2009年11月版
米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)
ナノテクノロジー研究センター(NTRC)
職場における安全なナノテクノロジーに向けた進展  2007〜2008年

エグゼクティブ・サマリー

情報源:Progress Toward Safe Nanotechnology in the Workplace
A Report from the NIOSH Nanotechnology Research Center, November 2009
Project Updates for 2007 and 2008
http://www.cdc.gov/niosh/docs/2010-104/pdfs/2010-104.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年12月2日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/niosh/niosh_progress_toward_safe_nanotech_workplace.html


エグゼクティブ・サマリー


 ナノ材料の労働安全衛生問題は複雑である。工業ナノ材料は小さく相対的に大きな表面積を持つので、それらは同様な化学物質組成から成るより大きな粒子とは著しく異なる化学的、物理学的、生物学的特性を持つかも知れない。これらの特性は、ナノ材料の能力に影響を与え、肺のガス交換領域に到達し、肺から全身に移動し、皮膚バリヤを浸透し、細胞膜を通過し、分子レベルで反応するかも知れない。ナノ材料のタイプと職場でそれらに暴露する機会は急速に増大し続けている。課題は、社会がナノテクノロジーの遠大な潜在的便益を理解するのを助ける一方で、ナノテクノロジーの安全と健康の問題に効果的に対応することである。

 米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、労働に関連する怪我、病気、死亡を防止するために研究を実施し勧告をすることに責任がある連邦機関である。 NIOSH は労働安全衛生法(Occupational Safety and Health Act)によって、職場にある物質が危害を及ぼすかどうか調査し、怪我と病気を防止するための勧告をすることについて権限を与えられている。

 NIOSH は、ナノテクノロジーに関する研究を調整し推進するために、また職場におけるナノ材料の安全な取り扱いに関するガイダンスを開発するために、2004年にナノテクノロジー研究センター(NTRC)を設立した。NTRCは地理的に分散した場所にいる NIOSH の科学者や技術者達がいる仮想センターであり、彼らはコンピュータ・ネットワークやその他の技術を共有することにより繋がっている。このアプローチは、科学者や技術者が共同研究をする場合に物理的に同じ場所にいない時、従来生じていたロジスティック上の複雑さを克服するものである。

 2007年、NTRC は職場における安全なナノテクノロジーに向けた進展(DHHS NIOSH Publication No. 2007-123)を発行した。その報告書は、2004年の初頭から2006年までの NTRC の進展を記述している。この2009年11月版は2007年と2008年に達成したプログラム成果を記述しており、43の内部プロジェクトと1つの包括的な外部プログラムを含んでいる。NTRC はりソースが限定しているがハザード特定からリスク評価まで全てのステップに貢献し続けている(Figure 1)。


NTRC は4つの目標を持っている。
  1. ナノ粒子及びナノ材料が労働関連の傷害と病気のリスクを及ぼすかどうか調査すること
  2. ナノテクノロジー製品を適用することによって労働関連の傷害と病気を防止するための研究を実施すること
  3. 介入、勧告、能力構築を通じて健康な労働現場を推進すること
  4. ナノテクノロジー研究とガイダンスに関する国内及び国際的連携を通じて世界の職場の安全と健康を向上させること
 報告書完全版に示されている通り、これらの目標のそれぞれに向かって進展している。それぞれの目標のハイライトを下記に示す。

1.ナノ粒子及びナノ材料が労働関連の傷害と病気のリスクを及ぼすかどうか調査すること

 2004年以来、NTRC はナノ粒子の毒性学的性質と特性に関する研究を推進してきた。この研究はこれらの粒子が労働者に有害な健康影響リスクを及ぼすかどうかを予測することに関連している。これらの研究プロジェクトは職業的に関連するナノ粒子、特にカーボン・ナノ粒子の毒性を特性化することに関与している。
 NTRC 調査官らによる予備的な研究は、特定のナノチューブへの低用量吸引暴露(aspiration exposure)の直ぐ後、マウスが(肺線維症反応のような)有害な肺影響の発現を立証した。NTRC はナノ粒子エアゾールを発生させるためのシステムを確立し、2006年の夏に動物の吸入研究(inhalation studies)の実施を開始した。この吸入研究は吸引研究(aspiration studies)で見られたのと同じ肺線維症反応を確認した。NTRC 調査官らは、ナノ粒子が肺に堆積した後、血流に入り込み、全身組織に移動する可能性を評価した。これらの研究は科学者らがある工業ナノ材料が職場において人の健康にリスクを及ぼすかどうかを調べるのに役に立つであろう。それらはまた、工業ナノナノ材料が作用するメカニズムを決定するのに役に立つであろう。
 これらの研究の結果は予備的で限定されており、それらが人に対する健康リスクを知らせるものかどうかを予測するためにもっと多くの研究が必要である。このようにして得られた結果はその質問に目を向けるための必要性を認め、戦略的な現行の研究のための有望な手本を提供する。

 暴露と管理方法についてのさらなる知識を得るために、 NTRC は、工業ナノ粒子への暴露が起きるかもしれない職場の評価を実施するための現場チームを設立した。このチームは、2007年と2008年に工業ナノ粒子を製造している又は使用している12社と協力して潜在的な労働者の暴露、技術管理、リスク管理手法についての有用な情報を収集した。

2.ナノテクノロジー製品を適用することによって労働関連の傷害と病気を防止するための研究を実施すること

 NTRC は労働安全衛生にナノテクノロジーを適用するための様々な可能性を特定しており、それらには、もっと効率的なフィルター、センサー、防護服を作るためのこの技術の適用などが含まれる。NTRC と NIOSH の外部プログラム局は大学及び民間部門とプロジェクト実施の調整を図っている。

3.介入、勧告、能力構築を通じて健康な労働現場を推進すること

 NTRC は、ナノテクノロジーに関連する労働安全衛生の問題に関し、国内及び国際的に、広範なプレゼンテーションを実施している。それらには、科学界、産業界、専門家らへのプレゼンテーション、政府機関及び非政府組織(NGOs)との会合、政府機関、NGOs、及び専門家らにより開催される会議が含まれる。当初から NTRC はピアレビュー科学文献に170以上の論文を発表し、広範な情報とガイサンスを提供してきた。さらに NTRC は、次の文書を通じてナノテクノロジーに関わる労働者と雇用者のための将来的発展の可能性あるガイダンスを提供している。
  • Interim Guidance for Medical Screening and Hazard Surveillance for Workers Potentially Exposed to Engineered Nanoparticles, DHHS NIOSH Publication No. 2009-116

  • Approaches to Safe Nanotechnology: Managing the Health and Safety Concerns Associated with Engineered Nanomaterials, DHHS NIOSH Publication No. 2009-125

  • Safe Nanotechnology in the Workplace: An Introduction for Employers, Managers, and Safety and Health Professionals, DHHS NIOSH Publication No. 2008-112

  • The Nanotechnology Field Research Team Update, DHHS NIOSH Publication No. 2008-120

  • NIOSH Nanotechnology Field Research Effort Fact Sheet, DHHS NIOSH Publication No. 2008-121

  • NIOSH Nanotechnology Metal Oxide Particle Exposure Assessment Study, DHHS NIOSH Publication No. 2008-122

  • Draft Strategic Plan for NIOSH Nanotechnology Research: Filling the Knowledge Gaps, published February 2008 [www.cdc.gov/niosh/topics/nanotech/strat_planA.html]

4.ナノテクノロジー研究とガイダンスに関する国内及び国際的連携を通じて世界の職場の安全と健康を向上させること

 NTRC はナノテクノロジーに関わる労働者のための労働安全衛生の理解を促進するためにいくつかの国内及び国際的連携を確立してきた。NTRC は国家ナノテクノロジ・イニシアティブ(NNI)に参加しており、ナノテクノロジー環境健康影響(NEHI)の作業部会を通じて国のナノテクノロジー戦略計画に貢献してきた。労働安全衛生は NEHI の取り組みの主要課題であり、NIOSH 戦略的研究計画及び行動は NEHI 計画における主要課題の大部分に対応している。

 NTRC は国際標準機関(ISO)TC 229 健康・安全・環境に関するナノテクノロジー作業部会(訳注1)における米国のリーダーとして活動している。NIOSH はISO TR/12885:2008, Health and Safety Practices in Occupational Settings Relevant to Nanotechnologies(ナノテクノロジーに関連する労働現場における健康と安全の実施)の開発と出版を主導した。NTRC はまた、世界保健機関(WHO)協力センターとともに、情報普及とコミュニケーションの世界的なプロジェクトに関して活動している。NIOSH は世界保健機関とともにナノ材料の安全な取り扱いのための最善の実施(best practices)を推進している。

 NTRC は、経済協力開発機構(OECD)と協力して、アメリカ及び30カ国の OECD 加盟国(欧州連合を含む)及び180以上の非加盟国との協力、調整、及びコミュニケーション体制の確立を行っている。NIOSH は、OECD 工業ナノ材料作業部会(訳注2)の「グループ8.曝露測定と曝露減少」の議長を務めている。

 NIOSH は2007年に台湾で開催された「第3回ナノテクノロジー、労働、環境、健康に関する国際シンポジウム」の共同主催者であり、2009年8月にフィンランドのヘルシンキで開催予定の第4回国際会議の計画委員会で活動している。さらに NTRC は、暴露と適切な作業実施情報を入手し評価するために、米環境保護庁、労働安全衛生局、及びその他の政府機関と協力している。

重要な課題領域

 NTRC 研究プログラムは潜在的な健康リスクの理解と勧告の開発及び普及のための10の重要な課題領域を特定している。

  1. 毒性と内部暴露用量(Toxicity and internal dose)
  2. 測定手法(Measurement methods)
  3. 暴露評価(Exposure assessment)
  4. 疫学と調査(Epidemiology and surveillance)
  5. リスク評価(Risk assessment)
  6. 工学的管理と個人防護装置(Engineering controls and PPE)
  7. 火災と爆発に関する安全性(Fire and explosion safety)
  8. 勧告とガイダンス(Recommendations and guidance)
  9. コミュニケーションと情報(Communication and information)
  10.応用( Applications)

 これら10の重要領域における作業により NIOSH は、労働者を保護し、ナノテクノロジーの遠大な便益が達成されるよう責任をもってナノテクノロジーを推進するために、包括的に情報と知識のギャップに対応し始めている。

国家ナノテクノロジ・イニシアティブ(NNI)との協力

 NIOSH は 「ナノテクノロジー環境健康安全研究のためのNNI戦略」に参加している。Table 1 は4つのNIOSH/NTRC 戦略的目標と10の NTRC 重要研究領域をNNI優先環境健康安全研究の必要性と関連付けている(訳注:Table 1 は省略)。

  NIOSH/NTRC によって実施されている研究は、既存の NIOSH の基金、2007年度が440万ドル及び2008年度が570万ドルが基金として割り当てられている。ナノ材料に特定したもっと包括的な研究プログラムは、予算の制限のために実施困難である。しかし、たとえ予算上の制約があっても、NIOSH の調査官らは職場における安全なナノテクノロジーを提供するために証拠ベース戦略を構築し続けている。


訳注1
経済産業省プレスリリース:ISO/TC229(ナノテクノロジー)第2回総会を東京で開催

3つの分野についてワーキンググループ(WG)
  1.用語・命名法
  2.計測計量・特性評価
  3.健康・安全・環境
訳注2
経済産業省ウェブサイト:OECD工業ナノ材料作業部会
  1.工業ナノ材料安全性研究データベース
  2.ナノ材料評価の研究戦略
  3.代表的ナノ材料の試験実施評価
  4.テストガイドラインのナノ材料への適用性評価
  5.自主的枠組と規制に関する情報交換
  6.リスク評価に関する情報交換
  7.ナノテクノロジーにおける代替試験法の役割   8.曝露測定と曝露減少に関する協力


OECD ウェブサイト:OECD Database on Research into the Safety of Manufactured Nanomaterials


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