レイチェル・ニュース #689
2000年3月2日
子ども達の知能を低下させる−3
(子ども達の鉛中毒−3)

ピーター・モンターギュ
#689 - Dumbing Down the Children--Part 3, March 2, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5031(リンク切れ)
(下記 US EPA ARCHIVE DOCUMENT に保存されている)
https://archive.epa.gov/projectxl/web/pdf/2-00.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2000年3月17日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_689.html



 前回までに、有毒な鉛と、それによる子ども達の後遺症に関する、少なからぬ情報を紹介してきた[1]。低レベルであっても鉛は聴覚障害や発育障害、また知能指数(IQ)の低下をもたらす。血液中に低レベルの鉛を含んだ子ども達は集中力に欠けたり、衝動的になったり、学習意欲に欠けたりすることがある。そのため非行に走ったり、暴力的になる子ども達もいる。

 前回まで、このシリーズで問いかけてきたことは、なぜアメリカの州政府は、メディケードの適用を受けている全ての子ども達は鉛汚染の検査を受けるよう求めた1989年の連邦政府の法律を守らないのか、ということであった。
 メディケードは連邦政府が負担する低所得者用の医療保険制度である。現在、鉛汚染が主に貧困者の居住区域で発生しているということは、よく知られた事実である[2]。1988年には、1,350万人の子ども達(アメリカの全ての子どもの18.9%)は貧困の中で暮らしている[3]。

 「議会の調査機関である”一般会計局 General Accounting Office (GAO)”の1999年の調査によれば、州政府が連邦政府の法津を守らないために、危険な高レベルの鉛に曝されている数十万人の子ども達が、検査も治療も受けずにいる」とニューヨーク・タイムズ紙は報じている[4]。

 現在、アメリカにおける、子ども達の血液中の鉛濃度の許容値は、血液1デシリットル(10分の1リットル)当たり10マイクログラム(μg)であり、これは 10μg/dl と表記される。この許容標準値というものが、どのくらいのものかを知る1つの方法は、自然界に存在する鉛濃度と比較することである。

 ヨーロッパ人が北アメリカにやってくる前から、人間の血液及び骨の中にはある程度の鉛が含まれていた(骨中の鉛濃度は現在でも測定可能である)が、それは鉛が自然界にもともと存在する元素であり、その一部は常に風に吹かれて、辺りを漂っているからである。これを、鉛濃度の”自然界におけるバックグラウンド”と呼ぶことが適当かどうかについては大いに議論の余地がある。というのは人間は、恐らく6000年にわたって鉛を土中から掘り出しており、人間の手によるこれらの鉛の一部が、長年にわたって風に吹かれて漂い、自然界の鉛のバックグラウンドに加わっていると考えられるからである[5]。

 何はともあれ、アメリカ学術会議(National Research Council)によれば、現代のアメリカ人の体内に蓄積している鉛の平均値は、有史以前の祖先の体内から発見された鉛の量の300〜500倍であるとのことである[6]。

 そこで、10μg/dLという”許容値”を有史以前の鉛のレベルと比べるとどうなるであろうか。人間の骨の中の鉛の量と、血液の中の鉛の量との関係はよく知られている。コロンブス以前の北アメリカの居住者の骨を注意深く調査した結果、平均的な血中鉛濃度は0.016 μg/dL、すなわち、現在、子ども達に対する”許容値”とされた10 μg/dLよりも、625倍も低い値であることがわかった[7]。これを字句通りに解釈すれば、”現在の10μg/dLという値は、自然界のバックグラウンドの625倍のレベルでも子ども達に安全である”というのと同じことであるわけであるから、この値には問題がある。

 実際、アメリカの多くの著名な医療機関は、アメリカ政府の定めた現在の許容値のレベルでは、子ども達は危険にさらされることになると認めている。

 アメリカ小児科医学会は、1993年に、鉛汚染により、子どもの知能の発達を阻害している18症例について検証した。「鉛濃度のレベルと知能指数の低下の間に、顕著な関係が見いだされ」、「いくつかの研究により、血中の鉛濃度が10μg/dL増える毎に、子ども達の平均知能指数(IQ)が平均4〜7ポイント下がるということが報告されている。」と同学会は述べている。

 4〜7ポイントの減少というのは、たいしたことではないように見えるが、しかしIQが平均5ポイント低下すれば、50%の子ども達が正常知能のボーダーラインであるIQ 80 以下のカテゴリーに入ることになるし、また、高いIQの子ども達の数が減少することになる。例えば、通常は1つの集団では 5%の子ども達がIQ 125以上でなくてはならないのに、これがゼロになってしまうということである[8]。

 このように、アメリカ政府の定めた10μg/dLという鉛濃度の”許容値”は、子ども達の知能を低下させるに十分な濃度なのである。アメリカ疾病対策センター(CDC))も認めているように、「血中の鉛濃度が10μg/dL以下であっても、子ども達の行動や発育に悪影響を及ぼす」。すなわち、アメリカ政府は、子ども達の健康を守れないような値であることを知っていながら、血中の鉛濃度の”許容値”を定めたことになる。

 事実、血中の鉛濃度が10μg/dLよりも遙かに低い値でも、子ども達に悪影響を与えていることが報告されている。CDCの中の一部局であるアメリカ毒性物質疾病登録局 The federal Agency for Toxic Substances and Disease Registry (ATSDR) は血中鉛濃度が5 μg/dL以下であっても、子ども達の成長や、聴力や知能に悪影響を及ぼすという研究事例を引用している[9]。

 とにかく、アメリカ政府の法律はメディケードの適用を受けている全ての子ども達は、生後12ヶ月及び2歳の時に鉛汚染検査を受けるよう要求している。多くの州は、検査記録を残していないので、何パーセントくらいの子ども達が検査を受けているのか、ということすら把握していない。検査記録がある州の中で、検査率が最も低いのはワシントン州であり、該当する子ども達のわずか1%しか検査を受けていない。最も高いアラバマ州でも検査を受けた子ども達は46%である[4]。何故か?

 この問題は、注意を払うには値しないほど、小さいことだからであろうか? 誰かが我々にそう思いこませようとしたように、子ども達の鉛汚染の問題は、すでに消えてなくなってしまったのであろうか?

 最新の報告によれば、1991年から1994年の間に、アメリカ疾病対策センター(CDC)は、鉛汚染を調査するために、アメリカ国民を代表するサンプル集団の血液検査を実施した。それによれば、1歳から5歳までの乳幼児の4.4%が、少なくとも10μg/dの鉛血中濃度を持っていた。CDCによれば、4.4%というのは、1歳から5歳までの乳幼児の100万人弱(89万人)である[2]。

 もちろん、毎年おおよそ、20万人の子ども達が6歳になって、いわゆる”危険年齢帯”から(知的障害をもって)去っていくが、新たに20万人の子ども達がこの”危険年齢帯”に加わり、脳障害を受けるようになる。
 アメリカの北東部のいくつかの都市では、学齢前の35%の子ども達の血中鉛濃度は、10μg/dL、あるいはそれ以上であった[10]。

 これらの子ども達は、誰であろうか?

 幼児の鉛汚染は貧困層に多いが、人種的な格差も明らかにある[11]。この問題について調査したある研究者は「黒人の子どもの家では、家の中のチリは、より高いレベルで鉛に汚染されており、インテリアの表面はより悪い状態に置かれている」と報告している[11]。

 低所得者層の子ども達は、そうでない子ども達に比べて8倍、鉛に汚染されており、黒人の子ども達は白人の子ども達に比べて、5倍、鉛に汚染されている[12]。

 この問題はどうすればよいのか?

 鉛汚染の源は、有毒なチリとして残らないように除去されなくてはならない。

 アメリカ小児科医学会は1993年に「鉛に汚染された子ども達を見つけだすこと、及びその治療は本質的に重要であるが、もっと重要なことは”その源を探し出し、それによる現在の、そして将来の子ども達への汚染を防ぐこと”である」と述べている。

 言い換えれば、現実的なただ一つの解決方法は初期予防対策(primary prevention)である。

 現在のアメリカ政府のやり方は、鉛に汚染された家を探し出すために、子ども達が鉛に汚染されているかどうかを検査するというようなものだ。このようなやり方は決して初期予防対策ではない。このようなやり方は、昔、鉱山で危険がすでに発生していることを感知するためにカナリヤを使ったのと同じように、子どもを使うやり方である。鉱山では、カナリヤの死は有毒ガスが危険なレベルにまで充満していることを意味していた。同じように、子ども達の血液の中に10μg/dLあるいはれ以上の鉛濃度を見いだすということは、子どものいる環境に過度の鉛が存在し、すでに汚染が起きていることを示す信号ということになる[10]。

 初期予防対策、すなわち、鉛に曝されることを防ぐことが、この問題に対するただ一つの恒久的な解決であり、それは高価なものになる。国営の、あるいは国の補助による住宅に存在する鉛の危険を除去するために要する初年度のコストは、約4億5800万ドルと見積もられている。しかしながら、このような鉛の危険を減少させることにより得られる利益は15億3800万ドルであるといわれている。従って差し引き10億8000万ドルの利益があることになり[11]、これは十分ペイするものである。

 地方行政の施策も助けになる。マサチューセッツ州及び隣接するロードアイランド州にある2つの地域に関する調査によれば、マサチューセッツ州の鉛汚染は一般的に少ないということを示している[13]。20年間、マサチューセッツ州では、6歳未満の子どもが住む1978以前に建てられた全ての家屋から鉛を排除するよう、指導してきた。そしてマサチューセツ州の法律は、家屋の持ち主には、鉛汚染によって子ども達が受ける障害について、法的な責任があるとしている。ロードアイランド州にはそのような施策がなく、より多くの子どもに鉛汚染が発生している。アメリカのほとんどの州にはマサチューセツ州のような法律がない。

 うまく鉛を減少させることができることもあるし、うまくいかないこともある。
 アメリカにおける現在の幼児期の鉛汚染の内、5〜10%は鉛を減少させる際の飛散によるものと考えられる[12]。 これでは地方行政の施策など、ないも同然である。 子どもたちに対する鉛汚染の主要な源は家の中のチリである。アメリカの住宅都市開発省(HUD)とアメリカ環境保護庁(EPA)はチリに含まれる鉛についての基準を設けた。それは、もしその基準を満たしていれば、子ども達の鉛汚染のレベルを10 μg/dLに保てることを保証できるというものである[10,14,15]。

 たとえ現在のこの基準値を10分の1にしたとしても、子ども達はチリに含まれる鉛によって中毒を引き起こす可能性がある[10,14,15]。

 以上をまとめると、次のようになる。
  • アメリカ政府によって定められた血中の鉛濃度の基準(10μg/dL)では、子ども達に知能発育障害を引き起こす。
  • 鉛汚染による知能発育障害を持つ子ども達は現在、100万人近くおり、毎年新たに約20万人の子ども達が知能発育障害を被っている。
  • 医療当局は初期予防対策、すなわち子ども達の周囲から鉛に汚染されたチリを除去することが、唯一の現実的な解決策であることを認めている。
  • 信頼のできる推定によれば、アメリカ政府が国営の、あるいは国の補助による住宅に対し、この初期予防対策をとれば、10億8千万ドルの利益を得られるはずである。
  • しかしながら、アメリカ政府は”カナリヤの死”方式である血液検査を要求しており、州政府はその実施すら拒否している。
  • マサチューセッツ州の事例から、民間企業に責任を負わせるというような、地方行政の施策によっても大いに効果をあげることがわかったが、多くの州はこのような施策を行っていない。
 これらの犠牲者の大部分は貧困層に生まれる赤ちゃんである。

 我々が結論として言えることは、現在のアメリカ政府の施策は、権力を持った人々の意見を反映して作られているに違いないということである。

 地方行政の施策を立案する人々は、生まれながらに恵まれぬ人々を恒久的に収容する施設を維持することが必要だと考えているに違いない。

 アメリカ中の州政府は、権力のあるエリート達が州政府にしてほしいと思っていること、すなわち、鉛業界、塗料業界、住宅/設備業界、不動産業界、等の業界に立ち向かうことを拒否すること、国民の健康に関わる脅威に対する初期予防対策を実施することを拒否すること、その代わりに、毎年、何十万人もの黒人やヒスパニック系の子ども達を鉛汚染にさらし続けることを行っている。

 この問題は、主に貧しい子ども達や少数民族の子ども達に関わることだから、しかたがないではではないかという意見に対して、おかしいと思う人や、あるいは怒りを覚える人は、次のことを是非、考えていただきたい。

 もしこれが、夏には避暑地で過ごすような白人の子ども達に関わる問題だとすれば、こんなにいつまでも続くものだろうか?

ピーター・モンターギュ
===== Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO) ===

[1] See Rachel's #2, #5, #9, #10, #20, #22, #25, #27, #32, #36, #92, #95, #114, #115, #140, #155, #162, #189, #190, #209, #213, #214, #228, #258, #294, #314, #318, #319, #323, #330, #331, #351, #352, #356, #357, #366, #369, #371, #376, #392, #403, #411, #442, #490, #501, #508, #526, #529, #539, #540, #551, #561, #590, #591, #633, #687, #688 available at www.rachel.org.

[2] Anonymous, "Update: Blood Lead levels -- United States, 1991-1994," MORBIDITY AND MORTALITY WEEKLY REPORT Vol. 46, No. 7 (February 21, 1997), pgs.141-146. A correction was published in "Erratum: Vol.46, No. 7," Morbidity and Mortality Weekly Report Vol.46, No. 26 (July 4, 1997) pg. 607.

[3] Children's Defense Fund, "Poverty Status of Persons Younger Than 18: 1959-1998," available at http://www.childrensdefense.org/fairstart_povstat1.html.

[4] Robert Pear, "States Called Lax on Tests for Lead in Poor Children," NEW YORK TIMES August 22, 1999, pg. A1.

[5] Jerome O. Nriagu, "Tales Told in Lead," SCIENCE Vol. 281 (September 11, 1998), pgs. 1622-1623.

[6] National Research Council, MEASURING LEAD EXPOSURE IN INFANTS, CHILDREN, AND OTHER SENSITIVE POPULATIONS (Washington, D.C.: National Academy Press, 1993), pg. xii.

[7] A. Russell Flegal and Donald R. Smith, "Lead Levels in Preindustrial Humans," NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE Vol. 326, No. 19 (May 7, 1992), pgs. 1293-1294.

[8] Committee on Environmental Health, American Academy of Pediatrics, "Lead Poisoning: From Screening to Primary Prevention," PEDIATRICS Vol. 92, No. 1 (July 1993), pgs. 176-183.

[9] ATSDR, TOXICOLOGICAL PROFILE FOR LEAD (Atlanta, Ga.: Agency for Toxic Substances and Disease Registry, July 1999). Available from ATSDR, 1600 Clifton Rd., NE, E-29, Atlanta, Ga. 30333, pgs. 26-29.

[10] Bruce P. Lanphear, "The Paradox of Lead Poisoning Prevention," SCIENCE Vol. 281 (September 11, 1998), pgs. 1617-1618.

[11] Bruce P. Lanphear, "Racial Differences in Urban Children's Environmental Exposures to Lead," AMERICAN JOURNAL OF PUBLIC HEALTH Vol. 86, No. 10 (October 1996), pgs. 1460-1463.

[12] Don Ryan and others, "Protecting Children From Lead Poisoning and Building Healthy Communities," AMERICAN JOURNAL OF PUBLIC HEALTH Vol. 89, No. 6 (June 1999), pgs. 822-824.

[13] James D. Sargent and others, "The Association Between State Housing Policy and Lead Poisoning in Children," AMERICAN JOURNAL OF PUBLIC HEALTH Vol. 89, No. 11 (November 1999), pgs. 1690-1695.

[14] Bruce P. Lanphear and others, "Lead-Contaminated House Dust and Urban Children's Blood Lead Levels," AMERICAN JOURNAL OF PUBLIC HEALTH Vol. 86, No. 10(October 1996), pgs. 1416-1421.

[15] Bruce P. Lanphear and others, "The Contribution of Lead-Contaminated House Dust and Residential Soil to Children's Blood Lead Levels," ENVIRONMENTAL RESEARCH, SECTION A Vol. 79 (1998), pgs. 51-68.

Descriptor terms:
lead; paint; children's health; housing; public health policy;



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る