レイチェル・ニュース #682
2000年1月13日
医療過誤
ピーター・モンターギュ
#682 - Medical Mistakes, January 13, 2000
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/4995

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2000年2月19日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_00/rehw_682.html



 1999年中に、主要な機関が、アメリカにおける最も大きな死亡原因の一つが医療過誤であることを明らかにした。

 ニューヨーク・タイムズ紙は、入院患者の5%、又は年間約180万の人が入院中に感染症にかかると報告している[1]。そのような感染症は”医療によって生じた”と呼ばれている。その意味するところは医者によって引き起こされた、または、もっと広く言えば、医療ケアによって生じたものである。    アメリカ疾病対策センター(CDC)によれば、アメリカでは医療感染が直接的原因で毎年、20,000人の入院患者が死亡しており、さらに加えて70,000人の死亡の一因となっている。CDCによれば医療感染による出費は45億ドルにのぼるとのことである。

 過去20年間に医療感染は36%増加したが、その理由は、今、入院する人々が20年前に比べて病気にかかり易く、脆弱になっているからであり、また抗生物質の使い過ぎにより、抗生物質耐性の細菌が増えているからである。

 ニューヨーク・タイムズ紙によれば、一番の問題は介護者が正しく手を洗うことを怠ることにある。「人間の手は病院内で最も危険な感染源である」とシカゴのクック郡ヘルスサービス局伝染病部長のロバート・A ・ウェインスタイン博士は述べている。
 デューク大学医療センターが実施した調査によれば、集中治療科で患者を扱う医師のうち、わずか17%の医師しか適切に手を洗っていないことが分かった[1]。

 手を洗う代わりに、ラテックス製手袋を使用することもできる。残念なことに、介護者の多くは手袋をもっぱら自分自身を防護するためのものであると考えており、朝、手袋を着けるとそれを一日中着けているので、手を洗わないのと同じことになる。長期ケアセンターにおける手袋使用の調査によれば、手袋を着用するよう指示された全時間の82%の間、交換せずに着用し、わずか16%の時間だけ、適切に交換して着用していた。

 病院にとっては、患者の感染について監視する必要性はあまりない。「院内感染について、きちんとした監視をしなければ、院内感染は検出できない、即ち、院内感染は存在しないことになり、そのことはその病院がすばらしいということになる」とアトランタ州のCDC予防研究プログラム部門長ウイリアム・ジャービス博士は述べている[1]。

  色々な対策が講じられている。その一つは、介護者に水を使わず、アルコールベースの抗菌剤で手をこすって消毒するようにさせることである。これは、従来の手を洗うやり方と同じ消毒効果があるうえ素早くでき、水と石けんに比べて、手にも優しいやり方である。
 他の対策は介護者が部屋に入ってきたら「手を洗いましたか」と必ず聞くように患者を訓練することである。

 医療過誤に関する臨床現場での状況はだんだん悪くなっている。『TO ERR IS HUMAN(あやまつは人の常)』と題する、国立医療研究所(国立科学アカデミーの一部門)が11月に発行したレポートによれば、医療過誤により毎年アメリカの病院で44,000人から 98,000人(平均71,000人) が死亡している[2] 。

 アメリカでは年に3,360万の人々が入院してる。これらの人々の2.9%から3.7%(平均3.3%)は病院にいる間に”医療事故”を被っている[2,pg.1]。”医療事故”とは患者の病気そのもの又は健康状態によってではなく、むしろ医療管理によって健康を損なうことと定義される[2,pg.22]。

 これら医療事故のうち、8.8%から13.8% (平均11.2%)は免れがたいものであり、53%から58%(平均 55.5%)は過誤によるものである[2,pg.22] 。したがって、アメリカでは入院する500人に1人が医療過誤によって死亡していることになる(ちなみに民間の航空機事故は800万回の飛行で1回である)。このように、医療過誤は主要な社会的健康問題の一つであると言える。少なく見積っても、毎年44,000人が医療過誤によって死亡しており、これはアメリカでの自動車事故による死亡(43,458 人、1998年)よりも多い。

 技術的な過誤として許容できる死亡率を、”100万分の1”と表現することがあるが、これにならえば、医療過誤による500人に1人の死亡というのは、”100万分の2000”という表現になる。

 レポート は、500分の1という数値は実際の医療過誤による死亡よりも小さい値であろうと見積っている。なぜなら、この数値は患者の記録に基づくものであり、多くの医療過誤は患者の記録には残されていないかもしれないからである。「多くの過誤と安全に関する議論は、わからない所で行われ、病院の外にも、中でも報告もされておらず」[2,pg.37] 、「この問題について皆が沈黙している」[2,pg.2] とレポートは述べている。

 そして、500分の1という推定値は過小であるという証拠として、医療過誤による死亡率は500分の1をはるかに超えているということを示す2つの調査を挙げている。

 1番目の調査は、ある大学病院における815人の患者に関するものであり、それによれば、患者の36%は”医療に起因する病気”、即ち診断や治療によって、あるいは患者の病気が原因の自然な結果ではない有害な事象によって生じた病気、に罹っていることを示している。815人のうち9%の患者は生命を脅かす、あるいは重大な廃疾を伴う”医療に起因する病気”に罹っており、他の2%の患者については、”医療に起因する病気”がその患者の死に関与したと信じられている[2,pg.26] 。
 こうして、この調査は500分の10、又は、50分の1の患者が医療過誤で死亡していることを示している。

 2番目の調査は、大きな大学病院の2つの集中治療科と1つの外科に入院した1047人の患者に関するものである。1047人中480人(46%)の患者は”医療事故”にあっている。ここで言う”医療事故”とは、”本来適切な処置がなされるべきであったのに、実際には不適切な処置がなされたために陥った健康状態”と定義される[2,pg.26] 。185人(18%)の患者についてはその医療事故は深刻なものであり、廃疾又は死につながるものであった。

 医療過誤のうち重要なものとして、薬物治療に関する過誤、即ち、患者に誤ったを薬物治療を行う、薬物の適量を誤る、あるいは不適切な薬物を組み合わせる、等の過誤がある。レポートは1993年にアメリカの病院の内外合わせて7,391人が薬物治療の過誤によって死亡したと推定している[2,pg.27] が、同レポートは「実際に起こった多くの過誤が文書化されず、報告されていないために、この推定値は、疑いなく実際よりも低い値である」ことを認めている[2,pg.29]。医者はより多くの薬を処方するようになったので、この問題はますます悪化するように思われる。1983年から1993年の間で、薬物医療過誤による入院患者の死亡数は2.4倍になっているが、一方、薬物医療過誤による外来患者の死亡数は、驚くべきことに8倍に達している[2,pg.28]。

 レポートによれば、医者は患者に処方する薬の間で起こりうる相互副作用について、しばしば考慮しないことがある。同レポートによれば、「過去の薬物投与の履歴に関する情報が手近にあるにもかかわらず、医者は薬同士の潜在的な相互副作用についての検証を日常的に行っていない。」

 レポートはさらに、ある病院の緊急医療室における、任意に選択された424人の患者に関する調査について述べている。ほぼ半数の患者(199人/47%)はその病院に来てから、新しい薬物投与を受けるようになり、その中の10%(19人)、又は調査対象の4.7%の患者が潜在的に相互副作用がある薬物投与を受けていた。「どの場合についても、患者の薬物投与の履歴は記録されており、それらを医者は見ることができたにもかかわらず」とレポートは述べている[2,pg.33] 。

 子どもとお年寄りは特に薬物医療過誤、主には薬物の不適切な投与量を受けがちである。4年間にわたる小児集中治療科での調査で、薬物医療過誤に起因する医療事故が2147人の子どもの患者のうち3.1%に起きている。集中治療科の入院患者33人に1人の割合での医療事故である[2,pg.29] 。
 1987年の調査によれば、医者はお年寄りの患者の25%近くに、不適切な薬物医療を行っていた[2,pg.33]。

 薬物医療過誤は医者だけの問題ではない。マサチューセッツの薬剤師に関する調査によれば、年間240万件の処方(全処方件数の4%)が薬局で不適切に調合されていた。これら薬剤師の過誤のうち88%については薬の種類の間違い、あるいは薬効強度の間違いであった。

 結論として言えることは、薬物医療過誤は手に入るデータに基づいて推定しているので、実際は恐らく、もっと大きな問題であろうということである。「現在の薬物医療過誤の発生件数に関する推定は疑いなく過小である。なぜなら、文書化されず、報告されない多くの過誤があるからである」とレポートは述べている[2,pg.29] 。

 レポートは実際の医療過誤による死亡率は、500分の1より高い別の理由として次のことをあげている。500分の1という数値は病院内での死亡率である。”多くの入手可能な調査は病院内に焦点を当てているが、医療過誤は、病院だけでなく、あらゆる所に存在する問題である”[2,pg.2]。
 病院以外、例えば、巡回診療所、外来外科センター、オフィス診療所、患者やその家族や友人達によって運営されるホームヘルスやホームケアで発生する医療過誤または医療事故に関する調査はほとんど行われていない[2,pg.25]。養護老人ホームにおける医療過誤による死亡率は報告されたことがない。しかしながら、養護老人ホームの薬物療法に関する一つの調査によれば、処方薬1ドルに対し、これらの薬による被害や死亡に対処するために、1.33ドルが費やされているとのことである。

 レポートは医療の安全性を改善するための一連の勧告を行っている。その目標とするところは病院での医療過誤による死亡率を5年以内に1000分の1まで減らすことである。この目標を達成するために推奨している方法は、医療過誤が高くつくようにすることである。「勧告の共通の目標は外部からヘルスケアの組織や供給者に対し、医療過誤は高くつくよう圧力をかけることであり、そうすれば彼らは安全性を改善することを余儀なくされることになる」とレポートは述べている[2,pg.3]。

 国立医学アカデミーは立派な映画("First do no harm")や善意や長年にわたる専門的訓練や自発的な遵守などでは、安全性に関する必須事項を実行させることはできないということを認めている。効果があるのは莫大な罰金である。

 次期連邦議会は、市民が安全でない製品やサービス、危険な化学物質やその他、危険な技術を売ったり提供した企業や個人を告訴する機会を制限する法案を審議しようとしていることを、我々は忘れてはならない。不法行為に対する告訴や断固とした罰則は有害な行為を制限するための有効な手段である。

ピーター・モンターギュ
===== Peter Montague (National Writers Union, UAW Local 1981/AFL-CIO) =====

[1] Emily Yoffe, "Doctors Are Reminded, 'Wash Up!'," NEW YORK TIMES November 9, 1999, pg. F-1.

[2] Linda T. Kohn, Janet M. Corrigan, and Molla S. Donaldson, editors, TO ERR IS HUMAN; BUILDING A SAFER HEALTH SYSTEM (Washington, D.C.: National Academy Press, 1999). ISBN 0-309-06837-1.

[3] Using data from TO ERR IS HUMAN (pgs. 1 and 22), the average probability of death by medical mistake after being admitted to a hospital is: the probability of an "adverse event" caused by medical management (0.033) multiplied by the probability that the adverse event will be fatal (0.112) multiplied by the probability that the adverse event was caused by human error (0.555); so 0.033 * 0.112 * 0.555 = 0.002 = 1/500. The low death estimate for hospital deaths is 33.6E6 * 0.029 * 0.088 * 0.53 = 43,700; the high death estimate is 33.6E6 * 0.037 * 0.136 * 0.58 = 98,000.

[4] We had to make some assumptions to derive the 4% figure. TO ERR IS HUMAN, pg. 33, says 2.4 million prescriptions were improperly filled in Massachusetts in a recent year. We do not know how many total prescriptions are filled in a year in Massachusetts, but we can estimate the number this way: TO ERR IS HUMAN, pg. 27, says 2.5 billion prescriptions were filled in the U.S. in 1998. In 1998, the U.S. population was about 270 million people, so each person had 9.2 prescriptions filled (average) in 1998. In 1997, the Massachusetts population was about 2.32% of the U.S. population, so in 1998 when the U.S. population was 270 million, the Massachusetts population was probably about 6.3 million people; if each person had 9.2 prescriptions filled in 1998 then the total filled in Massachusetts was about 58 million. Therefore 2.4 million errors represent an error rate of about 4%.

Descriptor terms:
medical mistakes; mortality statistics; morbidity statistics; hospitals; infections;



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る