食品と水・ヨーロッパ 報告書2009年12月16日
見えない危険:ナノ技術からナノ毒性へ
エグゼクティブ・サマリー

情報源:Food & Water Europe, December 16, 2009
Unseen Hazards: from Nanotechnology to Nanotoxicity
http://www.foodandwaterwatch.org/world/europe/food-safety
/unseen-hazards-from-nanotechnology-to-nanotoxicity/download?id=pdf


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2010年2月3日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/ngo/Food_Water_Europe_Unseen_Hazards.html

エグゼクティブ・サマリー

新たな挙動と特性を持った物質を作り出すために極めて小さな粒子を分子レベルで操作するナノテクノロジーは、次世代の電力供給や燃焼エンジンなど全てのものを変えてしまう次世代の強力で新しい科学の対象である。

 2015年までに2/3兆ユーロの産業になることが予測される[1]ナノテクノロジーは、すでに食品関連、肥料[2]、台所用品やお茶などを含む数百の消費者製品中に見出すことが出来る[3]。一方、政府と企業は、がんの一日治療や現代世界の多くの不都合を改善することを期待して、数十億ユーロの金をナノ粒子の研究と開発に注ぎ込んでいる。

 残念ながら、世界の問題を解決するためのナノテクノロジーの巨大な潜在能力は、それ自身が引き起こすかもしれない有害性と相殺されるかもしれない。この新たな技術の中で使用されるナノサイズの粒子がヒト健康と環境に深刻な有害影響を及ぼすであろうことを懸念する正当な理由がある。ナノ毒性に関する新たな分野から出現する数十の研究が、ナノ粒子に関連するハザードを既に示している。

まだ非常に新しいナノ毒性の分野の研究は、いくつかのナノ粒子に対し下記を見出している。
  • DNAを損傷する[4], [5]
  • 細胞機能かく乱[6]と活性酸素種(ROS: reactive oxygen species)の生成[7]
  • アスベストのような病原性[8]
  • 脳神経系障害(脳卒中のような)[9]
  • 肝臓と腎臓の著しい病変を含む器官の損傷[10]
  • 排水処理システムにおける有益なバクテリアの絶滅[11]
  • トウモロコシ、大豆、ニンジン、キュウリ、キャベツの根の成長阻害[12]
  • 魚におけるエラの損傷、呼吸困難、酸化ストレス[13]
 ナノスケールになると銀や炭素のような金属の粒子はもっと大きなサイズの粒子とは質的に異なる挙動を示すが、それらの挙動に科学者らはよだれを流し、規制当局は身震いする。ナノテクノロジーの研究開発において世界を主導するアメリカにおいても、規制官らは、”ナノスケール物質を有用なものにする同じ特別の特性はまた、ナノスケール物質をヒト健康と環境に潜在的なリスクを引き起こさせる”と述べて、ナノテクノロジーの潜在的なハザードを認めている[14]。

 しかし、アメリカの規制当局はナノテクノロジー食品がアメリカの市場に流れ込んでくることについてほとんど監視していない。遺伝子組み換え作物のように、アメリカはナノテクノロジーの約束を受け入れており、巨額の研究開発費をつけ、潜在的なハザードについてほとんど考えることもなしにナノ物質が公衆の空間に拡散することを許している。

 ナノ製品はヨーロッパでも広く販売されており、現在までのところEUは確固とした規制アプローチをとっていない。もっと悪いことに、指導者らはバイオテクノロジーで犯した誤り−すなわち消費者の安全についての懸念のために遺伝子組み換え作物に財政的に投資しなかったとう誤りを避けようとして、消費者保護はナノテクノロジー議論の中で恐らく二の次となっている。公衆の保護の必要性は認めつつ、欧州委員会の現在の5か年ナノテクノロジー・アクション・プランもまた、”ヨーロッパは他の技術で経験した’パラドックス’を繰り返すことを回避しなくてはならず、成長と雇用のための行動と調和して、ナノ科学とナノ技術におけるヨーロッパの世界トップクラスの研究開発を富を生成する有用な製品に転換しなくてはならない”[15]と述べている。

 しかし、そのような富の生成は、もし適切なリスク評価と規制が行われず市場にナノ物質が導入されれば、ヒト健康と環境に金のかかる長期的な問題をもたらことになるであろう。規制されずに化学物質や技術が商業化された場合の遺産は、ある意味では人が作り出した人災である。全てのものを変えるであろう技術革新であるとの触れ込みのあったアスベスト、DDT、PCB類、放射性物質などは、ナノテクノロジーは次の大きな事柄なので、ナノテクノロジーに関連する潜在的なハザードを無視し続ける事は出来ないとの警告であるとして、役立てるべきであろう。

 ナノテクノロジーは医療の分野などで莫大な将来の約束を示しているが、現在までのところ、開発の大部分は社会に対してほとんど便益を提供しない消費者製品に関連するものであり、それらには潜在的な有毒性に関連したコスト発生の可能性ある。少しばかり強度があり、少しばかり軽いテニスラケットと自転車はスポーツ熱狂者にわずかな差(ベネフィット)を与えるかも知れないが、それらの製造に用いられるカーボン・ナノチューブは最終的にはヒト健康と環境に大きな差(リスク)を与えるであろう。アメリカの保健会社コンチネンタル・ウェスターン・インシュアランス・グループは、”アスベスト様の病原性”に関連しているとされる[17]カーボンナノチューブによって引き起こされる傷害に対して最早、保険を適用しないと発表したと報じられた[16]。この発表はウェブサイトに掲載後、直ぐに削除された(訳注1)。

 もし、知らない間に、食料品・雑貨店で、夕食のテーブルで、そして職場において、消費者のナノテクノロジーへの暴露が増大するのであれば、立法者と規制者は今すぐに消費者保護を実施する必要があることは明らかである。

 食品と水・ヨーロッパは欧州委員会における環境委員会の”ノーデータ・ノーマーケット”アプローチを支持する。これは信頼性のある独立した安全評価がなされるまで、ナノテクノロジーを含む消費者製品の市場からの撤去を含む。

 食品と水・ヨーロッパは、EUが消費者製品中のナノテクノロジーのリスク評価を行うときにその基礎として”予防原則”を適用することを勧告する。そして食品と水・ヨーロッパは、ナノ製品の安全性が示されるまで、全てのナノ製品の商業化のモラトリアムを要求する。特に、食品と水・ヨーロッパは、ナノ食品の消費者に対する潜在的なリスクは、それらについて巷で言われる便益よりもはるかに勝るので、ナノ食品のアイディアは拒絶する。

 立法者らはナノテクノロジーについての確固とした公衆の議論を推進し、ナノ粒子の有毒影響についての研究に対する資金調達を劇的に増大すべきである。

 立法者らはまた、確固とした規制プログラムが実施されるまで、ナノテクノロジーを含む消費者製品の市場での拡散を抑えるよう働くべきである。暫定的に、規制当局はナノテクノロジーを含む全ての消費者製品にそのことを示すラベル表示を求めることが本質的に重要である。

 食品と水・ヨーロッパは、欧州委員会が次の行動をとることを強く求める。

 欧州委員会の健康と消費者保護指令(SANCO)は、ナノテクノロジーを使用している製造者に対し、SANCO ウェブサイトで公的に入手可能なデータベースに彼らの製品を登録するよう求めなくてはならない。

 2008年に欧州委員会が採択したナノテクノロジー研究のための自主的な行動規範は義務的なものとすべきである。この規範の目的は、ナノ研究活動を公衆に分かりやすいものであり、透明性のある方法で実施され、説明責任があり、安全で持続可能である様にすることであり、健康を脅かすものであってはならない[18]。この規範はもし、諸国及び製造者らが脱退できるものであるなら効果的なものにならない。


 いかに精緻な知識であろうと、常にある程度の無知があることは受け入れざるをえないだろう。われわれの意思決定に動員された知識の相対にも潜在的欠陥があることに注意を喚起し、慎みを持つことは、基本的なことだ。驚きが起きることは避けえない。ちょうど、なぜ科学の研究をするのかの基礎に嬉しい驚き、すなわち”発見”への期待があるように、それに対応する嬉しくない驚きの見通しも常にあるだろう。特に複雑な効果、蓄積性のある効果、シナジー性[相加性以上の効果が出ること]の効果、あるいは間接的な効果は、その本性によって、伝統的に規制当局による鑑定では不適切に扱われてきた。(レイト・レッスンズ 306-307頁)

The European Environment Agency, from the 2001 report,
"Late Lessons from Early Warnings: The Precautionary Principle 1896-2000
http://www.eea.europa.eu/publications/environmental_issue_report_2001_22/Issue_Report_No_22.pdf

レイト・レッスンズ
14の事例から学ぶ予防原則 欧州環境庁 編
松崎早苗 監訳 水野玲子・安間武・山室真澄 訳
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/publish/publish_LL_master.html


脚注
1 Roco, M.C. “Broader societal issues of nanotechnology.” Journal of Nanoparticle Research. 2003 at 182.

2 Friends of the Earth. “Out of the laboratory and onto our plates.”2008 at 20.

3 Project on Emerging NanoNanotechnologies. “Consumer Products: An inventory of nanotechnology-based consumer products currently on the market.” Available online at: http://www.nanotechproject.org/inventories/consumer/

4 Donaldson, K. et al. “Free radical activity associated with the surface of particles: a unifying factor in determining biological activity?” Toxicology. Letters. November 1996 at Abstract

5 Dunford, Rosemary et al. “Chemical oxidation and DNA damage catalysed by inorganic sunscreen ingredients.” FEBS Letters. November 24, 1997 at 89.

6 Sayes, Christie et al. “Correlating nanoscale titania structure with toxicity: A cytotoxicity and inflammatory response study with human dermal fibroblasts and human lung epithelial cells.” Toxicoloigical Sciences. April 2006 at Conclusions.

7 Long, T., et al. “Titanium dioxide (P25) produces reactive oxygen species in immortalized brain microglia (BV2): Implications for nanoparticle neurotoxicity.” Environmental Science & Technology. June 7, 2006 at Abstract.

8 Poland, Craig et al. “Carbon nanotubes introduced into the abdominal cavity of mice show asbestos-like pathogenicity in a pilot study.” Nature Nanotechnology. May 20, 2008.

9 National Institute of Health, National Center for Complementary and Alternative Medicine. “Backgrounder on Colloidal Silver Products.” Available at http://nccam.nih.gov/health/silver/ and on file. Accessed August 15, 2009.

10 Wang , J. et al. “Acute toxicity and biodistribution of different sized titatnium dioxide particles in mice after oral administration.” Toxicology Letters. December 2006 at Conclusion.

11 Nanotechnology Business Journal. “Silver Nanoparticles May Be Killing Beneficial Bacteria In Wastewater Treatment.” May 12, 2008.

12 Yang, L.et al. “Particle surface characteristics may play an important role in phytotoxicity of alumina nanoparticles.” Toxicology Letters. March 2005 at 122-132.
13 Federicia, Gillian et al. “Toxicity of titanium dioxide nanoparticles to rainbow trout (Oncorhynchus mykiss): Gill injury, oxidative stress, and other physiological effects.” Aquatic Toxicology. October 30 2007 at Abstract.

14 Environmental Protection Agency. “Nanoscale Materials Stewardship Prgoram Interim Report.” January 2009 at Introduction.

15 Commission of the European Communities. “Nanosciences and nanotechnologies: An action plan for Europe 2005-2009.” July 6, 2005 at 2.

16 Monica, John. “First Commercial Insurance Exclusion for Nanotechnology.” Nanotechnology Law Report. September 24, 2008.

17 Poland, Craig et al. “Carbon nanotubes introduced into the abdominal cavity of mice show asbestos-like pathogenicity in a pilot study.” Nature Nanotechnology. May 20, 2008 at Abstract.

18 Leigh Phillips, “EU wants code of conduct for nanotech research.” EU Observer. February 11, 2008. Available at http://euobserver. com/877/25636 and on file. Accessed November 30, 2009.

19 International Center for Technology Assessment. “Citizen Petition"


訳注1
First Commercial Insurance Exclusion for Nanotechnology
Nanotechnology Law ReportSeptember 24, 2008 by John C. Monica, Jr.




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