レイチェル・ニュース #683
2000年1月20日
狂牛病と人間
ピーター・モンターギュ
#683 - Mad Cow Disease and Humans, January 20, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/4998

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年2月25日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_683.html



 1995年にイギリスにおいて、新種の老人の病気が発生した時に何人かの医療関係者は、これは狂牛病が人間に発病したのではないかと即座に考えたが、そうだと証明するものはなかった[1]。

 狂牛病は、1985年に初めてイギリスの乳牛に発生し、その後の10年間に175,000頭が死亡した。イギリスの保険衛生当局は、感染した牛の肉を食べても危険はないと言って国民を安心させることに、この10年間を費やしてきた。当局は”種のバリア”により狂牛病が人間に感染することはないと言ってきた。確かに”種のバリア”は、多くの病気が一つの種から他の種に感染することを防いできた。例えば、はしか(麻疹)と犬のディステンパーは密接に関連した病気であるが、犬は麻疹に罹らないし、人間はディステンパーに罹らない。

 イギリス政府が”種のバリア”を頼りにしている間に、イギリス市民の間で新型のクロイツフェルト・ヤコブ病(nvCJD)によって死亡する人が出始めた。よく似た病気、CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)はかなり前からその存在が知られていたが、30歳より若い人の間ではほとんど発生していなかった。一方、nvCJDは13歳というような若い人も罹っていた。そのほかにも、いくつかの違いがCJDとnvCJDの間にはあった。どうもnvCJDは新しい病気のようであった。今日までに、nvCJDによってイギリスでは48人が、ヨーロッパでは1人か2人が死亡している。狂牛病とnvCJDの共通の特徴は進行性の脳細胞破壊であり、いずれ完全な廃疾と死は避けられないということである。

 1999年末に刊行された新しい研究報告によれば、nvCJDは紛れもなく狂牛病が人間に発病したものであり[2]、そのことは”種のバリア”が、死をもたらす牛の病気が人間に感染することを防いでくれるという希望をうち砕くものであった。

 狂牛病は、正式には"bovine spongiform encephalopathy (牛のスポンジ状脳炎)”またはBSEと呼ばれる。BSEは、もっと大きい分類の”"transmissible spongiform encephalopathies(伝染性スポンジ状脳炎)”TSEsが牛に発病したものである。TSEsは羊、鹿、ヘラジカ、牛、ミンク、猫、リス、猿、人間、その他の”種”が罹る病気である。これらの全ての種において、TSEsの症状、すなわち、進行性の脳細胞破壊、知的障害そして死、は同じである。

 従来のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)は非常に稀な人間の病気である。一見、その症状はアルツハイマー病とよく似ている。事実、CJDは時にはアルツハイマー病と診断されることがあり、従ってCJDとして認識されないことがある。CJDに罹る人は100万人に1人であり、ほとんど全て55歳以上の人である。30歳以下でCJDに罹る人は極めて稀で、毎年世界で、10億人につき5人程度、(但し最近のイギリスでの勃発は数えない)である。

 牛では、狂牛病の潜伏期間は約5年である。すなわち、牛は症状が現れる5年前からこの病気に罹っているということである。人間におけるnvCJDの潜伏期間はよく解っていないが、約10年くらいではないかと言われている。このように潜伏期間が不確かであるために、イギリスにおいて、症状はまだ現れていないが、すでにこの病気に罹っている人がどのくらいいるのか、明らかでない。イギリス政府の主席医療担当官であるライアム・ドナルドソン教授は1999年12月21日、「この流行病の規模が数百の単位の小さなものなのか、あるいは数十万の単位の非常に大きなものなのか、まだこの数年間は明らかにならない」と述べている。

 狂牛病の流行は酪農経営の刷新、すなわち、死んだ牛の肉を飼料にして生きた牛に食べさせる、ということが原因である。牛は本来、草食動物であるが、現代の酪農経営の技術はそれを変えてしまった。よくわからない理由で死んだ牛が処理場に送られ、そこで煮沸され、赤砂糖に混ぜてすりつぶされ、最後には家畜用飼料に加えられる。狂牛病がこのような家畜の飼料(特に脳、脊髄、眼球、脾臓、その他神経組織などの特定の臓器)を通じて感染するということが明らかになったのは、もっと後のことであった。

 イギリスでは1999年に、新たに10件のnvCJDの症例が報告されており、合計48症例となった。当局が、狂牛病を伝染させると考えられる”牛の特定の臓器”を使用することを禁じてから10年以上経過している。1999年のnvCJDの新たな発病は、その潜伏期間が10年以上であるか、あるいは汚染された肉が食物連鎖から効果的に排除されていないことを示唆している。

 ロンドンのサンデー・タイムズ紙は昨年12月下旬に、人間の食用には禁じられている肉がイギリスでは未だに市場に出回っていると報じている。狂牛病騒動が勃発した後、イギリス政府は生後30ヶ月以上の牛を全て殺すことにより、この病気を撲滅しようと試みた。その結果、この9月までにイギリスでは250万頭以上の牛が殺された。しかしタイムズ紙によれば、牛の齢を偽って人間の食用として売るために農家と牛の仲買人が証明書を偽造する事件が50件以上あったとイギリスの調査官は報告している。さらに農務省は約90,000頭の牛が計上されなかったことを認めている。イギリスでは毎年新たに約1,600件の狂牛病の発病が報告されている。

 12月にフランスの保健衛生当局はnvCJDの2番目の症例として、パリの36歳の女性が発病したと発表した。フランスは、欧州共同体(EU)が1999年8月1日に正式にイギリス産牛肉の安全宣言をしたにもかかわらず、その輸入を拒否し続けているEUは12月に、フランスにイギリス産の牛肉を輸入させるために、フランスをEUの法廷に出すことになると述べている。ドイツもまた、イギリス産の牛肉の輸入を拒否している。

 アメリカ政府はアメリカの牛の間では未だかって狂牛病が発見されたことはないと述べている。しかしながら、慢性消耗病(CWD)と呼ばれるTSEに密接に関連した病気が、この20年間、コロラド州北部とワイオミング州南部の鹿やヘラジカの間で広がっている。1981年以来、CWDはロッキー山脈の鹿やヘラジカの群の間で徐々に広がっており、現在、コロラド州フォート・コリンズとワイオミング州シャイアンの間の地域に生息する62,000頭の鹿の4%〜8%がこの病気に罹っている。

 1999年、CWDはモンタナ州フィリップスバーグの近くでヘラジカを商業的に飼育しているデービッド・ケスラー猟獣農場のヘラジカの群で、CWDが大発生した。同農場の少なからぬヘラジカがオクラホマ州やアイダホ州、そして恐らくは他の州にも出荷されており、それらの場所のヘラジカの間でもCWDが確認されている。12月初旬にモンタナ州の保険衛生当局はケスラー農場の81頭のヘラジカを”と”殺した。当初、当局はその死体を焼却するという計画を発表していたが、後に、焼却は金がかかるということで、グレート・フォールズの北部にあるハイ・プレーンズ埋め立て地に埋められた。これらのヘラジカに使用された、給餌、給水や飼育の用具もこの埋め立て地に埋められた。モンタナ州当局はこのヘラジカ農場のフェンスも消毒すると言明したが、どのようにそれを行うのか、またケスラー農場の汚染された土地をどうするのかについても言及しなかった。

 CWDを媒介する病原体であるプリオン蛋白質は非常に頑強で、従来のアルコールや熱による滅菌法では消毒することができない。病気に罹ったヘラジカの死体はハイ・プレーンズ埋め立て地のごみの山の下に埋められただけなので、雨水にさらされたり、恐らくはごみをあさる動物たちが餌食とするであろう。

 コロラド州北東部及びワイオミング州の南東部では、州当局は狩猟者が射止めた鹿やヘラジカをさばく時には十分注意し、ゴム手袋をして、脳や脊髄には極力触らぬよう、また、脳、脊髄、眼球、脾臓、リンパ節は破棄し、絶対に食べてはならないと警告している。CWDが鹿やヘラジカから人間に感染するという証拠は今のところないが、狂牛病が人間に感染するという確かな証拠も1999年まではなかったのだから、この警告は妥当であるとロッキー山脈の野生生物の州担当官は述べている。

 1999年末にボストン・グローブ紙の記事の中でテリー.J.アレンは、1996年以来30歳より若い3人のアメリカ人がクロイツフェルト・ヤコブ病に罹患していると報告している[3] 。3人は全て、広範囲で狩猟を行い、または狩猟した動物を食べていたことが知られている。CWD病が鹿やヘラジカから感染しているという証拠はないけれども、若い人の間での発病は極めて稀なこの病気が現実に発生したということが、イギリスでのこの問題の最初の証拠であったという事実から、アメリカの保険衛生当局もあらゆる可能性について積極的に調査すると言明している。

 アトランタ州にあるアメリカ疾病対策センター(CDC)の統計学者の1人は、もしアメリカでもう1人、30歳より若いCJD患者が見つかれば、”均衡が破れて”何か通常でないことが事実、起きていると当局を説得することができるのだがと、テリー・アレンに述べた。消費者連盟のミカエル・ハンセン博士は、「若い人の間での発病が極めて稀であり、その診断が難しいということならば、検知できず見過ごされている症例もあり得ることだ」と述べている[3]。

 事実、1996年以来アメリカで発見された3症例の内の一つは、危うく発見されずに見過ごされるところであった。昨年ユタ州のドウ・マックイアン(28)には一連の不可解な症状、すなわち、記憶の喪失、車の運転不能、情緒不安定、失見当、等が現れるようになった。妻のトレーシーが語るには、彼の主治医は数々の検査を試みたが、彼の病気が何であるかを診断することはできなかった。ある時、彼女はたまたまテレビで狂牛病に関する番組を見て、ドウの主治医にCJDかどうかの検査をするよう主張した。脳の生体採取検査を行った結果、CJDであることが確認された。

 3人の若いCJD患者のうちの1人はメーン州ランゲリー近くで射止められた鹿の肉を食べていたので、11月に州の当局者はメーン州で射止められた299頭の鹿の脳をサンプルとして採取した。当時、州当局はメーン州の鹿がCWDに罹っていないことは極めて明白であると言明していた。テスト結果については未だに公表されていない。

 連邦当局は、狂牛病に感染した動物を飼料として与えられていたかもしれないという理由で、バーモントの羊、2群を隔離した。それらの羊はベルギーとオランダからバーモントに輸入されたものであり、輸出元で不適切な給餌を受けていた可能性があるというわけである。ニューヨーク州の同様な羊の群が、最近連邦政府によって買い上げられ、と殺された[4] 。

 一方、インディアナ州の、”牛脳のサンドウィッチ”が大好きな68歳の男性が昨夏、CJDで死亡した。”牛脳のサンドウィッチ”はインディアナ州の地方の珍味であり、数年前にドイツからの移住者らによって持ち込まれた。エバンスビル(インディアナ)新報によれば、エバンスビルの法廷病理学者、ジョン・ハイディングスフェルダーは過去にCJDを3症例見たと述べている。インディアナ州のこの症例について狂牛病との関係は解っていない。エバンスビル(インディアナ)新報の幹部記者、ロバータ・ハイマンは、家畜業者協会から今後はこの問題についての記事は書くなという警告を受けたと伝えられている。

ピーター・モンターギュ
===== Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO) =====

[1] Unless a specific source is cited, information in this issue of Rachel's was taken from www.mad-cow.org, a web site maintained by Thomas Pringle of Eugene, Oregon. Sources of information are cited at www.mad-cow.org.

[2] Michael R. Scott and others, "Compelling transgenic evidence for transmission of bovine spongiform encephalopathy prions in humans," PROCEEDINGS OF THE NATIONAL ACADEMY OF SCIENCES Vol. 96, No. 26 (December 21, 1999), pgs. 15137-15142.

[3] Terry J. Allen, "Rare, Animal-Borne Disease a Medical Mystery; Officials Examine Maine Deer in Hunt for Clues," BOSTON GLOBE December 12, 1999, pg. C26.

[4] Matthew Taylor, "Mad Cow Fears, Anger on Farms; Two Imported Sheep Herds Quarantined in Vermont," BOSTON GLOBE October 31, 1999, pg. F24.

Descriptor terms:
mad cow disease; england; france; montana; wyoming; vermont; maine; deer; elk; bse; tse; central nervous system disorders;



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