ライデン大学 2023年1月3日
ナノ粒子の安全性評価を改善する
インゲ・ファン・ダイク(編集者、ライデン大学)
情報源:Leiden University, 3 January 2023
Improving safety assessment of nanoparticles
By Inge van Dijck, Editor at Leiden University
https://www.universiteitleiden.nl/en/news/2023/01/
improving-safety-assessment-of-nanoparticles


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2023年3月6日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/research/230103_
Leiden_Univ_Improving_safety_assessment_of_nanoparticles.html


 透明な日焼け止め、防臭靴下、抗菌絆創膏に含まれるナノ粒子はどれくらい安全なのであろうか?  微生物類(microbes)は全ての生物に存在するが、ナノ材料の安全性を推定するツールはまだ微生物類をほとんど考慮していない。 ブレッヒェ・ブリンクマンは、博士号の研究中にこれらの微生物類の役割を調査した。

 ますます多くの製品に、1〜100 ナノメートルという非常に小さな粒子であるナノ粒子が含まれている。 人間の目で見ることはできないが、大きな影響を与える可能性がある。 ”ナノ材料は、予想以上に多くの製品に使用されている”とブリンクマンは言う。 ”たとえば、スポーツ用品や靴下を無臭に保つために、銀ナノ粒子を布地に組み込んでいる。 一部の日焼け止めにもナノ粒子が含まれている。 これらによりクリームが紫外線を吸収すると同時に透明性を維持する。 肌にクリームが見えないので、人々はそれを好む。

 生物医学の世界では、適切な (がん) 細胞又は組織により正確に薬物を送達するためにナノ材料を使用している[ナノ・ドラッグ・デリバリー・システム(ナノ DDS)]。 その結果、薬の副作用が少なくなる。 農業では、人々はナノ粒子を使用して、肥料などの化学物質をより正確に作物に届けようとしている。 その結果、これらの物質が環境に流出する可能性が低くなる。

テストはより現実的に行うことができる

 ナノ材料の用途は無限であるが、それらは安全であろうか?  それを評価するために、ナノ粒子が人間や環境に対して有害であるかどうかを推定するのに役立つ手段と手順(ツールとプロトコル)がある。 しかし、リスク評価者らがナノ粒子をテストする条件は、常に完全に現実的であるとは限らないとブリンクマンは言う。”リスク評価者が微生物類を考慮に入れることはめったにない。 それでも、これらの微細な生物は、地球上の全ての生物の全ての組織上に存在する。 たとえば、私たちの皮膚、腸、肺はそれらでいっぱいであり、植物や動物も同様である。



ゼブラフィッシュの卵に付着した微生物類。 生きている微生物類は緑に、死んだ微生物類は赤又は黄色に着色されている。
画像: Bregje Brinkmann
 微生物類をもっと考慮する必要があるかどうかを調べるために、ブリンクマンは研究室で調査した。”私たちは、ゼブラフィッシュの幼魚と微生物類を持たない無菌の幼魚を比較することにより、銀と二酸化チタンのナノ粒子の効果をテストした。” 彼女は両方のグループを同じ濃度のナノ粒子に暴露させた。ブリンクマンは、それぞれの濃度で、微生物類を持っている幼魚が、微生物類を持っていない幼魚と比較して、それらにどのように反応するかを比較した。 ”問題は、微生物類が保護的な効果を持っているのか、それともマイナスの効果を持っているのかということである。”

微生物類の保護機能

 テストでは、特定のナノ粒子について、実際に違いがあることが示された。 無菌の幼魚は、微生物類(microbes)を持った幼魚よりも低濃度の銀ナノ粒子で死亡した。 したがって、この場合、生物の微生物類はナノ粒子の毒性に対して保護効果があった。

 ブリンクマンは、この保護効果の背後にあるメカニズムに非常に興味を持った。 ”ゼブラフィッシュは、微生物類を認識するためのいわゆる「トル様受容体(toll-like receptors)」(訳注1)を持っている。 微生物類の一部がこれらの受容体と接触すると、ゼブラフィッシュ細胞の抗炎症反応(anti-inflammatory response)が刺激される。 銀粒子は反対のことをする。 これら[銀粒子]は実際に細胞に炎症反応(訳注2)を引き起こす。 したがって、微生物類に対するゼブラフィッシュの反応と銀粒子に対するゼブラフィッシュの反応は相殺すると考えている。

 人間を含む他の多くの生物は、同じように微生物類を認識する。 ”したがって、微生物類はそのようなナノ粒子の炎症作用から他の生物を保護することもできると私たちは期待している。” さらに、この研究は、ナノ粒子への暴露の慢性的な影響をより適切に評価するためのツールも提供する。 ”たとえば、ナノ粒子が原因で保護的微生物類が時間の経過とともに死滅するとどうなるであろうか?”

ポスドクでのさらなる研究

 この研究の結果により、研究者らはツールとプロトコル(手段と手順)を改善してナノ材料の安全性を評価することができる。 ”そして、それは重要である。 ナノ粒子がますます多くの製品に組み込まれているからだけでなく、新しい[ナノ]材料が絶えず市場に出回っているからでもある。 これら全ての新素材をひとつずつテストすることはできないため、人間と環境の安全性を推定できる正しいモデルを用意することが重要である。”

 研究中、ブリンクマンは様々な研究分野の科学者らと協力した。 その中には、物理モデル政策者、分子生物学者、化学者、生物物理学者等が含まれていた。 私たちの分野の境界での交流は、非常に刺激的であった。 そのため、ナノ粒子の研究は彼女にとって終わりではない。 ”私は、ライデン大学の環境科学研究所 (CML) でポスドクとして研究を継続する。 ナノ粒子の安全性と開発に関する問題に取り組み続けたいと考えている。


訳注1
  • Toll様受容体(ウィキペディア)
     Toll様受容体(トルようじゅようたい、Toll-like receptor:TLRと略す)は動物の細胞表面にある受容体タンパク質で、種々の病原体を感知して自然免疫(獲得免疫と異なり、一般の病原体を排除する非特異的な免疫作用)を作動させる機能がある。脊椎動物では、獲得免疫が働くためにもToll様受容体などを介した自然免疫の作動が必要である。・・・

  • 用語集|トル様受容体(腸内細菌学会)
     Toll-like receptor(TLR)は、パターン認識受容体(PRR)を介して微生物類の持つ共通した分子構造(PAMP)を認識する。PRRは、PAMPを認識すると、細胞内シグナル伝達系を活性化し、病原体排除に必要な生体防御機構を誘導する。・・・
訳注2
  • 炎症について(CREST/さきがけ)
     炎症は、異物や死んでしまった自分の細胞を排除して生体の恒常性を維持しようという反応と考えられます。例えば細菌やウイルス(一種の異物です)が体の中に侵入しようとした時に、さまざまな細胞などの生体内成分がその排除に働いた結果が炎症性反応です。それらの反応の中には、予め体の中に用意されている直ちに働く成分による反応と、やや時間をかけて一旦その異物の構成成分を解析してから強力に攻撃する時に後から作られる成分による反応があります。・・・

化学物質問題市民研究会
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