Zurich Insider 2014年3月
ナノ技術の知られざるリスク

情報源:Zurich Insider, March 2014
The unknown risks of nanotechnology
http://insider.zurich.co.uk/industry-talking-point/
unknown-risks-nanotechnology/


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2015年1月15日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/2014_Mar_Zurich_unknown_risks_of_nanotechnology.html


要約
  • 保険会社が数十億ドルの成長産業を新たなリスクと見なしているのは、長期的影響についてほとんど分かっていないからだ。
  • ナノ技術は大いなる可能性とともに、大いなる懸念をもたらすものである。
  • ナノ技術を規制監視する動きが高まってきている。
 ナノ技術は比較的新しい科学分野である。1枚の紙の10万分の1の厚さの粒子や構造を有効活用し、医学、電子工学、汚染防止までも大きく進歩させる可能性を秘めている。

 その特性―物質が強靭になったり、より強力な電磁気的性質を示したり、ナノスケールでの熱伝導性や電気伝導性が高まったりすること―により、ナノ技術は真に革命的なものとなっているが、関連する危険性についてはまだ真実が明らかになっていない。

 情報技術、エネルギー、環境科学、医学、国土安全保障、食品安全、スポーツ用品、運輸をはじめとする数多くの分野では既にナノ技術が活用されており、練り歯みがき、ビール、チーズといった多様な商品にもこの技術が利用されている。

 しかしながら、技術が進化すれば、リスクも同様に進化していく。ナノ粒子は非常に小さいため、吸入される可能性や飲み込まれる可能性、皮膚を通じて吸収される可能性がある。

 「ナノ粒子は奇妙な特性を数多く示しているが、これが体内に蓄積されたときや、凝集してより大きな粒子になった時の長期的影響についてはまだ何も分かっていない」と、チューリッヒの上級災害保険士のイワン・プライスは述べている。

 そのため、ナノ粒子はトロイの木馬になる可能性もある。すなわち、ナノ粒子自体はたとえ無害であっても、そのサイズが小さいために毒素を含む他の粒子が人体の自然防御をかいくぐって移動するのを隠す、あるいは助けることになり、これによって毒素を含む粒子が重要な臓器に蓄積されていく可能性があるのだ。

 このような傾向は、その多くが現在のところ保険の観点から定量化することが不可能なため、ナノ技術に関連するリスクの多くがいまだ明らかになっていないと言えるであろう。

 ナノ技術を取り巻く主要な保険リスクは、雇用者責任、製造物責任、環境汚染、会社役員賠償責任が中心となっている。

新たなリスク

 既に数十億ドル産業となっているナノ技術は、安全に対する懸念を調査する科学的研究が次々と行われて、保険業界により新たなリスクであるとみなされているが、ナノ技術分野への監視は強まっているにもかかわらず、規制当局はいまだにナノ技術開発の後れを取っている。

 「ナノ粒子に関連するリスクについて専門科学分野以外ではよく知られておらず、このことが問題である」と、イギリス保険業界への情報及び指針提供者であるRe 社(Liability (Oxford) Ltd)のディレクター アンドリュー・オーティ博士は述べた。

 「ほとんどの人々は、一般的に、先例、類似、信頼されている情報源、意図などに基づいて、リスクへの直観を持つ。しかし工業的ナノ物質については、意味のある先例はほとんどなく、信頼できる情報源を見つけるのは難しい」

 「したがって、規制当局、保険事業者、及び他のリスク管理者は工業ナノ物質のリスクに関して、簡単で一般に適用可能なメッセージを生成することができない」。

 もうひとつの問題は、製品中とプロセス中のナノ粒子含有は、製造者又は使用者が実際には知る必要がなく、一方、各製品中にはどのようなタイプのナノ粒子があるのかを正確に特定することができる共通の報告基準はないということであり、これらの全てのことはリスクを重みづける上で重要である」。

 「あるひとつの工業ナノ物質に適切なリスク管理措置は、必ずしも他のものに適切ではないかもしれない」と、Auty 博士は付け加えた。

 したがって保険事業者と産業界専門家は、特に人の健康に及ぼすその潜在的に有害な影響−特に食品成分、化粧品、建材、燃料と潤滑油、医薬品及び外科用移植材料−に関して、注意深く扱っている。

 「私の最大の懸念は、すぐその後に急速に変化するリスクが続く既存のリスクである。」とオーティ博士は述べた。「工業ナノ物質は現在、非常に広範に使用されているが、そのリスクはわかっていない。いつかは損害が特定され、知識の変化によりもたらされる責任負担の変化は非常に重大である」。

ナノ技術の現状の使用

ナノフィルム:撥水性、自己洗浄性、耐擦傷性を持つ薄膜。ナノフィルムは表面保護のためにメガネ、コンピュータディスプレイ、カメラなどで使用される。

ナノチューブ:テニスラケットなどのスポーツ用品、及び従来の材料に比べて強度が極めて高いので車の部品等に使用される。

ナノスケール半導体:これらの電子スイッチ素子類は、コンピュータチップのサイズを小さくし、コンピュタがもっと強力になれることを意味する。

ソラープラスチック:従来の太陽光技術を置きかえる薄くて軽量のプラスチック

ドラッグ・デリバリー:血管支脈を通じて様々な物質を運び、同時にいくつかの作用をすることにより、がんやその他の病気を治療するのに役立てることができる。

水浄化:水の脱塩、ろ過、及び純水化のための膜組織としてナノ物質が使用される。
 「急速なリスクの変化とともに、数年以内に’可能な(possible)’から’もっともらしい(plausible)’や’起こりそうな(probable)’になり、同じ時間枠で責任負担は無しから最大になることを暗示している。リスク管理措置は保持することが難しくなることがわかる。急速なリスク変化の下に特に興味深いのはカーボン・ナノチューブとシリカである」。

 それから、ナノ技術の環境への影響がある。ナノ物質の産業用及び商業用利用が生物と生態系に及ぼす 影響の程度に関しての議論が増大している。

潜在的な利益

 しかし、潜在的なリスクとともに、報いもある。この技術が本来、利益をもたらすとみられる場合がある。ひとつの事例は、スポーツ用品であり、ナノ技術の利用のために、より軽く、より頑丈になり、品質も向上する。

 「ナノ技術は、テニスラケット、サイクリング用ヘルメット、及び自転車の車体に用いられるが、ナノ物質は結合状態で製品中にある」とチューリッのイワンは述べた。「原子配列は非常に強いので、壊すことは極めて難しく、そのことは自由ナノ物質への暴露はないことを意味する」。

 しかし、ほとんどの新たに出現する技術と同様に脅威はあるが、リスクが完全に定量化され、ナノ技術が最終的にはその誇大宣伝−医療や電子機器の分野で期待される興奮するよう発展−を正当化することができるるまでの痛みの期間であることが望まれる。

 「問題のひとつは、ナノ技術の神秘性であり、人々はそれが信じられないほどに複雑であると考えることであるが、全ての新しい技術と同様に、我々産業側は、我々がその影響を評価することができるよう関わるプロセスの理解を増さなければならないということである」とイワンは述べた。「リスクはあるかもしれないが、魅惑的な便益もあり、これらの大きな変化は順風である」。

 チューリッヒの保険士と専門家は高い関心を持ってこの分野を監視するであろうが、保険仲立人にとっては、さしあたり警戒の時であろう」。



化学物質問題市民研究会
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