米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)2009年3月
安全なナノテクノロジーへのNIOSHのアプローチ
工業的ナノ物質に関連する健康と安全への懸念を管理する

エグゼクティブ・サマリー

情報源:NIOSH Approaches to Safe Nanotechnology March 2009
Managing the Health and Safety Concerns
Associated with Engineered Nanomaterials
http://www.cdc.gov/niosh/docs/2009-125/pdfs/2009-125.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年4月16日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/niosh/niosh_approaches_safe_nanotech.html


訳注:Foreword(はじめに)からの抜粋
・・・これらの取組の一環として、2005年10月にNIOSHはパブリックコメント用にドラフト文書:安全なナノテクノロジーへのアプローチ/NIOSHとの情報交換(訳注1)(Approaches to Safe Nanotechnology: An Information Exchange with NIOSH)を発表した。得られたコメントに基づき、NIOSHは2006年7月にこの文書を修正/更新し、さらなるパブリックコメントにかけた。
 そのドラフト文書は広く引用されており、報告書の最終版が、職場におけるナノテクノロジーの安全と健康への影響についてもっと詳しく知りたいと望む利害関係者(労働安全衛生専門家、研究者、政策策定者、リスク評価者、及びこの産業分野の作業者など)のために、極めて重要な情報源として役に立つはずである。・・・

エグゼクティブ・サマリー


 ナノテクノロジーは多くの既存の消費者用及び産業用製品の有効性を劇的に改善し、疾病の診断や治療から環境の改善まで全ての分野で新たな製品の開発に著しい影響を及ぼすことができるであろう。ナノテクノロジーの応用の可能性の範囲は広いので、ナノ物質への暴露に関連する潜在的な健康リスクの継続的な評価は、それらの安全な取り扱いを確実にするために重要である。工業的ナノ物質は、少なくとも1次元が1〜00ナノメートルである意図的に製造された物質である。ナノ粒子(*)はしばしば、工業的材料を作るときに極めて重要な特定の特性を与える独特の物理的及び化学的特性をしばしば示すが、これらの特性がヒトの健康に及ぼすかもしれない影響についてはほとんどわかっていない。研究は、粒子の物理化学的特性は生物学的システムに影響を与えることがあることを示している。これらの特性には粒子サイズ、形状、表面積、電荷、化学的特性、溶解性、オキシダント生成能力、凝集の程度などが含まれる。研究結果が、健康リスクを及ぼすかもしれないナノ粒子の特性をはっきりさせるまで、予防的措置をとることが妥当である。

(*)原注:用語の標準化をはかるために、国際標準化機構技術委員会229(ISO-TC 229)は、ナノ物質という用語を工業的ナノ粒子を記述するために用いている。

 NIOSHは、工業的ナノ粒子の潜在的な有害性についてわかっていること及び、職場の暴露を最小にするために取ることができる措置の概要を提供するためにこの文書を作成した。以下は得られた結果と勧告の概要である。

潜在的な健康への懸念

  • ナノ物質が体に入り込む潜在能力は、科学者らがそのような物質が職業的健康ハザードを検証するいくつかの要素のひとつである。ナノ物質は、それらが大気中に浮遊しており、吸入可能サイズの粒子の形状(ナノ粒子)なら、呼吸器系を通じて体内に入り込む最大の能力を持っている。それらはまた皮膚浸透又は経口摂取を通じて取り込まれるかもしれない。

  • ヒトと動物の研究結果に基づけば、大気浮遊ナノ粒子は吸引さ、気道に堆積する;動物実験に基づけば、ナノ粒子は肺から血流中に入り込み、他の器官に転移することができる。

  • ラットの実験研究は、同等の質量の不溶解性ナノ粒子は、より大きな同じ組成粒子に比べて肺に炎症と腫瘍を引き起こす能力が大きいことを示している。同様な物質の試験管内での培養細胞を用いた研究結果は、動物実験で観察される生物学的反応と一般的によく合致する。

  • 動物、培養細胞、及び無細胞系での実験研究は、化学的組成、結晶構造、及び粒子サイズの変化がオキシダント生成特性と細胞毒性に影響を与えることができることを示している。

  • 工業的又は副次的な顕微鏡レベル粒子(微粒子)又はナノスケール粒子(超微粒子)のエアロゾルに暴露した作業者の研究は、肺機能の低下及び障害、線維性肺疾患を含む有害肺影響を報告している。これらの研究の異なる粒子特性を持つ工業的ナノ粒子への影響は不確かである。

  • ハザードの潜在的な大きさを決定するナノ粒子の主要な物理的及び化学的特性を決定するための研究が必要である。
潜在的な安全性の懸念

  • ナノ物質の粉塵に関連する火災及び爆発を予測する十分な情報は存在しないが、ナノスケールの可燃性物質は、ナノ粒子であるがために粒子表面積が増大し潜在的に独特の特性を持つので、同一の重量濃度の粗い物質よりも高いリスクがある。

  • あるナノ物質は、その組成や構造によっては、その化学物質組成からは予測できないような触媒的反応を引き起こすかもしれない。

工業的ナノ物質の取り扱い

  • ナノ混合物質、ナノ表面処理物質、ナノ構造物質のような、あるいは集積回路のようなナノ物質対応製品は、吸入可能なサイズでないので、その取り扱いと使用中に暴露リスクを及ぼすようには見えない。しかし、それらの製造中に用いられるプロセスのあるもの(例えば、調合及びナノスケール表面処理)はナノ物質への暴露をもたらすかも知れず、そのような製品の切断及び研磨は吸引可能なナノ粒子を放出するかもしれない。

  • (粉塵収集システムからの物質のクリーニングと処分を含む)製造システムの保守作業は、堆積したナノ粒子が撹拌されるとナノ粒子への暴露をもたらすように見える。

  • 次のような職場の仕事はナノ粒子への暴露リスクを増大させることができる。
    • 適切な保護具(例えば手袋)なしに液体媒体中のナノ物質を扱うこと
    • 注入操作又は混合作業中に液体中で、または激しい撹拌が伴う場所でナノ粒子を扱うこと
    • 非閉鎖系でナノ粒子を製造すること
    • ナノ粒子の粉体を取り扱うこと(例えば計量、混合、スプレー)
    • ナノ物質の製造又は加工ために使用されるプロセスの保守及びナノ粒子を含むこぼれと廃棄物質の処理
    • ナノ粒子を捕捉するために使用される粉塵収集システムのクリーニング
    • ナノ粒子を含む物質の機械加工、やすりがけ、穴あけ、その他機械的な加工
暴露評価と特性化

  • ナノ物質毒性の基礎をなすメカニズムに関するもっと多くの情報が入手可能となるまで、職場における暴露を監視するためにどのようなような測定技術が用いられるべきなのか不確かである。現状の研究は、ナノ構造の物質について、質量や容量は粒子サイズと形状、表面積、及び表面化学特性(活性)よりも重要度が低いかもしれないことを示している。

  • 大気浮遊のナノエアロゾルを測定するために利用できるサンプリング技術の多くは複雑に変化するが、粒子サイズ、質量、表面積、濃度、及び組成に関して職業暴露を評価するための有用な情報を供給することができる。残念ながら、日常的な監視に対し容易に適用可能な技術は相対的にわずかしかない。NIOSHは工業的ナノ粒子を製造又は使用している職場における暴露評価研究を立ち上げている(参照:付属書x 工業的ナノ物質の発生と放出の特定のためのナノ粒子放出評価技術)。

  • ナノエアロゾル暴露を評価するために用いられる測定方法にかかわらず、ナノ物質の製造、加工、又は取り扱いの前に、ナノスケール粒子のバックグラウンドを測定することが極めて重要である。

  • 実施可能なら、作業者の暴露を正確に表わすことを確実にするために、人体サンプリングが望ましいが、区域サンプリング(例えば、サイズ区分エアロゾル サンプル)及びリアルタイム(直読)暴露測定が工学的管理と作業実施の改善の必要性を評価するためにもっと有用かもしれない。

予防的措置

  • ナノ物質に関連するかもしれない健康リスクについての情報量が限られているのなら、作業者の暴露を最小にするための措置をとることが賢明である。
  • ほとんどのプロセスと仕事に対し、ナノエアロゾルへの空気暴露の管理は、一般的エアロゾルへの暴露を低減するために用いられるものと同様な様々な工学的管理技術を用いることによって達成することができる。
  • ナノ物質への暴露が存在する職場におけるリスク管理プログラムの実施はナノ粒子への暴露の可能性を最小にするために役立てることができる。そのようなプログラムの要素は次のようなことを含むべきである。

    • 入手可能な物理的化学的特性データ、毒性学的又は健康影響データに基づき、ナノ物質により及ぼされるハザードを評価すること

    • 暴露の可能性を決定するために作業者の仕事を分析すること

    • ナノ物質の適切な取り扱いのために作業者を教育し訓練すること(例えば good work practices)

    • ナノ物質への暴露が起きるかもしれない場所に工学的管理装置(例えば廃棄ベンチレーション)を設置し評価するための基準と手順を確立すること
    • 適切な個人防護装置(防護服、手袋、防護マスク)の必要性と選択を決定するための手続きを開発すること
    • 管理措置が適切に機能し作業者は適切な個人防護装置を供給されていることを確実にするために体系的に暴露を評価すること
  • 発生源密閉(発生源を作業者から隔離すること)や局所的排気/換気システムのような工学的管理技術は大気浮遊ナノ粒子の捕捉のために効果的であるべきである。現状の知識によれば、高効率粒子捕集フィルター(HEPA)を備えたよく設計された排気システムは効果的にナノ粒子を除去する。

  • 良い作業管理(good work practice)の採用はナノ粒子への作業者の暴露を最小にするために約に立つ。良い作業管理の例は、作業区域のHEPAフィルター付の掃除機か水拭き法での清掃、ナノ物質が扱われる職場での飲食の防止、手洗い施設の設置、シャワーと更衣室の設置を含む。

  • ナノアエロゾルに対する皮膚暴露の保護のための衣類又はその他の衣服(例えば手袋)に関する利用可能なガイドラインは現在、存在しない。しかし、いくつかの基準はナノサイズ粒子のテストを導入しており、したがって防護衣服の効果についてある指標を与えている。

  • 工学的ならびに運営上の管理が作業者の暴露を適切に防止できないときにはマスクの使用が必要となるかも知れない。現在、いくつかの類似化学物質成分でより大きな粒子のための職業的暴露限界は存在するが、工業的ナノ粒子への空中暴露のための特定の限界は現在存在しない。非ナノスケール粒子粒子のために勧告されている暴露限界はナノ粒子暴露のための健康保護にはならないかもしれないということが認識されるべきである(例えば、グラファイトのためのOSHA許容暴露限界(PEL)はカーボンナノチューブのための安全暴露限界ではないかもしれない)。呼吸保護を採用するという決定は、毒性情報、暴露測定データ、及び頻度を考慮した専門的な判断と、作業者の暴露の可能性に基づかなければならない。研究調査は継続中であるが、予備的な証拠は、NIOSHが認定したマスクは適切に選択され、完全な呼吸保護プログラムの一部として適切に装着されるなら、ナノ粒子吸入から作業者を保護するために有用であることを示している。
職業的健康の監視

 職業的健康監視は効果的な労働安全衛生プログラムの本質的な要素である。ナノ物質の独特な物理的及び化学的性質、職場でのナノテクノロジーの増大、工業的ナノ物質への暴露が実験動物に有害健康影響を及ぼす可能性があることを示唆する情報など全てが、工業的ナノ物質に暴露する可能性のある作業者のための職業的健康監視プログラムの必要性を示している。ナノテクノロジー作業者の職業的健康監視の適切な要素に関してNIOSHやその他のグループに伝えるために、毒性学的研究と工業的ナノ物質へ暴露する可能性のある作業者の継続的な評価が必要である。NIOSHは  NIOSHはナノテクノロジー作業者のための医学的スクリーニング(職業的健康監視プログラムのひとつの要素)に関する暫定的なガイダンスを作成した(see NIOSH Current Intelligence Bulletin Interim Guidance for Medical Screening and Hazard Surveillance for Workers Potentially Exposed to Engineered Nanoparticles at http://www.cdc.gov/niosh/docs/2009-116/)。  このガイダンスの目的は、ナノテクノロジー作業者のための労働衛生上の医学的スクリーニングに関する暫定的なガイダンスプログラムを創るために、既存の医学上及びハザードの監視体系を利用するための枠組みを提供することである。  この文書中でNIOSHは、工業的ナノ粒子に暴露する可能性のある作業者の特定の医学的スクリーニングを勧告するために、十分な科学的及び医学的証拠は現在、存在しないと結論付けた。しかしNIOSHは、管理措置を実施するための基礎としてハザード監視が実施されるべきことを強く勧告した。



訳注1
安全なナノテクノロジーへのアプローチ:NIOSH との情報交換
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/05/dl/s0530-7f.pdf
(厚生労働省(2008年5月30日 開催)(第4回ヒトに対する有害性が明らかでない化学物質に対する労働者ばく露の予防的対策に関する検討会資料)


化学物質問題市民研究会
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