IISD 2020年10月23日
予防原則
やはり かけがえのない地球:
国連の持続可能な開発政策 50年からの教訓

ホセ・フィーリックス・ピント=バスルコ

情報源:IISD October 23, 2020
The Precautionary Principle
Still Only One Earth: Lessons from 50 years of
UN sustainable development policy
By Jose Felix Pinto-Bazurco
https://www.iisd.org/articles/precautionary-principle

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico
掲載日:2020年11月4日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/IISD/IISD_201023_
The_Precautionary_Principle_Still_Only_One_Earth.html

 批判者らは予防原則を進歩を止めるツールであると言うが、支持者らは公衆の健康と環境への深刻な損害を避けるために、それはは不可欠であると考えている。 我々のチームは、予防原則の起源、環境法への影響、そしてそれが、気候変動、生物多様性の喪失、汚染、世界の貧困に対応するための取り組みをどのように形作っているかを探る。


 もしある特定の時間に隕石が落下してきてあなたの家、又は職場に衝突すると警告されたら、あなたはそこに留まるであるか? その日の仕事は多分できなくなってもあなたは逃げるのであろうか? あなたの決定は、この情報をどのくらい信頼するか、そしてその隕石が衝突した時にどの程度の被害をもたらすことがあり得るのかによるに違いない。

 もしあなたが家又は事務所を離れると決定したとするなら、あなたは予防的措置(precautionary action)をとっていることになり、それは予防原則(precautionary principle)の表現のひとつである。

 もっと現実的な例を考えれば、この予防的措置(precautionary action)は 2020年の初頭に COVID-19 の可能性ある影響を検討していた政策決定者に当てはまる。コロナウイルスの新種の出現についてのニュースが当局に届いたときに、その影響についての十分な情報はなかった。2020年1月の時点でそのウイルスがもたらすかもしれない世界的な影響を思い描くことは困難であったというのが公平であろう。しかし、政府がしなければならなかった決定のための情報を提供する類似のウイルスに関する利用可能なデータは十分にあった。

 ある場合には、政府は、旅行制限、義務的な封鎖、及び隔離を含んで、初期の予防的措置(precautionary measures)をとっており、深刻な症状や死亡は少なかった。他の政府は同じ予防的措置をとらず、市民らは彼らの不作為(inactions)の結果として病気、経済的困難、及び死に直面して、被害を受けた。

 効果的な早期の措置を実施した諸国は、科学的確実性なしにそれを行ない、多くの場合、可能性ある恐ろしい結果を回避するために、市民の基本的な自由と権利を制限しなければならない厳格で費用のかかる措置をあえてとることを決定した。彼らは予防原則( precautionary principle)を実行した。

予防原則を理解する

 弁護士らは、法律での予防原則の定義と適用について全く論争的であるが、原則は厳格な規則ではないと言って間違いない。それは指針である。原則は理論的説明と法の基礎を含むという長所を持ち、それは法律立案者が意思決定をする時に役立つ。このことは、ある原則がひとつの法律又は条約に含まれている時に、その法律又は条約中の規則がどのように適用されるべきかを指し示すことができる。

 Wiener (2007) は、現代国際環境法の中で最も顕著で議論の可能性がある進展のひとつとして予防原則を述べている。同原則は多くの国際条約中に含まれている。その意味をについて一様な理解はないmにもかかわらず、1992年リオ宣言原則15に含まれる定義は国家により広く認められており、国際法の開発と適用における現実的な指針を提供している。

 環境を保護するため、予防的措置は、各国により、その能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由として使われてはならない。(リオ宣言 原則 15)
 予防原則の構成要素はまだ進化している。一部の国では、「原則(principle)」という用語の使用を避け、法的重要性の意味合いが低い「予防的アプローチ(precautionary approach)」と呼ぶことを好む(訳注:日本やアメリカなど)。簡単に言えば、予防原則は、予防の概念を与える試みであり、リスクの法的地位に対処する形として理解されている。その中心的な要素は、環境保護の必要性;脅威の存在または重大な損害のリスク;そして、科学的確実性の欠如は被害を防ぐための行動を避けるために使用されるべきではないということである。(Sands and Peel、2012)。予防原則が 1990年代に広く認識される前は、環境的損害を防止するための従来のアプローチは、リスクを主張する利用可能な科学的知識を考慮に入れることが通常求められ、したがって、環境に害を及ぼす可能性のある活動が特定されている場合には、未然防止原則(preventive principle)を適用する必要があるが、それらが発生するかどうかは定かではない。このアプローチは、たとえば、自動車の排出物が大気質に及ぼす既知の影響を減らすための基準を確立するために使用されている。

 それでも、Sands and Peel(2012)によって説明されているように、予防原則は、その意味と効果に関して意見の相違を生み出し続けている。 一方で、オゾン層破壊や気候変動などの非常に脅威的な環境問題に対処するための初期の国際的な法的措置の基礎を提供すると考える人もいる。 一方、一部の国では遺伝子組み換え生物(GMO)のモラトリアムの確立についての批判に見られるように、反対派は、[予防]原則が人間の活動を過剰に規制または制限する可能性を有することを非難している。 不一致は次のように要約される:[予防]原則は不確実性が行動を要求することを命じるのか…又は不確実性は不作為を正当化するのか?

 原則の最も物議を醸す要素のひとつは、立証責任の転換(the shift of the burden of proof)である。 伝統的に、ある活動が危害を引き起こす可能性があると主張する人は、その主張を裏付ける証拠を作成する必要があった。予防原則はこの立証責任を転換させる。活動を提案する個人または団体は、活動が有害ではないことを証明しなければならない。

歴史的な発展

 予防原則を含む多くの法律や条約があるが、ほとんどは 1972年のストックホルム会議の後に登場している。これは、以前は国内法でのみ使用されていた概念を国際法に導入するための出発点であった。 Beyerlin と Marauhn(2011)が説明しているように、予防原則はスウェーデンに端を発し、国内法(1969年の環境保護法)が立証責任を転換させた環境危険活動の概念を導入した。その結果、環境ハザードの単なるリスクは、スウェーデン当局が未然防止措置を講じたり、問題の活動を禁止したりするのに十分な根拠であった。他の国々はスウェーデンの例に従い、「予防的行動(precautionary action)」(ベイヤーリンとマローンがより適切で行動指向であると考えるために使用することを好む用語)がヨーロッパの中心的な原則となり、マーストリヒト条約で制定されているように、今日では欧州連合法の一部となっている。環境に関する地域政策は、とりわけ予防原則(precautionary principle)に基づくべきであると定められている。

 環境に関する地域政策は、予防原則及び未然防止措置が取られ、環境被害は優先的に発生源で是正され、汚染者が支払うべきであるとする諸原則に基づくべきである。 環境保護要件は、地域政策の他の定義と実施に統合されなくてはならない。
(マーストリヒト条約 1992, Article 130R)
 国際的な領域では、予防原則の類似性を含む最初の文書は、1982年の世界自然憲章(国連総会決議37/7)であり、法的拘束力のない宣言であった。 憲章は、”自然システムへの汚染物質の排出は回避されなければならず、…放射性または有害廃棄物の排出を防ぐために特別な予防措置(precautions)が取られなければならない”と述べた。

 1985年、オゾン層の保護のためのウィーン条約には、講じられた予防措置(precautionary measures)の当事者による承認が含まれていた。 この認識は、オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書の締約国が”オゾン層を破壊する物質の世界全体の排出を公平に管理するための予防措置を講じる”ことによってオゾン層を保護する決意を表明した1987年に延長さた。 今日、モントリオール議定書は最も効果的な多国間環境協定のひとつと見なされている。

 予防原則の定義を含む最初の国際文書でもある1992年のリオ宣言の採択に続いて、多くの多国間および地域協定、ならびに国内法には、何らかの形で予防措置(precautionary action)が含まれている。

有名な事例

 環境への害を防ぐための基本的な義務は、予防原則を通じて将来にまで及ぶ(Bodansky、2017年)。水力発電ダムを建設しないことを選択するなどの不作為を促すだけでなく、将来の世代に不可逆的な環境被害をもたらす可能性のある行動を防ぐための手段として機能することができる。

 たとえば、原則に触発されたいくつかの国は、遺伝子組換え作物(GMO)のモラトリアムを確立した。ペルーとドイツを含むこれらの国々は、公衆の健康と生態系に対する GMO の影響に関する利用可能な科学の不確実性に基づいて、とりわけ GMO 作物の栽培を禁止する政策を確立しました。批判者は、このモラトリアムが特に発展途上国での食料の入手可能性に影響を与えると主張し、支持者は生物多様性と遺伝子組み換え製品を消費する人々の健康への悪影響を防ぐための努力として慎重なアプローチを擁護した。モラトリアムを確立するという行動は、予防原則の適用の良い例と見なすことができる。

 予防原則の使用はしばしば批判を伴う。たとえば、2011年の日本の福島第一原子力発電所事故の後、人々は原子力発電所の安全に対する信頼を失い、当局は日本のほとんどの施設を閉鎖することを決定した。この決定は、おそらく環境と公衆の健康への深刻な被害を防いだと思われる。しかし批判者は、この決定からの負のトレードオフを指摘した。重要な電源を閉鎖した結果、日本は化石燃料を輸入することでエネルギー需要に対応しなければならず、その結果、エネルギー価格が上昇し、地球規模の気候変動に寄与する温室効果ガス排出量が増加した。

 気候変動の原因と影響に関する科学の多くは明らかであるが、多くの問題、特に将来の影響と気候学による解決の開発に関連する問題は、依然として不確実である。この点で、予防原則が気候変動に関連する最も重要な条約に含まれていることは有用である。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第3条は、”締約国は、気候変動の原因を予測、防止、または最小化し、その悪影響を軽減するための予防措置(precautionary measures)を講じるべきである”と定めている。それは、深刻な又は不可逆的な損害を防ぐための措置を延期する理由として、完全な科学的確実性の欠如を使用すべきではないことを確認することによって継続する。

 締約国は、気候変動の原因を予測、防止、または最小化し、その悪影響を軽減するための予防措置(precautionary measures)を講じるべきである。 深刻なまたは不可逆的な損害の脅威がある場合、完全な科学的確実性の欠如は、そのような措置を延期する理由として使用されるべきでない…
気候変動枠組条約(UNFCCC)第3条
 国際裁判所はまた、予防的アプローチ(precautionary approach)を彼らの決定と意見に徐々に取り入れてきた。国際司法裁判所は、1995年の核実験問題で、南太平洋での核実験をめぐるニュージーランドとフランスの間の紛争に関する原則を検討した。この原則は決定には含まれなかったが、2人の反対する裁判官によって言及された。また、ガブチコボ・ナジュマロス計画(訳注:ドナウ川のガブチコボ・ダムと発電所建設)に関する1997年の訴訟(訳注:スロバキアとハンガリー間の国際紛争)では、参加国が原則を呼び起こした。この場合も、裁判所はその決定に原則を含めなかったが、クリストファー・ウィーラマントリー裁判官は、別の見解で、現代の環境法は伝統的なシステムの慣行と原則から学ぶことができると述べ、次の原則に言及した。地球資源の信託統治、世代間の権利、開発と環境保全の統合、そして環境の完全性と純度を維持する義務、そして人々に最大限のサービスを提供するために使用されるべき天然資源の共同所有権。この意見は、環境保護がストックホルム会議に先立つだけでなく、人類が自然への絶え間ない干渉を補うための基準を開発していることを思い出させるものである(Alam et al. 2015)。

 欧州連合(EU)に対する米国及びカナダの世界貿易機関におけるホルモン牛肉事件に示されているように、貿易紛争もまた予防原則も含んでいた。 欧州連合(EU)は、健康への影響に関する科学的合意がないという理由で、人工成長ホルモンを含む牛肉製品の輸入を禁止した。米国とカナダは[予防]原則を法的に認めていなかったが、 EU は独自の規則に依存することが可能であったため(予防原則(precautionary principl)はすでに1992年のマーストリヒト条約に組み込まれていた)、EU は禁止を継続し、米国とカナダは彼らの制裁を維持しつつ、この訴訟を終了した。

 予防原則(precautionary principle)の内容はまだ発展途上であり、このため、多くの国際裁判所および国内裁判所が予防原則に言及しているにもかかわらず、彼らは予防原則に基づいて決定を下さないように注意しており、その正確な法的意味は未解決のままである。

予防措置(precautionary action)の概念を含む選択された環境多国間および地域協定 予防原則の継続的な進化

 進歩を本質的にリスクを伴うものと見なす場合、リスクに動機を与える必要がある。そうでなければ、絶え間ない注意は決定と進歩の減少につながる。一方、将来の損害のリスクは常にある程度の不確実性を伴う可能性があり、行動を評価する際に注意を払うことは賢明な選択かもしれない。理想的な状況は、注意とリスクのバランスを見つけることにある。その意味で、予防原則は、そのバランスを達成するために必要な要素を含むツールとして機能する。開発を遅らせたり、意思決定を妨害したりするのではなく、その適用は不確実性に直面して反省を促進し、間違いなくより良い結果につながる。

 環境への深刻な危害を防ぐと考えられている国際法の概念の適用について議論するとき、通常、環境保護の必要性を打ち負かすことを意図した別の原則、つまり経済発展の必要性を強調するための対位法が生じる。 1972年のストックホルム会議で、インドのインディラガンジー首相は、貧困とニーズが最大の汚染者であり、したがって貧困にあっては環境を改善できないし、貧困も科学技術を使わずに根絶することはできないと言う有名な宣言をしたとき、経済発展と環境保護の対立に関するこの中心的な問題に注目した。

 多国間主義は、持続可能な開発に向けたいくつかの優れた手段と解決を世界に提供してきたが、今日、このシステムは、緊急の集団的決定を達成するために新鮮な見解を組み込む必要性を示していまる。 COVID-19 のパンデミックは、国内および国際的なシステムの中の亀裂を示している。これは、地球規模の課題、特に気候変動や生態系の劣化に対応するために、[国内及び国際]機関がよりふさわしくなることを強く求めている。予防原則のようなよく考えられた原則は、今後の道のりで役立つ基盤である。

参照論文
  • Alam, S., Atapattu, S., Gonzalez, C. G. & Razzaque, J. (Eds.). (2015). International environmental law and the global south. Cambridge University Press.

  • Beyerlin, U. & Marauhn, T. (2011). International environmental law. Hart.

  • Bodansky, D., Brunnee, J. & Rajamani, L. (2017). International climate change law. Oxford University Press.

  • Chen, L. C. (2014). An introduction to contemporary international law: a policy-oriented perspective. Oxford University Press.

  • Gonzalez Campos, J. D., Sanchez Rodriguez, L. I., & Saenz De Santa Maria, P. A. (2003). Curso de derecho internacional publico. Madrid: Civitas.

  • Hoppe, W. & Beckmann, M. (1989). Umweltrecht: juristisches Kurzlehrbuch fur Studium und Praxis. Beck.

  • Sands, P. & Peel, J. (Eds). (2012). Principles of international environmental law, third edition. Cambridge University Press.

  • Wiener, J. B. (2007). Precaution, in Bodansky, D., Brunnee, J., & Hey, E. (Eds.). The Oxford Handbook of International Environmental Law. Oxford University Press.



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