レイチェル・ニュース #690
2000年3月9日
動物飼育工場の隠れたコスト
(抗生物質耐性菌による感染症の増加)

ピーター・モンターギュ
#690 - Hidden Costs of Animal Factories, March 09, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5042

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年3月21日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_690.html



 アメリカでは、家族経営の農園が放棄され、その跡地に工場方式の農園が建設されているので、そのコストについて考察してみる。動物飼育工場と言われている食用動物の密飼育では、抗生物質の使用が増大しているが、ここでは、そのことによる人間の健康への被害に関するコストについて検討する。

 多くの人たちが知っているように、アメリカの最新の動物飼育工場では、数万の鶏や牛や豚を、可能な限り狭い空間で飼育している。動物たちは互いに密接した、詰め込むという表現がふさわしいような状態におかれているので、病気が動物間の伝染により急激に広がりやすい。このようなことが起きないようにするために、また動物の成長を促進するために、動物には定期的に抗生物質が投与されている。

 アメリカ科学アカデミーの1部門である、医学協会(The Institute of Medicine)は1989年に、このようなやり方に対して疑問を提起した。同協会は人間に対する危険、すなわち人間に対し深刻な病気をもたらすであろう抗生物質耐性菌が生まれ出していることを発見した。

 耐性はよく知られた現象である。すべての菌が等しく抗生物質の影響を受けるわけではない。菌の中には遺伝的に抗生物質耐性を持つものがいる。従って、ある菌のグループに抗生物質を投与しても、生き残る強い菌がいる。この強い菌が増殖すると、それらも同様に抗生物質耐性を持ち、再び生き残る。このようにして生き残っていく菌は、最後には、特定の抗生物質に対して免疫を持つようになる。これらの菌に対しては、その抗生物質はもはや効き目がない。時が経つと、ある菌は幾つかの抗生物質に対して耐性を持つようになる。これらは”多薬耐性菌株(multi-drug-resistant strains)と呼ばれる。「このような多薬耐性菌株は、治療が困難な、あるいは不可能であるような病気を引き起こすので、これは医学上の憂慮すべき重大事である」と1992年に同協会は述べている[2,pg.92]。

 同協会は抗生物質耐性菌の対策にかかるコストについて、まとめている。

 「健康を脅かす細菌の中で、その重大性が増しているのは薬効(抗生物質)耐性である。かっては抗菌薬によって、容易に対処できた病原菌も、もはやこれらの薬では対応できないような感染症をしばしば引き起こしている」[2,pg.92]。

 同協会は抗生物質耐性の菌が人間に及ぼすコストについて、さらに次のように述べている。
 「耐性の感染症を治療するためには、もっと高価でもっと毒性の強い代替薬を使用しなければならず、また、より長い期間の入院が必要となる。そのことは耐性菌に侵された患者が、より高い死亡の危険性にさらされていることを意味する。アメリカにおける抗生物質耐性菌への対策コストは、年に約300億ドルくらいと見積もられる。いくら新薬の開発を続けても、細菌性病原体の抗生物質への耐性はますます増大し、重要な問題となっている」[2,pg.93]。

 同協会は、この問題は明らかに動物飼育工場に起因するものであるとして、次のように述べている。
 「新しい農業のやり方は、思いがけない微生物学上の結果を生み出すことがある。例えば、大規模な家畜飼育場や養鶏場等の施設の導入により、本来家畜の体内にあるサルモネラ菌が人間に対する病原体として発現するということが、過去30年の間に増大している。家畜の成長を促進し、病気を防ぐために抗生物質を使用することには問題がある。抗生物質への耐性を進展させ、それを伝染させる可能性があるからである。アメリカで製造される大量の抗生物質のうち約半分は、食肉用の家畜を飼育するために用いられている。従って、抗生物質の過度の使用により、淘汰されて抗生物質耐性の菌株が増殖し、それが人間を侵すようになるということが、現実的な心配事となってきた」[2,pg.64]。

 1990年代を通じて、この問題がよく知られるようになってきた。

 1998年5月、アメリカ疾病対策センターはニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌で、アメリカでは過去5年間に5種類の異なった抗生物質に耐性を持つサルモネラ菌が出現したと報じた[3]。
 ティフィムリアム DT 104(typhimurium DT 104)と呼ばれ、急速に広がりをみせているこの菌は、アメリカで毎年、推定68,000〜340,000人の病気の発症の原因となっている。ティフィムリアム DT 104 によって引き起こされるサルモネラ菌感染症の広がりは、アメリカでは1980年から1996年の間に30倍となっている。

 アメリカ疾病対策センターは、この感染性病原体の急速な広がりは家畜への抗生物質の使用によるものであるとし、次のように勧告している。
 「多薬耐性であるティフィムリアム DT 104 の広がりを抑え、このサルモネラ菌やそれ以外のサルモネラ菌に対する新たな抗菌薬への耐性の発現を抑えるためには、家畜への抗菌薬(抗生物質)の使用はもっと慎重に行わなければならないし、農場における家畜の病気に対してはもっと効果的な予防方法を考える必要がある」[3]。

 1999年3月に、FDA(米食品医薬品局)は家畜への抗生物質の使用を制限するための、多年度計画の実施を開始した。ここでは、3月8日のニューヨーク・タイムズ紙が1面で報じたFDAの計画について紹介する。

 「日常的な家畜への抗生物質の使用が、その薬の人間への治療効果を減少させるという、動かぬ証拠を目の当たりにして、FDAは、家畜用の新たな抗生物質の認可のためのガイドラインを修正するとともに、すでに認可した抗生物質の効果を監視することにした。

 ガイドライン修正の目的は、それを退治することが難しい、あるいは不可能となる抗生物質耐性菌の発現を最小にとどめることである。アメリカにおいては、人間の抗生物質耐性感染症(あるものは不治である)が増えており、多くの科学者は、この問題は抗生物質の人間及び動物への濫用が原因であると指摘している。

 なかでも科学者が特に懸念していることは、最近の研究により、鶏の体内にフルオロクイノロン(fluoroquinolones)に対して耐性のある菌がいることが発見されたことである。フルオロクイノロンはごく最近、抗生物質として認可され、科学者達はその効果が長期間続くであろうと期待していたものである」[4]。

 ニューヨーク・タイムズ紙は1998年5月に、「アメリカ疾病対策センターの研究報告書[3]に、その報告書の著者の1人であるフレッド・アングロ博士とのインタビューに基づく新たな情報が発表された」と次のように報じている。

 「去る5月、同センターは、5種類の異なった抗生物質に耐性を持つサルモネラ菌の蔓延について、ある地域で調査を行った結果、1980年には調査対象の0.6%であったものが、1996年には34%に増加していたとニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌で発表した。

 同様にキャンピロバクテール(campylobacter)に耐性を持つ菌が、1991年にはゼロであったものが、1997年には13%、1998年には14%になっていると、同センター食中毒部門の疫学者、フレッド・アングロ博士は述べている。
 同博士によれば、疫学者はキャンピロバクテールの特性によって、このような事態が起こることを心配していた。というのはその耐性がフルオロクイノロンに対するものと同じであり、このフルオロクイノロンこそFDAがその薬効を維持しようと躍起になっているが果たせない、まさにその薬であるからである。

 アングロ博士によれば、彼と彼の仲間はフルオロクイノロンに対する耐性の増加の多くは、1995年に医薬品局が認可した鶏の呼吸器系感染症の治療薬のためであると指摘していた。また、その認可については、一時に数万羽の鶏の治療に使用されるという理由で、アメリカ疾病対策センターは反対していた。

 アングロ博士は、病人から採取した菌の中に多くの耐性がみられるのは家畜に対する抗生物質の過度の使用のためであると考えた。結論として、公衆衛生を強化することであり、食中毒の病原体に対する抗生物質の耐性がどこからもたらされるかについては議論の余地がないと同博士は述べている」[4]。

 2ヶ月後の1999年5月に、ミネソタ保健衛生局による報告がニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌に発表された。それによれば、抗生物質耐性菌による感染症は1992年から1997年の間に約8倍増えている。増加の原因の一つは人々の海外旅行であるが、もう一つの原因は養鶏における抗生物質の使用である。海外旅行のために増加したのも、鶏への抗生物質の投与のせいかもしれない。というのはメキシコなどの国では養鶏場での抗生物質の使用が近年、4倍になっているからだと同報告書は述べている[5]。
 同報告書の主席著者であるカーク E. スミス博士がAP通信の記者に対し、養鶏場でクイノロン(抗生物質)を使用するということは、公衆衛生上、明らかに問題があり、そのことに対して厳しい目を向けなくてはならないと語った[6]。

 1999年11月、デンマークで、豚に使用する抗生物質により、生命に危険を及ぼすサルモネラ菌が発現したというニュースが、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌で報じられた[7]。ニューヨーク・タイムズ紙の報道を以下に紹介する。

 「デンマークでは、汚染された豚肉が原因で、27人がひどい症状の抗生物質耐性サルモネラ菌感染症に罹った。これは、家畜に対する抗生物質の投与を制限する処置が執られなければ、アメリカにおいてもこのような事態が発生するであろうと科学者が警告していたことである。
 11人が入院し、2人が死亡したというこのデンマークの話は、非常に気になることである。というのは、その菌がフルオロクイノロンという抗生物質への耐性を有していたからである。医者達は、フルオロクイノロンはサルモネラ菌や他の菌による腸への深刻な感染症に対する最も強力な武器の一つであると考えていたからである。もし、これらの菌が血管に侵入すれば(サルモネラ菌感染症においては3〜10%起こると言われている)、それは致命的である。

 フルオロクイノロンはこれらの感染症の最後の頼みの綱であり、もし、これらの薬の薬効がなくなるとすれば、我々はどこに行けばよいと言うのだとタフト大学適応遺伝学・薬効耐性センター長のスチュアート・レビー博士は述べている。

 フルオロクイノロンはごく最近認可された抗生物質であり、ここ数年は、これにとって代わるようなものは期待できないとタイムズ紙は述べている[8] 。

 近年、アメリカでは感染性の病気が原因で死亡する例が増えている。50年代及び60年代には公衆衛生の専門家達は、感染症の問題はやがて消えてなくなるであろうと予測していた。しかしながらこの予測は完全に間違っていた。1996年のアメリカ医学協会の機関誌によれば、1980年から1992年の間に、アメリカにおける感染症による死亡率は58%の増加、すなわち、10万人中の死亡者が41人から65人に増加している(REHW 528を参照のこと)。この中にはエイズによる増加分も含まれている。しかしながらエイズは若者特有の病気である。65歳以上の年代では、感染症による死亡は1980年から1992年の間に25%増加している(10万人中の死亡者が271人から338人に増加)。このことによりアメリカでは過去20年の間に感染症による死亡が実際に増えているということがわかる[9]。

 結論として、アメリカでは深刻な感染症が生き返ろうとしている。”経済的効率”という名の下に、家族経営の農園を工場方式の農園に置き換えるというアメリカの政策が、その主要な原因の一つである。

ピーター・モンターギュ
=== Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO) =====

[1] Institute of Medicine, HUMAN HEALTH RISKS FROM THE SUBTHERAPEUTIC USE OF PENICILLIN OR TETRACYCLINES IN ANIMAL FEED (Washington, D.C.: National Academy Press, 1989).

[2] Institute of Medicine, EMERGING INFECTIONS: MICROBIAL THREATS TO HEALTH IN THE UNITED STATES (Washington, D.C.: National Academy Press, 1992). ISBN 0-309-04741-2.

[3] M. Kathleen Glynn and others, "Emergence of Multidrug-resistant SALMONELLA ENTERICA Serotype Typhimurium DT104 Infections in the United States,"NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE Vol. 338, No. 19 (May 7, 1998), pgs. 1333-1338.

[4] Denise Grady, "A Move to Limit Antibiotic Use in Animal Feed," NEW YORK TIMES March 8, 1999, pg. A1.

[5] Kirk E. Smith and others, "Quinolone-Resistant CAMPYLOBACTER JEJUNI Infections in Minnesota, 1992-1998," NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE Vol. 340, No. 20 (May 20, 1999), pgs. 1525-1532.

[6] Associated Press, "U.S. Antibiotics Countered by Foreign Meat, Study Says, " NEW YORK TIMES May 20, 1999, pg. A20.

[7] Kare Molbak and others, "An Outbreak of Multidrug-Resistant, Quinolone-Resistant SALMONELLA ENTERICA Serotype Typhimurium DT104," NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE Vol. 341, No. 19 (November 4, 1999), pgs. 1420-1425.

[8] Denise Grady, "Bacteria Cases in Denmark Cause Antibiotic Concerns in U.S.," NEW YORK TIMES November 4, 1999, pg. A15.

[9] Robert W. Pinner and others, "Trends in Infectious Diseases Mortality in the United States," JOURNAL OF THE AMERICAN MEDICAL ASSOCIATION Vol. 275, No. 3 (January 17, 1996), pgs. 189-193.

Descriptor terms:
farming; animal welfare; animal health; poultry; swine; antibiotics; infectious diseases; resistance; morbidity statistics; mortality statistics; confined livestock operations; animal factories;

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