ロスアラモス国立研究所
2010年3月31日 ニュースリリース
カーボンナノ構造は錬金薬か? 毒薬か?
ロスアラモスの研究者らはサイズが実際に問題であることを見つけた

情報源:Los Alamos National Laboratory News release March 31, 2010
Carbon Nanostructures - Elixir or Poison?
Los Alamos researchers find a case where size really does matter
http://www.lanl.gov/news/releases/carbon_nanostructures_elixir_or_poison_news_release.html

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2010年4月12日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/100331_LANL_fullerenes.html


ヒューム保護フードを使用して作業するロスアラモス国立研究所毒性学者ジュン・ガオ
[ロスアラモス、ニューメキシコ、2010年3月31日] ロスアラモス国立研究所(LANL)の毒性学者と多領域の研究者チームは、60の炭素原子からなるカゴ状でサッカーボールの形状をした”フラーレン”による潜在的な細胞ダメージについて報告した。同チームはまた、この特別のタイプのダメージはパーキンソン病やアルツハイマー病の、又はがんでさえ、その治療に希望をもたせるかもしれないことに言及した。

 この研究は最近、『Toxicology and Applied Pharmacology』に掲載され(訳注1)、球状フラーレンに関して前例のない観察を述べている。フラーレンはバッキーボールとも呼ばれるが、その名前は、故バックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)が有名にした測地線ドームに似ているために彼の名前から取られたものである。

 フラーレンを含む工業用カーボンナノ粒子は世界中でその使用が増大している。個々のバッキーボールは、ウイルスのサイズの炭素の骨格カゴである。それらは、多くの用途がある中で、例えば、強靭で軽量の構造を作り出す、又はデザイナードラッグ(訳注2)や抗生物質のための微小な搬送メカニズムとして働く能力を示す。年間、約4〜5トンのカーボンナノ粒子が製造されている。

 "ナノ物質は21世紀の革命である"とロスアラモスの毒性学者で、この論文の主共著者であるラシ・アイヤルは述べた。”我々はそれらとともに生き、それらを扱う中で、ひとつの問いが生ずる。いかにしてこれらの物質の使用を最大にし、我々と環境へのそれらの影響を最小にするか?”

 アイヤルと、同じくロスアラモスの毒性学者である主共著者ジュン・ガオは、培養ヒト皮膚細胞をいくつかの異なるタイプのバッキーボールに暴露させた。バッキーボールの相違は、バッキーボール本体構造から外れた短い枝分子の空間的な配置にある。”トリ(tris)”配置(configuration)と呼ばれるバッキーボールのひとつの変種は、ひとつの半球上に本体構造から外れた3つの枝分子を持つ。”ヘキサ(hexa)”配置(configuration)と呼ばれるもうひとつの変種は、大雑把に対称配置で本体構造から外れた6つの枝を持つ。最後のタイプは普通のバッキーボールである。

 研究者らは、トリ配置に暴露した細胞は、仮死状態と表現される早い細胞老化(senescence)を起こす。言い換えればその細胞は、細胞として死なない、分裂しない、そして成長しない。トリ配置バッキーボールに暴露した後のこの天然の細胞ライフサイクルの停止は正常な器官発達を損ない生体内で疾病をもたらす。要するにトリバッキーボールはヒトの皮膚細胞に有毒だということである。

 さらに、トリ配置に暴露した細胞は、独自の分子レベルの反応を引き起こし、トリ−フラーレンはウイルスによって誘発される正常な免疫反応を潜在的に阻害するかも知れないということ示唆している。同チームは現在、この形状のフラーレンに暴露した細胞はウイルス感染症に罹りやすいかどうかを調べるために研究を続行中である。

 皮肉なことに、この発見はまた、いくつかの疾病を克服するための新たな治療戦略をもたらすことができる。パーキンソン病やアルツハイマー病のような病気では、神経細胞は死ぬか機能しない状態になる。特定の神経細胞における細胞老化を誘導するメカニズムは、この疾病の発症を遅らせるか、除去することができる。同様に、がんのような疾病は、がん細胞の無秩序な複製を通じて広がり増殖するので、細胞老化を誘導することで対処できるかもしれない。この戦略は細胞が分裂するのを止めて、医師が異常な細胞を処置するための時間を与えることができる。

 ナノ物質の微細なサイズのために、それに関連する主要なハザードは、アスベストにおける暴露の懸念と同様に潜在的な吸入である。

 ”すでに毒性学的な観点から、この研究は、もしバッキーボールに関わる応用でトリ又はヘキサ配置のどちらかを使用する選択の機会があるなら、恐らくヘキサ配置がよりよい選択である”とアイヤルは述べた。”これらの研究は新たなナノ物質の設計と開発のための指針となるかもしれない”。

 これらの結果は、バッキーボールと生物学的細胞膜との相互作用を理解するために基金がついたある研究(Shreve, Wang, and Iyer)の派生物である。ロスアラモス国立研究所(LANL)は、国家安全保障という使命に役立つ可能性を秘める高機能で生物学的に影響が少ないナノ物質の発見を促進する一方で、ナノ物質を扱う労働者の安全確保という方針の下に、ナノ物質の生物学的評価プログラムを推進することによって、先見性ある役割を果たしている。ガオ及びアイヤルに加えて、LANLプログラムにはJennifer Hollingsworth, Yi Jiang, Jian Song, Paul Welch, Hsing Lin Wang, Srinivas Iyer, and Gabriel Montanoが参加している。

 ロスアラモス国立研究所(LANL)の研究員は、この研究所の初期の歴史である放射線の影響理解という点で世界のリーダーであったロスアラモスと多くの点で類似するやり方で、ナノ物質への暴露の潜在的な影響を理解するための試みを継続するであろう。ナノ物質を扱うロスアラモスの作業者は、潜在的な暴露から最も高い保護を提供する手順に従い続けるであろう。
 一方、ロスアラモスのナノ物質研究は、労働者保護のための早期の基盤はもとより、ナノ物質使用上の注意点を提供している。現在、ナノ物質使用についての連邦政府による規制は存在しない。会社又は個人による使用の報告は任意(voluntary)である。ナノ物質の使用が増大すれば、それらの潜在的なハザードの理解もまた増大するであろう。

ロスアラモス国立研究所(LANL)について

 国家安全保障のために戦略的科学に関与している多領域研究機関、ロスアラモス国立研究所(訳注3)は、ベクテル社(Bechtel)、カリフォルニア大学、バブコック&ウイルコックス社及びエネルギー省国家核安全保障局からなる連合組織、ロスアラモス国家安全保障(Los Alamos National Security, LLC)によって運営されている。

 ロスアラモスは、アメリカの核備蓄、大量破壊兵器からの脅威削減のための技術開発、及びエネルギー、環境、基盤整備、健康、及び世界の安全保障の安全と信頼を確実なものにすることによって、国家安全保障を強化している。
LANL news media contact: James E. Rickman, (505) 665-9203, jamesr@lanl.gov.


訳注1
Toxicology and Applied Pharmacology Volume 244, Issue 2, Pages 99-246 (15 April 2010)
Fullerene derivatives induce premature senescence: A new toxicity paradigm or novel biomedical applications Pages 130-143, Jun Gao, Hsing Lin Wang, Andrew Shreve, Rashi Iyer


訳注2
デザイナードラッグ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
現存する薬物の分子構造を組変えた事により作られた薬物の事を指す。

訳注3
ロスアラモス国立研究所  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

訳注:関連記事
Medill Reports April 08, 2010 New study shows possibilities and dangers of nanotechnology by Elizabeth Bahm





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