Horizon 2017年1月25日
【インタビュー】
ナノテクノロジーは危険性の認識に関して
放射能の初期段階に類似している
ウラジミール・バウリン博士


情報源:Horizon, 25 January 2017
Interview
Nanotechnology is like the early days of radioactivity
when it comes to knowing the risks - Dr Vladimir Baulin
by Ben Deighton

https://horizon-magazine.eu/article/nanotechnology-early-days-radioactivity-
when-it-comes-knowing-risks-dr-vladimir-baulin_en


訳:野口知美 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2017年2月22日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/
170125_Horizon_Nanotechnology_is_like_the_early_days_of_radioactivity.html


 放射性物質が最初に社会に導入されることになったとき、科学者がその危険性について認識するまでにしばらく時間がかかった。これと同じようなことが今日のナノテクノロジーに関しても当てはまる、とスペインのタラゴナにあるロビラ・イ・ビルジリ大学のウラジミール・バウリン博士は言う。ウラジミール・バウリンらは、ナノ粒子がどのようにして生体膜すなわち脂質膜を通過することが可能であるかをサイエンス・アドバンシズ誌(Science Advances )における論文で初めて発表した(訳注1)。
【インタビュー】

この研究は、EUが出資し、あなたがコーディネートしているSNALプロジェクトによる成果ですね。観察したことを説明してもらえますか?

 「私たちの観察は、どのようにしてごく小さな金ナノ粒子が脂質膜(生体膜の主要部分)(訳注2)を通過することが可能であるかということを初めて直接的に示したものです。この過程を定量化し、各段階について測定しました。脂質膜は細胞を外部環境から守る最後の障壁になっているため、ナノ粒子がこの障壁を通過することが可能であれば、ナノ粒子が細胞内に入り込むことも可能かもしれません」。

ナノ粒子が脂質膜の障壁を通過するのをどうして観察することができたのですか?

 「(ドイツのザールラント大学の)ジャン=バティスト・フルリー博士は、蛍光脂質(脂肪分子)を含む脂質二重層で仕切られた小室を備えた装置を設計し、非蛍光性ナノ粒子をこの小室の一室のみに入れました。この装置では、ナノ粒子が蛍光二重層に接し、脂質交換したときのみ目に見えるようになっています。もし二番目の小室に蛍光ナノ粒子が見えた場合、ナノ粒子は二重層に接触してそれを通過し、最初の小室から次の小室へと移動したということになります。こうした事実から、ナノ粒子が脂質膜の障壁を通過することが証明されました。さらに、ナノ粒子の移動過程は定量化され、ナノ粒子が脂質膜の障壁を通過することについてはミリ秒単位で測定されています」。

どうしてナノ粒子は私たちの体にとって危険性が高いのですか?

 「生体内に存在する全ての生物体、生体分子、タンパク質は、数十億年もかけて進化し、お互いに適応していきます。ナノ粒子は実験室で合成されたものですから、生体とは異質なものとして捉えられており、生体に適合し、毒性をなくすことは非常に難しいのです」。

ナノ粒子がこの世に存在するようになってからまだ30年ですよね?

 「ナノ粒子の適用が始まったのは、1985年にフラーレン(中空球状炭素分子)が発見され、ノーベル賞を受賞してからだと言えます。このときからナノ粒子が急増しました」。

現時点で、ナノ粒子の生体への影響を理解することはどれほど重要なのでしょうか?

 「ナノ粒子やナノテクノロジーは一般に私たちの生活の中に入り込んでいるので、ナノ粒子の生体への影響を理解することが喫緊の課題になっています。現在では、ナノ粒子を精密に制御して合成したり、ナノ構造をさまざまな表面に形成したり、ナノ粒子の性質を精密に調整したりすることができるのです。

 ナノ毒性の正確なメカニズムを理解し、そのメカニズムに基づいた分類をすることも非常に喫緊の課題になっています。放射能あるいはX線も、同様にして私たちの生活の中に入り込んできたのです。研究者が生体への作用のメカニズムを理解し、その理解に沿った規制を考案するまでに時間がかかりました」。

どうしたらナノ粒子への理解を深めることができますか?また、現在行われている実験・観察に基づいた方法について、どのような懸念がありますか?

 「毒性の実験的検証によって、細胞にナノ粒子を注入すると細胞が死亡することが分かりますが、どのようなことが起こったのか理解することはできません。この検証は実験的で正当な方法ですが、毒性に対処するには不十分なのです。その代わり、ナノ粒子の特性から着手し、あらかじめ特定のナノ粒子の細胞や組織への作用を予測しようとすることにより、ナノ粒子の物理的・化学的特性に基づいたナノ物体の分類について検討できるようになるしょう。

 望みが高すぎると思われるかもしれないのは分かっています。現時点ではさまざまな理論モデルにおいても、いかなる分類においても、数多くの詳細が考慮されていないからです。しかし、たとえ正確を期することができないにしても、いくらかの指針は得られるし、ナノ粒子やポリマーがどのようにして脂質膜と接触するのか予測することができるでしょう。例えば、この研究では理論モデルを使用して、特定の経路により脂質膜を通過することのできるナノ粒子の大きさや表面特性が示唆され、実験でも観察されました」。

このプロジェクトでは次に何をするのですか?

 このような分類をすることから始め、さらに効果的に脂質膜を通過したり脂質膜と接触したりする特定の機能を持つナノ物質の構造を予測することが可能な方法を開発していきたいです」。


訳注1:オリジナル論文解説記事
ScienceDaily 2016年11月2日 物理学者らが小さなナノ粒子の脂質膜通過を初めて観察し、定量化

訳注2:脂質膜
脂質二重層/ウィキペディア



化学物質問題市民研究会
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