2004年11月22日開催 国際市民セミナー
予防原則について
ナディア・ハヤマさん
ローラン・ボーゲルさん


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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/Seminar_Tokyo_041122/Seminar_Tokyo_041122.html

■予防原則セミナー概要
 11月23日(火)開催の国際市民セミナーREACHに先立ち、11月22日(月)に当研究会を含む実行委員会がナディア・ハヤマさん(グリーンピース・ヨーロッパ・ユニット[ ベルギー])とローラン・ボーゲルさん(ヨーロッパ労連[ ベルギー])を講師とする「予防原則セミナー」(非公開)を開催したので、その内容をお伝えします。

【日 時】2004年11月22日(月)18時30分〜20時30分
【会 場】サンシャイン・シティ・プリンス・ホテル
【講 演】 ■「予防原則の背景・歴史、環境に関わる点」
 ナディア・ハヤマさん
 (グリーンピース・ヨーロッパ・ユニット 政策担当シニア・オフィサー[ ベルギー])

■「予防原則の労働安全衛生と政治に関わる点」
 ローラン・ボーゲルさん
 (ヨーロッパ労連 労働安全衛生部研究員[ ベルギー])
【主 催】国際市民セミナー実行委員会
有害化学物質削減ネットワーク、化学物質問題市民研究会、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議、WWFジャパン、グリーンピース・ジャパン、全国労働安全衛生センター、2004 年世界アスベスト東京会議組織委員会


■「予防原則の背景・歴史、環境に関わる点」
  ナディア・ハヤマさん(グリーンピース・ヨーロッパ・ユニット[ ベルギー])


 私からは、予防原則と背景・歴史、それと環境に関わる点をお話します。
 生態系は複雑で複数のことが関わっています。地理的に広い範囲に、長い時間にわたり関係があります。要因が複数あり、相互作用があり、複合効果もあります。海洋の魚に影響を与えるものとして、病気、化学物質、生物多様性の喪失があります。
 生態系そのものが複雑なのに、科学は不確実な要因を排除して定量化することに集中しています。EUの『早い警告、遅すぎた教訓』という文献には、汚染について早くから警告があがっていたにもかわらず、政策意思決定者が対処しなかった例が挙げられています。
 PCBは、クローズでコントロール可能とされたにもかかわらず、事故や故障で環境に広がってしまいました。アスベスト、ガソリンの鉛、ダイオキシンの問題もあって、国民がリスクに関する科学のやり方を信頼できなくなりました。こうした伝統的権威主義の科学や、コスト・ベネフィット論に対して、被害者が無力感を抱くようになりました。そのためNGOや科学者が新しい方法として予防原則を提起しました。

 予防原則という言葉そのものは、ドイツで70年代、80年代初期から出てきましたたが、考え方は昔からあったものです。1854年英国でコレラ大流行した時に、英国の医者が、流行のパターンを分析して上水道のポンプを止めさせて、感染を防いだという例があります。これは病気の原因まで考えてのことではなかったのです。
 1950年代、進歩的な科学者たちが核実験の有害性の問題を認識しました。レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を書いた時も、DDTが環境に悪いとは思われていませんでした。

 予防原則は科学からみて不確実な要因をおさえて、有害な影響をもたらさないようにするものです。
 
重要な要素としては、
  1. 予防、暴露を回避すること。これは許容量を出すことではありません。
  2. 証明義務を逆にすること。今は政府や市民が有害性を証明しないといけない。それを企業が有害でないことを証明するようにさせる。
  3. 代替案。有害物質をより安全な物質に置き換える。
  4. 情報へのアクセス。参加へのプロセス。NGOが意思決定のプロセスへ参画する。

 予防原則が適用された例を挙げます。
 国際条約として、海洋汚染、オゾン層破壊化学物質、残留性有機汚染物質、遺伝子組換技術、持続可能な開発、気候変動などがあります。
 EUは1992年に環境政策で公式に予防原則を採用しました。実際に適用されているかは、ケースごとにばらつきがあります。
 北海の動物保護のため、1987年に有害化学物質の海洋への排出を削減するという条約が結ばれました。
 1995年にはTBTを一世代以内に完全になくす目標を立てました。
 もう一つ重要なのは北東大西洋の海洋環境の保護のための条約です。すべての有害化学物質の排出をゼロとすることを目標としています。削減物質の優先順位のついたリストが作られています。このような条約締結にはNGOが大きな役割を果たしました。
 ロンドン条約、これは海洋への廃棄物を規制する条約です。最初はいかに排出をコントロールするかという考えでした。1987年当時、グリーンピースはキャンペーンをはって、特に海洋での焼却の禁止を求め、一年以内に全面的に禁止へ至ることができました。
 他にも例はありますが、遺伝子組換作物もEUでは禁止されていて、これはNGOが大きい役割を果たしています。
 NGOの皆さんには、予防原則の考え方を積極的に広げていただきたいと考えます。リスク評価というのよりもさらに広い意味をもったものとしてです。


■「予防原則の労働安全衛生と政治に関わる点」
  ローラン・ボーゲルさん (ヨーロッパ労連 労働安全衛生部研究員[ ベルギー])


 欧州労連は、ヨーロッパ各国の労働組合が集まって結成されたものです。私は労働安全衛生と政治に関わる点をお話します。労働者の健康安全と環境問題とは切っても切れないものです。化学物質についても同じで、両方の団体が協力することが重要です。
 両方の共通点として3つあります。
 @金より人を尊重する
 A各個人の福祉・幸福も、集団から影響を受けると考える
 B政治家に任せるのではなくて、集団としての行動が重要である

 予防原則には4つの側面があります。
 @政治的側面
 A科学者の責任
 B予防原則とリスクアセスメント
 C将来の社会にどういうダイナミズムを与えるか

 @について、予防原則は、過去の失敗から、その解決策として出てきたものです。現状を変えるには新しい方法が必要です。現状では、EUの政策に広く適用されているとはいえません。労働安全衛生では適用されていません。
 例えばアスベストは、1898年に英国の工場で死亡例が報告されています。20世紀には、肺疾患になるという情報は出尽くしていました。しかしEUで正式に禁止されるのは2005年1月からになります。科学の見地からの知識を得ても、政治的行動がとられるまで長い時間がかかります。
 一つは、科学者が取り組む研究は企業側から決められていて、労働者の安全性に対して、アスベストがどういう影響を与えるか、意見の一致がむずかしかった。アスベスト一般では有害という合意ができても、一部の科学者が、この種類は危険性が少ないといった議論をしていました。
 もう一つはは、アスベストをめぐる動きが、科学的というより社会的なものとしてあったということです。被災者自身が組織化して解決に取り組んだということです。従って、予防原則はこういう問いと結びついています。「あなたは苦しんでいる人の立場にたつか、苦しみを生み出している側の立場に立つか」ということです。

 Aの科学者の責任についてですが、予防原則は二つの課題を解決する力をもっています。
 一つは、ドイツのナチ政権下で行われたガン研究があります。研究の目的はネガティブなものです。ドイツ民族を守るという目的で、方法もユダヤ人に対する人体実験でした。結果として、アスベストの人体への影響の効果的な実験となりましたが、このような実験は科学者の責任が問われます。
 もう一つは、新技術に関することで、科学者は技術的可能性があると研究しようとします。予防原則は、科学者に自己規制を要求するものです。科学的にエキサイティングでも、社会全体では人類全体にマイナスの影響を及ぼすことがありえます。

 Bは、リスク評価、リスクアセスメントについてですが、この言葉は、環境面や安全面や、もっと広い場面で使われていますが、あいまいな表現です。評価した上でどうするか、さまざまなもの考え方が存在します。アメリカではレーガン政権以降の規制緩和の動きとして使われてきました。リスクに対する許容性の言葉としても使われます。
 予防原則とリスクアセスメントは対立的なものです。理想的条件では発ガン物質を危険性なくあつかえたとしても、そういう状況は現実には存在しません。予防原則は、まず代替を考慮しなさい。それが不可能ならそれを証明しなさい。その上で安全な使用法を考えましょう、というものです。
 リスク論は資本家にとって重要な論理です。利益は投資リスクに対する見返りとされます。しかしリスクは各集団で同じものではなく、将来の人にも悪影響を与えます。資本家はリスクは金によってはかれると考えますが、市場メカニズムだけでは問題解決はできません。

 Cとして、予防原則は社会を動かすツールになりえます。人々の考え方を変えていって、目標達成に組織化することに役立ちます。原則自体は抽象的ですが、社会的動きに結びついた時に高い価値をもちます。
 EUのほうがアメリカより進んだ位置にいますが、両者の本質的違いについてあまり幻想をいだいてもいけません。EUの政治的背景や、ダイナミックに変えていこうとした成果でもあります。1世紀以上の労働運動の働きや、その議論が重要視されてきたことがあります。権力へのカウンターパワーのメカニズムが存在している面もあります。しかし国としては他の国々と定性的な違いがない部分もあります。
 EU全体はグローバル経済の発展を支持しているので、低いコストを重視して、それがリスクを作り出してもいます。日本で政府や社会への働きかけに、EUの例を利用してほしいとは思いますが、一方で幻想をもたないでいただきたいと思います。


■質疑応答

Q(質問) EUの化学物質政策で具体的に予防原則が適用された例は?
N(ナディア) 化学物質への政策・法制度についてはまだ適用されていない。それで今一生懸命やっているところだ。

Q 予防原則についてEUのコミニュケイションペーパーが出されているのではないか?
N 一般論としては出されたが、実際に個別政策としての適用例はない。

Q NGOがEUの政策決定に参画する仕組みができているのか?
N 正式なメカニズムとしては存在しない。EU側から政策提案があると、NGOに発言の場を与える。インターネット上でも設定される。各国のNGOがオープンなオランダ、北欧のような政府に働きかけて、その国がEUに働きかけるという間接的な方法もある。直接EUの代表などに話をすることもある。

Q 予防原則と、予防的アプローチは違うものとして定着しているのか?
N 用語は正確に使ったほうがいいだろう。ただ定義はさまざまあるし、国によって文化やリスクに対する考え方の違いはある。

Q ウイングスプレッド系とEUのCOM 2000との予防原則の定義の違いについて議論されているのか?
V(ボーゲル) 原則を実際に適用するのに濃淡はある。化学物質の環境へ及ぼす影響が深刻なので、REACHにはよく表れているが、表現としては後退してきている。具体的行動として取り入れることがむずかしい。

Q 欧州労連としての予防原則への具体的取り組みはどういうものがあるか?
V 今重要なのは化学物質への取り組みで、2000年以降はREACHを、最初の形で推進していくことを目標としている。化学物質が環境に深刻な影響を与えているので、これを通すことで他の環境問題にもいい効果を発揮することができる。また、REACHは政治的象徴となっていて、これに負けるか勝つかで将来の政治に大きい影響がある。

Q EUでは労災の労働者側の立証責任はどうなっているか?
V 労働での事故、認められた職業疾患については因果関係を証明する必要はない。職業に関連する病気は、認めているものと、そうでないものがある。アスベストでも肺がんは認められていない。認知されているものと現実にある病気とはギャップがある。長期の影響にはまだ適用されていない。ある程度の証拠があれば裁判に訴えているが負ける場合もある。

Q EU内部の平準化で、特定の国の規制が裁判の対象になっている。予防原則の適用が判決で有効と認められた例はあるか?
N EUへの加盟は新規諸国にとっては環境政策が進むという面があるが、先進的な北欧などでは難しい局面があり、EUにより進んだ政策をとらせるよう働きかけをしている。

Q 資本側のリスクアセス論に対してどう対応しているか。リスクに替わるものを提示するのか、リスクの解釈をめぐって議論しているのか?
V リスクアセスの解釈をめぐってやる。リスクアセスを否定すると孤立して議論ができない。内に入って議論することも必要だ。立場があいまいになる恐れもあるが。コスト・ベネフィット論に対しては反対しているが、REACHでは、コストかかっても人の健康や環境というもっと大きいベネフィットあると主張している。

N リスクアセスは一つの物質しか評価しないで、複合作用など考慮されないし、長期にわたる時間は切り捨てられる。代替案として、メリー・オブライアンの「オルタナティブ・アセスメント」という概念が出されている。REACHはまず代替を考慮する。それがない時にはじめてリスクを考えていこうということだ。すべての化学物質を検討するのは不可能なので、EUでは潜在的汚染化学物質、使用量多い化学物質のリストができている。2000物質が挙げられているが、有害性の試験は10年で140物質しかやられていない。

Q 規制と雇用問題を労働側としてどう議論しているか?
V 雇用問題は根拠なく持ち出される。中小企業からではなく大企業から出される。代替手段があれば雇用が消失するわけではない。雇用が減るという根拠はない。減るところと増えるところの両面がある。たとえ雇用が減ったとしても社会保障で対応すべきことだ。

化学物質問題市民研究会
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