Modern Farmer 2015年1月21日
ナノ農薬について
あなたが知る必要のある全て


情報源:Modern Farmer, January 21, 2015
Everything You Need To Know About Nanopesticides
By Virginia Gewin
http://modernfarmer.com/2015/01/everything-need-know-nanopesticides/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2015年1月29日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/150121_Nanopesticides.html


 スタンシー・ハーパーは農民ではない。オレゴン州の森深いアルシーで、種をまくのではなく、ヘラジカの狩りをしているのが見かけられる。しかし、実際には、土壌に関わることが研究室でのハーパーの仕事である。

 コーバリスにあるオレゴン州立大学の科学者ハーパーは、農民、消費者、そして環境のために恩恵をもたらすのか災いをもたらすものかをはっきりさせるとを目指して、ナノ粒子と呼ばれる小さな人工の物質を頑なに研究している。分子レベルのサイズであるナノ粒子は、日焼け止めから生体医学装置にいたるまであらゆるものにすでに使用されている。それらの非常に小さなサイズはそれらを効率的にするが、予測不可能にもする。そのことが、ハーパーが懸念することである。最初の農薬ナノ製剤は、農業分野への適用が静かに進んでいるが、彼女は次に何が起こるのかを知りたいと望んでいる。

 エンジニアであり毒性学者でもあるハーパーは、独自の考え方を持っている。彼女は、ナノテクノロジーは、医学の分野でなされたように農業に革命をもたらすのに役立つであろうと信じている。しかし彼女は、ナノ農薬の可能性だけでなくそのリスクも見ている。”私はナノ農薬の大部分は有毒ではない”、または少なくとも現在の農薬より非標的生物に対する毒性は大きくないと思うと、彼女は述べている。”私たちは、有毒かもしれない一握りのナノ農薬を特定する方法が必要である”。

 ナノ農薬の個々の小滴のサイズを小さくすることにより、畑に散布す有毒物質の総量をは著しく少なくすることができるということは、産業界から学界、環境保護庁まで広く認められていることである。より小さな小滴は、より大きな総表面積を持ち、全体的に作物害虫とより大きく接触することができる。また、これらの小さな粒子は、例えば、カプセルと呼ばれる物理的な外皮が環境中での分解に対してより耐性を持ち、それにより従来の農薬より効果を長持ちさせるよう設計することができる。しかし、農薬の水中での溶解性のような外皮の予測されていた物理的特性を変えることがあり得る。

 ハーパーはまた、ナノスケールの独自な物理的特性により粒子の環境的運命に疑問が生じることをよく承知している。それらが畑で散布されると作物上に集積するのであろうか、又は土壌を通じて水系に入り込むのであろうか? ハーパーが最も懸念することは、それらが、ミツバチや魚のように害虫ではない生物によって容易に取り込まれるのかどうか、そして環境中にどのくらい長くとどまるのか−サイズにより激変する特性−である。”私たちには何もわからない”と彼女は述べている。

 ”ナノ実現農薬の可能性は驚異的であるが、現時点ではそれはまだ夢である”と、米農務省(USDA)の国立食品農業研究所のディレクターであるソニー・ラマスワミーは述べている。そしてその夢は、単なる農薬を超えた広い範囲にある。彼は、低濃度窒素を検出して農民の携帯電話にメッセージを送ることができるナノサイズのセンサー、あるいはプラスチック食品容器中でステリア菌又はサルモネラ菌に接触すると点灯するセンサーの開発を計画している。”懸念は、ナノ粒子に関連する非意図的な結果が生じるかもしれないということであり、それは連邦政府機関により見守られている大きな問題である”と、彼は付け加えている。”スタンシー・ハーパーのような人々は、潜在的な非意図的結果に我々が確実に目を向けるのに役立つものを提供している”。

 ハーパーは、初めて”ナノテクノロジー”という言葉を聞いたときのことを覚えている。それは10年前、彼女が博士課程終了後の学生として参加したラスベガスでの米・環境保護庁の会合でのことであった。彼女のチームはナノ物質の健康リスクを評価する任務にあたっていた。”大きな議論は、’それらは何であり、我々はなぜそれを懸念するのか’であった”と、彼女は回顧する。

 ハーパーは、当初はドラッグ・デリバリー(ナノ技術を採用した最初の製品のひとつ)での使用のために用いられる金ナノ粒子のような生体医学応用に全力で取り組んだ。環境関連ビジネスの会社がすぐに、日焼け止めからニキビ薬、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA、人食いバクテリア)と戦う化合物まで、広範な製品の安全性チェックを求めて彼女の研究室を訪れた。彼女はすぐに、この新たな技術により非常に多くの種類のナノ粒子が製造され、個々のナノ粒子をテストする従来のリスク評価アプローチでは対応しきれないということがわかった。”それは実際、どの様な物理的特性又は構造が、他のナノ粒子に比べてあるナノ粒子を有害にするのかを理解するということである”と、彼女は述べている。

 これらの答えを見つけることは決して容易ではない。ひとつの問題は、資金の欠如である。過去13年間、アメリカ政府は、20の連邦省庁と機関にわたる協調的な研究開発プログラムであり、分野を横断してナノテクノロジーを推進することを目指す国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)に数十億ドル(数千億円)を注ぎ込んできた。2008年に、NNIは空前の措置を講じ、また環境健康安全研究に資金調達を開始した。”新たな技術のリスクを評価する必要性は、食品の遺伝子組み換え(GM)の反動からの教訓のひとつである”と、ハーパーは言う。しかし、現在までのところ、リスク評価のために利用可能なこのわずかなお金は、そのほとんどがナノ粒子を吸入するかもしれない作業者に焦点を当てている。

 科学者らは、より迅速でより効率的なナノ粒子のリスク評価手法が必要であることを理解した。ハーパーは、例えば、人の健康と環境への影響を示すことができる、研究室のラットの水生生物版であるゼブラフィッシュへのナノ粒子の毒性を評価するためのテストを開発した。ラマスワミーはそれを”本当にすばらしいモデル”と呼んだ。

 ”我々がテストした数百のナノテク化合物のうち、レッド・フラッグが上がったのはほんのわずかであった”と、ハーパーは言う。”それはしばしば、粒子の界面化学が全体的に陽電荷かどうかに要約される”。すなわち、もし粒子が人の体内に入り込めば、それらは陰電荷の細胞膜にひきつけられることを意味する。問題を起こすナノの特性を追うために、彼女は物理的構造とそれらの毒性に関する国際的なデータベースの創出を支援した。その目標は、どのようなナノ粒子設計が回避されるべきかを決定し、その情報を産業界と共有することである。

 彼女の目をナノ農薬の環境への影響に向けさせたのは、ハーパーの夫であり、現在の研究所のマネージャーであるブライアンである。数年前、彼は、オレゴン州立大学のキャンパス内にあり、農薬の健康影響についての公衆の疑問に対応する連邦政府出資のホットラインである国家農薬情報センター(NPIC)で働いていた。ブライアンは、ナノ農薬として最初に市場でヒットしたナノ銀の環境的リスクについての情報を求める電話が来始めて不意を突かれた。それは衣料品から栄養補助食品にいたるまで広範な消費者製品で使用されている抗菌化合物である。

 自然なことに、彼は妻に意見を求めた。彼女はそのリスクに関して科学的文献中に何も見つけ出すことができなかった。”ナノ農薬の環境的運命は大きなブラックホールである”と、ブライアンは言う。その空隙を埋めるのに役立てるために、ハーパーと同僚らは最近、第一世代の農業用ナノ農薬がどのように土壌と水を通じて移動し、それらが魚やミツバチを害することがあるかを調べるための助成金を受けた。

 これらのシナリオをテストするためにハーパーは、これらの化合物が彼らの環境からどの様に移動し、動物相と相互反応するかをテストするための”ナノサイズ環境系”を作った。例えば彼女の実験室で、わずか数グラムの土壌を入れたプラスチック容器が、ゼブラフィッシュの胎芽を入れた4分の1サイズの容器の上に置かれた。研究チームは土壌に農薬をかけ、ゼブラフィッシュの胎芽の形成異常の数を記録した。ハーパーのオレゴン州立大学の同僚ルイザ・ホーベンは、ナノ農薬の空中散布がミツバチが花粉を巣箱に運ぶことにどの様に影響を与えるかを見るための実験をすぐに開始するであろう。同チームは彼らの実験結果を今年の末までに発表することを予定している。

 しかし、テストは簡単なことではない。どのような農薬の活性成分も既承認の化学物質であろうから、農薬会社はナノサイズ版の活性成分をテストしなくてはならないという義務はない。ハーパーは、農薬会社が自主的に彼らの化合物について、あるいは彼らの製品がナノ粒子を含んでいるかどうかということすら、情報を共有することは疑わしいという壁に突き当たった。

 そこで彼女は、商品棚の農薬を引っ張り出し、定義によりナノ実現農薬とするナノサイズ粒子をすでに含んでいるかどうか調べた。”ステーシーは粘り強い”と、『なぜ”従来の農薬登録”はナノスケール農薬で機能しないのか』について論じた2010年の論文のハーパーとの共著者である国家農薬情報センター(NPIC)のディレクター、デービッド・ストーンは述べている。彼女はすでに市場に出ている製品をテストしようとする数少ない研究者の一人であると付け加えつつ、”彼女にはすごい馬力があり、豊富な創造的アイディアをもっている”と彼は述べている。

 最初の検査は、ハーパーと彼女の同僚らがテストした12種の農薬製品の90%がナノスケール範囲の粒子を含んで含んでいることを明らかにした。現在、彼女は、最近までよくわからなかった、そのナノ粒子が活性成分なのか、化学的安定剤なのか、又は初めから農薬中にあった単なる無害の化合物なのかを調べなくてはならない。

 ”ナノ粒子の環境的運命と移動についてテストがなされているものは非常に少ない”と、天然資源防衛協議会で有害化学物質の規制に取り組んでいる上席科学者ジェニファー・サスは述べている。”それはお金のかかる研究であり、会社は環境監視のあるデータは収集しているかもしれないが、彼らはその情報を公開することにはまったく関心がない”と、彼女は付け加えた。

 しかしハーパーは、製造者らが単なる農薬のナノ製剤化の先を行くのも時間はかからないということを知っている。彼女は、多機能ナノ農薬、例えばが害虫を検出してから活性成分を放出することができる機能を持った製品が今後10年以内に出現すると考えている。技術進展は速いので、これらの疑問に早急に答えるために彼女は調査を急がなくてはならない。

 毎朝アルシーからウィラメット渓谷までの丘陵を越えて車で行きながら、彼女と夫は時には、彼らの研究がそのように多くの農薬散布の必要性を低減する持続可能な方法を見つけるのに役立つのだろうかという辛辣な思いに駆られることがある。”我々は、畑に散布されている殺菌剤や殺虫剤を臭いで知ることができる”と、彼女は言う。”この地域の美しい土地をもっと長く楽しみたいなら、それをもっと保護しなくてはならない”。

 この物語は、食品、農業、及び環境健康に取り組む非営利ニュース組織である食品環境報告ネットワークによって作成された。

Correction: This article incorrectly identified MRSA as a flesh-eating virus. It is a flesh-eating bacteria.



化学物質問題市民研究会
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