Nanowerk Spotlight 2012年6月20日
銀ナノ粒子の表面欠陥は 水生生物にとってさまざまな危険をはらんでいる カール・ウォーキー (統合ナノ技術生物医療科学研究所トロント大学、カナダ) 情報源:Nanowerk Spotlight, June 20, 2012 Surface defects on silver nanoparticles hold dangers for aquatic life By Carl Walkey, Integrated Nanotechnology & Biomedical Sciences Laboratory, University of Toronto, Canada. http://www.nanowerk.com/spotlight/spotid=25655.php 訳:野口知美 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html 掲載日:2012年8月25日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/120620_surface_defects_on_silver_nano.html カリフォルニアナノシステム研究所(CNSI)とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究者たちは、銀ナノ粒子の結晶構造が水生生物毒性の重要な決定因子になるということを明らかにした。 ナノ技術が普及することによってナノ物質が非意図的に環境に放出されるのではないかという懸念が高まる中で、このような研究結果が発表された。ナノ物質は、消費者側もしくは産業側がナノテク製品を製造、使用、廃棄する際に放出される可能性がある。ナノ物質が環境中に蓄積されれば、生態系のバランスを維持するのに不可欠な生物に有害な影響が及ぼされる可能性も出てくる。しかし、ナノ物質のヒト毒性については多大な努力が払われて熱心に研究が行われる一方で、ナノ物質の環境影響については研究が遅れているというのが現状だ。 生物システムにおいて金属ナノ材料や金属酸化物ナノ材料の毒性は、毒性成分が「発散」すること、またはナノ物質特有の影響が及ぼされることによって一般に発現する。例えば、半導体量子ドットは重金属で構成されていることが多いが、重金属が酸化して毒性の強いイオンとして表面から放出される恐れがある。一方、シリカナノ粒子は特に毒性のある成分で構成されているわけではないが、接触した生体分子の機能を妨害する恐れがある。 銀ナノ粒子の場合、酸化や銀イオンの放出が環境を危険にさらす主要なメカニズムになると考えられている。銀イオンは、魚のえらのNa+/K+-ATPアーゼトランスポーターを阻害する。このトランスポーターは魚の血中のナトリウム濃度やカリウム濃度を維持するために欠かせないものであり、これが阻害されると高血圧、心不全、さらには死を招くことになる。イオン性銀はまた、強力な抗生物質であるため、医学的に応用するのに有用な性質を持っているものの、環境曝露によって水中や土壌中の細菌の重要な機能を妨げてしまう恐れがある。 2012年4月6日付けのACSナノ電子版に寄稿("Surface Defects on Plate-Shaped Silver Nanoparticles Contribute to Its Hazard Potential in a Fish Gill Cell Line and Zebrafish Embryos")したCNSIナノテクノロジー環境影響センター所長のAndre Nel博士と、CNSI とUCLAの彼の研究チームは、銀ナノ粒子の環境毒性について新たな局面を切り開いた。彼らが発見したのは、銀イオンが放出されるか否かにかかわらず、銀ナノ粒子の結晶構造の表面欠陥によって魚の細胞株やゼブラフィッシュ胚に毒性が発現する恐れがあるということである。このことから、銀ナノ粒子の魚毒性が発現するのは、イオン性銀の放出のみによるのではなく、ナノ物質の形状依存性の影響による可能性もあるということが分かった。 Nelは、ナノ物質の毒性研究に対して先入観にとらわれない姿勢で臨んできたため、このような発見につながった、とNanowerkに語った。「この研究を始める前、われわれは銀ナノ粒子の毒性に対する先入観を持っていなかった。特定のメカニズムを前もって期待していたわけではなく、あらゆる可能性を考慮していた」。 つまり、彼らは銀イオン媒介の毒性の証拠のみを探していたわけではなく、実験結果の導くままにしたということである。こうした研究過程においてのみ、新たなメカニズムが明らかされる。 彼の研究チームはまず、魚のえらの上皮細胞とゼブラフィッシュ胚における銀ナノ球体、銀ナノロッド、銀ナノプレートの毒性調査を行った。どの粒子形態であっても大量投与すれば有毒になったが、全質量と全表面積に規格化すると、ナノプレートが他の形態よりもはるかに有毒になった。 「ナノプレートの異常に高い毒性は驚くべきものであり、これを銀イオンが放出したからとか、銀ナノ粒子の生物学的利用能が増大したからとかいうことだけで説明しようとしても無理がある」と、Nelは言う。 他に説明のしようがないか探るために、研究者たちは高分解能電子顕微鏡法を使用して、さまざまな銀ナノ粒子形態の結晶構造を調査した。そして、銀ナノプレートはナノ球体やナノロッドに比べて「積層欠陥」または「点欠陥」と呼ばれる表面結晶欠陥の密度が高いということが分かった。 今回の銀にように物質の周期結晶構造が阻害されると、結晶欠陥が発生する。こうした欠陥場所の原子は、欠陥のない同等の結晶格子の原子よりも反応性が高まる傾向がある。結晶性ナノ物質は体積に対する表面積の比が大きいため、同じ組成と質量を持ったバルク物質よりもはるかに欠陥頻度が高くなりがちだ。生物学的環境では、結晶欠陥の反応性が生体分子と直接相互作用することによって、あるいは活性酸素種(ROS)の産生を促進することによって、生体分子を破壊する恐れがある。 ナノプレートは表面反応性が高いため非常に毒性が高くなるとする仮説は、透析膜によって細胞から分離されたナノプレートは毒性が低減されるとするNelの説明と合致している。 「ナノ粒子は細胞から物理的に分離されれば毒性が減少するが、元に戻せばその毒性が増加するということが分かった。これは、ナノ物質と細胞の直接相互作用が毒性の誘発に必要不可欠であるということを示している」。 細胞をN-アセチルシステイン(NAC)で前処理することは、毒性の予防になる。NACはグルタチオンの前駆体であり、グルタチオンは細胞内に蓄積したROSの除去を促進する強力な抗酸化剤である。酸化ストレスが多いとグルタチオンが消耗され、細胞が酸化的損傷を受けることになるかもしれない。細胞をNACで処理することによって、グルタチオンレベルを補充するのを助け、ROSの過剰産生による損傷を抑えるのである。 総合すると、こうした結果が示唆しているのは、ROSの産生を促進する表面欠陥の密度が高いために、銀ナノプレートは他の形態よりも毒性が強くなるということである。 Nelの研究では、銀ナノ粒子の毒性を媒介するのは主に表面欠陥であるという可能性が示唆されているが、銀イオンの放出も影響を及ぼしている可能性が高く、両方のプロセスが同時に現れていると考えられる。結局のところ、それぞれのメカニズムが水生生物の毒性にどの程度寄与するかについては、銀ナノ粒子の構造とその生成方法によって決まるのであろう。 Nelの研究で報告された結果は、時宜を得ている。現在市場に出回っている約800のナノテク製品のうち30%以上のものに銀ナノ粒子が含まれているが、これは銀ナノ粒子の環境曝露が他の汎用性の低いナノ物質の環境曝露よりも危険レベルに達する可能性が高いということを意味している。イオン性銀に関する環境曝露レベルは比較対象として適さないため、銀ナノ粒子の放出と曝露に関するガイドラインを新たに策定しなければならないであろう。 Nelの研究は、この他にも重要な意味を持っている。銀イオンの毒性とは違い、表面欠陥による毒性は水生生物以外にも影響を及ぼす可能性がある。活性酸素種による毒性は哺乳類の細胞にも同様の影響を及ぼす恐れがあるため、銀ナノ粒子はより幅広い生物にとって有毒であることが示唆される、とNelは指摘している。しかし、この2つの系統(哺乳類と魚)は違ったものであり、銀は歴史的に見てヒトよりも環境にとって有毒なものであるという警告もしている。 「この2つの系統の毒性を直接比較することはできない。血清タンパク質などの生理的タンパク質の存在によって表面欠陥の影響が妨げられ、毒性が阻害される可能性もある。各生物は別個のものとして考えなければならない。それぞれ独自の特殊なメカニズムを持っていると思われる」。 Nelと彼の研究チームは、哺乳類系において銀ナノワイヤーが銀ナノ球体や銀ナノプレートとはまた違った毒性メカニズムを持っていることを明らかにしつつある。毒性メカニズムのこうした側面に関する詳細は、近日中に記事として掲載されるであろう。 Nelは銀ナノ粒子以外の結果についても推定しており、表面反応性に起因する結晶欠陥の毒性については一般のナノ結晶質にも当てはまる可能性があると考えている。 「表面欠陥は、銀だけでなく反応性表面を有するその他の物質にとっても、ナノ物質毒性の進化的パラダイムとなる。例えば、水晶やいくつかの種類のシリカのような物質の毒性を伝達するのに、表面再構成が重要な役割を果たすことになるかもしれない」。 Nelと彼の研究チームはナノ粒子の毒性を評価するとともに、特定物質の特性に基づいた「設計による安全性」の戦略を策定することによって毒性を軽減する方法を模索している。 「現在のところ、ナノ物質の毒性を軽減するためにわれわれが特定した方法は3つある。1)表面欠陥を小分子で覆う、2)毒性成分の溶解を防ぐために可溶性物質を添加する、3)ナノ物質と生体分子の相互作用を防ぐために界面活性剤を使用する、といった方法である」。 Nelによると、銀ナノ粒子の場合、アミノ酸システインで粒子を培養すれば、調査対象の形態全ての毒性を著しく低減することができる可能性があるという。システインは反応部位を化学的に不動態化するチオール基により金属に配位することができる。この方法によって、銀ナノ粒子を環境放出前に無毒化することができるようになるかもしれない。 ナノ物質毒性の抑制と望ましい特性の維持との間でバランスを取らなければならない、とNelは指摘する。 「修正を加えると、ナノ粒子の望ましい特性までいくつか消失してしまう可能性も出てくる。例えば、銀ナノプレートをシステインで処理すれば毒性を予防できるかもしれないが、同時に触媒としての有用性が損なわれる可能性もある。妥協点を見出すということは、物質がなぜ有害になるのか、またなぜ望ましい特徴を持つようになるのかを正確に理解することなのだ」。 この研究においてNelと彼の研究チームが銀ナノ粒子の毒性メカニズムを解明するために用いた戦略は、その他のナノ物質の毒性を迅速に調べるために用いられつつある。 「古典的な毒物学は、全ての可能性を探るというよりも、記述的特徴に基礎を置くものであった。ハイスループットシステムを使用すれば、ナノバイオインターフェースにも当てはまると思われる可能性を全て特定することができる。われわれはディスカバリープラットフォームを実装しており、さまざまな結果になり得るという可能性が明らかになった。適切なディスカバリーツールを使用すれば、初めに思っていたよりもはるかに多くのことが起こっていることに気付かされるであろう」。 今後、ナノ物質を大規模開発する前に、その毒物学的潜在能力の迅速な調査を可能にする戦略を用いることによって、ナノテク製品を効果的に、しかもヒトや環境に優しく開発することができるようになるであろう。それまでは、ナノ物質の開発パイプラインに関係する研究者、製造業者、消費者たちはみな慎重を期さなければならない、ということをこの研究によって再認識させられる。 訳注 銀イオンが主要毒性であるとする論文: Ions, not particles, make silver toxic to bacteria / Rice University News and Media by Mike Williams, July 11, 2012 |