予防原則に関する
欧州委員会コミュニケーション COM2000

情報源
COMMUNICATION FROM THE COMMISSION on the precautionary principle
http://europa.eu.int/eur-lex/en/com/cnc/2000/com2000_0001en01.pdf
訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
更新日:2003年8月27日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/eu/eu_com2000.html


P.1
COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES
Brussels, 2.2.2000
COM(2000) 1 final
COMMUNICATION FROM THE COMMISSION
on the precautionary principle
P.2
概 要

 欧州連合(UE)内及び国際間で、予防原則をいつ、どのように使用するかという問題は、多くの論争と様々な、時には矛盾した見解を提起している。従って政策決定者は常に、環境、人間、動物、叉は植物の健康に与える悪影響のリスクを減らす必要性に関し、個人、産業界、及び組織の自由と権利とのバランスを取ることの板ばさみに悩むことになる。従って、釣り合いがとれ、非差別的で、透明性があり、一貫した行動が取れる正しい釣り合いを見出すためには、詳細な科学的そして客観的情報に裏付けられた構造的な政策決定プロセスが必要である。

 このコミュニケーションの4つの目的は下記の通りである。
  • 予防原則使用に対する委員会の取り組みの概要を述べること
  • 予防原則適用のための委員会ガイドラインを設定すること
  • 科学がまだ完全には評価できないようなリスクに関し、どのように評価し、見積もり、管理し、意志伝達するかについての共通の理解を確立すること
  • 保護主義の隠れ蓑として予防原則を利用することを避けること
 さらにこの問題について域内及び国際間で現在行なわれている議論への情報供給に努めている。

 予防原則は、EC条約の中では定義されておらず、環境を保護するために一度だけ条約の中で規定されただけである。実際には、特に予備的な客観的・科学的評価が、環境、人間、動物、または植物の健康に及ぼす潜在的に危険な影響が共同体のために選択された高い保護レベルと矛盾するかもしれないという懸念に合理的な根拠があるということを示す場合には、その範囲はもっと広くなる。

 委員会は、共同体が、他のWTO加盟国と同様に、特に環境、人間、動物、または植物の健康の保護を適切と考えるレベルに設定する権利を有すると考える。予防原則を適用するということは共同体の方針に関わる重要なことがらであり、このために、その選択はいかにこの原則を適用するかについての見解に影響を与え続けるであろう。

 予防原則は、リスク評価、リスク管理、リスク・コミュニケーションの3要素からなるリスクの分析に対する構造的アプローチの中で検討されるべきである。予防原則は特にリスクの管理に関連している。

 リスクの管理において本質的には政策決定者が使用する予防原則は、科学者が科学的データの評価に適用する 担保(element of caution) と混同すべきではない。
P.3
 予防原則の適用は、事象、製品、あるいはプロセスに由来する潜在的に危険な影響は特定されているが、科学的評価では十分な科学的確実性をもってリスクを決定できないということが前提となる。

 予防原則に基づく取り組みを実施する場合は、できる限り完全な科学的評価をもって開始し、可能なら、評価の各段階で科学的不確実性の程度を特定すべきである。

 政策決定者は、入手可能な科学的情報を評価した結果に伴う不確実性の程度について知っている必要がある。何が社会にとって ”許容できる” リスクのレベルなのかを判断することは、極めて政治的な責任である。許容できないリスク、科学的不確実性、そして公衆の懸念に直面した政策決定者は、答を探し出す責務がある。従って、これらすべての要素が考慮されなくてはならない。

 ある場合には、正しい答は、何も実施しない、少なくとも拘束力のある法的措置は導入しないことかもしれない。実施する場合には、法的に拘束力のある措置から研究プロジェクトあるいは勧告まで、幅広い発案(initiatives)が選択可能である。

 政策決定手順は透明であり、できるだけ早い時期から可能な限り全ての関係諸団体を参画させるべきである。

 措置が必要であると考えられる場合に、予防原則に基づいた措置は、とりわけ、下記要件を満たすべきである。
  • 選択された保護レベルに釣り合うこと
  • 適用において非差別的であること
  • 既に実施された類似の措置と一貫性があること
  • 措置をとる叉は措置をとらない場合の潜在的便益とコストの検証に基づいていること (適切で実行可能なら、経済的コスト−便益分析を含む)
  • 新しい科学データが得られた時には再検証の対象とすること
  • より包括的なリスク評価に必要な科学的証拠を作成する責任の所在を明確にできること
 釣り合いとは、選択された保護レベルに合わせて措置を調整(tailoring)することである。リスクをゼロにすることはほとんどできないが、不完全なリスク評価は、リスク管理者に開かれる選択肢の範囲を著しく狭めるかもしれない。全面的な禁止は、全ての場合に潜在的リスクに対する釣り合いのとれた対応ということではないかもしれない。しかし、ある場合にはそれが、あるリスクに対して唯一の可能な対応となる。

 非差別的とは、客観的な根拠がない限り、同等の情況では異なる取り扱いがなされるべきではなく、また、異なる情況では同等の取り扱いがなされるべきではないということである。
P.4
 一貫性とは、措置は、全ての科学的情報が入手可能な同等な領域において、既に採られた措置と同等な範囲及び特性を持つことである。

 コストと便益の検証は、措置をとる叉は措置をとらない場合の、短期及び長期の共同体に対する全てのコスト比較を必要とする。これは単に、経済的なコスト−便益比較ではない。その範囲はもっと広く、可能な選択肢の効率や公衆に対する許容性のような非経済的考慮を含む。
 そのような検証を行なう場合には、一般原則と、健康保護が経済的考慮に優先するという裁判所(the Court)における判例が考慮されなくてはならない。

 新しい科学データが得られた時の再検証の対象とは、予防原則に基づく措置は、科学的情報が不完全である叉は結論に達していない限り、また、選択された保護のレベルの観点から社会に及ぼすリスクがまだ高いと考えられる限り、継続的に保守されるべきであるということである。
 措置は、科学的進歩に合わせて定期的に見直し、必要に応じて修正されるべきである。

 科学的証拠を作成する責任を明確にすることは、すでにこれらの措置の共通の結果である。危険であるとみなす商品に関する事前承認(市場に出すことの認可)を要求する国は、産業側がそれらの製品は安全であることを実証するために必要な科学的作業をしないなら、そしてするまで、それらの製品は危険なものとして取り扱うことにより、危険性の証明義務を産業側に移行する。

 事前の認可手順がない国の場合には、危険の特性と製品またはプロセスのリスクのレベルを実証することは、使用者または当局に任されるかもしれない。そのような場合、証明義務を生産者、製造者叉は輸入者に課すような特定の予防的措置がとられるかもしれないが、このことを一般的な規則とすることはできない。


P.5
目 次

1.  はじめに7
2.   このコミュニケーションの目標 8
3.   EUの予防原則 8
4.   国際法における予防原則 10
5.   予防原則の構成要素 12
  5.1. 予防原則に頼ることへの引き金となる要因 13
  5.1.1. 潜在的に負の影響の特定 13
  5.1.2. 科学的評価 13
  5.1.3. 科学的不確実性 13
  5.2. 予防原則への信頼性に基づく措置 15
  5.2.1. 措置をとるかとらないかの決定 15
  5.2.2. 最終的にとられる措置の特性 15
6.   予防原則適用のガイドライン 15
  6.1. 実施 15
  6.2. 引き金となる要因 15
  6.3. 適用の一般原則 16
  6.3.1 均衡性 17
  6.3.2. 非差別性 18
  6.3.3. 一貫性 18
  6.3.4 措置をとる叉はとらない場合の便益とコストの検証 18
  6.3.5. 科学的発展の検証 19
P.6
 6.4. 立証責任20
7.   結論 21
付属書T 予防的措置に関するEC決定のための法及びその他の基礎 22
   ・法律条項 22
   ・判例 22
   ・政策方針 22
付属書U 国際法における予防原則 25
   ・環境 22
   ・WTOのSPS協定 22
付属書V リスク評価の4つの要素 28


P.7
1.はじめに

 最近の様々な出来事は、人々が、自分等の集団や環境が本質的に曝されているリスクについて気がついてきているということを示している。

 通信技術が格段に進歩したために、新たなリスクの出現に対し、科学的研究が問題を完全に解明する前に、人々はそのことに非常に敏感になっている。
 政策決定者はこれらの人々が感じる恐れを考慮し、そのリスクを除去するか、少なくとも許容できる最低限のレベルまで低減しなければならない。
 1999年4月13日、欧州理事会は特に欧州委員会を督促しつつ、以下の様な決議文を採択した。
 ”立法のために法案を準備する場合、あるいは消費者に関連する措置をとる場合、将来はもっと予防原則に基づいて決定されるべきこと、また、それに先んじて、この原則の適用のための明確で効果的なガイドラインを開発すること”

 本コミュニケーションはこの理事会の採択に対する委員会の対応の一部である。

 予防原則の規模は、リスクに対する短期的あるいは中期的アプローチに関連する問題を超えている。それはもっと長期の、そして将来の世代の安寧にも関わっている。

 全ての必要な科学的知識が入手できるまで待つことなく措置を決定することが明らかに予防的アプローチである。

 政策決定者は常に、環境叉は健康に与える悪影響のリスクを減らす叉は排除する必要性に関し、個人、産業界、及び組織の自由と権利のバランスを取ることの板ばさみに直面している。

 釣り合いがとれ、非差別的で、透明性があり、一貫した決定を行なうことができる正しい釣り合いを見出すためには、詳細な科学的そして客観的情報に裏付けられた構造的な政策決定プロセスが必要である。この構造は、リスク分析の3つの要素である、リスクの評価、リスク管理戦略の選択、及びリスク・コミュニケーションによって与えられる。

 どのようなリスク評価も既存の科学的及び統計的データに基づくべきである。ほとんどの決定は適切な未然防止措置のために十分な情報がある場合になされるが、しかしある場合には、これらのデータが不足していることもある。

 予防原則を使用するかどうかは、科学的情報が不十分である、結論が出ていない、あるいは不確実であるような場合、また、環境、あるいは人間、動物叉は植物の健康が潜在的に危険であり、選択された保護レベルと整合性がないような場合に、選択することになる。

P.8
2.このコミュニケーションの目標

 このコミュニケーションの狙いは、全ての関係者、特に欧州議会、欧州理事会、加盟国に対し、委員会が、リスクを内包することがらに関連する決定をしなければならない場合に予防原則を適用する手法について、知らせることである。しかし、この一般コミュニケーションは最終的な文言であると主張するものではなく、むしろ共同体及び国際レベルで現在行なわれている論争に対しアイディアを提供するものである。

 このコミュニケーションは予防原則に導く要素及び政策決定における立場についての共通の理解を確立し、また、理にかなった一貫性のある原則に基づく適用のガイドラインを確立することに努めるものである。

 このコミュニケーションで概説するガイドラインは一般的な手引きとして使用されることを意図しており、決してEC条約叉は2次的な共同体の法律の規定を修正したり影響を与えることを意図するものではない。

 もう一つの目的は、予防原則が(貿易)保護主義の隠れ蓑として不当に利用されることを避けることにある。従って、国際的なガイドラインを開発すれば、この結果の達成を促進することができるであろう。
 委員会はまた、コミュニケーションの中で、WTO協定から生じる義務を回避するものではなく、予防原則を使用してもこれらの義務に従うべきことを強調する。

 また、予防原則を頼りにすることと、実際にはありえないリスクをゼロにすることの追求との違いに関し、誤解が生じないよう明確にすることが必要である。
 健康、安全、環境、そして消費者の高度な保護を追求することは、共同体の要である単一市場の枠組みに属することがらである。

 共同体は既に予防原則を適用している。環境の分野では長年にわたて豊富な経験を培ってきた。そこではオゾン層保護や気候変動への懸念に対する措置など、予防原則によって推進された多くの措置を挙げることができる。

3.EUの予防原則

 共同体は一貫して環境中の、特に人間、動物、叉は植物の健康の高度な保護を達成するよう努力してきた。ほとんどの場合、この高度な保護の達成を可能にする措置は、満足すべき科学的情報に基づいて決定される。
 しかし、潜在的な危険が環境、叉は人間、動物、叉は植物の健康に影響を与えるかもしれないという懸念に対する合理的な根拠がある場合、そして、同時に詳細なリスク評価を行なうためのデータがない場合、予防原則はリスク管理戦略としていくつかの領域で政策的に受け入れられてきた。

 EUにおける予防原則の使用を完全に理解するために、法律条項、欧州裁判所と第一審裁判所の判例、及び今までに行なわれてきた政策アプローチを検証する必要がある。

P.9
法律条項

 予防原則について明示的にあるいは暗黙的に言及している法律条項から分析を始める。(付属書T参照1)

 共同体レベルでは唯一、予防原則に言及しているのはEC条約の環境条項であり、より具体的には第174条である。しかし、この条項からは、この原則が環境だけに適用すると解釈することはできない。(付属書T参照2及び3)
 予防原則はEC条約の中で輪郭は示されているが、明確には定義されていない。

 従属性(subsidiarity)とか均衡性(proportionality)など、この法に含まれる他の一般的概念と同様、予防原則に肉付けするのは政策決定者であり、最終的には法廷である。言い換えれば、予防原則の範囲はまた、ある程度は社会や政治に受け入れられている価値観に影響されている判例の動向に依存する。

 しかし、定義がないから法的に不確実性になると結論付けるのは間違いである。共同体当局が予防原則を実際に経験し、法的検証を行なうことにより、予防原則をよりよく適用することができるようになる。

判例

 欧州裁判所と第一審裁判所は、すでに判決を下した裁判において予防原則の適用について検証し、従ってこの分野における判例を展開する機会を持った。(付属書T参照5,6及び7)

政策方針

 政策方針は、委員会による 『食品の安全性に関する一般原則緑書』 及び 『消費者の健康と食品安全に関する1997年4月30日付けコミュニケーション』 で、議会による 『緑書に関する1998年3月10日の決議』 で、理事会による 『1999年4月13日の決議』 で、及び議会とEEA(European Economic Area)委員会共同による 『1999年3月16日の決議』 で、設定されている。(付属書T参照8-12)

 従って、委員会は、予防原則がとりわけ環境保護と人間、動物及び植物の健康に関する分野で考慮されるべき一般的なものであると考える。

 予防原則は、EC条約の中では環境の分野以外では明示的に記述されていないが、その範囲ははるかに広いものであり、科学的証拠が不十分で、結論が出ていない、叉は不確実であり、また予備的な客観的・科学的評価により、環境、人間、動物、叉は植物に及ぼす潜在的に危険な影響が、選択された保護レベルと整合性がないという恐れに関し、合理的な根拠があることを示す特定の状況にも適用される。

P.10
4.国際法における予防原則

 国際レベルでは、予防原則は 『世界自然憲章』 の中で初めて記述され、1982年の国連総会で採択された。その後、環境保護に関する様々な国際条約に反映された。(付属書U)

 この原則は1992年の環境と開発に関するリオ会議で正式に記され、会議中の期間中に 『リオ宣言』 として採択された。その原則 15 では次のように述べている。

 ”破壊から環境を保護するために、各国は、それぞれの能カに応じて、広く予防的アプローチを展開すべきである。深刻なあるいは不可逆的なダメージが生じる恐れがあるような場合、費用効果的に有効な対策について、科学的不確実性を口実にして、その実施の引き延ばしを図るようなことがあってはならない。”

 それ以外にも、 『気候変動に関する国連枠組み条約』 及び  『生物多様性条約』 の双方は予防原則を引用している。最近では、生物多様性条約加盟国会議において、2000年1月28日に、現代バイオテクノロジーの結果から得られる生体遺伝子操作生物の安全な移動、取り扱い及び使用についての 『生物学的安全性に関する議定書』 が予防原則の主要な機能を確認した。(付属書U)

 この原則は国際的な環境法の中で段々に強化され、今では完全に自立した国際法における一般原則となっている。

 『WTO協定』もこのような情況を確認している。WTO協定の序文は、かつてないほど国際貿易と環境保護の密接な関係について言及している。(脚注1:訳者:略)
 一貫したアプローチとは、予防原則はこれらの協定の中で、特に 『公衆衛生及び植物検疫措置(Sanitary and Phytosanitary Measures SPS)に関する協定』 及び 『貿易への技術的障壁(Technical Barriers to Trade TBT)に関する協定』 において、この一般原則が法的な強制力をもつことを確実にするよう、考慮されなくてはならないということである。

 WTOの参加各国は、環境叉は健康保護のレベルを各国が適切であると考えるものに自主的に決定する権利を有する。その結果、参加国は、関連する国際標準や勧告の中で用意されたものより保護レベルが高くなる予防原則に基づいた措置を採用するかもしれない。
P.11
 『公衆衛生及び植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)』 では、用語そのものは明示的ではないが、明確に予防原則の使用を是認している。一般規則は、全ての公衆衛生と植物検疫の措置は科学的原則に基づかなくてはならず、またそれらは適切な科学的証拠なしには維持されるべきではないが、これらの原則からの逸脱(derogation)は第5条(7)で次のように規定している。

 ”関連する科学的証拠が十分ではない場合には、参加国は、他の加盟国による公衆衛生と植物検疫の措置とともに、関連する国際組織からの情報を含む、入手可能な適切な情報に基づく公衆衛生及び植物検疫の措置を暫定的に採用してもよい。そのような情況において、加盟国は、より客観的なリスク評価のために必要な追加情報を得る努力をし、合理的な期間内に公衆衛生及び植物検疫の措置の見直しをしなければならない。”

 従って、SPS 協定によれば、科学的データが不十分である時、予防原則の適用が採用された措置は暫定的であり、必要な科学的データを引き出す叉は生成する努力をすべきことを示唆している。暫定的な特性は期限に束縛はされないが、しかし科学的知識の発展には束縛されるということを強調しているということは重要である。

 第5条(7)での、”より客観的なリスク評価”という言葉の使用は、予防的措置が客観性が少ない評価に基づいているかもしれないが、それでもやはり、リスクを評価を含むということを暗示している。

 SPS におけるリスク評価の概念は、予防的措置の基礎として何を用いることができるかということについての解釈の余地を残す。措置が拠りどころとするリスク評価は定性的な特性を持つ定量化できないデータを含むかも知れないし、また純粋に定量的な科学データには一意的に限定されることはない。
 この解釈はWTOの上訴審理機関における成長ホルモンに関する審理で確認されたが、そこでは、リスク評価は定量的でなくてはならず、リスクの最小の度合いを確立しなくてはならないとする審議会の当初の解釈を却下した。

 SPS の第5条(7)に記述されている原則は公衆衛生及び植物検疫の分野で順守されるべきであるが、環境など他の分野には個別の特性があるので、幾分異なる原則が適用されるべきであろう。

 予防原則の適用に関する国際的ガイドラインはコーデックス委員会(Codex Alimentarius)で検討されている。このような委員会や他の機関でのガイダンス作りは、予防原則の誤用により貿易障壁になることを回避しつつ、WTO加盟国による調和の取れたアプローチへの道筋を作り、健康叉は環境保護のための措置を立案する助けになる。

 このような情況を鑑みて、委員会はWTOの他のメンバーによって用意された例に従い、共同体は、特に環境と人間、動物、及び植物に関し、保護のレベルを適切と考えるものに規定する権利があるということを考慮する。これに関し共同体はEC条約の第6条、95、152、及び174の各項を尊重しなくてはならない。
P/12
 このために、予防原則への信頼性は、政策の本質的な要件である。そこでなされる選択は、国際レベルでの、特に多国間レベルでの予防原則に対する位置付けに影響を与えることは明らかである。

 予防原則の原点、及びそれが国際法の中で、特に世界貿易機構(WTO)の協定の中で、果たす役割の重要性を理解しつつ、この原則は、今日性のある様々な分野において、正当に国際レベルに向けられなければならない。

 委員会はWTOの他のメンバーによって用意された例に従い、共同体は特に環境と人間、動物、及び植物に関し、保護のレベルを適切と考えるものに規定する権利があるということを考慮する。予防原則への信頼性は、共同体の政策の中心的な要件である。このためになされる選択は、国際レベルでの、特に多国間レベルでの予防原則に対する位置付けに影響を与える続けるであろう。


5.予防原則の構成要素

 予防原則の分析を行うと2つの顕著な側面が見えてくる。
(@)措置をとるか、とらないかの政策決定。これは予防原則に頼ることへの引き金となる要因に関連している
(A)措置をとる場合、どのような措置とするか。すなわち、予防原則の適用から導かれる措置。

 リスク分析における科学的不確実性の役割について、特に、それがリスク評価に属するのか、叉はリスク管理に属するのかについて、議論がある。この議論は、慎重なアプローチ(prudential approach)と予防原則の適用との間の混乱によって生じている。これら2つの側面は補完的であるが、混同すべきではない。

 慎重なアプローチ(prudential approach)はリスク評価政策の一部であり、リスク評価が実施される前に決定され、また、” 5.1.3.科学的不確実性”の項で述べる要因に基づく。従ってそれはリスク評価者から伝えられる統合的な科学的見解の一部である。

 一方、予防原則の適用は、科学的不確実性がリスクの完全な評価を阻む時、及び政策決定者が、選択された環境の保護レベル叉は人間、動物、及び植物の健康の保護レベルが危うい(in jeopardy)かもしれないと考える時、リスク管理の一部となる。

 委員会は、予防原則を適用する措置は、リスク分析の一般的枠組みに、そして特にリスク管理に属すると考える。

P.13
5.1.予防原則に頼ることへの引き金となる要因

 予防原則は、たとえ、科学的データが十分でないために、あるいはその包括的な特性のために、そのリスクを十分に立証できない、叉はその影響を決定できなくても、潜在的なリスクがある場合にのみ意味がある。

 しかし、予防原則はどのような場合でも、任意に決定して採用したものを正当化するために使用することはできない。

5.1.1.潜在的に負の影響の特定

 予防原則が引用される前に、そのリスクに関連する科学的データをまず最初に評価しなくてはならない。しかし、一つの要素が論理的にも時間的にもとるべき措置の決定に先んじることがある。すなわち、現象についての潜在的に負の影響(potentially negative effects)である。これらの影響をより完全に理解するために、科学的な検証を行う必要がある。この検証を追加情報を待たずに実施することの決定は、そのリスクに関する論理性は希薄でも堅固な知覚があるかどうかに緊密に関係している。

5.1.2.科学的評価

 環境、人間、動物、又は植物の健康を守るために措置が必要かどうか検討する場合、本質的に有害な影響の科学的評価は入手可能なデータに基づいて行われるべきである。予防原則を引用するかどうか決定する場合、実現可能ならば、リスクの評価が考慮されるべきである。
 このことにより、発生の可能性と可能性のあるダメージの程度、残留性、可逆性、及び影響発現の遅延を含む、環境、又は当該集団への危険な影響の程度を示す結論とともに、信頼性のある科学的データと論理的な理由説明が要求される。
 しかし、どのような場合でもリスクの包括的な評価を完全なものにすることは不可能であるが、入手可能な科学的情報を評価をするためにあらゆる努力がなされるべきである。

 可能ならば、未だ残る不確実性及び評価の信頼性に関する科学者の見解を添えて、既存の知識と入手可能な情報の評価を示す報告書が作成されるべきである。もし必要なら、今後行う科学的調査研究について記述した内容を含むべきである。

 リスク評価は4つの要素からなる。すなわち、危険の特定、危険の特性記述、暴露の推定、及びリスクの特性記述である。(付属書V)
 科学的知識の限界は、これらの個々の要素に影響を与える。それらは随伴する不確実性の全体レベルへの影響であり、最終的には予防的、または未然防止的措置に影響する。これら4つのステップは、とるべき措置が決定される前に完了していなくてはならない。

5.1.3.科学的不確実性

 科学的不確実性は、通常、科学的手法の5つの特性に起因する。すなわち、選択される変数、実施される測定、取り出される試料、使用されるモデル、そして採用される因果関係である。
P.14
 科学的不確実性はまた、既存のデータや関連データの欠如に関する論争からも発生する。不確実性は定性的又は定量的な分析要素に関連するかもしれない。

 ある科学者たちに好まれる抽象的で一般的なアプローチは、全ての不確実性を3つのカテゴリーに分類することである。すなわち、偏見(Bias)、無作為性(Randomness)、そして真の変化性(True Variability)である。他の専門家たちは、不確実性を発生確率の信頼区間と危険な影響の深刻度の推定により分類しようとする。

 この問題は非常に複雑であり、委員会は ヨーロッパ科学技術観測所(European Scientific Technology Observatory)の後援の下に、”技術的リスクと不確実性の管理”というプロジェクトを立ち上げた。ESTO から4つの報告書が近いうちに出される予定であり、その中で科学的な不確実性に関する包括的な記述がなされるはずである。

 リスク評価者はこれらの不確実要素を下記のような側面も考慮して慎重に調整する。
  • 人間への潜在的な影響を確立するために動物モデルに依存する

  • 生物種間の比較を行う場合には体重を用いる

  • 生物種内及び生物種間の1日当り許容摂取量を評価する場合に安全係数を採用する。この係数の大きさは入手可能なデータの不確実性の度合いに依存する

  • 遺伝子毒叉は発がん性が認められる物質については1日当り許容摂取量を採用しない

  • ある有毒汚染物質については、合理的に達成できる限り、低い(ALARA" (as low as reasonably achievable))レベルを採用する
 リスク管理者は、リスク評価者から渡された科学的見解に基づいて措置を採用する時に、これらの不確実性の要素について完全に知っていなくてはならない。

 しかし、ある場合には、科学的データはこれらの慎重な局面(prudential aspects)を実際に適用するためには十分でないことがある。すなわち、モデル化するための変数がないために推定ができず、因果関係がありそうであるが実証できないような場合である。政策決定者が、措置をとるべきかとらざるべきかの板ばさみに直面するのはこのような場合である。

予防原則に頼ることは下記を前提とする:

  • 事象、製品、叉はプロセスに由来する潜在的な負の影響の特定

  • データが不十分、結論が出ない、叉は不正確な特性のために、十分な確実性をもって確定するすることができないリスクの科学的評価

P15.
5.2.予防原則への信頼性に基づく措置

5.2.1.措置をとるかとらないかの決定

 世間から受ける様々な圧力の程度にもよるが、概ね上述のような情況の下で、政策決定者は対応しなくてはならない。しかし、対応するということは、必ずしも措置が常に採られなくてはならないということを意味しない。
 何もしないということもそれ自身で一つの対応である。

 与えられた情況の下での適切な対応とは、リスクを及ぼされる社会にとって ”許容できる” リスクのレベルを設定するという、高度に政治的な決定から生じる結果である

5.2.2.最終的にとられる措置の特性

 決定の特性は実行される管理の仕方に影響を与える。予防原則を頼りにするということは、必ずしも、法的レビューを受けて法的効力を生成するよう企図された最終的な文書を採用するということではない。
 予防原則という題目の下に、政策決定者には措置選択のための幅広い範囲がある。研究プログラムに資金を提供するというような決定や、あるいは単に公衆に製品や処置の有害な影響の可能性について知らせるというような決定でも、予防原則によって鼓舞されるかもしれない。

 共同体の機関によって採用された措置の適法性の宣言は欧州裁判所が行なう。同裁判所は、委員会叉は他の共同体機関が、特に、採用した措置の特性と範囲に関して、幅広い任意の権限を持っている時に、同裁判所によるレビューは、その機関が明白な誤り、権限の誤用、叉はを評価権限からの明らかな逸脱を犯していないかどうかを検証することに限定されなくてはならないという立場を一貫して保持してきた。

 ゆえに、その措置は任意のものではないかもしれない。

 予防原則を頼りにするということは、必ずしも、法的レビューを受けて法的効力を生成するよう企図された最終的な文書を採用するということではない


6.予防原則適用のガイドライン

6.1.実施

 政策決定者が、環境や人間、動物、叉は植物の健康へのリスクは、措置をとらないと、深刻な結果をもたらすということを知るようになった時に、適切な措置についての論点が提起される。政策決定者は、最も適切な措置が選択できるよう、構造的なアプローチにより、可能な限り完全な、環境叉は健康へのリスクの科学的証拠を入手しなくてはならない。
P.16
 予防原則に基づく措置を含む適切な措置の決定は、科学的評価から、そして、もし必要なら、できる限り客観的で完全な科学的評価を実施するために、委任すべき科学者の選定から着手すべきである。それは、既存の客観的な証拠、知識のギャップ、そして科学的不確実性に光を投げかけるであろう。

 予防原則に基づくアプローチの実施は、できる限り完全な科学的評価から、そして可能なら、科学的不確実性の程度をそれぞれの段階で特定することから、始めるべきである


6.2.引き金となる要因

 科学的評価が可能な限り最良なものとして一度実施されると、それは予防原則を引き合いに出すような決定を行なう引き金となる基礎を提供するかもしれない。この評価の結論は、環境、叉は集団の望ましい保護レベルが危うくされうるということを示すべきである。その結論はまた科学的不確実性の評価及び、科学的叉は統計的データの不足を補うために用いられる仮説についての説明も含むべきである。
 措置をとらないことにより生じる潜在的な結果の評価が考慮されるべきであり、それは政策決定者による引き金として使われるかもしれない。
 可能性のある措置を検討する前に、政策決定者は新たな科学的データが出るのを待つか待たないかの決定を最大の透明性を持って行なうべきである。
 因果関係、定量化できる用量反応関係、あるいは暴露による有害な影響が発生する確率についての定量的な評価の存在を示す科学的な証拠がないことを、措置をとらないことを正当化する理由にしてはならない。
 たとえ科学的助言が科学界の少数派によってなされたとしても、この少数派の信頼性や評判が認知されているなら、彼等の見解に対し当然の考慮が払われるべきである。(注2:略:訳注)

 委員会は可能な限り透明な手順に頼り、可能な限り早い時期から全ての関係諸団体を参画させたいという意志を表明してきた。(注3:略:訳注) このことは政策決定者が、社会が選択した健康叉は環境保護のレベルを達成する見込みのある合法的な措置をとる際の助けになるであろう。

 予防原則に基づく措置の引き金とするかどうかを決定する時に、政策決定者は、措置をとらないことにより生ずる潜在的な結果、及び科学的評価(evaluation)の不確実性に関する評価(assessment)について考慮すベきである。
 全ての関係諸団体は可能な限り完全に、科学的評価の結果得られる様々なリスク管理の選択に関する検討に参加させなければならなず、リスク評価は有効でその手順は可能な限り透明でなくてはならない。


P.17
6.3.適用の一般原則

 一般原則は予防原則の適用に限定されるものではない。それらは全てのリスク管理措置に適用する。予防原則によるアプローチをとることで、一般的に使用され、完全なリスク評価を手近にできる基準がある時に、それらを適用しなくてもよいということではない。

 ゆえに、予防原則に頼るということは、リスク管理の一般原則から逸脱することの理由にはならない。

 これらの一般原則には下記を含む:
  • 均衡性
  • 非差別性
  • 一貫性
  • 措置をとる、又はとらないことについての便益コストの検証
  • 科学の発展についての検証

6.3.1.均衡性

 想定する措置は適切な保護レベルを成し遂げられるものでなくてはならない。予防原則に基づく措置は、望ましい保護レベルに釣り合わないものであってはならなず、またほとんど存在しないようなリスクに対し、ゼロリスクを求めてはならない。しかし、ある場合には、リスクの不完全な評価がリスク管理者に対する選択の余地を著しく限定するかもしれない。

 ある場合には、全面的禁止は潜在的リスクに対する釣り合いのとれた対応ではないかもしれないし、他の場合には、それが潜在的リスクに対する唯一の可能な対応かもしれない。

 リスク低減措置は、適切な取り扱い、暴露の低減、管理の強化、暫定的制限の採用、地域集団へのリスク回避の勧告など、同等の保護レベルを達成できる、制約がより少ない代替案を含むべきである。
 また、懸念のある製品や処置をより安全な製品や処置に置き替えることも考慮されるべきである。

 リスク低減措置は、措置の均衡性が評価しやすい現下のリスクに限定されるべきではない。暴露後長期間が経過してから有害影響が現れ、その因果関係を科学的に証明するのが難しいような状況下でこそ、予防原則が引用されるべきである。
 この場合、措置の均衡性を評価する時に、その影響が10年あるいは20年経過しないと現れない、あるいは将来の世代に影響を与えるようなリスクを制限し、叉は排除するために、早急な措置を取るべく、潜在的な長期影響が考慮されなければならない。
P.18

 このことは特に、生態系に関して適用される。将来に持ち越されるリスクは、暴露の時点以外では排除し、叉は削減することはできない。

 措置は望ましい保護レベルに釣り合ったものでなくてはならない


6.3.2.非差別性

 非差別の原則とは、そのようにする客観的な根拠がない限り、同等な情況では異なった扱いをすべきではなく、異なった情況では同じ方法で扱われるべきではないということを意味する。

 予防原則の下でとられる措置は、任意のやり方で異なる扱いをするために、地理的出所叉は製造プロセスの特性を引き合いに出すことなく、同等の保護レベルを達成できるよう設計されるべきである。

 措置はその適用において差別的であってはならない


6.3.3.一貫性

 措置は、既に同様な情況で、あるいは同様なアプローチを使用した時にとられた措置と一貫性を持つべきである。リスク評価は、できる限り完全であるようにするために考慮されるべき一連の要素を含む。
 その目標は、特に用量と影響の関連性を確立し、当該集団や環境の暴露を評価することによって、危険を特定しその特性を記述することである。
 もし、確実な科学的データがないためにリスクの特性を記述できない場合には、評価に固有な不確実性を考慮しつつ、予防原則の下でとられる措置は、全ての科学的データが入手可能な同等な分野で既にとられた措置と、特性と範囲において、同等であるべきである。

 措置は、既に同様な情況で、あるいは同様なアプローチを使用した時にとられた措置と一貫性を持つべきである


6.3.4.措置をとる叉はとらない場合の便益とコストの検証

 想定した措置を行なった場合と行なわなかった場合の共同体に対する、長期間及び短期間のそれぞれの全体のコストについて、最もありそうなポジティブ叉はネガティブな結果の比較がなされるべきである。想定される措置は、許容できるレベルまでリスクを削減できるという全体的な優位性を生じなくてはならない。

 賛否両論の検証は、経済的コスト便益分析に限定することはできない。それはもっと範囲が広く、非経済的考慮も含む。
P.19
 しかし、賛否両論の検証は、それが適切で可能なら、経済的コスト便益分析を含むべきである。

 一方、可能な選択肢の効率に関する分析のような、他の分析方法と公衆に対する許容性も考慮されるべきかもしれない。社会は環境や健康のような利益を守るためには少しくらい高いコストでも払う意志があるかもしれない。

 委員会は、欧州裁判所の判例に従い、公衆の健康に関連する要求は疑いなく経済的な考慮よりも高い優先度が与えられるということを確信する。

 採用される措置は、措置をとる場合ととらない場合の双方について便益とコストの検証を実施することを前提とする。この検証は、それが適切で実行可能なら、経済的なコスト便益分析を含むべきである。
 しかし、様々な選択肢の効率と社会経済学的影響に関する分析のような、他の分析手法もまた意味がある。それ以外に、政策決定者は、ある状況下では、健康の保護のような非経済的な考慮も参考にするかもしれない


6.3.5.科学的発展の検証

 措置は、科学的データが不十分、不正確、叉は結論が出ていない限り、及び、社会に及ぼすリスクが非常に高いと考えられる限り、保守されるべきである。措置は、新たな科学的発見に照らして、特定の期限で修正叉は廃止されなくてはならないかもしれない。しかし、このことは常に時間要素に関連しているわけではなく、科学的知識の発展に関連している。

 さらに、科学的研究は、より進んだ、より完全な科学的評価を達成するために行なわれるべきである。これに関しては、措置は規則的に点検されるべきで、それにより新たな科学的情報に照らして、再評価することができる。

 『公衆衛生及び植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)』 では、不十分な科学的証拠の情況で採用された措置はある条件を守ることとしている。これらの条件は、SPS 協定の範囲だけに関連しているが、環境のようなある領域の特定の特性は、幾分異なる原則が適用されることを意味するかもしれない。

 SPS 協定の5条(7)は下記のような規則を含んでいる:
  • 措置は、より信頼性のある科学的データが得られるまでは暫定的なものである。しかし、その暫定性は時間的要素よりも科学知識の発展に関連している。

  • 研究は、リスクのより客観的な評価を行なうために求められる追加的な科学情報を引き出すために行なわれなくてはならない
    P.20
  • 措置は、新しい科学的データを確かめるために定期的に見直されなくてはならない。科学研究の結果はリスク評価を完全なものにできるものでなくてはならず、また必要があれば、その結果に基づき措置を見直すことができなくてはならない。

  • SPS 協定で想定している合理的な期間は、必要な科学的作業を完了させるのに必要な時間を含んでおり、それ以外に、その科学的作業の結果に基づくリスク再評価の実施に必要な時間も含む。
     結果の入手、リスクの再評価、あるいは暫定的措置の修正が非常に遅れることを正当化するために、予算的制限や政治的優先度を引き合いに出すべきではない。

 研究はまた、全ての関連要素(例えば、社会経済的情報、技術的展望)の統合を含む、方法論やリスクを評価するツールの改善のために行なわれることもある。

 措置は暫定的であっても、科学的データが不十分、不正確、叉は結論が出ていない限り、及び、社会に及ぼすリスクが非常に高いと考えられる限り、保守されるべきである。

 措置の保守は科学知識の発展に依存しており、それに照らして再評価されるべきである。このことは、科学研究はより完全なデータを得るという意図を持って行なわれるべきであるということを意味する。

 予防原則に基づく措置は、再検証され、必要があれば、科学研究の結果及びそれらの影響を検討の上、修正されるべきである。


6.4.立証責任
  • 共同体やその他の多くの国々の規則は、医薬品、農薬、食品添加物など、ある種の製品を市場に出す前の事前認可(ポジティブ・リスト)の原則を明記している。これは、科学的証拠を作成する責任を移行することによる予防原則の適用の一つの方法である。これは、特に論理に基づいて(a priori)危険とみなされる物質、叉はある吸収レベルにおいて潜在的に危険であるとみなされる物質に適用される。
     この場合、予防的方法を用いる法律制定者は、その物質は他に証明されるまでは危険であるとみなすことによって、立証責任を(産業側にあるとして)明確に移行している。従って、リスクを評価するために必要な科学的作業を行なう責任は産業側にある。
     人間の健康リスクが十分な科学的確実性をもって評価できない限り、法律制定者は、例外的にテストを目的とした場合を除いて、当該物質の使用の権利を法的に与えることはできない。

  • 他の場合として、そのような事前認可の手続きが存在しない時には、製品やプロセスによる危険の特性とリスクのレベルを立証するのは、使用者、私的個人、消費者団体、市民、叉は当局かもしれない。
    P.21
     予防原則の名の下にとられた措置は、ある場合には、立証責任の移行とそれが生産者、製造者、叉は輸入者にあること記述した条項を含まなくてはならないが、しかし、そのような責務は一般原則では体系的に維持することはできない。この可能性については、措置が予防原則の下にとられた場合、手順や製品の製造叉は市場開拓に関し経済的な興味を持っている専門家に自主的に必要な研究資金を調達してもらう機会を与えるよう、追加の科学的データを留保しつつ、ケースバイケースで検証すべきである。

 予防原則に基づく措置は、包括的な評価に必要な科学的証拠を生成する責務を指定するかもしれない


7.結論

 一般領域のこのコミュニケーションは、予防原則に対する委員会の立場を明らかにするものである。このコミュニケーションは、透明性と全ての関係者との対話を望む委員会の意向を反映している。同時に、予防原則を適用するための具体的なガイダンスを提供している。

 委員会は、措置をとるかとらないかの、極めて政治的な特性を有する決定の重大性、及び全てのリスク管理措置に適用される一般原則に合致しなくてはならない予防原則に基づく措置の重要性について再確認する。
 委員会はまた、全ての決定は、全ての入手可能な科学的データによって事前に検証されなくてはならなず、もし可能ならば、リスク評価は可能な限り客観的で包括的であるべきと考える。
 予防原則を引用するという決定は、その措置が、勝手なあるいは差別的な意図のもとに採用されるということを意味しない。

 このコミュニケーションはまた、予防原則の関心が増大している国際レベルにおける共同体の立場を再確認することに貢献すべきである。しかし、委員会は、このコミュニケーションが最後の”ことば”ではなく、リスクが評価され、見積もられ、管理され、意志伝達される情況における、より広範な研究の出発点として考えられるべきであることを強調したい。



P.22
付属書T

予防的措置に関するEC決定のための法及びその他の基礎

法律条項

参照1

 EC条約は、1992年のマーストリヒト条約により導入された条項を取り入れ、さらに詳細については第174条で下記のように述べている。
 2.環境に関する共同体の政策は、共同体の様々な地域における情況の多様性を考慮しつつ、高度な保護を目標とすべきである。それは予防原則に基づくべきであり、また、予防的措置がとられ、環境のダメージは第一にその根源で矯正され、そして汚染者支払い原則に基づくべきである・・・

 3.環境に関する政策を立案する時には、共同体は下記を考慮すべきである。
  入手可能な科学的と技術的データ・・・
  措置をとった場合叉はとらなかった場合の潜在的便益とコスト・・・

参照2

 EC条約の第6条は、 ”環境保護要求は共同体の政策定義と実施、及び第3条で規定する、特に持続的な開発を促進する観点を持った行為に統合されなくてはならない” と規定している。

参照3

 ゆえに、EC条約の第95条(3)項は、 ”委員会は第1節に示される、健康、安全、環境保護、及び消費者保護に関する提案において、科学的事実に基づくどのような新たな開発をも考慮に入れつつ、高度な保護を採用するであろう。欧州議会と理事会もまた、それぞれの権限内で、この目標を達成することを目指すであろう” と規定している。

参照4

 EC条約の第152条の最初の節は、”高度な人間の健康保護は、共同体の全ての政策と行為の定義と実施において保証されなくてはならない” と規定している。

P.23

判例

参照5

 BSE伝達のリスクを削減するためのイギリスからの牛肉輸入を禁じた委員会の決定の有効性を支持した判決(5 May 1998, cases C-157/96 and C-180/96)で欧州裁判所は次のように述べている。

 ”人間の健康に対するリスクの存在叉は広がりに関する不確実性がある場合には、公的機関は、それらのリスクの現実性と深刻性が完全に現れるまで待つことなく予防的措置をとってもよい(根拠63)。”

 以下は判決の理由を肉付けしている。
 ”そのようなアプローチは、環境に関する共同体の政策がとりわけ人間の健康を守ることを求めるとする、EC条約の第130r条(1)に支えられている。
 130r条(2)は、政策は高度な保護を目指すこと、特に、未然防止的措置(preventive action)がとられるべき原則に基づくこと、さらに、環境保護要求は共同体の他の政策の定義と実施に統合されなくてはならない” と規定している(根拠64)。”

参照6

 消費者保護に関する他の判決(16 July 1998, case T-199/96)で、第一審裁判所は、上述のBSE判決を引用した(根拠66,67 参照)。

参照7

 最近、1999年6月30日の指令(Case T-70/99)で、、第一審裁判所長は上述の判決を述べてその立場を確認した。この判決は予防原則を明示的に参照し、”公衆の健康に関連する要求は疑いなく経済的配慮よりも重きが与えられる” と断言した。

政策方針

参照8

 消費者の健康と食品の安全性に関する1997年4月30日のコミュニケーション(COM(97) 183 final)で、委員会は、”科学的ベースが不十分、または不確実性が存在する場合には、委員会はリスク分析において予防原則を採用するであろう” と述べた。

参照9

 1997年4月30日の欧州連合(EU)における食品法の一般原則に関する緑書(COM(97) 176 final)の中でこの点を繰り返している。

 ”(EC)条約は共同体が、公衆の健康、環境、及び消費者の高度な保護を維持することに貢献することを要求する。高度な保護と一貫性を確実にするために、予防的措置は、技術的側面、入手可能な最良の科学的証拠、及び試料採取とテスト方法の有効性を含む全ての関連するリスク要因を考慮しつつ、リスク評価に基づくべきである。完全なリスク評価が可能ではない場合、措置は予防原則に基づくべきである。
P.24
参照10

 1998年3月10日の緑書に関する決議文で、欧州議会は下記のように述べている。

 ”欧州食品法は、消費者の健康の予防的保護(preventive protection)の原則に基づいている。

 この分野の政策は、必要なら予防原則に基づく適切なリスク管理によって補われた科学的リスク分析を基礎としなければならないことを強調する。

 委員会が、科学委員会に予防原則に基づく全ての議論を提示するよう要求することにり、WTO機関による共同体食品法への説明要求を前もって行なうことを促す。

参照11

 1999年3月16日に、議会と EEA (欧州経済地域)委員会は共同で EEA における食品の安全性に関する決議を採択した。これに関し、一方で、”予防原則の適用の重要性を強調”し(point 5)、他方で、”EEA 内での、食物連鎖に入り込むことを意図した GMOs (遺伝子組換え生物)の市場開発の申請への評価に対する予防的アプローチを無効にする必要性を再確認”した(point 13)。

参照12

 1999年4月13日、欧州理事会は特に委員会を督促しつつ、以下の様な決議文を採択した。

 ”立法のために法案を準備する場合、あるいは消費者に関連する措置をとる場合、将来はもっと予防原則に基づいて決定されるべきこと、また、それに先んじて、この原則の適用のための明確で効果的なガイドラインを開発すること”



P.25
付属書U

国際法における予防的措置

環境

 予防原則は、幅広く適用されているが、主に環境政策の分野で発展してきた。

 北海保護に関する第2回国際会議(1987年)の大臣宣言では、 ”北海を最も危険な物質が与えるダメージの影響から守るために、たとえ因果関係が絶対的に明確な科学的証拠によって確立される前であっても、そのような物質が流れ込むことを抑制する行動を要求する予防的アプローチが必要である” と述べている。
 新たな大臣宣言は、北海保護に関する第3回国際会議(1990年)において出された。この宣言は、前回の宣言をさらに肉付けしたもので、”参加者は・・・予防原則を適用し続けるであろう。すなわち、たとえ排出と影響についての因果関係を証明する科学的証拠がなくても、残留性があり、有毒で、生体蓄積をしやすい、潜在的にダメージを与える物質の影響を避けるために行動を起す” と述べている。

 予防原則は、1992年にリオデジャネイロで開催された 『環境と開発に関する国連会議(UNCED)』 で明示的に認められ、いわゆるリオ宣言中に織り込まれた。それ以来、予防原則は様々な環境に関する協定の中で、特に、地球気候変動、オゾン層破壊物質、及び生物多様性保護に関する協定で、実現されている。

 予防原則は、一般的権利の原則と国家当局の責務の中で、リオ宣言の原則 15 として次のように挙げられている。

 ”環境を守るために、予防原則が諸国により、その能力に応じて、幅広く適用されるべきである。深刻な、叉は非可逆的なダメージの恐れがある場合には、完全な科学的確実性がないことを、環境の劣化を防ぐためのコスト効果のある措置を遅らせる理由に用いるべきではない”

 原則15 の表現は、下記のように他の協定中でも同様に述べられている。

1.生物学的多様性条約(1992年)の前文

 (...)生物学的多様性の明らかな減少、叉は喪失の恐れがある場合には、完全な科学的確実性がないことを、そのような恐れを防ぐ、叉は最小にするための措置を遅らせる理由にしてはならない(...)

2.気候変動条約(1992)第3条(原則)

 (...)関連団体は、気候変動の原因を予測し、防ぎ、叉は最小にするために、及びその悪影響を緩和するために、予防的措置をとるべきである。深刻で、叉は不可逆なダメージを与える恐れがある場合には、気候変動を取り扱う政策や措置は地球の利益を最も低いコストで確実にするためにコスト効果的であるべきということを考慮しつつ、完全な科学的確実性がないことをもって、そのような措置を遅らせる理由にしてはならない。これを実現するために、そのような政策と措置は包括的であり、温室ガスの全ての源、吸収及び貯蔵をカバーし、全ての経済関係諸団体を包含することを考慮すべきである。地球変動へ向けての努力は関係諸団体によって協力的に行なわれるであろう。

P.26
 北東大西洋の海洋環境を守るためのパリ条約(1992年9月)において、予防原則は下記に述べる原則として定義された。
 ”その原則により、海洋環境に直接的叉は間接的に持ち込まれる物質叉はエネルギーが、人間の健康に危害をもたらし、生物資源と海洋生態をそこない、快適性にダメージを与え、叉は海の適正な使用に障害を与えるような懸念についての合理的な根拠がある時には、たとえ、その因果関係の決定的な証拠がなくても、予防的措置がとられるべきである”

 最近では、2000年1月28日、生物学的多様性に関する締約国会議において、現代のバイオテクノロジーがもたらした生きている遺伝子組換え生物の安全な移動、取り扱い、及び使用に関する 『生物の安全性に関する議定書』 は、予防原則の主要な機能について確認した。実際、第10条6節では以下のように述べている。
 ”人間の健康へのリスクを考慮しつつ、生物学的多様性の保護と持続可能な使用に関する生きている遺伝子組換え生物の潜在的な有害な影響の程度に関する科学的情報と知識が不十分であるために輸入国において科学的確実性が欠如していることをもって、その国がそのような潜在的に有害な影響を回避するために上述第3節で引用されているように疑義ある生きている遺伝子組換え生物の輸入に関し、適切な決定することをさまたげるべきではない”

 さらに、WTO協定の前文も、かつてないほど国際貿易と環境保護との間の密接な関係をハイライトしている。

WTOのSPS協定

 ”予防原則”という言葉は、WHOの 『公衆衛生及び植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)』 では明示的には使われていないが、食肉及び肉製品に関するECの措置についての上訴審(ホルモン)(AB-1997-4, paragraph 124))は、協定の第5条7に反映を見い出したと述べている。第5条7は、次のように述べている。
 ”関連する科学的証拠が不十分な場合には、加盟国は、他国が採用した公衆衛生及び植物検疫措置からの情報とともに、関連する国際組織からの情報を含む入手可能な科学的情報を基に、暫定的に公衆衛生及び植物検疫措置を採用してもよい。そのような情況においては、加盟国は、より客観的なリスク評価に必要な追加的情報を得るよう努力し、合理的な期間内に公衆衛生及び植物検疫措置を見直すべきである”

 ホルモンに関する上訴審(Paragraph 124)は、 ”第5条7が予防原則の意義を言い尽くしているという仮定は不必要である” としている。さらに加盟国は、”公衆衛生保護のためのレベルを自分自身で決定する権利がある。そのレベルは、既存の国際標準、ガイドライン、叉は勧告で示唆されるものより高い(用心深い)かもしれない” と述べている。さらに、”責任ある政府は、一般に、人間の健康への不可逆的な一生涯のダメージが懸念される場合には、慎重さと予防措置の展望から行動する” ことが許容されるとしている。

 農産物についての日本の措置に関する上訴審((AB-1998-8, paragraph 89)は、暫定的 SPS 措置を採用し維持するために合致すべき4つの要求を明確にしている。
P.27
 加盟国は、この措置が下記要件を満たすなら、SPS 措置を暫定的に採用してもよい。

1) 関連する科学的情報が十分でない情況であり
2) 入手可能な適切な情報に基づいて採用された場合

 そのような暫定的措置は、その措置を採用した加盟国が、下記要件を満たさないなら、維持されないであろう。

1) より客観的なリスク評価のために必要な追加情報を入手するための努力をすること
2) 合理的な期間内に措置を見直すこと

 これら4つの要求は明らかに重複的であり、第5条7の規定と一貫性ををもつために等しく重要である。これら4つの要求の内1つでも満たされない場合には、その措置は第5条7の規定と一貫性ををもたない。
 措置を見直すための”合理的な期間”とは何かということに関して上訴審は、それはケースバイケースで決められるべきであり、見直しに必要な追加情報を入手することの難しさ、及び暫定的 SPS 措置の特性を含むそれぞれの特定の情況に依存すると指摘している(Paragraph 93)



P.28
付属書V

リスク評価の4つの要素

 措置がとられる前に、可能な限り、これら4つの要素を確実に行なう試みがなされるべきである。

 危険の特定化(Hazard identification)とは、有害な影響を及ぼすかもしれない生物学的、化学的、叉は物理的作用因子(物質)を特定することである。新しい物質叉は生物学的作用因子は、集団に対する影響(病気、叉は死)叉は環境を通じてそれら自身が現れるかもしれないし、原因がはっきりする前に、集団や環境に対し現実に叉は潜在的に与える影響を記述することができるかもしれない。

 危険の特性化(Hazard characterisation)とは、定量的あるいは定性的に、原因物質や行為に関連する有害な影響の特性や深刻性を決定することである。危険物質の量とその影響との関連が確立されなくてはならないのはこの段階である。
 しかし、その関連性を証明することは、例えば因果関係が明確に確立されていないために、時には難しく、叉は不可能である。

 暴露の算定(Appraisal of exposure)とは、定量的に叉は定性的に作用因子(物質)への暴露の可能性を算定することである。作用因子そのものの情報(源、分布、濃度、特性、など)以外に、集団や環境のその危険に対する汚染や暴露の可能性についてのデータも必要である。

 リスクの特性化(Risk characterisation)とは、、固有の不確実性考慮しつつ、既知の叉は潜在的に有害な環境叉は健康への影響に関する、確率、頻度、深刻度を定量的叉は定性的に見積もることである。それは上記3つの要素に基づいて行なわれるが、プロセスの各段階における不確実性、変動、仮説、及び推測に密接に依存する。
 入手できるデータが不適切、叉は結論が出ていない場合には、環境保護、健康、叉は安全に対する慎重で注意深いアプローチは、最悪のケースを想定した選択である。このような仮定が積み重なると、真のリスクを誇張することになるが、それは過小評価ではないという確かな保証を与えることになる。

(訳:安間 武 /化学物質問題市民研究会)



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