米国議会調査局(CRS) 2016年6月28日
ナノテクノロジー:政策入門 ジョン F. サージェント Jr 情報源:Congressional Research Service, June 28, 2016 Nanotechnology: A Policy Primer By John F. Sargent Jr http://nanotech.lawbc.com/wp-content/uploads/sites/539/2016/07/00186783.pdf 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2016年7月26日 更新日:2016年8月10 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/usa/CRS_160628_Nanotechnology_A_Policy_Primer.html (訳注:原文の脚注は番号のみ[]内に示し、この日本語訳には含めていないので、必要な方は原文を参照ください。) 内容 要約 一般的にナノテクノロジーと呼ばれているナノスケールの科学、工学、及び技術は、多くの人々に、極めて高い経済的及び社会的な利益をもたらすと信じられている。議会はナノテクノロジーに対する継続する支援を示してきたし、この期待される可能性の実現に影響するかもしれない 3つのトピックスに、特に注意を向けてきた。すなわち、ナノテクノロジーに関する連邦政府の研究開発(R&D)、この分野におけるアメリカの競争力、及び環境・健康・安全(EHS)の懸念−である。この報告書は、これらのトピックスと2つのこと:ナノ製造、及びナノテクノロジーに対する公衆の理解と態度−の概要を示すものである。 この新たに出現している分野の発展は、ナノテクノロジー研究開発への顕著で持続的な公共投資によって促進されてきた。ナノテクノロジー研究開発は、約1〜100ナノメートルの寸法で物質を理解し制御することに向けられている。この寸法では、基本的で潜在的に有用な点で、個々の原子と分子の特性と通常サイズの物質の特性と異なることがあり得る。国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)が2000年に立ち上げられて以来、2016年会計年度まで含めて、議会は約 218億ドル(約2兆3,000億円)をナノテクノロジー研究開発(R&D)に充ててきた。オバマ大統領は、2017年度予算において NNI に14億ドル(約1,500億円)を要求したが、これは2016年度より870万ドル(約9億円)(0.6%)の増額であり、ピークであった2010年度の19億1,300万ドル(約2,000億円)から4億6,900万ドル(約492億円)(24.5%)の減額である。 NNI が立ち上げられて以来60か国以上で同様なプログラムが設立されたが、それらのいくつかの国々は、ナノテクノロジーに特化した集約的で協調的なプログラムから撤退し(例えば、イギリス、日本、ロシア)、ある国々は市場や応用分野(例えば、健康医療分野)を志向したように見える。ある見積りによれば、2012年の世界の公共 R&D 投資は75億ドル(約8,000億円)であり、2010年に比べて83億ドル(8,700億円)減少した。企業のナノテクノロジー R&D 投資は2012年には100億ドル(約1兆円)と見積もられる。成熟した技術及び産業分野における競争力を評価するために使用される、収益や市場占有率のような経済的効果に関するデータは、ナノテクノロジーを評価するためには広く入手可能ではなかった。その代わり、歳出(例えば R&D 支出)及び非金融的効果(例えば科学的論文や特許)は、現在のアメリカの立場についての洞察を提供し、将来の競争力の見通しに利用できるかもしれない。これらの基準により、アメリカはナノテクノロジー全体における世界のリーダーであるように見えるが、一方ある者は、アメリカの主導は以前の新たに出現した技術についてのようには大きくはないかもしれないと信じている。近年、中国と欧州連合の諸国はナノテクノロジーに関する論文の発表においてアメリカを凌いでいる。 いくつかの研究は、ナノスケール物質の安全性について懸念を提起している。環境・健康・安全(EHS)への影響に関するもっと多くの情報が、公衆と環境を保護するために、リスクを評価し管理するために、そしてナノテクノロジー関連の革新に慎重な投資を促す規制的環境を創出するために、必要であるということについての一般的な合意がある。ナノ科学とナノテクノロジー製品の懸け橋であるナノ製造は、安全で効果的で手ごろな価格の商業規模のナノテクノロジー製品の製造を可能にするために、新たな技術、ツール、測定科学、及び基準の開発を求めるかもしれない。公衆の理解及び態度もまた、ナノテクノロジーを取り入れた製品の R&D、規制、及び市場での許容のための環境に影響を及ぼすかもしれない。 2003年に議会は、 NNI の活動に法的根拠を与え、懸念に対応し、プログラムを確立し、政府機関の責任を明確にし、権限付与のレベル設定する 「 21 世紀ナノテクノロジー研究開発法 (21st Century Nanotechnology Research and Development Act)」 を制定した。第114議会で「アメリカ競争力再授権法((America Competes Reauthorization Act of 2015)により、 NNI は再認可されるであろう。第110回議会、第111回議会、及び第113回議会における包括的な NNI 再認可法案は採択されなかった。 概要 議会は、経済成長、高賃金の仕事、国家への社会的利益をもたらすと多くの人々が信じているナノテクノロジーの極めて高い可能性のために、それへの関心と支援を示し続けている。今日まで議会は、この期待される可能性をアメリカが実現することに影響を及ぼすかもしれない 3つのトピックスに特に注意を向けてきた。すなわち、国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)の下における連邦政府の研究開発(R&D)投資; アメリカのナノテクノロジーにおける国際的競争力; 及び環境・健康・安全(EHS)への懸念−である。この報告書は、これらのトピックスと、議会にとって関心のある他の二つのこと: ナノ製造とナノテクノロジーへの公衆の態度と理解[1]−の概要を提供する。 ナノテクノロジー R&D は、概略 1 〜 100 ナノメートルの寸法で物質を理解し制御することに向けている。この寸法では、物質の物理学的、化学的、及び生物学的特性が、基本的で潜在的に有用な点で、個々の原子と分子の特性と通常サイズの物質の特性と異なることがあり得る。 2000年にクリントン大統領は、連邦政府の R&D への取り組みを調整し、ナノテクノロジーにおけるアメリカの競争力を促進するために、国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)を立ち上げた。議会は、2001年会計年度に初めて NNI に予算をつけ、2010年まで毎年、ナノテクノロジー R&D のための予算を増額した[2]。しかし2010年から2016年までの NNI への全体の予算総額は 4億7,800万ドル(約500億円)(25.0%)減少しており、一方、同時期の連邦政府 R&D への予算総額は1%以下の減少であった。オバマ大統領の2016年のナノテクノロジー R&D のための14億4.300ドル(約1,500億円)という予算は2015年のレベルと本質的に同じである。 2003年に議会は「21 世紀ナノテクノロジー研究開発法 (21st Century Nanotechnology Research and Development Act (P.L. 108-153)」 を制定した。同法は、 NNI のために法的基礎を与え、プログラムを確立し、政府機関の責任を明確にし、2005年から2008年までの政府機関への予算レベルを承認した。しかし2008年後は NNI への予算は明示的には承認されていないが、議会はナノテクノロジー研究費として政府機関への資金供給の承認を継続し、行政機関は国家科学技術会議(NSTC)のナノスケール科学工学技術小委員会(NSET)により調整されて、運用と NNI に関する報告を継続している。 連邦政府の R&D 投資は、基本的なナノスケール現象の理解を促進し、ナノ材料、ナノスケール素子とシステム、計測制御装置、標準、測定科学、及びナノ製造に必要とされるツールとプロセスを開発することに注力している。 NNI 予算はまた、重要な研究施設の建設と運用、及び計測制御装置の獲得に充当されている。 NNI はまた、ナノテクノロジーの倫理的、法的、及び社会的影響とともに、ナノテクノロジーの潜在的な環境、健康、及び安全への影響を特定し、管理することに向けた研究を支援している。 ナノテクノロジーの現在のほとんどの応用は本質的に進化しており、既存の製品の増大する改善と、一般的に控えめな経済的及び社会的利益を提供している。例えばナノテクノロジーは、スピードとエネルギー消費を改善する一方で、サイズと重量を軽減するためにマイクロチップ中で; 画像品質を向上させ、より広い視角と製品の長寿命を提供するために表示スクリーン中で; へこみとひっかき傷に耐性を持たせ、錆を防ぐために自動車のバンパー、荷台、及び補助階段中で; 汚れ、しわ、及びバクテリアの増殖を減少させ、より軽量の胴体防護具を提供するために衣類中で; 及び性能を強化するために野球のバットやゴルフクラブのようなスポーツ用品中で−使用されつつある[3]。 長期的には、ナノテクノロジーの支持者は、多大な経済的及び社会的影響を伴う画期的な進展をもたらすかもしれないと信じている。彼らが議論する応用は、様々な程度の思惑と変化する時間枠を伴う。下記の事例は画期的な進展が出現するかもしれない、いくつかの領域を示唆しており、そのために初期の R&D の取り組みはそのような進展がどの様に達成されるのかについての洞察を提供している。しかし現在までのところ、これらの事例の大部分は開発の初期段階である。
アメリカの民間分野のナノテクノロジー R&D への資金供給(企業及びベンチャー資本)は、アメリカの公共資金の2倍以上であると見積もられている[20]。一般的に、民間分野の取り組みは、基本的な知識とプロトタイプを商業製品に移すことに注力する。すなわち; ナノスケール材料を組み込んだ新たな応用の開発; 商業規模の生産のための技術、手法、及びシステムの開発−である。世界中の他の多くの国や企業もまた、ナノテクノロジーに相当な投資を行っている。 多くの潜在的なリスクがあるので、議会の議員のある者は、ナノテクノロジー R&D のアメリカの優位性と R&D の成果を商業製品に移すことの成功について、懸念を表明している。これらの懸念は、商品化の取り組みに対する障壁への注力の増大をもたらしており、それらには次のことが含まれる。 ・大規模ナノテクノロジー製造のための技術、システム、及びプロセスの容易性 ・ナノスケール物質の潜在的な環境、健康、安全(EHS)への影響 ・ナノテクノロジーに対する公衆の理解と態度 ・その他関連する問題 この報告書は、NNI 、連邦政府のナノテクノロジー R&D への投資、アメリカのナノテクノロジー分野における競争力、及び EHS 関連の問題の概要を提供するものである。 選択された課題 この報告書の残りの部分では、ナノテクノロジーに関して議会が関心を持つであろう 4つの課題、すなわち ; アメリカの競争力 ; 環境、健康、及び安全への影響 ; ナノ製造 及び ; 公衆の態度と理解−について議論する。 ■アメリカの競争力 ナノテクノロジーは、大部分が未だ幼年期にある。従って、もっと成熟した技術と産業でアメリカの競争力を評価し、追跡するために、しばしば使用される収益、市場占有率、世界貿易統計のような尺度は、ナノテクノロジーにおけるアメリカの国際的な地位を評価するためには、一般的に利用できない。 それにもかかわらず、ナノテクノロジーの専門家らは、アメリカは大雑把に言って、ナノテクノロジー分野の世界的なリーダーであると主張している。しかしある専門家らは、半導体、人工衛星、ソフトウェア、及び生物科学のような、以前の新たに出現した多くの技術と比べて、アメリカのリード差は小さく、他の国の投資レベル、科学的及び産業的基盤、技術的能力、及び科学的及び工学的動員力はもっとしっかりしていると信じている。 いくつかの組織は時折、世界の R&D やナノテクノロジー製品収益の見積りを行っている。公的なデータ収集がないときに、これらの数値はしばしば、ナノテクノロジーの特定の産業又は製品への寄与の主観的な見積りに依存する。ある製品は、それらのナノテクノロジー特性によって定義されるが(例えば、抗菌目的で使用されるナノスケールの銀)、多くの製品はナノテクノロジーを製品の機能の一部としてのみ組み込んでおり(例えば、半導体におけるナノスケールのゲート)、従って特定の製品中のナノテクノロジーの価値評価は主観的なものになる(すなわち、半導体収益の何パーセントがナノテクノロジーに帰するか)。 2014年、新興技術コンサルティング会社 Lux Research, Inc. は報告書 「Nanotechnology Update: Corporations Up Their Spending as Revenues for Nano-enabled Products Increases (ナノテクノロジー技術の最新動向:ナノテクノロジー製品の収益増加を目指した、各企業の支出拡大)」を作成したが、それは、ナノ材料、ナノ中間製品、及びナノテクノロジー製品からの収益見積りを含んでいる[28]。全米科学財団(NSF)と全米ナノテクノロジー調整局(NNCO)により、部分的に資金を受けているこの報告書は、ナノテクノロジー製品からの世界の総収益は、2010年の 3,390億ドルから増加して、2012年には 7.310億ドルに達したと見積もっている。2012年の収益のうち、アメリカは 2,360億ドルを占め、これは全世界の販売の約 3分の1であり、ヨーロッパ(2,350億ドル)及びアジア(2,140億ドル)より約10%高い。Lux Research により”世界のその他の地域”として集約された他の諸国は、470億ドルであると見積もられている。その後、 Lux Research はナノテクノロジー製品による世界の収益は、2018年には 37億ドル($3.7 billion) 近くに成長すると見積もった[29]。 (訳注:この 37億ドルという金額は小さ過ぎておかしい。 Lux Research の報告書を紹介した Global Information の資料によれば 4兆4,000億米ドル($4.4 trillion)としている。) 。 定期的、包括的、そして信頼できる経済出力データ(例えば、収益、市場占有率、貿易)がない場合、新興技術における一国の競争上の地位を測るための代替メカニズムは、入力データ(例えば、公共及び民間の研究投資)及び非金融出力(例えば、科学的論文、特許)の利用である。これらの尺度(下記で議論する)により、アメリカはナノテクノロジーにおいて一般的に世界をリードしているように見える。しかし、 R&D 投資、科学的論文、及び特許は、アメリカの現在又は将来の競争上の地位の信頼のおける指標を提供しないかもしれない。科学的及び技術的リーダーシップは、下記に示すような様々な理由のために、必ずしも商業的リーダーシップ、又は国家競争力をもたらさないかもしれない。
◆世界的資金供給 ナノテクノロジー R&D 分野における世界の公共投資の推定されるアメリカの出し分は、他の諸国が同様のプログラムを確立し、資金供給を増大しているために、下降しているが、この分野における既知の公共投資で、すべての国を主導してきたし、主導し続けている。2014年の報告書で Lux Research は、2012年の(公共及び民間の)世界のナノテクノロジーへの資金供給は概略185億ドル(約1兆9,400億円)と見積もったが、そのうちアメリカは約66億ドル(約6,900億円)(36%)を占めている。2010年に初めて、民間の R&D が世界のナノテクノロジー資金供給の多数を占めた[30]。ナノテクノロジービジネスの分析とコンサルタントを行う非公開会社である Cientifica は、2010年のナノテクノロジー分野への世界の公共投資は、年間約 100億ドル(約1兆円)で、2011年までの世界の公共投資の累積は約675億ドル(約7兆円)に達すると見積もった。Cientifica はまた、ナノテクノロジー R&D 資金供給において購買力平価(PPP)ベース(各国の商品とサービスの価格を考慮する)でロシアと中国に後れを取ったが、実施のドルベース(通過換算率ベースで調整)ではまだ世界の首位を保っていると結論付けた[31]。 ナノテクノロジー R&D への民間投資は二つの主要源である企業とベンチャーキャピタル(VC)投資家により行われる。Lux Research によれば、2010年から2012年の間のナノテクノロジー R&D への民間支出は、アメリカは最速で増大し(32%)、アジア(11%)、ヨーロッパ(3%)が続く。他の全ての諸国は、全体として 22%資金供給を増大した[32]。2012年のナノテクノロジー R&D への世界の総民間支出は 94億ドル(約9,900億円)(PPP ベース)と見積もられ、アメリカ(41億ドル)、日本(23億ドル/約2,400億円)、ドイツ(7億700万ドル)、中国(約4億ドル)、韓国(4億7,400万ドル)の内訳であった[33]。 。Lux Research によれば、ナノテクノロジーのためのベンチャーキャピタル(VC)の資金供給は、2011年に推定7億9,300万ドル、2012年に5億8,000万ドルで、2012年には24%下降した。アメリカは VC 資金供給として4億ドル以上、世界の総 VC 資金供給の70%近くを占めており、2012年に1億ドル以上のイギリスがこれに続いた[34]。Lux Research は以前に、ヨーロッパにおけるベンチャーキャピタル資金供給は北アメリカのレベルの5分の1であったと報告した[35]。 ◆科学的論文 ピアレビューされた科学的論文の発表は、国家の科学的リーダーシップの指標とみなされるとある人は言う。2005年の全米経済研究所によるある研究は、アメリカが発表したナノテクノロジー論文の割合は、世界トップレベルの24%を占めたが、1990年代の初めの約 40%から下降をを示しているとし、全体として、これらのデータは、アメリカの科学の基礎はアメリカが今後しばらくはナノテクノロジーの分野で支配的な演者であるが、一方アメリカはまた明確で増大する国際競争力に直面していることを示していると、結論付けている[36]。 同様な傾向を反映して、サイエンス・サイテーション・インデックス(SCI)におけるナノテクノロジーの発見に関連する論文の数[37]は、2000年の 18,085 から 2008年の約 65,000 に増加し、これは 17.3%の年平均成長率(CAGR)である。アメリカの論文は、2000年の 5,342 から2008年の約 15,000と幾分遅いペースで推移し、アメリカの割合は 2000年の 29.5%から 2008年の 23.1%と減少している[38]。もっと近年では、中国と欧州連合により発表荒れたナノテクノロジー論文の数はアメリカの論文数を凌いでいる。(Figure 3 を参照のこと。)
科学論文の重要性のひとつの尺度は、それが他の論文で引用される回数である。Evaluametrics, Ltd. による分析は、アメリカに帰属するナノテクノロジー論文は、中国、欧州連合諸国、及び残りの世界に帰属する論文より、全体として引用頻度がはるかに多いと報告している。これは全体として、また別々に検証された4つの領域(生物学、化学、工学、及び物理学)のそれぞれにおいて、事実である。アメリカの首位は特に生物学の分野で明白である。中国は、全体はもとより各領域においても引用数の世界平均を下回っている。欧州連合は工学と物理学で世界平均に近く、化学では若干上回っている。 ◆特許 特許数−どのくらい多くの特許が、特定の国の個人または研究所から出されたかの評価−は、しばしば技術的競争力を評価するために用いられる。この尺度により、ナノテクノロジー分野におけるアメリカの競争上の地位は強いように見える。2007年の米国特許商標庁のアメリカ及び他の諸国の特許分析は、アメリカ起源の発明者及び譲受者/所有者は、次のことを持っていると述べている。
ナノスケール物質の独自の特性のあるもの、例えば、それらの小さなサイズと大きな比表面積は、それらの環境、健康、及び安全 (EHS) への潜在的な影響についての懸念を提起してきた。ナノスケール粒子は自然界においても、また他の人間活動(例えばスス)の偶発的副産物としても発生するが、 EHS の懸念は主に、意図的に設計され製造されるナノスケール物質に注がれる[40]。 環境、健康、及び安全 (EHS) への懸念は、環境、健康、及び安全のためのナノテクノロジーの直接的影響と、EHS 影響及び潜在的な規制的対応の不確実性が及ぼすアメリカの競争力への影響、の両方を含む。そのような影響のひとつは、製品を市場から締め出す、高い規制遵守のためのコストを課す、又は製品責任賠償要求及び浄化コストをもたらす、かもしれない規制の可能性のために、ナノテクノロジーへの投資を躊躇させるかもしれない影響である。 ナノテクノロジーに関連するリスクについての公開討議の多くは、現在製造されており、将来性が最も高いために、カーボンナノチューブ(CNTs)及びその他のフラーレン(空洞の球状、楕円状、又は管状を形成する炭素原子の分子)に焦点が当てられている。これらの懸念は、CNTs の動物への、及び動物と人間の細胞への、いくつかの研究結果により増幅されている。例えば研究者らは、マウスにより吸入されたカーボンナノチューブは肺組織に損傷を引き起こすことができる[41]、バッキーボール(球状フラーレン)は魚の脳に損傷を引き起こすことができる[42]、及びバッキーボールは細胞中に蓄積し、潜在的に DNA を損傷することができる[43]ことを報告している。一方、2005年に実施されたライス大学生物学及び環境ナノテクノロジーセンターの研究は、CNTs の細胞毒性は低く、CNTs の表面に簡単な化学的変更をくわえることにより、 CNTs の毒性を低減できることを発見した[44]。 ナノテクノロジーの EHS への利点の中には、エネルギー消費、汚染、及び温室効果ガス排出を削減する;環境的損傷を修復する;重病を治療し、管理し、又は防止する;そして影響を防ぎ、壊滅的な失敗を防止するために自己修復し、又は戦場における兵士の保護と医療手当を提供する方法を変える新たな材料を提供するかもしれない応用がある。 ナノスケール粒子の人間及び動物への潜在的な EHS リスクは、特に肺や脳のような極めて重要な臓器に蓄積し、細胞を傷つけ又は殺し、環境中に拡散して、潜在的に生態系を損ねる可能性に、ある程度、依存する。例えば、今日、市場にあるいくつかの製品は、効果的な抗菌剤であるナノスケール銀を含んでいる。ある科学者らは、ナノスケール銀の環境中での拡散は、生態系に重要な微生物を殺すことができるという懸念を提起している。 ナノスケール銀と同様に、他のナノスケール粒子も肯定的及び否定的影響の両方を生成するかもしれない。例えば、あるナノスケール粒子は、脳を血液中の有害物質から保護する構造である血液脳関門を通過する可能性を持っている。現状ではこの関門は治療薬の脳への搬送を妨げている[45]。あるナノスケール物質の特性は、医薬品がこの血液脳関門を完全にそして有益に通過し、例えば脳腫瘍の治療のために医薬品を直接脳に搬送するよう設計することを可能にするかもしれない。あるいは、他のナノスケール粒子は非意図的にこの関門を通過し、人間と動物の脳を損傷するかもしれない。 ナノテクノロジーの潜在的な EHS 影響については広範な不確実性がある。ナノテクノロジーの分野におけるビジネス・リーダーらのある調査は、3分の2近くの人々が、”ナノ粒子への暴露による公衆、労働者、及び環境へのリスクは’知られていない’と信じており、97%が、ナノテクノロジーに関連するかもしれない潜在的な健康影響と環境リスクに政府が対応することは非常に、又はある程度、重要であると信じている”[46]。 多くの利害関係者らは、ナノスケール物質及び製品の健康、安全及び環境への潜在的に有害な影響−実際の及び認知された影響−は、下記を含む様々な理由のために目を向けられなくてはならないと信じている。
■ナノ製造 ナノテクノロジーの潜在的な経済的及び社会的便益を確保するためには、ナノ科学の知識を市場に出すことのできるナノ製品に転換することが必要である。ナノ製造はナノ科学とナノ製品をつなぐ架け橋である。いくつかのナノテクノロジー製品はすでに市場に投入されているが、これらの材料と仕掛けは製造プロセスの中で漸増的な変化だけを求める傾向があった。一般的に、それらは労働集約的で大きな変動と高いコストの下に限定された数量が実験室環境で作られている。それらを工場環境において、安全で、信頼性があり、効果的で、手ごろな価格の商業規模の製造にするためには、ナノ製造のための新たな独自の技術、手法、道具、測定科学、及び標準が必要かもしれない。 いくつかの連邦機関は、拡張性があり、信頼性があり、コスト効果のあるナノスケール材料、構造、装置、及びシステムの開発に力を注ぐナノ製造 R&D を支援している。国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)は、2014年度補正予算で、8つの機関へのナノ製造 R&D 資金供給の合計は 2013年度には 9,390万ドルであり、2014年度は1億30万ドルであると報告した。2015年補正予算で NNI は、そのデータ収集と報告分類を変更し、ナノ製造・プログラム構成分野(PCA)を削除した[47]。新たな PCA 分類の下では、ナノ製造 R&D 資金供給は、”持続可能なナノ製造:将来の産業を創造する”という サブカテゴリーの下のナノテクノロジー指定構想(Nanotechnology Signature Initiatives) [48] PCA 中に含まれ、また他の PCAs のために報告された統計の一部として、特に基礎的研究 PCA 及びナノテクノロジーが可能とする応用、装置、及びシステム PCA 中にも含まれるかもしれない。他の PCAs はそれ以上説明されていないので、ナノ製造 R&D 資金供給の総額を特定することはできない。大統領の2016年度予算は、2016年度持続可能ナノ製造イニシアティブのために4,260万ドルを提案しており、そのうち予算に大きく占めるのは、アメリカ国立科学財団( NSF)の 2,640万ドル(予算の62%)、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)の 680万ドル(16%)、アメリカエネルギー省の 300万ドル(7%)である。 さらに、いくつかの機関は、非 R&D 活動を通じての製造を促進しようと努めている。例えば、アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、設計段階における安全衛生の確保(Prevention through Design)原則をナノ製造に適用することを実証する事例研究を開発し広めることにより、潜在的なナノ製造に関連する EHS 問題を食い止めるよう努めている。 ■公衆の態度と理解 アメリカの人々がナノテクノロジーについて知っていること、及びそれに対する彼らの態度は、研究開発(特に公共 R&D 資金供給)、規制、ナノテクノロジーを導入している製品の市場の受け入れ、そしておそらく、産業事故のような否定的な出来事に耐えるナノテクノロジーの能力のための環境に影響を及ぼすかもしれない。 2009年、ウッドロー・ウィルソン国際学術センターの新興ナノテクノロジーに関するプロジェクト(PEN)は、全国の成人の世論調査の結果を報告したが、それによると、68%の人がナノテクノロジーについてほとんど聞いたことがない(31%)か、あるいは全く聞いたことがなく(37%)、一方31%の人だけが、多くを聞いている(9%)又はいくらか聞いている(22%)[49]。2007年の調査では、回答者の半分以上がナノテクノロジーのリスクと便益の相対的な価値を評価することができないと感じた。便益がリスクを上回ると信じているらしいほとんどの人々は、年収が75,000ドル以上、男性、ナノテクノロジーについて”いくらか”又は”多く”聞いたことがあり、齢35〜64歳である。逆にナノテクノロジーのリスクが便益を上回ると信じているらしい人々は、年収が30,000ドル以下、学歴は高卒以下、女性、人種的民族的少数者、年齢は18〜34、又は65歳以上であった[50]。2007年のPENの調査は、ナノテクノロジーへの親しみ/意識と、便益はリスクを上回るとする認識との間に強い関連があることを見つけた。しかし、その調査データはまた、EHSの疑問に対する明確で決定的な回答なしにナノテクノロジーについて公衆と情報交換をすると高いレベルの不確実性、不安、そして反対を生み出すことを示している。 議会は、「21 世紀ナノテクノロジー研究開発法−2003年 (21st Century Nanotechnology Research and Development Act of 2003 (15 U.S.C. §§7501-7502.)」の中で、公衆の関与の重要性に関する信念を述べた。同法は、公衆の意見と支援が NNI の取り組みに統合されるべきことを求めている。NNI は印刷物、後援会、ウェブでの情報発信(nano.gov)、非公式な教育、及び利害関係者と一般公衆との対話を確立するための努力を含んで、様々なメカニズムを通じて公衆の理解を向上させることに努めている。ナノテクノロジー・科学・工学、技術(NSET)小委員会はまた、NNI が公衆ともっと効率的に情報交換するためのアプローチを開発するために、ナノテクノロジー公衆関与情報交換作業部会を設立した。 最終見解 連邦政府は、2001年会計年度以来、 NNI の下にナノテクンロジーに一貫した投資を行ってきた。無数のナノテクノロジー応用が商業製品に導入されているが、それらは一般的に製品の能力に漸進的な改善を提供してきた。ナノ支持者らは、ナノテクノロジーは革命的な製品を市場にもたらし、既存の産業を再形成して、新たな産業を構築する可能性を持っていると主張する。これらの製品は、著しい経済的及び社会的利益をアメリカ及び世界にもたらすかもしれないが、しかしこれらの利益が現実のものとなる前に、相当な研究、開発、及び革新のためのハードルが立ちはだかっている。 議会は、これらのハードルのいくつか、又は全てに対応することに、積極的な役割を演じるかもしれない。議会が考慮することを選ぶかもしれない課題は、対象機関のための予算権限レベル; R&D 資金供給レベル、優先順位、プログラム構成分野(PCAs)のバランス; NNI の運営と管理; 研究成果と早期段階技術の商業的に実行可能な応用への転換; 環境・健康・安全問題; 倫理的、法的、及び社会的影響; ナノテクノロジー人材のための教育と訓練; 計測、標準、及び用語; 公衆の理解; 及び国際的側面−を含む。 |