レイチェル・ニュース #703
2000年7月13日
POPs 条約を骨抜きにするアメリカ
チャーリー・クレイ
#703 - U.S. Undermines POPs Treaty, July 13, 2000
By Charlie Cray
http://www.rachel.org/?q=en/node/5132

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年7月21日

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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_703.html



 世界は12の残留性有機汚染物質(POPs)を管理する又は除去するための国際条約の実施に向けて徐々に動き始めている。12の残留性有機汚染物質(POPs)は、8種の殺虫剤(DDT、アルドリン、クロルデン、ディエルドリン、エンドリン、ヘプタクロル、マイレックス、トキサフェン)、2種の工業化学物質(ヘクサクロロベンゼン、ポリ塩化ビフェニル[PCBs])及び2種の工業副生化学物質(ダイオキシン、フラン)からなる。
 条約は2001年5月にストックホルムで調印される予定であるが、少し問題がある。すなわち、クリントン/ゴア政権は、化学工業界の意向に沿わない多くの条項がそのまま通らないよう条約を骨抜きにしようと企んでいるように見えることである。

 第4回POPs政府間交渉会議(INC-4) は3月20〜25日にボンで開催された。最終の政府間交渉会議(INC-5) は12月に南アフリカで開催される予定である[1,2] 。

 POPsは残留し生体に蓄積する化学物質であり、従って人間の健康と環境を損なう可能性を持つ。当初の12のPOPsはすべて塩素系化合物である。条約が発効したならば、さらに多くの化学物質がリストに加えられることが期待される。

 POPsは地球上のほとんど至る所、我々すべての体内、そして我々の多くの食物の中に見出すことができる[3] 。さらにPOPsは地球の寒冷地域に自然に拡散していくので、伝統的な生態系と食物に依存して生活している北方地域の先住民たちの生存、健康、そして平穏な生活に対し重大な脅威となっている。最も高い汚染に見舞われている人々の中には、POPsの発生源から遠く離れた極地方に住む先住民たちがいる。例えば、バフィン島に住むイヌイットの人々は、もっと低緯度地域に住む人々に比べて、7倍ものPCBsを体内に蓄積している[4]。

 過去4回のPOPs交渉会議が行われたが、条約本文の多くが未だに解決されずに交渉中である。何にも増してこのことは、アメリカとその一握りの同調国であるカナダ、オーストラリア、ニュージランド、日本および韓国が、条約の効力を大幅に弱めるような抜け道や特例を主張して汚染産業を保護するために交渉の場を利用している事実を示している[5] 。これらの国々は、先進工業国には実際の責任を問わず、発展途上国に対して大きな重荷を負わせる様な条約本文の言い回しを主張している。会議を傍聴したあるオブザーバーが述べているように、これは”問題の解決ではなく、むしろ重大な障害”とすらなっている[5]。

 アメリカの考え方は、NC-4の直前にグリーンピースに情報が漏れ、そしてNC-4におけるアメリカ代表団の交渉姿勢でも明らかとなった”アメリカ国務省の公式声明”に概要が示されている[6]。

1.アメリカは、条約の前文で”elimination(除去)”という言葉を使うことは承諾するが、ダイオキシンのような工業副産物に言及する項を含む本文からは削除することを望んでいる[7]。
 ”elimination(除去)”をゼロへの削減と解釈することにより、アメリカはダイオキシンについての目標を非現実的なものであるとした。これとは対照的に欧州共同体(EU)は、 ”elimination(除去)”はゼロへの削減を意味するのではなく、むしろ様々な人間の営みの中でダイオキシンが蓄積することを防止するということを意味すると主張した。
 EUの”source elimination(発生源の除去)”の考え方は、ダイオキシン等が生成された後にその管理を行うというアプローチではなく、これら汚染物質を生成する原料やプロセスを変更したり代替物質を使用するというような”pollution prevention(汚染の予防)”に重きを置くものである。

 明らかにアメリカの姿勢は、高価な高温焼却の様な時代遅れの環境汚染管理の信仰に基づくものである。化学物質管理に対するこのような資本集中型のアプローチは、多くの発展途上国にとっては非現実的である。しかも、アメリカや他の国々における実際の経験により、”最高技術水準の” 焼却炉も、それ自身が疑いもなくPOPsの主要な発生源であることが判明している。

 アメリカのこのような”下流配管 (end-of-pipe)”アプローチでは、火災事故やPVC(塩ビ)プラスチックのドラム缶焼却−これについてはEPA(アメリカ環境保護局)が認めているようにアメリカにおけるダイオキシン発生の主要原因であり、また発展途上国でも例えば電線から銅を回収するためにPVCを焼却するというようなことでダイオキシン発生の主要原因となりつつある−によって発生するダイオキシンを管理することは出来ない[8]。
 アメリカの化学産業界は新しい汚染防止命令に従わなければならぬことになるのを望んでいないので、クリントン/ゴア政権は、POPsの発生を防止するための戦略として他の国々によって提案された”代替物質”についても受け入れることを拒絶した。

 これら一連の事柄はEPAの姿勢とよく一致している。EPAは最近ダイオキシンに曝されるアメリカ市民の100人に1人はガンで死ぬと発表した。これに関しEPAは、世間周知の多くのダイオキシン発生源を除去することを推し進めるのではなく、人間の体内に蓄積するダイオキシンのレベルが最近減少傾向にあると指摘し、「アメリカ人はダイオキシンへの曝露を低減するために低脂肪の食事をとるとよい」というようなことを提唱している。

 塩素系化学協会(Chlorine Chemistry Council (CCC))の理事であるキップ・ヒューレットは最近、”EPAはダイオキシン拡散規制法を塩素産業界に押しつけないと述べた”と報じたCHEMICAL WEEK 誌を見てほくそ笑んだ[10]。事実、EPAは政治権力をもってライフスタイルの問題に言及し、化学産業界のダイオキシン発生責任を無実の市民に押しつけた。それは古典的な”犠牲者に罪を負わせる”やり方である。

2.アメリカはまた、条約本文の特定の条項を弱めるために”where practical(現実的ならば)”という語句を加えることを提案し、さらにPOPs除去の目標を骨抜きにする逃げ道となる”general exemptions(一般的免責)”という語句を随所で使用することを提唱した。これらの免責により、POPsは低レベルなら製品中に汚染物質として存在することが許され、密閉系での使用(例えばトランス中のPCBs)は許され、そして製造現場での中間製品としての存在を許されることになる。もしアメリカの提案する条約案が採用されれば、多くの人々がPOPsにより被害を受けるであろう。

3.アメリカはPOPs条約中で予防原則(Precautionary Principle)の効力を弱めるよう圧力をかけている(EHW #586参照)。INC-4のあるオブザーバーによれば、アメリカ、ロシア、カナダ、日本及びオーストラリアは、最近完成し、その本文中で予防原則が謳われている”生物学的安全性に関する議定書”の成果を無視することを決めたかのように見える[1,pg.13]。アメリカ及びその同調国はまたもや、予防原則は序文の中でのみ記述し、その法的効力を減少させようとする少数派となった。

 化学産業界は、今後POPsのリストに加えるかどうかを評価する新しい化学物質に関する条項に、予防原則を適用することについて強く反対している。多くの化学物質に関しては、それによる被害についての科学的な確実性は現在も将来もはっきりしないであろうから、予防原則の考え方は評価に当たってのキーとなる。

4.現在までの所、アメリカとその同調国は、富める国に、援助がなければ条約を遵守できない国々を経済的に支援する義務を負わせるような言い回しに反対してきた。漏えいしたアメリカ国務省の公式声明はこの点に関する全条項を破棄したい意向を示している[6] 。

 多くの発展途上国は、POPs条約が人間の健康と環境保護に役立つと信じているので、強力なPOPs条約の発効を歓迎している。しかしながら、多くの国々が先進国からの経済的援助と技術的援助なしにはPOPS除去を達成することができないということは周知の事実である。富める国々は必要とされる多くの資源を提供しなければならないであろう。

 国連環境プログラム(UNEP)の理事、クラウス・トッファーはNC-4において、「POPsは経済成長のマイナス面が発展途上国に輸出された一つの実例であり、発展途上国が最も厳しい、そして広範な汚染の被害を被った」と演説した[1,pg.2]。アメリカと他の先進国は、それが出来るからというだけではなく、歴史的にPOPsとPOPsが発生する技術を発展途上国に輸出してきたという理由により、これらの国々を支援する義務がある。例えば”green revolution(緑の革命)”の一環として、アメリカ及びヨーロッパの化学会社はアメリカやヨーロッパの銀行や基金の支援の下、第2次世界大戦の直後に、発展途上国に対しDDTや他の殺虫剤を使用するよう強制した。今日においても欧米系の多国籍企業は、例えばビニール製造装置や塩素系紙製品の様なPOPsを発生する技術や物を発展途上国に売り込んでいる。

 アメリカの市民達も自己防御のため発展途上国を支援しようとしている。なぜならば、遙か彼方の国々、特に熱帯地域で環境に放出され、結局は進路を北方にとってやってくるPOPsによってアメリカ人の健康と環境が損なわれるからである。農薬の毒循環、すなわちこの国では禁止されている農薬が今でも大気や食物を通じて我々のまわりに迫り来るのも、一つの実例である。

 それにもかかわらずアメリカ政府は、条約の当事者協議会が先進諸国に経済的義務を負わせることを許すような条約本文について強く反対している。同じく、国境を越えた企業がビジネスを行う上で妨げとなるような新しい制限にも反対している。

 最終的には経済的義務はPOPsを作りだし、またはそれを使用している企業に求められるべきである。”Polluter Pays(汚染者の負担義務)”の原理が適切に運用されるならば、それは発展途上国が、例えばマラリア対策としてのDDTに代わるものを開発するというような、POPsの代替物を開発するために必要とする基金を生み出すであろう。特定の産業設備に課税することにより、政府や一般国民ではなく、汚染者が経済的責務を負うということを確実なものにすることができる。

 現時点においては、この条約に”Polluter Pays(汚染者の負担義務)”を期待することは現実的ではない。会議の代表団は経済的負担義務の条項のために以前の国際的合意がほとんど廃棄されてしまったことを知っている。しかしながら、このようなPOPs条約でも、後に誰かが汚染者の負担義務の考え方を立法化することを妨げることは出来ない。

 しかしながら、POPs条約を強力で効果的なものにする可能性もある。EU、アフリカ、アジアの多くの国々は、これら多くの課題に対するアメリカの取り組み姿勢について憤慨している。オブザーバーとして出席した世界野生動物基金(World Wildlife Fund)が言うように、もう時間がない。委員会内部での実質的な審議、幹部グループ及び政府間の調整は、INC-5において建設的で好ましい結果を生み出すために重要となる。
 意図的に、または副産物として生成されるPOPsに対し段階的な廃止や除去を含まない目標を設定するようなことになれば、この条約は我々の努力を無駄にし、発展途上国に対し先進工業国がすでに冒したのと同じ過ちを繰り返させることになる。

 今から2001年5月までの10ヶ月間は、環境と公衆衛生に関する条約の成果を左右するPOPs 交渉にとって非常に重要な時間である。
 POPs条約について常に最新の状況を把握し、条約を有効なものにするためにあなたに何が出来るかを理解するためには、下記ウェブサイトを訪問するか、下記集会に参加下さい。

ウェブサイト
International POPs Elimination Network(http://www.ipen.org)
the Stop POPs (http://www.stoppops.org)

集会
The 4th People's Dioxin Action Summit
Berkeley, California on August 10-13
(詳細は http://www.chej.org)

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チャーリー・クレイ(MULTINATIONAL MONITOR 準会員記者)
MULTINATIONAL MONITOR:http://www.essential.org/monitor/
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[1] EARTH NEGOTIATIONS BULLETIN Vol. 15, No. 34 (March 27, 2000). Available at:http://www.iisd.ca/linkages/download/pdf/enb1534e.pdf.

[2] See http://www.ipen.org/.

[3] See Michelle Allsopp and others, A RECIPE FOR DISASTER: A REVIEW OF PERSISTENT ORGANIC POLLUTANTS IN FOOD (Exeter, UK: Greenpeace Research Laboratories, March 2000). ISBN 90-73361-63-X. Available at www.greenpeace.org/~toxics/ under "reports."

[4] Indigenous Environmental Network, "Indigenous Peoples and POPs" (Briefing paper for INC-4), February 2000; available at http://www.alphacdc.com/ien/pops_bonn_ien11.html. Also see "Drum Beat for Mother Earth: Persistent Organic Pollutants Threatening Indigenous Peoples," a video by the Indigenous Environmental Network and Greenpeace, 1999. Available from Greenpeace USA; phone 800-326-0959.

[5] For more on the obstructive role of the US and its ally countries in POPs negotiations and other global treaties see: Kevin Stairs, THE OBSTRUCTIVE ROLE OF THE U.S., CANADA, AND AUSTRALIA IN NEGOTIATING INTERNATIONAL ENVIRONMENTAL POLICY AND LAW MAKING (Greenpeace International. Feb. 2000). Available at www.greenpeace.org/~toxics under "reports."

[6] U.S. Department of State, "U.S. Concern Over POPs Negotiations." A one-page undated memo circulated to various governments prior to INC-4.

[7] For an in-depth discussion of strategies to eliminate dioxin and other POPs see Pat Costner, DIOXIN ELIMINATION: A GLOBAL IMPERATIVE (Amsterdam, The Netherlands: Greenpeace International, March, 2000). ISBN 90-73361-55-9. Available at www.greenpeace.org/~toxics under "reports."

[8] Paul M. Lemieux, EVALUATION OF EMISSIONS FROM THE OPEN BURNING OF HOUSEHOLD WASTE IN BARRELS. VOLUME 1. TECHNICAL REPORT [EPA-600/R-97-134A] (Washington, D.C.: U.S. Environmental Protection Agency, Office of Research and Development, November 1997). Available at www.epa.gov/ttn/catc/dir1/barlbrn1.pdf.

[9] EPA's Dioxin Reassessment is available online at http://www.epa.gov/ncea/pdfs/dioxin/dioxreass.htm; key findings can be found at http://www.chej.org/

[10] Neil Franz, "EPA Sets Course to Complete Dioxin Reassessment," CHEMICAL WEEK , June 21,2000, pg. 18.



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