The Conversation 2023年9月7日
ナノ粒子は世界を変えるだろうが、それが良い方向に
向かうかどうかは今の決断次第だ

クリスティン・オンバーグ博士:
パシフィック・ノースウェスト国立研究所
化学的および生物学的シグネチャー・グループリーダー
情報源:The Conversation, September 7, 2023
Nanoparticles will change the world, but whether
it's for the better depends on decisions made now

By Kristin Omberg,
https://theconversation.com/nanoparticles-will-change-the-world-
but-whether-its-for-the-better-depends-on-decisions-made-now-211020


訳:安間 武 (化学材料問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2024年4月8日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/230907_The_
Conversation_Nanoparticles_will_change_the_world_but_whether_
its_for_the_better_depends_on_decisions_made_now.html


 ナノスケールの材料(たとえば、この文末のピリオドよりも 10,000 分の 1 以上小さい粒子)に基づく技術は、私たちの世界でますます重要な役割を果たしている。

 カーボン ナノファイバーは飛行機や自転車のフレームを強化し、銀のナノ粒子は抗菌性の繊維を作り、ナノリポソームと呼ばれる保湿用のナノ粒子は化粧品に使用されています。

 ナノテクノロジーは医学にも革命をもたらし、人間のパフォーマンスの限界を押し広げている。 米国で新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種を受けた場合、そのワクチンにはナノ粒子が含まれていた

 ナノ粒子は血液脳関門を容易に通過できるため、将来的にはナノテクノロジーにより医師はがんや認知症などの脳疾患や障害をより適切に治療できるようになるかもしれない。

 点眼薬中のナノ粒子は一時的に視力を矯正する可能性がある。 そして、ナノ粒子を目、耳、脳に戦略的に埋め込むことで、犬と同等の夜間視力聴覚を得る可能性がある。 ナノ粒子を使えば、人々がスマートホームやスマートカーを脳で制御できるようになる可能性もある。

 これは SF(サイエンス・フィクション) ではない。 これらはすべて活発な研究分野である。

 しかし、ナノ粒子の安全性と倫理性を評価する枠組みは研究のペースに追いついていない。 生物科学に携わるひとりの化学者として、私はこの限定された管理に懸念を抱いている。 最新の枠組みがなければ、ナノテクノロジーが世界をより良い場所にするかどうかを判断することはできない。

ナノ - 何が、そしてなぜ ?

 一次元が 1 〜 100 ナノメートルの粒子または材料はすべて「ナノ」として分類できる。 この文末のピリオド(.)は100万ナノメートルであり、人間の髪の毛の直径は約10万ナノメートルである。 どちらも「ナノ」とみなすには大きすぎる。 単一のコロナウイルスの直径は約 100 ナノメートルであるが、森林火災で発生するすす粒子は直径 10 ナノメートルほどになることもある。これら 2 つは、天然に存在するナノ粒子の例である。

ナノ粒子はどのくらい小さいか?

このビデオは、他の物体と比較してナノ粒子がいかに小さいかを示している。

 ナノ粒子はまた実験室で製造することもできる。 COVID-19 ワクチンに使用されるアデノウイルス ベクター、ナノリポ粒子、および mRNA は、人工ナノ粒子である。 シーア(透明感のある)ミネラル日焼け止めに使用される酸化亜鉛と二酸化チタンも、航空機や自転車のフレームに使用されるカーボン ナノファイバーと同様に、人工ナノ粒子である。

 ナノ粒子は、たとえ同じ化学組成を持っていても、より大きな材料とは異なる特性を持っているため、有用である。 たとえば、大きな粒子の酸化亜鉛は水に溶けないため、白い絵の具の顔料として使用される。

 ナノスケールの酸化亜鉛は日焼け止めに使用されており、見た目はほぼ透明であるが、太陽光を反射して日焼けを防ぐ。

 ナノスケールの酸化亜鉛は、抗菌表面の生成に役立つ可能性のある抗真菌および抗菌特性も示すが、その抗菌特性の理由は完全には理解されていない。

 そしてそこに問題がある。 多くの科学者らがナノ材料の優れた特性を活用することに興味を持っているが、私と同僚らは、科学者らがナノ材料の挙動についてまだ十分に理解していないことを懸念している。

ナノテクノロジーの安全性

 ナノ粒子は細胞膜をすり抜けることができるため、生物医学研究者らにとって魅力的である。 ナノスケール酸化亜鉛の抗菌特性は、おそらく細菌の細胞膜を通過する能力に関連していると考えられる。 しかし、これらのナノ粒子はまた人間の細胞膜も通過できる

 米国では、酸化亜鉛は、日焼け止めなどの製品について食品医薬品局(FDA)によって”一般的に安全で効果的であると認められている(generally recognized as safe and effective)”。日焼け止めの場合、酸化亜鉛は人体に有害である可能性が低いためである。

 しかし、科学者らは大きな粒子の酸化亜鉛の健康への影響はかなりよく理解しているが、ナノスケールの酸化亜鉛の健康への影響については完全には理解していない。 ヒト細胞を用いた実験室研究では、炎症から細胞死に至るまで相反する結果が得られている。

 私は日焼け止めを大いに信じている。 しかし、細胞膜を通過することが知られている粒子が、環境に与える影響も心配している。

 毎年何百トンものナノ酸化亜鉛が生産されており、それらは簡単には分解しない。 その挙動をよりよく理解していなければ、最終的に問題になるかどうかを予測することはできない。ただし、日焼け止めに含まれるナノ酸化亜鉛がサンゴ礁にダメージを与えていることを示す証拠が増えている。

ナノテクノロジーの倫理

 ナノ粒子は細胞膜を通過する能力があるため、ワクチンなどの治療薬に有効である。 ナノ粒子は骨格筋の再生に有望であり、いつか筋ジストロフィー、あるいは加齢に伴う自然な萎縮を治療できる可能性がある。

 しかし、新型コロナウイルス感染症ワクチンは教訓をもたらしている。ナノ粒子を使用した新型コロナウイルス感染症ワクチンは米国と欧州ですぐに採用されたが、ワクチンの特許保護と生産・保管インフラの不足のため、低所得国では入手がはるかにむずかしかった

 ナノ粒子はまた、視力の向上から戦闘においてより効果的な兵士にするための改造に至るまで、人間の能力向上を可能にする可能性がある。

 使用のための倫理的な枠組みがなければ、特定の場所でしかアクセスできない性能向上のナノテクノロジーは、高所得国と低所得国の間の富の格差をさらに深める可能性がある。

新たな監視

 現在、様々な国が様々な管理方法の下でナノ粒子を取り扱っている。 たとえば、欧州連合の消費者安全科学委員会は、ナノスケール酸化亜鉛が肺細胞に入り込み、そこから体の他の部分に移動する可能性があるとして、エアロゾル日焼け止めにナノスケール酸化亜鉛を使用することを EU 全土で禁止したが、 米国は同様の措置を講じていない。

 欧州連合は、ナノ粒子の健康と環境への影響を研究する nanobiotechnology laboratory(ナノバイオテクノロジー研究所)を設立した。

共同研究センター(JRC)ナノバイオテクノロジー研究所

EU のナノバイオテクノロジー研究所は、ナノ粒子とより大きな生物学的システムに及ぼす影響についての理解を深めるために取り組んでいる。

 米国では、政府支援による研究開発の取り組みである国家ナノテクノロジーイニシアチブが、科学者らと法律および倫理の専門家らを結び付けることに取り組んでいる。 彼らはナノテクノロジーの利点とリスクを比較検討し、他の科学者や一般の人々に情報を広めている。

 ナノ粒子を利用したワクチン流通における格差を克服することは、全く別の問題である。 世界保健機関の COVAX プログラムは、新型コロナウイルス関連の治療薬への公正かつ公平なアクセスを確保することを目指した。 誰もが恩恵を受けることができるように、ナノテクノロジーを利用したすべての医療についても同様の措置を検討する必要がある。

 合成生物学(synthetic biology)も同様に急速な成長を遂げている分野である。 過去 20 年間、非営利の iGEM 財団は毎年世界規模の学生コンテストを開催し、若い科学者らに自分の研究のより広範な意味について考えるように教えるためのプラットフォームとして利用している。

 iGEM 財団は、参加者に安全性、セキュリティ、そして自分たちのプロジェクトが”世界にとって良い”かどうかを考慮するよう求めている。 ナノテクノロジー研究コミュニティは、同様のモデルを採用すれば大きな利益を得るであろう。 世界をより良い方向に変えるナノテクノロジーは、科学と倫理を調整した後、長い期間、どの様に管理し使用するかの方法を形作る必要がある。



化学材料問題市民研究会
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