レイチェル・ニュース #707
2000年9月7日
環境保護への新しいアプローチ-4
ピーター・モンターギュ
#707 - Modern Environmental Protection--Part 4, September 07, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5169

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年9月14日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_707.html



 環境に放出されたいくつかの化学物質が生物のホルモンに悪影響を与えていることを、イギリス王立協会の最近の報告書が確認した[1]。そのような化学物質は重大な懸念をもたらすものであると同報告書は述べている。イギリス王立協会は1660年に設立されたイギリスの国立科学アカデミーである。

 人間と他の動物のホルモンは、生命に関する多くのことを制御する化学伝達物質である。ホルモンによる制御系は”内分泌系(endocrine system)”として知られている。アメリカ環境保護庁の最近の報告書[2] は内分泌系について次のように述べている。
 「内分泌系はほとんど全ての動物、すなわち哺乳類や非哺乳類脊椎動物(魚類、両生類、は虫類、鳥類)及び無脊椎動物(貝類、エビ類、昆虫類、その他)にみられるものである。内分泌系は腺とホルモンから構成されており、人間や動物の発達や発育、生殖、行動を司るものである・・・。この複雑なシステムがかく乱されると色々なことが起こる。例えば、ある化学物質は自然のホルモンのように働き、体を”だまして”刺激に対して過剰反応させたり、意に反した反応を起こさせたりする。他の化学物質はホルモンの作用を阻害する」。

 内分泌系を妨げる物質は”内分泌かく乱化学物質(endocrine disrupting chemicals)”又はEDCsと呼ばれている。王立協会の報告書は、我々はEDCsについてもっと深刻にとらえるべきであるとし、その根拠として「EDCsが野生生物にひどい悪影響を与えているという動かしがたい数々の証拠があり、人間の内分泌系も野生生物のものと同じだからである」と述べている。同報告書はEDCsが野生生物に与えている悪影響の例を2つ挙げている。

  1. トリブチルスズ(TBT)は身近な金属であるスズの化合物であり、非常に有毒である。このTBTは、船底に付着する甲殻類(エボシ貝等)の生育を防ぐための船舶用塗料として、1960年代から使われ始めた。1970年頃に、イギリスの海岸を調査していた生物学者達が、メスのバイ貝にオスの生殖器が成長している事例を報告した。その直後にコネチカット州の海岸を調査していた生物学者達もペニスを持つメスの巻き貝を発見した。1981年頃までに、インポセックス(imposex)と呼ばれるこれらの状態は、ボートや船舶からの汚染によるものであることが分かった。実験の結果、TBTがメスの貝類にオスの生殖器官をもたらすことが確認された。
     TBTによるインポセックスは現在では世界中至る所、イギリス、ニュージーランド、日本、アラスカ等で報告されている。100種を超える貝類がTBTによる被害を受けており、インポセックスにより生息数が減少したり、絶滅した種もある。王立協会はこのTBTの事例から次のような重要な教訓を引き出した。
     「TBTの例が示すように、法は新しい化学物質を規制するけれども、TBTの影響ということについては全く予期もせず、予測もしていないことであった。TBTが貝類の内分泌かく乱を引き起こすなどということは、誰も予見していなかったことである」。
     王立協会はさらに「TBTの事例は、野外生物学者がたまたま偶然に発見したものである。このことは、どのような化学物質がどのようにして内分泌かく乱を引き起こすのかということについて我々が十分に理解を深めるまでに、他の予期しない内分泌かく乱現象が野生生物の間で見つかるかも知れないということを暗示している。この事例は、1つの化学物質が他の物質と混合したり、変質したり、多くの動植物と遭遇したりするこの広い環境の中で、それが引き起こすかもしれない影響を予測することが、いかに難しいかということを如実に物語っている」と述べている。

  2. 王立協会はイギリスのすべての河川での、インターセックス(intersex)すなわちオスとメスの両方の特性を備えた魚の発見事例を列挙した。事の起こりは約20年前に偶然、2つの下水貯水池に住むローチ(コイ科の淡水魚)の5%が著しいインターセックスであることが発見されたことにある。全国的に実施された調査により、全ての下水が魚をメス化する可能性があることがわかった。
     結局この問題は、人間が尿から排出する天然のエストロゲン(女性ホルモンの一種)と避妊用ピルの中に含まれる人工のエストロゲンが下水に流されることが原因であるということを科学者達は突き止めた。王立協会は下水中に含まれるエストロゲンの濃度はppt(1兆分の1)オーダーの極微少であるが、このように微少であってもオスの魚をメス化するのに十分であると見解を述べた。
     王立協会はさらに「天然の淡水魚の生息調査の結果、ほとんどの河川にインターセックスの魚がいることが分かった。下水処理場から大量の排水が流れ込んでいる、いくつかの汚染された河川では、全てのオスの魚が程度の差こそあれメス化していた。
     興味深いことには、最もひどく影響を受けた魚がいる河川には大量の工場排水も、また流れ込んでいたということである。従って、魚のインターセックスに及ぼす原因を考える上で、工場排水からの化学物質の影響を完全に取り除くことが出来ないケースもある。多分、環境中の多くの化学物質が互いに影響し合って、魚のインターセックス現象を引き起こしているのであろう」と述べている。
 王立協会はさらにEDCsの規制について議論を展開している。

 「これまで、EDCsに関しては、まず影響が現れ、それが世間の不安を引き起こし、メディアがセンセーショナルに取り上げたことが大きな要因となって、EDCsの調査研究が実施がされてきた。例えば、人間の精子の数の減少ということについては人類の子孫に関わる問題として脚光を浴び、一方、魚のインターセックス現象についてはEDCs問題が野生生物という観点から大きく取り上げられた。
 現象が現われてから、その原因を突き止めるための調査を実施するというやり方は、時間もコストもかかる。環境について我々はまだ十分に理解していないなので、このようなやり方では多くの問題に突き当たることになる。
 化学物質という観点からスタートし、その影響を評価するというやり方の方がより合理的である。これが毒性テストの目的である」と王立協会は述べている。

 しかし王立協会はこのような化学物質毎のアプローチの問題点を、次のように指摘している。
 「化学物質から出発することによる問題は、人間が作りだし、日常使用している化学物質の数が自然のものを含めて80,000以上もあるということである。これらは環境中で順次、組成が分解し、もっと数多くの物質となる。環境中及び人間や野生生物の体内での組成の分解プロセスについて、我々はほとんど分かっていない。」

 王立協会は解決の手がかりとして「EDCsから人間と環境を守るための政策と法規制を立案するに当たって、最初に必要なことは人間と環境に対する危害のリスクを評価することである」とし、リスク評価を完全なものにするために、何が必要であるかを下記のように提言している。
  1. 内分泌かく乱作用を有する化学物質を特定すること。
     現状のテスト方法は信頼性がないので、新しいテスト方法を確立する必要がある。

  2. 新しいテスト方法により、個々の化学物質、及び個々には内分泌かく乱作用が無くても他の物質との組み合わせにより、その作用が生じるかもしれない化学物質間の相互作用についてテストを行うこと。
     テストを行う化学物質の組み合わせは本質的に重要であるとし、王立協会はその理由として「現実には、人間は内分泌かく乱物質単体に曝されるのではなく、そのような物質が混じり合った”カクテル”に曝される。そのような物質の相加効果もしくは増強効果、例えば、エストロゲン(女性ホルモン)と反アンドロゲン(反男性ホルモン)成分の組み合わせ、等を真剣に考慮しなくてはならないからである」と述べている。

  3. 次に、これらの化学物質が環境中に存在する時間の長さを検証すること。

  4. 次に、これらの化学物質が分解してできる成分について分析すること。

  5. 次に、これらの化学物質に人間や野生生物が曝される程度について決定すること。

  6. 最後に、これらの化学物質が引き起こすであろう影響の程度を決定すること。
 これが解決の手順である。まさに最善の科学に基づく、完全に道理にかなったEDCs問題の解決手法である。このような解決プログラムに誰が反対して議論することが出来るだろうか。

 しかし、ちょっと待て。このテストが行われている間にも、全ての同じような化学物質が環境中に放出されているのだ。なぜなら、現状の”環境保護”の考え方によれば、リスク評価が終わるまで、その化学物質を規制することは出来ないからである。このような仮定の下で、我々自身や野生生物をEDCsから守ることができるようになるのに、どのくらいの時間がかかるのであろうか?

 必要な時間を算出するに当たって、化学物質の組み合わせで内分泌かく乱を引き起こすかどうかをテストするために、何をするのか検証してみる。

 このような組み合わせ時における化学物質の挙動を詳述した事例があり[REHW #384]、そこで王立協会は重要な目標を設定している。世の中に出回っている化学物質の10%、すなわち8,000種類について、3種類の化学物質の組み合わせを考える。8,000種の化学物質の中から3種類の組み合わせを作ると、幾通りの組み合わせができると思うか? 答えは850億通りである。

 1年間に100万種類の化学物質をテスト出来ると仮定しよう。これは人間が駆使できる科学の力量から考えて、明らかに途方もないほど大きな数字であるが。この場合でも、テストを完了させるのに85,000年かかる。言い換えれば、王立協会の、最善の科学に基づいた論理的なプログラムは、野生生物も人間も環境も、ダメージから”決して”守ることは出来ないということである。

 アメリカ環境保護庁の内分泌かく乱物質スクリーニング・プログラム(EDSP - Endocrine Disruptor Screening Program )も、同じ布から切り取ったかのように、王立協会のプログラムと全く同じように見える。15,000種類の化学物質を調べるために新しいテスト方法を開発し、EDCsとEDCsでないものとを識別し、個々のEDCsについて評価を行うという[2] 。

 EPAのプログラムは野心に満ちたものに見えるが、プログラムに含まれることよりも遙かに多くのことを無視している。EPAによれば、人間には50種類の重要なホルモンがあるが、EDSPではその内の3種類しかテストを行っていない[2] 。EDSPは15,000種類の化学物質の副産物や分解物質を無視している。さらに、EDSPは化学物質の組み合わせを無視している。

 このEPAプログラムでは今後10年間に大量の科学者を雇うであろうが、それでも期間は遙かに長くかかるであろう。

 「この作業により、莫大な量のデータが生じるであろうが、難しいのはそれらのデータをいかに解釈するかである」と王立協会は指摘している。化学会社はあるデータに対し、ある解釈をするであろうし、公衆衛生の専門家は別の解釈をするかも知れない。最終的には彼らはその相違について、裁判で決着を付けるであろうが、このような争いで誰が利益を得るというのか? もしこのプログラムにより、EPAが今後30年の間に、2又は3以上の化学物質を禁止することに成功したら、それは非常に驚くべきことでる。

 王立協会の報告書には、かすかな希望の光もある。睾丸がん、ペニスの異常、乳がん、及び他のいくつかの人間の疾病をEDCsに関係付けることに矛盾があることを検証した後に、「不確実ではあるが人間、特に妊婦がEDCsに曝されることを最小にすることは賢明なことだ」と述べている。予防措置(Precautionary action)である。

 予防措置はどのように機能するのであろうか?
 それはまず証明責任を化学物質の製造業者に負わせることから始まる。ジョー・ソートンが示唆しているように(EHW #704)、化学物質の製造業者は与えられた数年間で、その化学物質は、副産物も分解物質も含めて危険が無いことを合理的に立証しなくてはならない。すなわち、それらには残留性がなく、生体蓄積性がなく、発がん性がなく、突然変異誘発性がなく、ホルモンや神経伝達物質、成長遺伝因子、細胞質分裂、等による細胞内伝達機能への破壊性がなく、微量であっても発達系、生殖系、免疫系、神経系の機能に対する有毒性がないことを示さなくてはならない。テストは、影響を受けやすい動物種について数世代にわたって行われなければならない。これらは新しい医薬品開発時に行われるテストと同じようなものである。
   これらのテストに通らない化学物質は、10年以内に自動的に市場から全廃する。これにより仕事を失った人々には再教育のための資金を提供する。

 王立協会の報告書は、現状の環境保護へのアプローチでは、化学工業界以外の誰をも、何をも守ることが出来ないということを、図らずも、如実に示している。
 我々は新しい予防措置のアプローチを採用すべきである。

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ピーター・モンターギュ
Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO)
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[1] Patrick Bateson and others, ENDOCRINE DISRUPTING CHEMICALS (EDCs) (London: The Royal Society, June 2000). To locate a PDF version of the report on the web, go to http://www.royalsoc.ac.uk/policy/index.html, click on "reports and statements," then search for"endocrine disrupters."

[2] U.S. Environmental Protection Agency, ENDOCRINE DISRUPTER SCREENING PROGRAM REPORT TO CONGRESS (Washington, D.C.: U.S. Environmental Protection Agency, August 2000). Available on the web at: http://www.epa.gov/scipoly/oscpendo/reporttocongress0800.pdf

[3] Joe Thornton, PANDORA'S POISON; CHLORINE, HEALTH, AND A NEW ENVIRONMENTAL STRATEGY (Cambridge, Mass.: MIT Press, 2000), pg. 359. ISBN: 0262201240.



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