENCE NEWS Vol. 158 (September 9, 2000), pg. 165.

[3] Catherine A. Harris and others, "The Estrogenic Activity of Phthalate Esters In Vitro," ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 105, No. 8 (August 1997), pgs. 802-811. Available at http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1997/105-8/harris-full.html

[4] Susan Jobling and others, "A Variety of Environmentally Persistent Chemicals, Including Some Phthalate Plasticizers, Are Weakly Estrogenic," ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 103, No. 6 (June 1995), pgs. 582-587. Available at http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1995/103-6/jobling-full.html

[5] Janet Raloff, "New Concerns About Phthalates; Ingredients of common plastics, may harm boys as they develop," SCIENCE NEWS Vol. 158 (September 2, 2000), pgs. 152-154

[6] Benjamin C. Blount and others, "Levels of Seven Urinary Phthalate Metabolites in a Human Reference Population," ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 108, No. 10 (October 2000), pgs. 972-982. Available at http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/108p972-982blount/blount-full.html

[7] Daniel P. Jones, "Troubling chemicals detected in people," HARTFORD [Connecticut] COURANT August 26, 2000, pg. unknown. Available at http://archives.seattletimes.nwsource.com/cgi-bin/texis/web/vortex/display?slug=chem26&date=20000826

[8] Shanna H. Swan and others, "The Question of Declining Sperm Density Revisited: An Analysis of 101 Studies Published 1934-1996," ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 108, No. 10 (October 2000), pgs. 961-966.

[9] Jens H. Petersen and T. Breindahl, "Plasticizers in total diet samples, baby food and infant formulae," FOOD ADDITIVES AND CONTAMINANTS Vol. 17, No. 2 (February 2000), pgs. 133-141.

[10] Committee on Hormonally Active Agents in the Environment, HORMONALLY ACTIVE AGENTS IN THE ENVIRONMENT (Washington, D.C.: National Academy Press, 1999).

[11] National Toxicology Program, Center for the Evaluation of Risks to Human Reproduction, Expert Panel Review of Phthalates, press release dated July 14, 2000, available at http://ntp-server.niehs.nih.gov/htdocs/liaison/CERHRPhthalatesAnnct.html or by phoning Bill Grigg at (301) 402-3378 or Sandra Lange at (919) 541-0530.



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