レイチェル・ニュース #686
2000年2月10日
持続可能性と農業バイオテクノロジー
ピーター・モンターギュ
#686 - Sustainability and Ag Biotech, February 10, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5014

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年3月5日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_686.html



 遺伝子組み換えの種子、農産物、食品はアメリカ農業の持続可能性(sustainability)に対し、どのように影響を与えるのであろうか? 1999年に農業経済専門家のチャールス・ベンブルックがこの問いに対する答えを試みた[1]。

 ベンブルックは長年、行政府の支所、議会、アメリカ科学アカデミー、そして最近は民間の研究所において、農業のあらゆる面の分析にたずさわってきた農業経済の専門家である[2]。

 ベンブルックは食糧供給システムとしての”持続可能な農業”を次のように定義している[1]。

**農家が、家族を養い、農業設備を維持し、地域共同体を存続させることができるだけの適切な収益をあげられること。

**種子や肥料などの農業投入資源、情報、サービス、技術、等の供給によって農業を支えている公共機関及び民間会社が適切な収益をあげられること。

**農業が依存している土壌、水及び生物学的資源を守り、再生するとともに、自然環境に有害な影響を与えないようにすること。

**需要に応じて生産性及びエーカー当たりの収穫高を上げること。

**公正、公平、法の遵守、食の安全、作業者や動物やその他農業に関わる全ての生物に対する道徳的な扱い等の社会規範を守り、社会の期待に応えること。

 まず最初に、このような基準によれば、アメリカの農業は現在、持続可能な状態ではないし、過去数十年間もそうではなかったということを認めなくてはならない[3]。

 収益が上がらないことが、ほとんど常に、農業の持続可能性を妨げる直接的な原因となっているとベンブルックは述べている。「アメリカでは、この数十年間、非常にしばしばこのことが起きているが、その間に本当に変化したことといえば、低い収益でも喜んで受け入れる精力的で野心的な農業経営者が、耕作地を広げることによってのみ収入を維持しながら、資本を拡大できるということを悟ったことだ」と彼は述べている。

 もちろん、ある農家が耕作地を広げれば、しばしば、他の農家はその土地を去らねばならないということになる。その結果、アメリカ人口調査統計局は1993年に”農業人口”を数え上げることを止めてしまった。というのはその数が非常に少なくなってしまい、アメリカの総人口の2%以下(460万人)にまで減少してしまったからである[4]。(1900年には農業人口は総人口の35%を占めていた。)

 遺伝子組み換えの行われた種子や農産物や食品は、この最近の動向をさらに増幅し、農業に対して下記のような影響を与えるであろうと、ベンブルックは考えている。

**多くのバイオ技術は、下記に述べるような理由により、市場に出る時には高価になっているので、農家にとって深刻な経済的打撃や農業経営の後退が増大する。

(a)バイオ技術は、種子会社と農薬会社の合併により発展してきた。例えば、一連の吸収と合併により、デュポンとモンサントの両社で、アメリカにおけるトウモロコシの種子生産の73%を支配するようになった[5]。種子会社は伝統的に、比較的低い利益率(約12%〜15%)にあったが、農薬会社はそれより高い利益率(約20%〜30%)をあげていた。農薬会社は新たに吸収した種子会社の利益率を、農薬会社が期待するレベルにまで引き上げようとしているので、恐らく農家にとって今後、種子と農薬のコストは上がり続けることになると思われる。

 このことは、すでに実際に起こっているとベンブルックは述べている。中西部穀倉地帯ではトウモロコシと大豆が主要農産物である。1975年以来、大豆生産農家にとって、エーカーあたりの総収入の中から種子と農薬に割く比率は従来の50%以上、すなわち10.8%から16.3%に増大している。トウモロコシ農家にとっては、それ以上に増大している(総収入の9.5%から16.9%、1975-1997年)。

(b)遺伝子組み換え農産物は、当初、農家が話に聞いて、そのように信じ込んでいた量よりも多くの除草剤を必要とし、その結果、除草のためのコストを押し上げた。

 一例として”ラウンドアップ・レディ”を挙げる。これはモンサントの主要除草剤であるラウンドアップに強くなるよう開発された遺伝子組み換え農産物である。そのアイディアというのは、農家は農産物の除草問題を解決するために、ラウンドアップをたっぷり使用するであろうということであった。モンサントは”あなたが必要としていた、唯一の除草対策”という広告を出した。1998年のこれらの広告の一つをアイオワ州立大学の除草剤についてのホームページ”恥の広場(Hall of Shame)”で見ることが出来る[6] 。

 ラウンドアップ・レディは、その広告が言うとおりに、全てがうまくいけば、農家のブッシェル(訳者注:容積単位=35.24リットル)当たりの農産物コストの削減にささやかに貢献するはずであった。しかし現実はモンサントが広告で約束したこととは異なるものであった。

 ラウンドアップ・レディ農産物を使っている農家は、2、又はそれ以上の種類の除草剤を2、3回散布しなければ効果的に除草が出来ないことに気がついた。ある農家は除草の手間を簡単にするというふれ込みの、この農産物の種子を撒いた後、4種類の異なった除草剤を使用しなければならなかった。農家は期待を裏切られた上、その収入の中から、今までよりも多くの部分を”種子と化学の巨人”のポケットに入れてやることになった。

 チャールス・ベンブルックが指摘するように、ラウンドアップ・レディイ システム全体のコストは、1999年ではエーカー当たり68.77ドルもかかっており、これは最近の中西部での、他の種子と除草対策を合わせたたコストの50%増しとなっている。「この傾向により農家の平均収入は明らかに減少する」とベンブルックは予想している。

(c)ある種の雑草の中に、ラウンドアップに対して抵抗力を備えたものが出てきた。特に麻草やブタ草が顕著である。従ってラウンドアップは効果が薄れてくるので、さらなる除草対策が必要となり、結局ラウンドアップ・レディの農産物に頼っていた農家にとってはコストがかさむこととなった[7]。

(d)少量の除草剤でも土壌中の有益な微生物を殺してしまい、重要な養分であるリンを植物が吸収する機能を妨げることを示す証拠がある。ベンブルックは、これは植物の健全性と農家の収益に重大な悪影響を与えるものであると考えている。

(e)ラウンドアップ・レディ関連のいくつかの農産物の生産高が頭打ちになっている、すなわち、エーカー当たりの収穫高は当初考えられていた程には上がっていないことを示す証拠がある。生産高の頭打ちは即座に収益の頭打ちにつながる。

 遺伝子組み換え農産物が、農家にとって経済的な打撃となり、農業経営の後退となりそうな理由はさらにある。

(f)知的所有権の取得とその維持にかかるコストが高いので、それが遺伝子組み換え農産物の価格を高いものにしているとベンブルックは考えている。

(g)遺伝子組み換え生物(Genetically Modified Organisms GMOs)に関する法規制が増えたために、法規制に対応するためのコストがさらに増大するようになった。

(h)バイオテクノロジーは農業における多様性を減少させるようなやり方を促進し、そのように使用されてきた。ベンブルックの考えによれば、これは農業が進むべき方向として明らかに間違っている。

 ベンブルックによれば、害虫対策をうまくやるためには、化学、生物学、遺伝子学、栽培技術、そして戦術と、広範囲にわたる多様なシステムを有効に使うことが必要である。一つの側面だけからのアプローチに頼った害虫対策では、害虫はうまく進化してその対策をくぐり抜けてしまい、再び増大するようになる。

(i)他の遺伝子組み換え農産物である、Bt遺伝子を使用したものにも問題が発生している。Btはレピドプテラン(Lepidopterans)と呼ばれる蝶蛾類の大型害虫に対して毒となるバクテリアである。

 レピドプテランは蝶蛾類であり、その幼虫は葉を食べるので葉物の農産物に大きな被害を与える。その被害が甚大であるため、レピドプテラン退治のための農薬が世界中で散布されている。

 Btは自然界のレピドプテラン退治屋(キラー)であるので、レピドプテランの発生対策が必要な農家にとっては無料で手に入る自然の恵みであった。チャールス ベンブルックは下記のように分析している。

 Btは、抗生物質が人間の病気に効果があるように、レピドプテラン退治に効果がある。もし、Btの効果がなくなったなら、Btを何らかの形で野菜に散布しているアメリカ中の多くの野菜農家にとって、重大な影響を与えることになる。

 モンサント及び他の企業は、Btバクテリアの遺伝子を植物に組み込むことによってレピドプテランに対する農薬効果を持った農産物を作り出した。例えば、現在、アメリカ中の食品店で売られているモンサントの”ニューリーフ”ジャガイモは、その細胞毎にBt遺伝子が組み込まれているので、それ自身が農薬として登録されている[8]。(登録農薬であるにも関わらず、農薬であると表示されていない、数少ないものの一つであるということは注目に値する。)

 初めからモンサントと他の企業はBt遺伝子を持った農産物はレピドプテランにBt抵抗力をつけることになるかもしれないうことを予想していた。しかしながら、それは起こったとしても”微々たるものだ”と彼らは主張している。

 抵抗力というのはよく知られた現象である。昆虫の群に毒を噴いた時に、ほとんど影響を受けずに生き残り、子孫を残すものがいる。これらの生き残った昆虫は、もはやその毒の影響を受けない。その毒に対する抵抗力を持ったからである。

 モンサントがEPA(アメリカ環境保護庁)にBt遺伝子を組み込んだ植物を市場に出すことについての許可申請を行った時には、彼らは、Bt抵抗力が備わることがあるとしても、それには30年かかるということを示す膨大な資料を用意した。

 遺伝子操作によりBt遺伝子が組み込まれた農産物の開発は、ほとんど秘密裏に行われたので、EPAがモンサントの提案に対しパブリック・コメントを求めた時に、アメリカの農業専門家達はほとんど何も言うことが出来なかった。EPAはこの沈黙は全てよしという意味であると理解することにした。

 伝統的に、農家は頼りになる情報を、1862年に議会が設立した各地の大学から得ていた。しかしながら1996年に”農業活動の自由化”が始まると、議会はアメリカ農業におけるパブリックセクターの役目を組織的に縮小していった。従って現在、遺伝子技術による農産物の開発はほとんどが民間会社の手によって行われ、遺伝子に関する新技術は秘密のベールに覆われるようになった。秘密のベールが”国の重要な方針についての論争を提起する”ようになったとベンブルックは述べている。

 「科学者がデータをお互いに共有することをいやがったり、レポートに制限を加えられたり、新しい技術について研究する機会を持てなかったりすると、法規制の立法者はしばらくの間、手探りの検討(Blind Flight)をせざるを得なくなる。」このような状況下でモンサントの技術に関する手探りの検討とそれに基づく決定がなされ、EPAはBt遺伝子の組み込まれた農産物を認可してしまった。

 現在、モンサントの技術はお粗末で不完全であることが露呈してきている。新しい研究によれば、レピドプテランがBtに対する抵抗力を付けるということは、モンサントが主張していたほど稀なことではなく、その抵抗力は、モンサントが当初見積もっていたよりも、はるかに速く広がることが予測されている。

 さらにBt農産物が主要な有益な昆虫の生存に悪影響を与えていることが明らかになった。レピドプテランの幼虫を食べるクサカゲロウの幼虫はBtによって殺されるので、レピドプテランの自然界による淘汰が行われなくなる。このように、Bt遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換え農産物に依存するようになった農家は、すぐに思わしくない結果に陥り、やがてBtの効果は消えてなくなるということは目に見えている。それは重大な損失である。

 結論として、遺伝子組み換え農産物は農業の多様性を狭め、農業による収益を減少し、アメリカ農業の持続可能性を今よりもっと悪くするものであると言える。アメリカの食糧システムとして、このことがよい方向に進展しているようには見えない。

訂正:ロサンゼルスの学校での予防措置

 我々は、ロサンゼルス統一学区当局によって、昨年に採用された画期的な新しい農薬使用に関する方針(レイチェル レポート#684で紹介)の実現に貢献したロサンゼルス学校安全連合(LASSC)に対してお詫びと弁明を申し上げる。

 新方針の述べるところは、ロサンゼルスの学校は害虫対策に当たって、予防原則に従い、最もダメージの小さい方法を探し求め、また可能な限り化学的な方法を排除して害虫対策を実施することを目標にするというものである。その方針は環境対策としてとるべき主要なステップを示している。

 LASSCは、”農薬監視”、”社会に責任のある科学者”、”ロサンゼル教員連合”、”PTA”、”今すぐ行動を!”、等を含む20組織の連合体である。手をこまねいてのごめんなさいより、少しでも安全なことを実施することが害虫対策の最善の方針であるとロサンゼルス統一学区当局を説得することに成功したこのグループの中心人物を紹介する:

**カーク・マーフィー博士:”社会に責任のある科学者”のメンバー。予防原則の語句を指針のドラフトに入れた。

**サンディ・シューベルトさん:指針の中の用語についてとりまとめた弁護士。LASSCを構成するどの組織のメンバーでもないが、巧みな文章力とカリフォルニア州の農薬に関する方針についての卓越した知識をもって貢献した。

**ロビナ・スウォールさん:学校への送迎時、自分の子どもが農薬の霧の中に消えてしまうのを見た。彼女の粘り強さと責任感が、最後にLASSCを成功に導いた。

**イボン・ネルソンさん:”今すぐ行動を!”のメンバー。学校における農薬使用に関するレポート集から記事を抜粋し、ロサンゼルスの学校において広まった農薬の誤った使用についての報告をまとめた。

**クリスチーナ・グレイブスさん:地域組織のオーガナイザーであり”農薬監視”の創設者。農薬会社やその協力者の反対にうち勝つために必要とする政治的な力をLASSCが得られるよう支援した。

 我々はレイチェル・レポート#684で、ロサンゼルスの新しい農薬方針は”農薬改革のためのカリフォルニア人(CPR)”の努力の結果であるとの印象を与えた。CPRと”農薬監視”は一緒に基金を募集し、地域組織のオーガナイザーに金を払い、LASSCの設立を支援してもらった。またCPRは新方針にとって重要な時には、まるで選挙の時のように、支援活動と広報活動を行った。しかし、この2年間、倦むことなく新方針の実現のために働いたLASSCこそ、この重要な公共の方針の革新に貢献した。このことは賞賛に値するものである。

ピーター・モンターギュ
===== Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO) =====

[1] Charles M. Benbrook, "World Food System Challenges and Opportunities: GMOs, Biodiversity, and Lessons From America's Heartland," unpublished paper presented January 27, 1999, at University of Illinois. Availablein PDF format at http://- www.pmac.net/IWFS.pdf Dr.Benbrook gave a talk based on his paper; if you have an audio-enabled computer, you can listen to the talk and see the slides via the world wide web: http://www.aces.uiuc.edu/worldfood/1999/broadcast/schedule.html.

[2] During the early 1980s Benbrook served as an agriculture policy analyst for the President's Council on Environmental Quality, then as staff director of the Subcommittee on Department Operations, Research and Foreign Agriculture of the Agriculture Committee of the U.S. House of Representatives; from 1984 to 1990 he was executive director of the Board of Agriculture, National Academy of Sciences. Since 1990 he has operated Benbrook Consulting Services.

[3] David Tilman, "The Greening of the Green Revolution," NATURE Vol. 396 (November 19, 1998), pgs.211-212.

[4] Associated Press, "Too Few Farmers Left to Count, Agency Says," NEW YORK TIMES October 10, 1993, pg. 23.

[5] Ann M. Thayer, "Ag Biotech Food: Risky or Risk Free?" CHEMICAL & ENGINEERING NEWS [C&EN] November 1,1999, pgs. 11-20.

[6] http://www.weeds.iastate.edu/weednews/roundupcottonad.htm.

[7] http://www.weeds.iastate.edu/mgmnt/qtr98-4/roundupfuture.htm.

[8] The amazing story of the New Leaf pesticidal potato was told in Michael Pollan, "Playing God in the Garden," NEW YORK TIMES MAGAZINE October 25, 1998, pgs. 44-51, 62-63, 82, 92-93.

[9] On Bt resistance, see http://www.pmac.net/ge.htm.

Descriptor terms:
agriculture; farming; biotechnology; pesticides; herbiocides; resistance; genetic engineering; bt; roundup ready; monsanto; dupont; charles benbrook; economics;



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